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第1話【異世界少年と不思議な石】

「こーんにーちわー!!」



 毬栗を想起させる赤茶色の短髪と無数の衣嚢が縫い付けられたつなぎが特徴の少年――ハルア・アナスタシスの声が、ヴァラール魔法学院の購買部に響き渡る。


 購買部の奥に設置された会計台から、ひょっこりと黒猫が姿を見せる。購買部の経営を任されている黒猫店長だ。

 金色の瞳をキョロキョロと店内に巡らせて、黒猫店長は来訪客の存在にようやく気づいて「いらっしゃいませですニャ!!」と元気よく出迎えてくれた。黒猫店長は猫妖精と呼ばれる種族なので会話をすることが可能で、さらに二足歩行までこなしてしまう紳士猫なのだ。


 ハルアと一緒に購買部を訪れた女装メイド少年、アズマ・ショウは黒猫店長にメモ用紙を差し出す。



「ユフィーリアのお使いで来たんです。こちらの商品の引き取りをお願いします」


「はいですニャ」



 黒猫店長はショウからメモ用紙を受け取ると、



「ショウ様は、今日は随分と鮮やかな格好ですニャ」


「そうですか?」


「ユフィーリア様のお手製ですニャ?」


「はい、最近は俺のメイド服やハルさんの女装用の衣装を作るのに熱心みたいで」



 黒猫店長に言われ、ショウは改めて自分の格好を確認する。


 今日は薄紫のワンピースにフリルがふんだんにあしらわれた純白のエプロンドレス、海兵を想起させる翡翠色の付け襟が特徴的なメイド服である。艶やかな黒髪もツインテールに結ばれ、前髪や頭全体にハート型の髪飾りやピン留めなどが大量に装着されていた。

 胸元を飾る檸檬色のリボンが揺れ、それらの上から少し大きめの上着を羽織った独特な格好だ。色鮮やかな桃色の上着には熊さんの衣嚢などが刺繍されて可愛らしく飾られ、袖にはリボンの装飾品まで縫い付けられている。メイド服には似合わなさそうな意匠なのだが、何故だか毒々しい色味である今回のメイド服には絶妙に合っているような気がした。


 ショウはメイド服のスカートを揺らし、



「ユフィーリア曰く、今回のテーマは『ゆめかわいい』らしいです」


「どこから知識を仕入れてくるんですニャ」


「俺ですかね……」



 メイド服作成にもマンネリ化があって悩んでいた最愛の旦那様に助言をしてみたら、何かこういう毒々しいメイド服が完成してしまった訳である。元の世界に戻ってこの格好をすれば目を惹きそうだ。

 実際、ショウも知識の仕入れ先は半分以上がクラスメイトによる入れ知恵が原因である。これが本当に正しい『ゆめかわいい』なのか分からないが、それを否定してくれる存在はいないので受け入れるしかない。これが『ゆめかわいい』なのだ、知らないけど。


 黒猫店長は「少々お待ちくださいですニャ」と店の奥に引っ込み、



「ご注文のお品物はこちらでございますニャ。確認されますかニャ?」


「はい、お願いします」



 黒猫店長が持ってきたのは、黒色の平たい箱である。

 慎重な手つきで箱の蓋を開けると、真っ赤な天鵞絨の台座に置かれたものは煌びやかな宝石たちである。赤、青、緑色、紫色など色とりどりの宝石が5個ほど並んでいる。


 ショウは最愛の旦那様から預かってきた伝票と照らし合わせ、



「あれ?」


「どうかされましたかニャ?」


「数が多いです」



 一緒に手元を覗き込んできたハルアも、預かった伝票に並ぶ指定された宝石たちと見比べて「本当だ!!」と応じる。



「店長、数が多いね!!」


「確かに多いですニャ」



 黒猫店長もメモ用紙を片手に、箱の中の宝石を確認する。


 最愛の旦那様が注文したのは4種類の宝石である。アーリフ連合国から採掘された宝石たちを格安で仕入れたのだが、何故か1つだけ多いのだ。

 分かりやすく『紅玉ルビー』『蒼玉サファイア』『翠玉エメラルド』『紫水晶アメシスト』と書いてくれているので

 色味だけで宝石の有無を判断できる。伝票とにらめっこをしながら宝石を確認していくと、注文していないはずの宝石を発見できた。


 右端にポツリと置かれた、青と緑が均等に混ざり込んだ綺麗な宝石である。他の宝石は研磨されていない原石の状態で置かれているにも関わらず、その宝石だけはツルツルに磨かれた状態で鎮座していた。



「あ、これですね」


「何これ!?」


「さあ……?」



 楕円形の宝石を、ショウは慎重に摘み上げる。


 ズッシリと重たい宝石は青色と緑色が絶妙な配合で混ざった綺麗なもので、不純物は内部に見られず透明感の高さが窺える。ただ、内部には何かの紋章のようなものが刻み込まれているようだ。

 ショウには見覚えのない紋章である。どこぞの王家のものだと説明されれば納得してしまいそうなほど精緻な紋章が、青色と緑色が混ざった宝石の内側に浮かんでいるのだ。相当高い技術がなければ再現は厳しいだろう。


 ショウはその宝石を黒猫店長に差し出して、



「この宝石に覚えはありますか?」


「んー?」



 黒猫店長は首を傾げると、



「見たことないですニャ」


「え、ないんですか?」


「はいですニャ、さっぱり見当もつきませんですニャ」



 黒猫店長も知らないとは驚きである。商品のことなので黒猫店長なら知っていてもおかしくないのに、見当もつかないのか。



「仕入れ先に確かめてみますのニャ。しばらくお待ちいただくのニャ」


「うん!!」


「分かりました」



 黒猫店長はそう言い残して、店裏に引っ込んでいった。優秀な彼のことである、すぐに確認してくれるはずだ。


 ショウは改めて、指で摘んだ宝石に視線を落とす。

 確かに綺麗な宝石だ。空のような青色と、植物の緑というより海のような翡翠色と表現した方がいいのだろうか。なかなか綺麗な色である。宝石の内側に浮かぶ紋章も格好いい。



「綺麗だね!!」


「そうだな」


「ユーリに言えば加工してくれるかな!!」


「かもしれないな」



 最愛の嫁であるユフィーリアは手先が器用なので、宝石の加工から装飾品の作成まで簡単にやってくれる。きっと素敵な宝飾品となるに違いない。

 大きさもそこそこあるので、ブローチやループタイに使うのがちょうどいいのだろうか。王冠に飾る宝石として用いてもいいかもしれない。綺麗な宝石なので、綺麗な装飾品に華を添える存在となるだろう。


 すると、



「お待たせしましたのニャ」



 仕入れ先に連絡をしていた黒猫店長が戻ってきて、



「仕入れ先も『そんな宝石を入れた覚えはない』と仰っているのニャ」


「紛れ込んじゃったんでしょうか」


「それどころか『そんな宝石は扱った覚えはない』とまで仰っているのニャ。確かに宝石の内側に紋章が浮かぶものだと印象があるので、誰でも覚えているはずなのニャ」



 なんてこった、誰も覚えていないとはこれ如何に。


 正体不明の宝石を手にして、ショウはこの宝石の取り扱いについて悩む。

 さすがに宝石をどうこうする判断は出来ないので、可能ならば仕入れ先に送り返してほしいところだ。この宝石の値段も請求されたら旦那様のお財布の大ピンチである。


 黒猫店長は「そうですニャ」とぽふぽふ手を叩きながら、



「仕入れ先も『適当に処分してくれ』と仰っていたのですニャ。なので格安でお譲りしますニャ」


「でもお高いんじゃ……」


「ミィも知らない宝石ですニャ。知らない宝石は屑石でしかないですニャ。でも綺麗だから100ルイゼでお譲りするのニャ」


「安ッ」



 宝石でありながら、まさかの取引価格が100ルイゼである。この名もなき宝石も、そんな破格の値段で取引されるとは思ってもいなかったことだろう。

 仕入れた当人も、そして仕入れ先である業者も持て余す宝石は処分したいところなのだろう。確かに綺麗な宝石だし、100ルイゼは安い。お買い得な商品だ。


 出どころ不明な宝石の購入を迷うショウの横から、ハルアが手を伸ばしてくる。ショウの手に握られた宝石をサッと奪い、



「これください!!」


「ハルさん!?」


「ショウちゃん、綺麗なものは買っといた方がいいんだよ!! あとで値段が高くなる可能性があるってユーリも言ってた!!」



 豚柄が特徴的ながま口のお財布から100ルイゼ硬貨を取り出しながら、ハルアは言う。



「それにね、ショウちゃんが熱心に見てたからね。気になるかなって思ったんだ」


「確かに気になるのだが……」


「100ルイゼだし、いらなかったら砕いて絵の具にでもしちゃおうよ。ユーリが教えてくれたんだけど、絵の具って宝石を砕いて作れるものもあるみたいだから!!」


「ああ、確かにそんな話も聞いたことはあるな。この世界でも同じようなことがあるのか」



 ちょっとした不安要素はあるものの、せっかくの先輩からの厚意である。ここは存分に甘えて受け取るべきだ。

 それに、出どころ不明で値段も100ルイゼの屑石だ。もしかしたら正真正銘、本物のただ綺麗なだけの石ころかもしれない。石ころではなく魔石だったら、魔法兵器エクスマキナの開発に忙しい副学院長にでも転売してしまおう。


 宝石を専用の小さな箱に梱包してくれた黒猫店長は、



「ミィも気になりますニャ。出来ればこの宝石をユフィーリア様が知っているかどうか聞いてほしいのニャ」


「分かりました。結果が出たら報告します」


「ユーリなら絶対知ってるよね!! 頭いいもん!!」



 ショウは黒猫店長から宝石の入った小さな箱を受け取り、丁寧にエプロンドレスの衣嚢にしまい込む。

 用務員室に戻ったら、最愛の旦那様に宝石の名前を聞いてみよう。彼女は宝石に詳しいから、きっとこの宝石についても知っているはずだ。


 ショウとハルアは黒猫店長に手を振り、



「ありがとー、店長!!」


「また来ますね、店長さん」


「ま、待つですニャ!!」



 黒猫店長は購買部から立ち去ろうとするショウとハルアを慌てて引き止め、



「ご注文の宝石がまだこちらに残っておりますのニャ!! お忘れ物にはご注意くださいなのニャ!!」


「あ」


「あ!!」



 引き止められて思い出したが、そういえば購買部を訪れた理由はユフィーリアからお使いを言い渡されたからである。肝心の宝石を持ち帰らなかったら、きっとお説教を受ける羽目になってしまう。

 ショウとハルアは慌てて引き返して、黒猫店長から宝石が並べられた箱を受け取るのだった。これでお使い完了である。


 正体不明の屑石とはいえ、あの綺麗な石に魅了されてしまった。何と恐ろしい魅力を携えた石なのだろう。



 ☆



「シシシッ、見つけたねェ」


「そうだね、姉御」


「どうするんだい、姉御」


「決まってるだろう、奪うのさ」



 購買部から立ち去るショウとハルアを、何者かが遠くから観察していたのだった。

《登場人物》


【ショウ】今回は旦那様のお使いで購買部に来店。宝石の知識は一般的なものだが、この世界にやってきてから宝石に触れる頻度が多くなった気がする。綺麗な石は「綺麗だな」と思う程度で拾わない。

【ハルア】ショウの付き添いで一緒に購買部へ来店。宝石の知識はあまりなく、名前も間違えてしまうが「綺麗だな」と思うぐらいの感性は持ち合わせる。綺麗な石は拾って宝箱にしまう。


【黒猫店長】購買部の店長。様々な人脈があるので魔法薬の材料から魔法の触媒、日用雑貨に食料品、衣料品まで色々と取り揃えて格安で売る。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 不思議な石を偶然手に入れたことから始まる、今度の事件もとても面白そうですね。 ショウ君とハルア君のことを観…
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