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第1話【学院長と神造兵器】

 1000年という長い歴史を誇るヴァラール魔法学院の校舎が、ごうごうと勢いよく燃えている。



「防衛魔法を展開!! 並びに転移魔法の準備を!!」


「ダメです、防衛魔法はかろうじて展開できますが転移魔法は阻害されています!!」


「阻害対象となる魔法を自由に選択できるとは、やはり神造兵器レジェンダリィによる固有結界であると断定してもいいかと!!」


「固有結界が展開されると相手の思うままです!! このままでは生徒たちに危害が!!」



 ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは歯噛みする。


 きっかけは2時間目が終了した頃だった。

 晴れ渡った青い空に歪な白い三日月が突如として浮かび上がったと思えば、次の瞬間に空が真っ黒く染まったのだ。異変を感じ取った教員たちはすぐさま生徒たちを守る為に防衛魔法を展開すると、その歪な白い三日月が超高火力の炎の魔法を校舎めがけて叩き込んできた次第である。


 おそらく、あの歪な白い三日月は冥砲めいほうルナ・フェルノで間違いない。

 絶大な威力を誇る反面、適合者がいなければ無用の長物と化すただの置き物状態だった最強とも呼べる神造兵器レジェンダリィが、ようやっと適合者を得て全力全開の力でヴァラール魔法学院を崩壊させたのだ。


 その適合者の少年が、歪な白い三日月をまるで椅子のように腰掛けて、歪んだ笑みを見せる。



「『どうした、学院長殿。随分と余裕がなさそうだが?』」


「ショウ君……」



 艶やかな黒髪は熱気を孕んだ風になびき、高みからグローリアを見下ろすその瞳の色は色鮮やかな赤。少女めいた儚げな顔立ちは雪の結晶がスカート等に刺繍されたメイド服によく映え、ヴァラール魔法学院のどの女子生徒よりも可憐で清楚な印象がある。

 ただ今だけは魔王のような気配があった。桜色の唇から紡がれる声は恐ろしいほど低く、彼自身の声ではない。冥砲めいほうルナ・フェルノに精神を乗っ取られていると言ってもいいだろう。


 アズマ・ショウ――ヴァラール魔法学院創立以来の問題児が勝手に儀式場を占拠して異世界召喚魔法に挑んだ結果、見事に異世界から召喚されたと言われている少年だ。結果がないのでグローリアは彼が異世界人だとは信じていないが。



「どうしてこんなことをするの? 生徒たちも、校舎も、みんな関係ないじゃないか!!」


「『関係ない、だと? 笑わせるな』」



 蔑んだ目で見つめてくるショウは、



「『貴様の所業は忘れんぞ、グローリア・イーストエンド。地の底に我を繋ぎ止めておきながら長いこと放置しおって……しかも我の身体を存分に弄り尽くし、調べ尽くしたことは耐え難い屈辱だった!!』」


「ちょ、誤解を招くような言い方は止めてくれる!? あれはただの実験で」


「『黙れ!!』」



 ショウは怒りの表情で叫ぶと、



「『だから殺すのだ、だから壊すのだ。これは裁きだ、我を愚弄した裁きなのだ!!』」


「グローリア、アンタ何やってんスか!!」


「た、ただの実験目的だったのに!!」



 まさか神造兵器レジェンダリィに自我が宿っているとは誰が想定するだろうか。

 神造兵器の研究目的で、しかも数ある神造兵器の中でも最強と謳われる月砲げっぽうルナ・サリアからどうやって冥砲めいほうルナ・フェルノへ改造を施したのか気になったのだ。


 そんな訳で守りの固い冥府の獄卒を洗脳魔法で操り、冥府の武器庫から冥砲ルナ・フェルノを盗み出したのだ。ちょっと頑張った。



「アンタが原因じゃねえッスか!! 大人しく殺されてこい!!」


「嫌だあッ!! 何で僕だけ殺されなきゃいけないのさ、魔法学院の教職員のほぼ全員が神造兵器レジェンダリィの研究に加担してるんだよ!!」


「じゃあ全員まとめて殺されてこいッスよ!! 完全にこっち側に非があるじゃねえッスか!! 冥砲めいほうルナ・フェルノを盗み出したとか、冥府側に何て謝罪すれば許されるんスか!!」


「うわーん、そうだったーッ!!」


「怒られることを考えてなかったんスかアンタはーッ!!」



 副学院長のスカイに胸倉を掴まれ、グローリアはガックンガックンガクガクガクーッ!! と盛大に揺さぶられる。滂沱の涙を流しながら「ごめんってばーッ!!」と謝るが、それでも副学院長の手は緩まない。

 冥府側から説教される前に冥砲ルナ・フェルノを返却する手筈だったのだ。でも思った以上に実験の進行が芳しくなく、実験装置に繋げたまま放置していたことをすっかり忘れていたのだ。


 グローリアは「うえーん」と情けなく泣き、



「どうしようスカイぃ、冥王様の説教って怖いかなぁ!?」


「知るかそんなこと!! アンタは自分のやったことをちゃんと反省して謝ってこいッス!!」


「菓子折り持ってかなきゃぁぁぁぁ」


「盗みは働くくせに律儀だな、アンタ!?」



 べっしゃべしゃに泣きながらスカイに縋り付くグローリアのすぐ横を、紅蓮の炎が通り過ぎた。


 原因を見つけるのは簡単だった。

 真っ黒い天空に浮かぶ歪な白い三日月――冥砲めいほうルナ・フェルノのすぐ側に寄り添うショウだった。底冷えのするような光を宿した赤い瞳でグローリアを見下ろし、彼は苛立ったように言う。



「『もういい、貴様は疾く死ね。我が裁きを受け、冥府の底で深く反省するがいい』」


「困るなぁ、死ぬのは」



 それまで情けなく涙を流していたはずのグローリアは、濡れた頬を長衣ローブの袖で拭う。歪な白い三日月を見上げ、右手を軽く掲げる。



「僕は学院長だからね。学院の運営もあるし、まだやりたい魔法の研究が山積みなんだ」



 グローリアの右手に光が集中する。

 白い光の粒が弾けると、彼の右手には分厚い魔導書が握られていた。立派な革表紙が特徴で、題名となるものが何も書かれていない魔導書である。


 他の魔導書と違う箇所は、魔導書全体を雁字搦めに縛る頑丈な鎖の存在だろうか。本来なら魔導書を拘束する必要はないのだが、グローリアの手に握られる魔導書は丈夫な鎖で戒められている。



「だから出来る限りは抵抗させてもらうよ」


「『ほう? いいだろう、我も寛大だ。魔法の使用は許してやろうではないか』」



 冥砲めいほうルナ・フェルノに寄り添うショウは、軽く右手を掲げた。


 歪な白い三日月の前に、いくつもの魔法陣が展開される。

 ギチギチギチ、と弓が引き絞られていく。魔法陣の中央に赤い炎が宿り、射出される一歩手前だった。


 グローリアは相手の攻撃を予測し、鎖で縛られた魔導書に命じる。



「始まりの書、防衛魔法を展開して」



 すると、魔導書を戒めていた頑丈な鎖が弾け飛んだ。


 鎖の戒めから解放された魔導書は鳥のように飛び立つと、グローリアの命令に従って透明な結界を展開する。

 相手が炎を放ってくることは分かっていた。狙いはグローリアだけならば、生徒や他の教職員に被害が及ぶことはないだろう。あとは助けが来るまで防衛魔法で凌げば、何とかなるはずだ。


 そう目論むグローリアだが、



「『禁則事項追加、防衛魔法の禁止』」


「えッ」



 グローリアは思わず声を上げてしまう。


 自身を守る防衛魔法が、ショウのたった一言で霧散してしまった。

 透明な結界の庇護をなくしたグローリアを冷たい瞳で見下ろし、メイド服を纏う可愛らしい姿の異世界人は低い声で告げた。



「『抵抗は許そう、抵抗はな。つまらんことをするな』」



 掲げた右手を振り下ろせば、ショウの手の動きに合わせて炎が放たれる。


 グローリアは慌てて回避行動を取った。

 今まで立っていた場所に紅蓮の炎が叩き込まれ、地面が焦げる。余波が飛んできて、グローリアの長衣ローブの裾が軽く焦げた。



「『我が結界から逃れられんのは、我が転移魔法を禁じているからだ。貴様らはここで死ぬしかない、我が裁きによって冥府へ落ちるしかないのだ』」



 第2射を用意するショウは、



「『最初の犠牲者は貴様だ、グローリア・イーストエンド。我を冥府から持ち出し、薄暗くて埃臭い場所に繋いだことを後悔するがいい』」


「だから嫌だよ」



 グローリアは開かれた魔導書の表面を撫でて、ふわりと地面から浮かび上がる。

 浮遊魔法だ。超自然に展開されたので、グローリア自身も高い魔法の才能があることが理解できる。


 ショウは赤い瞳を眇め、



「『我に近寄ることは許さん。禁則事項追加』」



 その途端、グローリアの展開する浮遊魔法が解除された。

 高い場所で解除された訳ではないので落下死は免れたが、両足にジーンとした痺れが襲いかかる。思わずうずくまってしまった。


 その光景をケラケラと笑いながら眺めるショウは、



「『愉快だな、愉快!! 浮遊魔法も禁止にして、無様に地を這うしかない貴様を嬲り殺しにしてやろう。楽しいなぁ、楽しいよなぁ?』」



 全く、この神造兵器レジェンダリィは何を考えているのだろうか。恐ろしいことをするものだ。


 グローリアは極小の舌打ちをする。

 防衛魔法も、転移魔法も、浮遊魔法も封じられてしまった。残すところは攻撃用の魔法しかないが、神造兵器を相手に正面から戦う技術をグローリアは有していない。


 勝ち目のある可能性を考えれば、この学院最大級の問題児が適任だが――。



「『ほら、逃げ惑うがいい』」



 冥砲ルナ・フェルノに炎の矢が番られる。


 身体能力に自信のないグローリアは、走り回って矢を避けるのが精一杯だ。それ以上だと確実に焼け死んでしまう。

 詰んだのは目に見えていた。このまま彼が楽しむままに嬲られて、その果てに殺されるのがオチだ。



「『死ね』」



 短い死刑宣告をすると同時だった。



 ガッコン、という扉のような何かが開く音がした。



 それはいつのまにか、ヴァラール魔法学院の敷地内に作られていた。

 見上げるほど巨大な扉である。趣味の悪い骸骨が扉を支え、観音開き式の扉がゆっくりと開いていく。


 深淵まで続いているような闇の中から飛び出してきたのは、



「だあああッ!! 階段が長え!!」



 透き通るような銀髪と色鮮やかな青い瞳、特殊な形状をした黒装束。誰もが振り返るような美貌とは対照的に、その口調は男性のようだ。

 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥え、肩で息をする銀髪の魔女は空に浮かぶ歪な白い三日月を見上げた。そのすぐ側に寄り添う少年を、忌々しげに睨みつけている。


 ヴァラール魔法学院創設以来の問題児――ユフィーリア・エイクトベルが、冥砲めいほうルナ・フェルノの前に立ちはだかった。



「ソイツはウチの大事な新人だ」



 鈴を転がすような凛とした印象のある声に確かな意志を乗せ、ユフィーリアは言う。



「返してもらおうか」

《登場人物》


【グローリア】ヴァラール魔法学院の学院長。魔法の実験の為なら犯罪でも軽くやる。意外と人間の心がない。

【スカイ】ヴァラール魔法学院の副学院長。おとぎ話の悪役に見えるが、個性豊かな魔法学院では意外と常識人。


【冥砲ルナ・フェルノ】冥王ザァトの裁きとして改造された神造兵器。その威力は数ある神造兵器の中でもトップクラスの威力を持つ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! ルナ・フェルノを盗み出した犯人は学院長ぐらいしかいないなと思っていたら、まさか、学院の教員のほとんどが関わってい…
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