第6話【問題用務員と冥王からの連絡】
その日の夜。
「ん?」
お風呂上がりに通信魔法で使われる鏡台に掲げられた鏡が明滅しており、ユフィーリアは濡れた銀髪をタオルで拭いながら鏡の前で立ち止まる。
通信魔法は鏡や水、手紙などを介して会話を交わす魔法だ。遠方にいる人物とその場にいるかのように会話できるのだが、ここ最近の通信魔法は『魔フォーン』による通信のみで解決してしまうので、本来の使い方を忘れかけていた。
鏡を使った通信魔法を選んでくるのだから、ユフィーリアもある程度は知り合いだろう。大抵は副学院長の作った『魔フォーン』で連絡してくるので、通信魔法の相手は『魔フォーン』を持っていないのだ。
首を傾げたユフィーリアは鏡の表面に手を翳し、
「あーい」
『おお、繋がった。こんばんは、現世の問題児よ』
「あ、冥王様」
鏡の表面に映ったのは、ボロボロの布で全身を覆った黒い靄である。
黒い靄の中には色とりどりの眼球が20個ほど浮かんでおり、それらがギョロギョロと忙しなく蠢く気味の悪い姿が鏡いっぱいに映し出される。節くれだった指先をひらひらと振って通信魔法の状態を確認するその相手は、死後の世界『冥府』を統括する王様だ。
冥王ザァト――冥府を統括する冥王にして、キクガの上司である。
『其方、キクガに何かを吹き込んだか? あるいは何かやったか?』
「何で?」
『いや何、冥府へ戻ってから仕事ぶりが凄まじくてな』
冥王ザァトが言葉を続けようとした次の瞬間。
『ぎゃあああ嫌だ嫌だ裁判は嫌だ痛いのは嫌だあああ!!』
『駄々を捏ねるとは往生際の悪い罪人な訳だが。大人しくしなさい』
『イダダダダダダ何で亀甲縛り!? しかも鎖で!?』
『何かね、興奮するなら冥王様と同じように蝋燭でも所望するかね』
『冥王様って何なの!?』
『クソドMの変態野郎な訳だが』
冥王ザァトの背後から甲高い絶叫が聞こえてきた。
悲鳴が聞こえてきた方角を一瞥した冥王ザァトは、節くれだった指先を背後に向ける。
あのイキイキとした声は、最愛の嫁の父親であるキクガで間違いはなさそうだ。ただいつにも増して声の調子にハリがある。元気よくお仕事に取り組んでいる様子だ。
『あのように、いつもより3割増しで元気がいい』
「あー……」
ユフィーリアはどこか遠い目をすると、
「昼間にアイゼからマッサージを受けたからッスかね」
『なるほど、そのせいでいつもより元気なのか』
冥王ザァトは『いつもよりしばき方も気合が入っていて興奮する』と言っていたので、元気なキクガがお気に召した様子である。知らんけど。
ユフィーリアは曖昧な笑顔で親指を立てるだけに返答を留めておき、それから強制的に通信魔法を切断する。
あの変態野郎とは付き合いきれない。結局、何が言いたいのか分からなかった。処遇は明王第一補佐官様に任せることにしよう。
通信魔法が切断されたことで、鏡は本来の様相を取り戻す。つるりとした銀色の表面には自分の姿と、何故か香油の瓶を片手に背後で佇むアイゼルネが映り込んでいた。
「ユーリ♪」
「嫌だ!! 絶対に嫌だ!!」
「逃がさないワ♪」
キクガへのリベンジを目論んだマッサージの修行に巻き込まれたくないので、ユフィーリアは急いでその場から逃げ出すのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】黒い靄の状態の冥王様には久々に会った。親父さんが今日も元気に罪人をしばいていて楽しそうだなぁ。
【冥王ザァト】帰ってきてから補佐官のキクガが張り切って働くので、地上での知り合いであるユフィーリアに連絡した。原因が分かったところで自分も受けてみたくなった。