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第1話【問題用務員とマッサージ】

「ふむふム♪」



 ここに1人の美女がいる。


 優雅に紅茶なんか入れて、すぐ側に広げられているのはマッサージの指導書である。人体の構造まで詳細に書かれており、どこがこり固まったらどう問題があるのかまで解剖図を添えて説明されている。

 その美女は熱心にマッサージの指導書を読み込み、頁に並んだ文章に視線を走らせ、それから「なるほド♪」などと納得したように頷いている。マッサージの勉強をしているようだ。白魚のような指先も、マッサージの指導書に描かれた解説用の図をなぞるように動かされる。


 収穫祭ハロウィンでよく見かける橙色の南瓜で頭部を覆った肉感的な美女――アイゼルネは、パタンと指導書を閉じる。



「おねーさん、分かっちゃったワ♪」



 何を理解したのか不明だが、アイゼルネはおもむろにマッサージの指導書を豊満な胸の前で抱えてからどこかに消えていく。



 ☆



 真剣な表情で手のひらに収まるぐらいの人形の顔をやすりがけしていた。



「んー……」



 銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは真剣な表情で人形の顔と対面していた。


 手のひらに収まる程度の小さな人形の頭は木材から切り出されたもので、丁寧にやすりをかけたことでつるりとした表面になっている。眼窩や鼻筋、口元に至るまで完璧に仕上げられていて、職人の技が光る逸品である。

 髪の毛は植えておらずまだ頭部だけの状態だが、完成度の高い人形になることは間違いない。これだけ真剣に人形へ向き合っていれば、どれほどこの作品に心血を注いでいるのか分かる。


 ユフィーリアは魔法で空中に浮かばせた魔導書を手繰り寄せると、



「こんなものかな、うん」



 やすりがけをしていた人形の頭部を、落下してなくさないようにと棒に突き刺して台座に設置しておく。台座から突き出た針金に人形の頭部だけが突き刺さった奇妙なものだが、こればかりは仕方がない。


 ユフィーリアの事務机には小さめの木材がいくつかと荒削りされた状態で置かれている人形の胴体部分と四肢部分、絵筆や絵の具なども用意されていた。

 全て人形を生み出す工程で必要なもので、魔導書が示す通りに購買部で揃えたものである。頭部も胴体も、それから華奢に削り出された四肢もユフィーリアが木材から仕上げた。頭部は完成間近だから、次は胴体部分の作業である。


 人形の胴体部分を手に取り、ユフィーリアはこれまた真剣な表情でやすりをかけていく。ショリショリという音が静かな用務員室に落ちた。



「ショウ坊の身体はどこまで削ればいいかな……華奢だけど最近は脂肪もついてきたし……」



 ぶつぶつと胴体部分にやすりがけをしながら、ユフィーリアは小さく呟く。


 実はこの人形、組み立てて完成すると最愛の嫁であるアズマ・ショウになる予定である。

 決して邪な気持ちで作る訳ではなく、彼の普段着にするメイド服の試作品を着せる為だ。最愛の嫁に似合わない服などはないだろうが、それでも好みの問題などがある。愛している嫁を最も輝かせる為の衣装を作ったところで、本人に着せてみないと完成状態が分からないのだ。


 そこで「人形でも作って試作品を着せれば、本人にも似合うんじゃねえのか?」という結論に至った訳である。試作品だから布の消費も少なくて済むし、実物を作る時に手順を覚えているから魔法も使いやすい。



「かといって薄くしすぎるのも嫌なんだよな……肉感が大切……」


「ユーリ♪」


「出来る限り現実味を帯びた感じを追及したい……抱きしめた時の感覚を思い出せ大丈夫だアタシは天才だから出来る出来る」


「ユーリってバ♪」



 作業中に名前を呼ばれて、ユフィーリアはふと視線を居住区画の扉に向ける。


 半開きになった居住区画の扉から、南瓜頭の娼婦――アイゼルネが顔を覗かせていた。

 彼女は南瓜のハリボテの下で綺麗に微笑み、チョイチョイと手招きをしている。その豊満な胸の前で抱かれた書籍は『解説! 20種のマッサージの手解き』とあり、とても嫌な予感しかしない。相手にすれば確実に半日は身体が動かせないような気がする。


 ユフィーリアは顔を顰めて、



「絶対に嫌だ」


「まだ何も言ってないワ♪」



 アイゼルネは「いいじゃなイ♪」とユフィーリアに詰め寄り、



「今回は神経を修復させるマッサージじゃないワ♪」


「じゃあ何だって言うんだよ」


「頭のマッサージなのヨ♪」



 ワキワキと両手の指を動かして主張してくるアイゼルネ。


 人形作りの作業を中断して、ユフィーリアは少し考えてみる。

 魔法を使う際の神経を修復するマッサージはあまりにも気持ち良すぎて、身体を動かすのに半日以上の時間を要した。今回の予定が頭のマッサージのみなら完全に動けなくなるということもなさそうである。


 それに、頭部への指圧は逆にスッキリとした気分になるのだ。人形作りの作業効率もよくなりそうである。



「本当に頭のマッサージだけなんだろうな?」


「本当ヨ♪」



 怪しむように言うユフィーリアに、アイゼルネは事実だと断言する。



「じゃあ頼むわ」


「やったワ♪」



 頭のマッサージが試せるということで、アイゼルネは弾んだ声で喜びを露わにした。最近はマッサージに凝っているのか、実に勉強熱心である。


 マッサージにあたり別室へ移動するかと椅子から立ち上がろうとしたところで、アイゼルネが「ああ、大丈夫ヨ♪」と制される。肩を押されて椅子に戻されてしまった。

 事務椅子に押し戻されたところで、アイゼルネが椅子に座るユフィーリアの背後に回る。彼女のほっそりとした指先がユフィーリアの頭部に触れて、軽く頭皮を揉み込んできた。


 適度な力加減の指圧が心地よく、自然と身体から力が抜けていく。椅子にゆったりと身体を預け、ユフィーリアはアイゼルネによる頭皮マッサージを受け入れた。



「ぅあー……」


「だいぶお疲れネ♪」


「目を酷使しすぎたかな……」


「うふフ♪ じゃあ頭と肩もやってあげるワ♪ 上半身を重点的にやっていきまショ♪」


「おー……」



 頭部だけのはずが何故か範囲が上半身に広げられているのだが、まあ気持ちがいいので気にしないでおくことにしよう。


 ぐりぐりと頭部を親指で押し込まれ、丹念に揉み解されていく。

 人形作りの工程で目を酷使しすぎていたのか、頭を揉み込まれるのが非常に気持ちがいい。このまま眠ってしまいそうな勢いがある。


 この快楽を堪能するように瞳を閉じると、アイゼルネの指先が頭部から移動した。うなじの部分を指圧されていくが、作業で首が凝り固まっていたのか『くすぐったい』という感情よりも気持ちよさが勝る。



「あー……首ぎもぢいい……」


「変な声になってるわヨ♪」


「ずっと作業をしてたから疲れてんだろうな……」



 首と頭の境目辺りをぐりぐりと揉まれて、ユフィーリアは堪らず「あー……」という間抜けな声を漏らしてしまう。


 魔法を使い際の神経を修復する時は、気持ちよさもあるのだが身体の中を強制的にいじられているような違和感があるのだ。別に我慢できるのだが、あまり感じていたくないような気分になってくる。

 今回は完全にマッサージのみなので、疲労が溜まった身体が徐々に解れていく。このようなマッサージなら継続的に受けたいところである。


 アイゼルネの指先がユフィーリアの肩に移動し、



「ひぎッ!?」



 ぐりッと肩を揉み込まれたその時、身体の奥に衝撃が走った。


 一瞬だけ感じた痛みのあとに、甘やかな痺れがじんわりと広がっていく。先程までのマッサージによる癒しの快楽ではなく、何かこう、別のもののように認識できた。

 普段から肩を揉まれるようなことはないので普段の肩揉みがどういうものなのか分からないが、ハッキリと理解できるのはこのマッサージそのものがおかしいということだ。このまま肩を揉まれ続ければまずい。


 ユフィーリアはアイゼルネへ視線をやり、



「あ、アイゼ? もういいぞ?」


「あら、まだ凝ってるわヨ♪」


「ひぎゃッ!?」



 ぐりッとアイゼルネの親指がユフィーリアの肩に突き刺さる。その部分がちょうど凝り固まっていた箇所だったからか、痛みと快感が同時に押し寄せてくる。



「おねーさんね、ついに習得したノ♪」


「な、何を? マッサージ技術なら元から高かったろ!?」


「悪魔のマッサージなノ♪」



 アイゼルネの指はユフィーリアの肩から、華奢でありながらもしっかり筋肉のついた上腕に移動する。肩だけでは飽き足らず、ついに侵食が上半身にまで及んでしまった。

 これはまずい、非常にまずい。『悪魔のマッサージ』とやらの内容は想像できないが、体感した限りだと半日は動けなくなってしまう最悪の未来が予想できてしまう。神経修復のマッサージを受けた時の二の舞になる。


 ユフィーリアは魔法で逃げ出そうとするのだが、



「指が、動かねえ……ッ!?」


「うふフ♪」



 アイゼルネはユフィーリアの背中にのしかかり、鎖骨の辺りに指を這わせる。首筋から鎖骨にかけて中身を押し流すように指圧していき、それがまた力加減が心地よくて気持ちがいい。

 マッサージによる気持ちよさが蓄積した影響か、全身の力が思うように入らず指さえ動かせない。雪の結晶が刻まれた煙管はユフィーリアの事務机に放置されたままである。煙管がなくても魔法は発動できるが、魔法を発動させる為の思考回路さえ徐々に鈍くなってきた。


 するり、とアイゼルネの指先がユフィーリアの手のひらに触れる。ツボを的確に押し込まれ、痛さが入り混じった気持ちよさが伝わってきた。



「たっぷりたっぷり癒してあげるわネ♪」



 アイゼルネは清々しいほど綺麗な笑みを南瓜のハリボテ越しに見せ、



「素敵な悲鳴を聞かせてちょうだいネ♪」


「おまッ、騙したなアイゼ!?」


「騙したなんて人聞きの悪いことを言わないでちょうだいヨ♪」


「止めッ、もういいもういいこのままだと動けなくなるから離せええええええええ!!」


「もう動けないのに何を言ってるのかしラ♪」



 抵抗虚しく悪魔のマッサージに陥落してしまったユフィーリアは、そのまま意識を手放してしまった。

《登場人物》


【ユフィーリア】神経を回復させるマッサージは身体が半日動かなくなるので嫌なのだが、普通のマッサージは割と好き。ヘッドマッサージとか大好き。

【アイゼルネ】この度、悪魔のマッサージなるものを習得して上司をえらい目に遭わせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! アイゼルネさんが無双するという最新作、楽しみにしておりました!! この作品で一番最強なのは、もしかしたらアイゼルネさんではないかと思ってしまいまし…
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