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第12話【問題用務員と樟葉姐さん】

 処刑終了である。



「ぉ、ご……」



 遮断結界の内側で、八雲夕凪はピクピクと小刻みに震えていた。


 涎だけではなく、あまりの臭さに吐瀉物も撒き散らして大惨事である。遮断結界内は煙が充満しており、どれだけあの悪臭花火をぶっ放したのか嫌でも分かる。

 芝生が敷かれた地面では八雲夕凪がうつ伏せの状態で倒れて、懸命に防護服を掴んでいた。防護服を着ている相手は遮断結界の内側にはおらず、ただ抜け殻のようになった防護服を必死に引き寄せて何かをぶつぶつと訴えている。


 そんな哀れな白い獣を悠々と眺めるユフィーリアは、



「ざまあねえな、本当に」


「だねぇ」


「だね!!」



 一緒に悪臭花火を八雲夕凪にぶっ放してきたエドワードとハルアが同意してくる。


 処刑を執行するにあたり、あらかじめ味覚と嗅覚を『絶死ゼッシの魔眼』で終焉させておいたのだ。機能を失わせる程度に抑えたので、また魔眼を使って糸を繋ぎ合わせれば復活できる算段である。おかげで悪臭花火の臭いが充満した遮断結界の内側でも活動できたが、防護服に悪臭が染み付いてしまったので捨ててきた訳である。

 防護服の中身だけを転移魔法で遮断結界の外側に移動させれば、簡単に臭い防護服を捨てることが出来る。ついでにガスマスクもどうせ臭くなっているだろうから遮断結界の内側に置いてきた。今頃、中身のなくなった防護服を掻き集めて八雲夕凪なりに仕返しをしているのだろうが、残念ながらそこにユフィーリアたちはいない。


 繋ぎ合わせた味覚の復活を確認する為に西瓜のかき氷を頬張るエドワードは、



「あ、これ甘くて美味しいねぇ」


「リリアの西瓜だぞ、美味くない訳がねえだろ」


「それもそっかぁ」



 ユフィーリアの言葉に、エドワードは納得したように頷く。


 さて、問題は遮断結界の処理方法である。

 遮断結界の内側は酷い悪臭で満ちている。それはもうエドワードが3回ぐらい死んでもおかしくないほどだ。八雲夕凪はそんな地獄の空間に閉じ込められ、全身に悪臭を染み込ませた状態でぶっ倒れている。


 この結界内の空気はどう処理すればいいのか。



「浄化魔法をかけるしかないよね」


「芝生に臭いが染み込んでもあれですし、身共も環境治癒魔法を使用して手伝いますね」



 遮断結界に取り残された八雲夕凪を眺め、グローリアとリリアンティアが空気の浄化について相談していた。

 グローリアはともかく、リリアンティアは悪環境の状態を正常に戻す環境治癒魔法が使えるので悪臭にも対応は出来るだろう。さすが第六席【世界治癒セカイチユ】である。


 スカイが「いやでも」と口を開き、



「爺さんはどうするんスか。臭いが染み付いちゃってるけど」


「殺せばいいじゃん!?」


「ハルア君の暴走機関車思考を止めさせて」



 八雲夕凪の処遇について問うたスカイは、ハルアの暴走気味な思考に「何でそんな発想に至っちゃうかな」とツッコミを入れる。


 処分に困るのも当たり前だ。空気を浄化したところで、残ったのは臭い匂いを発する白い獣だけである。こればかりは簡単に処分が出来ない。

 風呂に入れたところで3日間は臭いが取れなさそうな気配がある。入浴剤をぶち込んだところで、悪臭花火の臭いと混ざり合ったら地獄の再来だ。処分方法は慎重に選ばなければならない。


 キクガがスカイに視線をやると、



「君が臭いを取り除く魔法兵器エクスマキナでも作ればいいのではないのかね?」


「えー、いやまあ出来るんスけど。爺さん相手に気分が乗らないんスよね」


「では害獣処理をする他はあるまい。毒の沼にでも叩き落とせば臭いもそのうち消える訳だが」


「え? 骨の髄まで溶かそうとしてらっしゃる、このお父様?」



 お綺麗な見た目に反して暴力的な提案を並べてくるキクガに、スカイは困惑したような視線をやる。さすが普段から暴力で興奮する変態の冥王をしばき回しているだけある。



「ちょっと息子さん? お宅のお父様、爺さんのことを『害獣処理』だとか言ってるんスけど?」


「はあ、ユフィーリアを陥れようとした害獣相手に一瞬で死を与えるだけまだ慈悲のある行動だと思いますが」


「おっと、そういや息子さんの方は旦那さん過激派だったッスね。これが通常運転か」



 ユフィーリアが氷漬けにしてしまった西瓜のかき氷がいい感じに溶けてきたので、突き刺さった匙を引っこ抜いてシャクシャクとかき氷を口に運ぶショウが平然と言う。八雲夕凪の害獣扱いについて、何の疑問も持っていない様子である。

 お優しいことに、副学院長様は八雲夕凪を害獣扱いするつもりはないらしい。何の躊躇いもなく害獣扱いをする問題児と七魔法王の面々に白目を剥いていた。


 その時である。



「夜分遅くに御免ください」



 穏やかな女性の声が校庭に響き渡る。


 その場にいる全員が声の方向へ振り返ると、そこには白髪の美女が佇んでいた。

 雪のように真っ白な長髪と金色の双眸、白を基調とした着物を身につけた楚々とした雰囲気のある美人である。頭頂部には白い狐の耳が突き出ており、背中ではふわふわの毛並みが特徴的な狐の尻尾が揺れている。柔和な顔立ちにどこか非常に申し訳なさそうな表情を張り付け、全員と目線が合うと頭を下げてきた。



「この度はうちの亭主がとんだご迷惑をおかけいたしまして……」


「え、君って八雲のお爺ちゃんの?」


「はい、妻の樟葉くずのはでございます」



 白髪着物美人――樟葉は申し訳なさそうに、



「アイゼルネ様より通報を受けまして……」


「一応、樟葉さんに通報しておいた方がいいかしらって思ったのヨ♪」



 樟葉の後ろからアイゼルネがひょっこりと顔を覗かせる。彼女を呼んだのはアイゼルネのようだ。



「こちらはお詫びの品となっております。どうぞお納めください」



 樟葉がポンと手を叩くと、ユフィーリアたちの手に一抱えほどもある箱が転送された。よく見ればそれは極東地域で有名な和菓子屋の包み紙で、しかもその場にいる全ての人間にその箱が行き渡っていた。

 七魔法王セブンズ・マギアスのみならず、ユフィーリアの従僕であるはずのエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウにも同じ箱が用意されていた。問題児に関しては一括りにすればいいのに、ご丁寧にも全員分の菓子折りを準備してきたらしい。


 グローリアは樟葉に同情の視線をやると、



「君も大変だね、あんなのが旦那さんなんて」


「離縁を申し出ても受け入れてもらえないんです」



 樟葉は困ったように笑うと、



「『何でもするから離縁だけは勘弁してくれ』と言うものですから、仕方なく無理難題を押し付けてみるんです。けれども今までの無理難題を乗り越えてくるものですから、毎度のように許してしまうのです」



 なるほど、すでに三行半は突きつけられていたのだが八雲夕凪が抵抗しているのか。無理難題を押しつけて、結局は許してしまうのだから樟葉も優しいというか甘い人物である。

 これには反応に困るユフィーリアだが、これは八雲夕凪と樟葉の問題である。他人が余計な首を突っ込むのは野暮なことだ。


 樟葉は遮断結界のど真ん中で防護服を握りしめたままビクビクと小刻みに震える八雲夕凪と対面し、



「旦那様」


「ぉ、ぐ、樟葉かえ?」


「はい、旦那様。樟葉でございます」



 八雲夕凪は地べたに這いながら視線だけを結界の外にいる樟葉に投げかけ、



「た、頼むぅ、助けてくれぇ」


「ユフィーリア様がご注文された匂い花火を盗んだということは本当でございますか?」


「ぉごッ」



 助けを求めた八雲夕凪だが、妻からの冷たい言葉に撃沈する。



「旦那様、そろそろ樟葉も堪忍袋の緒が千切れそうですよ?」



 樟葉は朗らかに笑いながら、コテンと首を傾けた。

 仕草は可愛らしいものだが、目が笑っていない。口元だけ優雅に微笑んでおきながら黄金色の瞳は全く笑っている気配がなかった。恐ろしいほどの無感情である。


 八雲夕凪は悪臭花火に包まれて行動できない状態であるにも関わらず、その場で素早く土下座をした。機敏な動きだった。



「頼む、頼む樟葉!! 離縁だけは勘弁しておくれ!!」


「それを言うのは何度目になるでしょうね、旦那様。よその娘様にちょっかいをかけたり、同僚の方には濡れ衣を着せ、挙句の果てには妻子がいる身でありながら他人に目移りするとは一体どういう神経をしていればそんな芸当が出来るのでしょうね?」


「あがぁッ」



 樟葉がツラツラと並べた言葉の数々は、八雲夕凪の心を傷つけるには十分だった。土下座をしていた八雲夕凪は妻からの冷ややかな指摘にあえなくぶっ倒れ、戦闘不能に陥ってしまう。

 9本の尻尾をふにゃりと垂れ下げ、土下座の状態からパタリと横に倒れた八雲夕凪。その姿はまるで矢に貫かれた死体のようである。このまま安らかに永眠しそうだ。


 頬に手を当てて微笑む樟葉は、



「許してほしいですか、旦那様?」


「ほえ……?」


「許してほしいですか、と申しております。別によろしいですよ、このまま離縁しても」


「ゆ、許してほしい、許してほしいのじゃ!!」



 ガバッと跳ね起きた八雲夕凪に、樟葉は「では」と今回の無理難題を発表する。



「最近暑いですし、毛刈りをしましょうね」


「ぜ、全剃り……?」


「何を仰いますか、旦那様。甘いですよ」



 樟葉は満面の笑みで、



「生皮を剥ぎます。そんな臭い毛皮を纏っていては家の敷地内にも悪臭が染み付いてしまいますので」


「え、それ儂は死なんか?」


「生きていたら離縁を考え直します。死んだらそれまでです」



 おもむろに着物の袖へ手を差し入れた樟葉が取り出したものは、大振りの裁ち鋏である。刃はよく研がれているのか、月明かりを受けて妖しく輝く。

 遮断結界に閉じ込められた八雲夕凪は、自分の尻尾を抱えて結界の外で微笑む妻から距離を取った。この結界は彼を閉じ込める牢獄だったのだが、この瞬間より妻から自分の毛皮を守る防壁となる。あれだけ出たかったはずの遮断結界も、意地でも引きこもらなければならない理由が出来てしまった。


 樟葉は裁ち鋏を片手にグローリアへ振り返ると、



「こちらの結界、早急に解除をしていただくことは出来ますか?」


「浄化魔法で10分ほどかかるけど、それでもいい?」


「構いません。鋏を研いでお待ちしております」


「学院長殿、学院長殿!! せめて儂の覚悟が決まるまで、決まるまではどうか結界を解かんでほしいのじゃ!!」



 八雲夕凪の懇願も虚しく、グローリアは粛々と悪臭を取り除く為に浄化魔法を発動させる。これで八雲夕凪の毛皮が剥がれるまで、残り10分程度となってしまった。

 樟葉は研ぎ石で鋏を研ぎ始め、その姿は献身的な妻というより鬼嫁のようである。背筋が凍るほどの寒気を感じる。


 ユフィーリアはそっと八雲夕凪に背を向けると、



「お前ら、帰ろうぜ」


「花火大会もお開きだねぇ」


「綺麗だったね!!」


「悪臭花火で台無しになっちゃったけド♪」


「今度はちゃんとした極東の花火大会に行きたい」



 そんな訳で悪臭花火によってぶち壊された花火大会は、八雲夕凪の断末魔によって幕を閉じたのだった。



 後日、生皮を剥がれた影響で全身血だるまとなった八雲夕凪が泣きながら保健室にやってきたが、留守を任されていた問題児の暴走機関車野郎と女装メイド少年に辛子味噌を片手に追いかけ回されていた。

《登場人物》


【ユフィーリア】樟葉とは普通に仲がいい。極東の郷土料理の作り方を聞いたり、またこちらも美味しいお菓子の作り方などを教え合ったりする。

【エドワード】樟葉との交流はあまりない。せいぜいが八雲の爺さんが余計なことをして通報するぐらい。

【ハルア】樟葉とはショウに連れられて交流するぐらい。ただ極東の遊びで『ハゴイタ』や『カルタ』は教えてもらって好きになった。

【アイゼルネ】樟葉とは普通に仲がいい。極東の着物を仕入れる時は樟葉を経由することが多い。着物の知識が豊富なので教えてもらう。

【ショウ】樟葉とはちょっと仲がいい。アイゼルネと同じく着物の話をしたり、極東の装飾品の話をしたりする。元々が極東、というか異世界の東京出身だからだろう。


【グローリア】樟葉とはあまり話さない。八雲の爺さんが阿呆なことをして通報するぐらい。

【スカイ】樟葉とは少し話をする程度だが、獅子舞の話を聞いて魔法兵器に出来ないかと企む。

【ルージュ】樟葉から極東の珍味などを仕入れるのでよく話す。癖のある味がいいのだが、樟葉には何度か苦笑いされている。

【キクガ】樟葉とは着物の件で話をしたりする。冥府よりも現世の方が綺麗な着物が多いので、流行の色について相談したりする。

【リリアンティア】極東のお野菜の種をもらったり、穀物をもらったり、お裾分けをしたりする仲。


【八雲夕凪】毎度のように余計なことしかやらない真っ白い狐のジジイ。嫁には頭が上がらない。

【樟葉】ヴァラール魔法学院に出向中の夫に代わり、極東にある社を守る八雲夕凪のお嫁さん。良妻賢母を体現した妻としても母親としても有能でおおらかなのだが、夫が粗相をしでかすと悪鬼羅刹の如く怒る。こんな碌でなしでもちゃんと愛情はある。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 泣きっ面に蜂どころか、悪臭地獄に生皮を剥ぐ・・・。 八雲夕凪おじいちゃん、自業自得とはいえ何とも悲惨…
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