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第11話【問題用務員と主犯者への罰】

「ぐがー」



 八雲夕凪は教員寮の自室で、いびきを掻きながら寝ていた。


 教員寮の内装はある程度の自由があり、魔法で簡単に模様替えが可能だ。極東地域にて曲がりなりにも豊穣神として奉られている存在の八雲夕凪は、室内を畳敷きの極東風にアレンジしていた。

 窓は障子、床の間には自分で生けた花が飾られた何とも風情のある内装である。畳敷きの床に布団を敷き、ついでに酒瓶があちこちに転がっていた。当の本人は掛け布団も蹴り飛ばして寝転がり、幸せそうに涎を垂らしながら夢の世界を満喫している。


 そんな眠る真っ白い狐の顔面に、どこからか転送された紙がぺらりと落ちてきた。「ふがッ」と紙が触れたことで呻く八雲夕凪だが、気づくことはない。



「〈開廷・魔法裁判〉」



 八雲夕凪が紙の存在を確認する間もなく、魔法が発動する。



「んむッ!?」



 魔法が発動されると同時に、八雲夕凪はどこかに強制転移させられた。


 布団の存在はなく、背中から芝生の上に叩き落とされる。大量の酒を飲んで幸せ気分で寝ていたはずだが、現実に引き戻されて薄紅色の瞳で何度も瞬きを繰り返していた。

 そしてようやく現実を認識する。この場にいるのは八雲夕凪を除いた七魔法王セブンズ・マギアスの面々で、誰も彼もが底冷えのするような視線で八雲夕凪を見下ろしていることに。


 裁判官を務めるルージュが軽く咳払いをすると、



「これより裁判を執り行いますの」


「さ、裁判!?」



 八雲夕凪は芝生の草を額や頬に貼り付けながら跳ね起きると、



「待つのじゃ、るーじゅ殿。儂は何の罪も犯しとらんぞ!?」


「貴方には窃盗の容疑がかけられておりますの。被告人はお静かにするんですの」


「窃盗!? 何のことじゃあ!?」



 身に覚えがないと言わんばかりに主張してくる八雲夕凪だが、ルージュは被告人であるクソ狐の戯言など聞く耳を持たんと言わんばかりに粛々と裁判を進めていく。



「検察官、被告人の罪状を読み上げるんですの」



 ルージュが指名したのは、検察官役に任命された第四席【世界抑止セカイヨクシ】のキクガである。

 彼の手には古紙を紐でまとめた冊子がある。その冊子の表紙には『八雲夕凪』と達筆が並んでおり、それだけで物々しい雰囲気があるのは間違いない。あれは冥府で働く彼に許された特殊な台帳であり、表紙に書かれた名前の人物の行動記録が全て記載されている。


 キクガは台帳を広げると、



「1週間前、用務員室に置かれていたユフィーリア・エイクトベル宛の荷物を勝手に検品。中身の匂い花火を確認した被告人は、それを窃盗。後日、自らが調合した悪臭の放つ匂い花火と入れ替えた上で『拝借をした』などという内容の手紙を箱の奥底に忍ばせて隠蔽した」



 淡々とした口調で読み上げると、キクガは絶対零度の眼差しで八雲夕凪を見据える。



「――言い逃れは許さない。これら全ての罪は冥府の台帳に記されているものな訳だが、何か異論はあるかね」


「ご、誤解なのじゃ!!」



 八雲夕凪は悲痛な声で叫ぶと、



「極東からの荷物で、樟葉くずのはが送り主だったから儂のものかと思ったんじゃ。それでその」


「荷物の伝票にはしっかりとユフィーリア・エイクトベルの名前が記載されていたはずだが、それについての弁明は?」


「よく見ていなかったのじゃ……」



 9本の尻尾をへにょりと垂れ下げて言う八雲夕凪に、ルージュは赤い瞳を音もなく眇めた。



「つまり、開けたのは故意ではないと?」


「そ、そうなのじゃ。わざとではないのじゃ」



 八雲夕凪は両手を合わせると、



「るーじゅ殿、いや裁判長殿。ゆり殿の荷物を開けてしまったのは間違いなく事実、だが決してわざとではないのじゃ。どうか慈悲のある判断を」


「では質問を変えるが、匂い花火を無断で拝借した理由は?」


「むごッ」



 キクガの質問が横から飛んできて、八雲夕凪は言葉に詰まる。


 ユフィーリアの荷物を勝手に開けたとはいえ、わざとではないのであれば致し方ないことだ。送り主は八雲夕凪の奥方なのだから、もしかして配達先を間違えたのかと思うことだってある。

 だが中身が匂い花火の時点で異変を感じないだろうか。遠くの地で勤務する夫に花火玉を送るような妻がどこにいる。



「お、送り主が樟葉なら中身も儂のものかと思うじゃろ。つまりはそういうことじゃ」


「わざとではないと仰るんですの?」


「そうじゃ、わざとではないのじゃ」


「ではこちらをご覧いただきますの」



 ルージュが示したのは、自分の隣に置かれた木箱である。


 中身はあの悪臭花火だ。そして、その木箱の側に控えるのは学院長のグローリア・イーストエンドである。

 真っ白な表紙が特徴的な魔導書をスッと開き、何も書かれていない頁に手を翳す。紫色の光が悪臭花火の詰め込まれた木箱を包み込むと、半透明な狐の姿を映し出した。


 物体記憶時間遡行魔法――物体が持つ記憶を映像として出力する高等魔法だ。空間・時間の操作を得意とするグローリアが編み出した魔法である。



『何じゃい樟葉、最近は儂に手紙すら送ってくれんのにゆり殿とはこうやってやり取りしおって……』



 音声と共に半透明の狐はゴソゴソと木箱を漁り、半透明の花火玉を取り出す。あれが本来、ユフィーリアが樟葉を経由して頼んだ匂い花火だ。



『匂い花火ィ? こんなしょーもないものを注文するとはゆり殿も何を考えているんじゃ。高いだけで食える訳じゃないのにのう……』



 興味なさげに花火玉を弄ぶ半透明の狐は、唐突に『そうじゃ!!』と何かを思い出す。



『樟葉も匂い花火に興味を持っておったのう。ゆり殿のこれを拝借すれば、儂も男を上げるのう!!』



 半透明の狐はいそいそと木箱に詰め込まれていた花火玉を大量に抱えて、その場を立ち去った。拝借すると言った割には持ち主であるはずのユフィーリアに何も言っていない。

 そして時間を置いて、再び狐が花火玉を大量に抱えて戻ってきた。まず木箱に紙らしきものをぺらっと置いて、それから花火玉を木箱へ丁寧に並べていく。横から見る狐の表情は何かを企むような笑みだった。


 狐は小さな声で、



『最近のゆり殿は調子に乗ってるからのう、ここらで神罰を与えてもいい頃合いじゃろ。嫁に嫌われていく感覚を味わえばいいのじゃ、恥を掻いてしまえばいいのじゃ』



 花火玉を綺麗に箱へ詰め直して、それから狐は『まあ』と呟く。



『ゆり殿のことじゃ、どうせすぐに気づくじゃろ。そうなったら元から匂い花火はこんな匂いだったと言ってやるのじゃ』



 そこで物体記憶時間遡行魔法は途切れた。


 冷ややかな視線が八雲夕凪に集中する。

 わざとではないと先程から主張していたはずだが、完璧にわざとである。ユフィーリアを貶めようという狡猾な精神に基づいた完全無欠にわざとと捉えることが出来る行動である。しかも打ち上げる前にバレたら「匂い花火は元からそんな匂いだった」と嘘で誤魔化す気満々だった。


 これでもう言い逃れは出来ない。わざとであることが証明されてしまった今、悪質な窃盗の罪が確定してしまった。



「それでは判決を言い渡しますの」


「待つのじゃ、待つのじゃ!!」



 八雲夕凪は裁判長であるルージュに待ったをかけ、



「ならばせめて減刑を!! 減刑を求めるのじゃ!!」


「往生際が悪いですが認めますの」



 ルージュは仕方がなさそうな感じで、



「弁護人、何か意見は?」


「ありません」



 ルージュに指定された弁護人、リリアンティアはツンと澄まし顔で否定する。発言をしないということは、そもそも八雲夕凪を庇うつもりは毛頭ないらしい。



「何でじゃあ!? 弁護人、ちゃんと儂を弁護するのじゃあ!!」


「今回に限っては何も悪くないユフィーリア様を貶めようとした貴殿を庇う理由など、身共にはありませんとも」



 これで裁判は決着である。弁護人に見捨てられた八雲夕凪に、残念ながら味方など存在しなかったのだ。



「それでは改めて判決を言い渡しますの」



 ルージュは八雲夕凪を真っ直ぐに見据え、



「被告人には悪臭花火をその身で味わっていただきますの。ご自分が用意したんですの、ご自分で処理なさるのが道理ですの」


「な、何であんな臭い花火を儂が受けなければならないのじゃ!?」


「これでも現存する法律に照らし合わせて、かなり減刑した方ですの。公の場ではないので、あくまで私刑の範囲内で適用させていただきますの」



 ルージュは「これにて閉廷しますの」と宣言して、裁判は終了を迎えた。


 さて、残すところは八雲夕凪に対する処刑である。

 処刑の役割を果たすのは、執行官に選ばれたユフィーリアとグローリアの2人だ。なるほど、下された罰の内容を鑑みるとグローリアの存在は大きく関係してくる。


 逃げようとする八雲夕凪だったが、



「わっしょい」


「どわーッ!?」



 地面から生えた腕の形をした炎――炎腕えんわんに胴上げされてしまい、身動きが取れなくなってしまう。

 炎腕を召喚したのは、ユフィーリアを世界で1番愛してやまないショウである。彼の瞳には光が宿されておらず、ただただ八雲夕凪を炎腕で胴上げしながらどこかに運搬していく。


 胴上げされる八雲夕凪は甲高い悲鳴を上げ、



「た、助けておくれ、助けておくれえ!!」


「死刑にならないだけありがたいと思ってください」


「嫌じゃ、臭い花火を食らうのは嫌じゃ!!」



 炎腕で薄暗い校庭を運ばれていく八雲夕凪は、



「というか、この校庭で悪臭花火をぶっ放せば周りにも被害が及ぶぞい!?」


「ああ、それなら問題ないよ」


「学院長ッ!?」



 しれっと答えたグローリアに、八雲夕凪は驚愕する。


 グローリアはショウが運搬する炎腕に「おーらい、おーらい」と誘導していた。目指す先は開けた校庭の中心地で、処刑に使われるようなものは何もない。そんな場所に運ばれても困惑するだけだ。

 炎腕で運搬されていた八雲夕凪は、グローリアの誘導によって開けた校庭のど真ん中に放り出されてしまう。しかも放り出され方が雑で、顔面からポンと投げ飛ばされて地面を無様に転がった。


 真っ白な魔導書に手を翳したグローリアは、



「〈隔絶展開・遮断結界〉」



 校庭に投げ出された八雲夕凪を中心に、ドーム状の結界が展開される。


 遮断結界とは、結界によって空間を遮断することで結界の外側に匂いや衝撃などを伝えなくする魔法である。空間を操る魔法が得意なグローリアが編み出した魔法であり、魔法の実験をする際に爆発などの衝撃や実験の過程で出てしまった悪臭などを閉じ込めて外に逃がさない為の安全装置として使用される。

 もちろん処理方法も、切り離した空間を何かあれしてそれして処理するらしい。詳しくは分からないのだが、内側の切り取った空間の状態を外側と同じ状態に浄化して解除するとか説明された。そんなお手軽な牢獄の魔法を好んで使う魔法使いなどグローリアぐらいのものだ。


 空間を切り離されたことで出来上がってしまった処刑場に取り残された八雲夕凪は、



「だ、出すのじゃ!! 儂は無実じゃ!!」


「なーにが無実だ、結局はアタシを陥れようとしてるじゃねえかクソ狐」



 八雲夕凪が弾かれたように振り返る。


 先に遮断結界が展開される地点で待ち受けていたのは、ユフィーリア、エドワード、ハルアの問題児である。最も敵に回してはいけない奴らである。

 ユフィーリアたち3人の格好は分厚い防護服に身を包み、顔をガスマスクで覆うという徹底ぶりだった。さらにその手には大砲の形をした魔法兵器エクスマキナが握られており、大口径の銃口に花火玉を詰め込んで準備を完了させる。


 この3人がいるということは、もう何をやるのかお察しである。



「ま、待つのじゃ、臭いはどうなるんじゃ!?」


「あらかじめ嗅覚と味覚を終わらせて挑んでるから、今のアタシらは鼻も舌も使い物にならねえよ」


「全く臭いを感じないよぉ」


「これで安心して臭い花火をぶっ放せるよ!!」



 大砲型の魔法兵器を肩に担いだユフィーリア、エドワード、ハルアは迷いなく引き金を引いた。



「「「ふぁいやーッ!!」」」


「ぎゃあああああおえッ、臭ッ!!」



 激臭を放つ花火を何発も打ち込まれ、八雲夕凪はあまりの臭さに地面をのたうち回っていた。ざまあみろである。

《登場人物》


【ユフィーリア】執行官役で待機。あらかじめ嗅覚と、ついでに臭い花火でおかしくなりそうな味覚も魔眼の力によって機能停止しておいた。防護服を着ててもあの悪臭花火は酷そう。

【エドワード】執行官の補佐として待機。嗅覚と味覚はユフィーリア同様に機能停止されていたので、悪臭でも余裕で動ける。

【ハルア】執行官の補佐として待機。嗅覚と味覚はユフィーリア同様に機能停止されており、八雲夕凪にバカスカと悪臭花火を打ち込みまくった。

【アイゼルネ】やることがないのでスカイと一緒に傍聴。

【ショウ】八雲夕凪を処刑場まで送り込んだ張本人。こういう時に炎腕は非常に便利。


【グローリア】執行官役として活躍。空間・時間を操作する魔法が得意。遮断結界の魔法を生み出した時には画期的だと言われた。

【スカイ】今回はやることがないのでアイゼルネと一緒に傍聴。

【ルージュ】裁判長。資格復帰がかかっているけれど裁判や法律に対しては真摯に対応するのでちゃんと裁判長を務めた。

【キクガ】検察官役として活躍。この時の為に冥府へ戻って台帳を引っ張り出してきた。管理している本人なので別に持ち出すことに躊躇いはない。

【リリアンティア】弁護人として活躍。今回、問題児は悪くないので弁護するつもりはサラサラない。聖女でも怒る時は怒る。


【八雲夕凪】今回の事件の犯人。悪臭花火の餌食になって鼻が死んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ついに八雲夕凪じいちゃんに大天罰が下りましたね。 裁判と言っても、弁護人がまさかの弁護をしない、減刑…
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