第10話【問題用務員と裁判魔法】
「八雲のお爺ちゃん、何してんの!!」
「他人のものを盗むとか何考えてんだあの白狐!!」
「いやもうハクビシンだろう。害獣の類な訳だが」
「身共の呼びかけに応じなかったのは後ろめたいことがあったからなのですね。見つけ次第、お説教です!!」
「死ぬかと思ったよぉ!! この恨みは晴らさないと夜も眠れないよ臭ッ」
「あ、エドがまた臭いで死んだ」
「忙しないわネ♪」
「よくもユフィーリアが買った花火を……!!」
花火を盗んだ、というか激臭花火と入れ替えた八雲夕凪に非難が次々と飛び交う。
吐き気を催す激臭には意味もなく苦しめられたのだ。しかも中身だけ入れ替えて、箱はそのままという悪意のある返却のされ方である。本当にふざけないでほしい。
この臭いを「あら素敵な香り」などと言えるのは、味覚だけではなく嗅覚まで阿呆な必殺料理人のルージュ・ロックハートだけである。今もなお空気を吸い込んではどこかご機嫌な様子で校庭を歩き回っていた。
ユフィーリアは箱に残った花火玉に視線を落とし、
「ということは、これは全部臭え花火玉って訳か」
「絶対にそうだよ」
グローリアは断言し、
「物事を『面白い』か『面白くない』かで判断する問題児な君とは違って、八雲のお爺ちゃんが1発だけ花火玉をめちゃくちゃ臭いものに変えると思わないからね」
「今、ユフィーリアを悪く言いましたか?」
「ひえッ」
余計な一言を付け加えてきたグローリアの背後に、光のない赤い瞳をしたショウがそっと忍び寄っていた。彼の白魚のような指先がグローリアの首に巻き付くと、徐々に指先へ力を込めていった。
さらにショウの足元からは腕の形をした炎――炎腕が、グローリアへ威嚇するようにワサワサと揺れている。数え切れないほど地面から生えた炎腕はグローリアに威嚇する部隊と激臭花火に近寄る部隊で分けられており、何をしようと画策しているのが嫌でも分かってしまった。
炎腕が激臭花火に点火することを危惧したユフィーリアは、
「ショウ坊、おいで」
「ユフィーリアッ」
両腕を広げると、ショウがとても嬉しそうな表情で腕の中に収まった。可愛らしい笑顔で強く抱きしめ、頬擦りまでしてくる。機嫌が直ったので炎腕も地面に引っ込んだ。
これで激臭花火に点火するかもしれないという可能性は消えた。もし炎腕によって激臭花火に火が灯されれば、再び爆発が起きて激臭が振り撒かれることになる。しかも今回は地上に近いので、より刺激的な臭さを味わうことになってしまう。
すりすりと頬擦りをしてくるショウの頭を撫でながら、ユフィーリアは「どうするんだよ」と言う。
「アタシは八雲のジジイに仕返しする気満々だけど」
「それは僕だって同じさ。全く、他人が購入したものを入れ替えるなんて酷いことをするものだよ」
両腕を組んだグローリアは、眉根を寄せて難しげな表情を見せる。
「でも相手は頭がいいからね、絶対に逃げ出すと思うんだよ。だから花火大会に誘っても出てこなかった訳だし」
「今あの爺さんはどこにいるんだ?」
「極東に帰ってたら面倒だね」
八雲夕凪の処遇について頭を悩ませるユフィーリアとグローリアに、スカイが挙手して「ちょっといいッスか?」と口を開く。
「爺さんは教員寮の自室にいるッスよ。呑気に晩酌をして寝てるッス」
「なるほど、押しかけるにはちょうどいい訳だが」
「飛び起きて転移魔法で逃げられても困るんスよね」
世界中のどこでも見放題な『現在視の魔眼』を持つスカイが八雲夕凪の居所を突き止めてくれたのだが、あの白狐を捕まえるのは容易ではない。
何せ、あの白狐は頭がいいのだ。狡賢くて問題児もよく罠に嵌められて仕返しをされる馬鹿な狐なのだが、激臭花火の存在に気づいて逃げ出すことも十分に考えられる。
ここは確実に捕獲をしたいところだ。逃げられなくした上で、思う存分に激臭花火を味わってもらおう。
「では、ルージュ様の裁判魔法を使うのはいかがでしょう?」
リリアンティアがそんな提案してくる。
「ああ、なるほど。それが1番だね」
「罪人を糾弾する魔法ッスね。そういや罪人を強制的に転移させる魔法式も盛り込まれていたッスか」
「裁判官・検察・弁護人・執行官の役割も見事に揃っている訳だが」
グローリア、スカイ、キクガもリリアンティアの提案に理解を示した。
魔法の内容が理解できていないのは、この場でユフィーリアを除いた問題児の面々だけである。エドワードは難しそうな表情で首を捻り、ハルアは阿呆面を晒して、アイゼルネは朗らかに笑って誤魔化していた。
ユフィーリアに抱きついているショウも、不思議そうに首を傾げて「裁判魔法?」と呟いている。裁判という言葉で想像は出来るのだろうが、どういった魔法なのか皆目見当もついていないらしい。
軽く咳払いをしたユフィーリアは、
「裁判魔法ってのは、罪人を裁く『裁判』を開く魔法だよ。色々な魔法が複合されてるから『複合展開型特殊魔法』って呼ばれてるな」
「この世界でも罪を裁く為に裁判が執り行われるんだな」
「まあ手っ取り早く罪を暴いて罰を与えるのに相応しいからな」
エリシアにも裁判所という司法機関は存在しているが、いつでもどこでも裁判所に出来るのが『裁判魔法』と呼ばれる特殊な魔法である。
裁判魔法が発動されると、指定された罪人が転移魔法で強制的に法廷として指定された結界内に召喚される。検察官に任命された人物が罪人の罪を暴いて罰を求め、弁護人に任命された人物が減刑を求め、裁判官に任命された人物が最終的な判決を下すという流れだ。さらに執行官役の人物が裁判官の下した判決に基づき、罰を与えて終了である。
この裁判魔法を行使するには魔法裁判官の資格を有した魔女・魔法使いに限定され、七魔法王が第三席【世界法律】の定めた現行の法律を熟知している必要があるのだ。もちろんユフィーリアも裁判魔法を使う為の魔法裁判官の資格は有しているのだが、面倒なことになりそうなので黙っておく。
「へえ、じゃあその魔法を使った場合は誰がどの役目になるのぉ?」
「裁判官はルージュ、検察官は親父さんだろうなァ」
エドワードの質問に、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら答える。
ルージュは七魔法王が第三席【世界法律】なので、当然ながら魔法裁判官の資格も取得済みである。キクガは冥王第一補佐官として善行も悪行も記録されている台帳を管理しているので、罪を並べる検察官役として最適だ。
配役が難しいのは弁護人だが、基本的に他人を悪く言うことはないリリアンティアが適しているだろうか。あるいは学院長のグローリアが公平な判断を求めるかもしれない。どちらにせよ減刑を求める配役なら平等な感性を持っている人物が最適だ。
執行官役? それはもう分かりきっているのだから割愛する。
「え? わたくしはやりませんの」
「は?」
裁判魔法を使うという話で進んでいたはずなのだが、ここに来てルージュがまさかの拒絶である。人間の心がないのか。
「な、何故ですかルージュ様!?」
「わたくしは別に被害を被っておりませんの。あの匂い花火もとても素敵な匂いでしたの」
きゃんきゃんと喧しい声で叫ぶリリアンティアに、ルージュはしれっとそんなことを言う。
この嗅覚と味覚を溝に捨てた馬鹿野郎は、あの激臭花火を「いい匂いだ」と宣った唯一の人物である。彼女の五感は阿呆なのか。
だからルージュにとって激臭花火など大した罪ではないのだ。もはや公害と呼んでもおかしくない代物なのに、鼻詰まりでもしっかり臭いと認識できる花火を気にいることなんて無理である。鼻栓をしていても死にそうだ。
ただ、法律を制定した第三席【世界法律】が動かなければ裁判魔法の発動が出来ない。罪人である八雲夕凪の所業を許してしまうことになる。
「俺ちゃんは実際に被害が出てるのにぃ、ルージュ先生はやらないんだねぇ。学院長よりも鬼畜外道だよぉ」
「ババアだから仕方ないよね、常にクッセェ香水振り撒いてるから鼻が馬鹿になってんだよ」
「ご自分の料理を食べすぎて頭も馬鹿になってしまったんですね。おいたわしや」
「そこ!! 問題児男子組、聞こえておりますのよ!!」
エドワード、ハルア、ショウによる批判の言葉を浴びてルージュが目を吊り上げる。特にハルアのババア発言には堪えるものがあったのか、小声で「ババアではないんですの、まだ25歳ですの」などと呟いていた。
悪あがきをしているようだが、ハルアとショウの未成年組からすればババア呼ばわりされても否定が出来ない。悲しきかな、若者の心ない言葉は時に誰かを傷つけるのだ。
さすがにハルアの発言は許容できなかったルージュがぷりぷりと怒りを露わにするのだが、そこでグローリアが「じゃあ」と口を開いた。
「裁判魔法を使ってくれるなら、毒物薬物取扱責任者の資格と魔法植物取扱責任者の資格の剥奪を撤回してあげるよ」
「やりますの」
即決だった。
しかも、ちょっと食い気味の結論だった。
どうやら彼女にとって毒物薬物取扱責任者の資格と魔法植物取扱責任者の資格を剥奪された方が重要だったみたいだ。どうしてそっちの方を重要視してしまうのか。
「仕方がありませんの。皆さんがどうしてもと仰るのでしたらわたくしが」
「別に私も魔法裁判官の資格を有しているし、場所を冥府の法廷に移してもいい訳だが」
「わ・た・く・し・が!! 特別に裁判を執り行いますの!!」
キクガに役目を奪われそうになったルージュは無理やり主導権を引き戻すと、
「それでは裁判魔法の打ち合わせを簡単にしますの。今からご指名する方はいらっしゃいますの」
すっかり裁判を取り仕切る裁判官の気分になっているルージュは、裁判魔法に必要な検察官・弁護人・執行官の役目を負う人物を指名していく。
検察官はユフィーリアの目論見通りキクガとなり、弁護人はリリアンティアが負うことになった。
そして罰を与える執行官の役目は、
「ユフィーリアさんとグローリアさん、お2人が執行官ですの」
「ユフィーリアは分かるけど、僕も執行官なの? 初めてだよ?」
「構いませんの。わたくしが罰を定める上で貴方の存在が必要不可欠ですの」
ルージュはイキイキとした表情で、
「さあ、裁判を始めますの」
その姿を見たショウとハルアがコソコソと小声でやりとりを交わす。
「毒物がそんなに重要なのかな」
「舌も馬鹿だから仕方がないんだ。あんな化け物みたいな舌を持っていて正常な判決が出来るのか不安だが」
「だよね、目先の欲に駆られて適当な判決を下してユーリと学院長に迷惑をかけるんだよ」
「無能な裁判官を裁判するのは俺たちの役目だ。裁判員裁判だ」
「そこ、うるさいんですの!!」
未成年組のコソコソを聞き取ったルージュが、鋭い声で警告するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】裁判官の資格も持っている天才魔女。裁判魔法での役割は主に罪人へ罰を与える執行官、もしくは罪人の罪を暴く検察官になる。性格と魔眼の性質を鑑みてのものである。
【エドワード】悪臭花火で死んだ。嗅覚が鋭いから故の定めである。
【ハルア】悪臭花火のせいで苛立ちマックス。おかげでルージュ相手にひたすら暴言を吐く始末。
【アイゼルネ】この世に裁判魔法なんてある上に、それを身近で使える魔女がいるのに驚いた。なのに何であんな臭い花火を気にいることが出来るのか。
【ショウ】意外にも裁判とかこの世界にあるのかと驚き。【世界法律】ってちゃんと仕事をしていたのか。
【グローリア】裁判官の資格も持っている学院長。今回は初めて執行官を負うことになったが、普段は弁護人と検察官の役目を行ったり来たり。
【スカイ】裁判魔法にはあまり関わりを持たない。せいぜい執行官として処刑用の魔法兵器を試すぐらい。
【ルージュ】第三席【世界法律】の名を冠する魔女。もちろん裁判官の資格を有しているし、この中で最も裁判官に相応しい。裁判官以外だったら検察官をやる。
【キクガ】裁判官の資格はもとより、冥王第一補佐官なので冥府の制度に照らし合わせて罪人を裁ける。裁判魔法では主に検察官役をやる。
【リリアンティア】裁判魔法では弁護人以外にやったことはない。たまには格好良く罪状を読み上げて見たいものだが、致命的なところは文字が読めないところ。