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第8話【異世界少年と花火大会】

 こんなに美味しいカレーは初めてである。



「…………」


「ショウちゃん、まだ花火は打ち上がってないよ」



 ござに正座して匙を咥えたまま虚空を見据えて微動だにしないショウに、カレーの2杯目をおかわりしたハルアが的外れな注意をする。


 別にショウだけが認識できる幻の花火が空に打ち上げられている訳ではなく、カレーが美味しすぎて宇宙が見えてしまっているのだ。刺激的な香辛料の中に感じる風味豊かな旨味、程よく溶けながらも歯応えを残した野菜との相性が抜群である。

 極東から取り寄せたらしい白米は粒が際立ち、ふっくらと炊き上がってカレーによく絡む。深みのある味わい、そして果ての見えない美味しさを表現するのであれば神秘が明かされぬ宇宙のようだ。


 カレーの美味しさに感動するショウに異変を察知したのか、ユフィーリアが不安げな表情で問いかけてくる。



「もしかして不味かったか?」


「ッ」



 我に返ったショウはユフィーリアの両手を掴むと、



「結婚してください!!」


「え、よ、喜んでェ!?」



 混乱のあまりとんでもねーことを口走るユフィーリア。それから「いや将来的にだぞ、まだ未成年だから結婚できねえぞ」と言いながらショウの手をやんわりと剥がす。

 そうだった、ユフィーリアの本当の意味でお嫁さんになるには年齢的な問題が待ち受けていたのだ。今はまだお嫁さんを名乗る婚約者的な立ち位置だが、将来的にはちゃんとお嫁さんになれる予定である。


 ショウはカレーを口に運びながら、



「美味しい、とても美味しいんだ。夏野菜のカレーなんて初めてだ」


「ああ、よかった。ルージュの奴が変な食材でも知らねえ間に入れたのかとヒヤヒヤした……」



 ユフィーリアは安堵に胸を撫で下ろしていた。彼女にとって、気掛かりな部分はその辺りだけのようだ。



「この刺激的な辛さが身に染みるね。カフェ・ド・アンジュで出てくるカレーよりも美味しいかもしれないよ」


「野菜の旨味が染み込んでて美味いッスわ」


「辛すぎず、甘すぎないちょうどいい加減が絶妙な訳だが」



 グローリア、スカイ、キクガもユフィーリアのカレーを絶賛する。最愛の旦那様の料理の腕前を褒められて我が事のように嬉しいのだが、同時にぶっ飛ばしたくなるほどのモヤモヤ感も胸に生まれる。これが名前も知らない人物だったら冥砲めいほうルナ・フェルノの餌食になっていたかもしれない。

 あればあるだけ食べる無限の胃袋を持つエドワードも3杯目のおかわりに突入し、負けじとハルアも大きな口でカレーを掻き込む。アイゼルネも南瓜のハリボテで頭を覆った状態でも、器用に匙を口に運んでは「美味しいワ♪」と称賛の言葉を述べた。


 誰しも絶賛するユフィーリアのカレーだが、1人だけ何故か未だに泣きながら口に運ぶ人物がいる。



「ひッ、ううッ」


「あ、あの、リリア先生……」


「西瓜……西瓜が……」



 リリアンティアだけが、緑色の瞳に涙をいっぱいに溜めながらカレーを口に運ぶ。手塩にかけて育てた立派な巨人西瓜を、必殺料理人の手によって台無しにされたのがまだ尾を引いているらしい。

 側にいるアイゼルネが心配そうにリリアンティアの背中をさすってあげているのだが、彼女に残された精神的な傷跡は大きく深い。簡単に立ち直れるものではなさそうだ。


 ショウはリリアンティアに手巾を差し出しながら、



「西瓜、残念でしたね」


「いえ、西瓜はまた作ればいいのです……まだ成長していない巨人西瓜があるのです……」



 ショウから手巾ハンカチを受け取ったリリアンティアは、目元に浮かぶ涙を拭いながら言う。



「せっかく美味しくお料理していただきましたのに……ユフィーリア様にはとんだご迷惑を……」


「ユフィーリアは怒っていませんよ。大丈夫です」



 ショウも一緒にリリアンティアの背中をさすって慰める。メソメソと立ち直れずに涙を滲ませるリリアンティアのことが気になったのか、ハルアも2杯目のカレーを口いっぱいに詰め込んだ状態で彼女の顔を覗き込んでいた。


 実際、ユフィーリアが怒っていないのは明らかだ。物事を『面白い』か『面白くない』かで判断する最愛の旦那様は、滅多なことでは怒らない海よりも広い心の持ち主である。

 そんな慈悲深い魔女様が怒る場合は、その場で態度や行動で示してくる。むしろ数倍にしてやり返してくる恐れがあるのだ。普段から悪戯や問題行動で周囲の人間に迷惑を振り撒いている行動力と頭の良さは伊達ではなく、確実に相手の嫌がるようなことをしてくる。


 それが今まさに、あんな感じである。



「おら食えよ、アタシが手ずから作ってやったんだから」


「おぶえッ、土臭えですの!! うわキノコがこんなにたくさん!!」


「ルージュの為に一生懸命作ったんだぞ。喜んで食えよなあ食えよ好き嫌いしないで食えよなあなあなあ」



 全身を頑丈な鎖で雁字搦めに縛り上げて魔女狩りみたいな格好を晒すルージュの口に、キノコがふんだんに使われたカレーを突っ込むユフィーリア。ルージュの反応から判断して、彼女はキノコ類が苦手なのだろう。吐き出せないほど奥まで匙を突っ込まれており、さらにカレーそのものが熱々なのか「アッツ!!」などと叫んでいた。

 あれは完全に怒っている、間違いなく怒っている。ユフィーリアも、せっかく作った西瓜のデザートを必殺料理人であるルージュの手によって無駄にされたことに怒りを抱いているのだ。分かりやすい復讐方法である。


 同情の念を抱くことすらないルージュの処刑を死んだ魚のような目で見つめるショウは、リリアンティアの背中を撫でながら言う。



「ほら見てください、リリア先生。あれが怒っていると見ることが出来るユフィーリアの行動ですよ」


「よ、容赦がない……」



 ユフィーリアによるルージュの処刑を目の当たりにして、さすがのリリアンティアも涙が引っ込んだようだ。泣き止んでくれてよかった。



「お、食い終わったか?」


「ユーリ!! 3杯目おかわりしていい!?」


「いいけどデザートを食える許容量は残してあるのか?」


「やっぱ止めとく!!」



 ユフィーリアに3杯目のおかわりを申し出ていたハルアは、このあとに残されたデザートの存在を思い出しておかわりを断念していた。賢明な判断である。


 ショウもいつのまにかカレーの皿を空っぽにしていた。

 旦那様特製のカレーがあまりにも美味しすぎて、気付かぬうちに完食してしまっていた。記憶にあるカレーなど冷たいものばかりだったのだが、やはりこの世界に来て幸福指数が急上昇している。


 ユフィーリアはショウ、ハルア、リリアンティアに手招きして呼び寄せると、



「未成年組には特別な」



 首を傾げるショウ、ハルア、リリアンティアの3人の前にユフィーリアが見せたものは硝子製の器に盛られた薄い赤色の氷菓である。

 よく見れば、それは氷漬けにされた西瓜だ。粉々に砕かれてかき氷のようになっており、涼を感じさせるデザートとなっている。


 瞳を輝かせるショウたち3人の前に、ユフィーリアはさらに小瓶と硝子製の器に山のように盛られた何かを置く。



「まずは西瓜の種を模したチョコレートの粒」



 硝子製のボウルいっぱいに入れられたものは、粒状となったチョコレートである。よく見れば西瓜の種を想起させるように丸くて可愛らしい形となっている。



「次に素団子、味がついていないから他と一緒に食べろよ」



 容器いっぱいに盛られたものは、一口大の白い団子である。見た目はショウの世界で言うところの白玉によく似ており、艶やかな表面が美味しさを唆る。



「最後に水蜜だ。透明な甘い蜜」



 最後の小瓶を満たしているのは、粘性を持つ透明な液体である。小瓶から漂う香りは砂糖のように甘く、しかしくどいものではないので西瓜のかき氷によく合いそうだった。


 3種類のトッピングを提示され、ショウは瞳を輝かせる。

 どれを組み合わせても美味しいものにしかならない。同じようにハルアとリリアンティアも瞳を輝かせてユフィーリアが並べた3種類のトッピングを眺めて「どれがいいかな!?」「どれも美味しそうです……!!」と目移りしていた。


 ユフィーリアは悪魔のように意地の悪い笑みを見せると、



「全部乗せ行っとくか?」



 ――それはまさに、悪魔のような提案だった。



「ユーリ最高だね!!」


「惚れ直してしまいそうだ、もう惚れているのだが」


「身共も、身共もお願いします!!」


「そうかそうか、可愛い反応が見れてアタシは大満足だよ」



 身を乗り出して西瓜のかき氷に全ての種類のトッピングが盛られた豪華仕様のデザートに、ショウたち3人ははしゃぐのだった。



 ☆



「そろそろ花火を打ち上げるッスよ」



 甘い西瓜のかき氷をシャクシャクと食べ進めている途中で、副学院長のスカイがそんなことを言う。


 すでに時間帯は夜となり、紺碧の空には白銀の星々が瞬いていた。

 天空にポッカリと浮かぶ月がしんしんと青白い光を落とし、ぼんやりとヴァラール魔法学院の校庭も明るさを確保できている。花火を打ち上げれば十分に綺麗なものが見れるだろう。


 ちょうどカレー鍋の片付けも終えたユフィーリアが、



「大丈夫なのかよ、ちゃんと上がる?」


「昼間に打ち上げ実験をしたから問題ないッスよ」



 スカイが長衣ローブの袖から、何やら箱のようなものを取り出す。手のひらに収まる程度の小さな箱には赤いボタンが取り付けられており、スカイの指先は迷いなくそれを押し込む。


 すると、校庭に設置されていた花火打ち上げ用の魔法兵器に緑色の光が駆け巡っていった。

 いくつも連結された小さな箱に緑色の光が巡っていくと、突き出た円筒から花火玉が勢いよく打ち上げられていく。打ち上げられた花火玉はそのまま夜空の向こうに消えていった。


 そして、



 ――――ッッッッッッドン!!



 盛大な爆発音と共に、大輪の花火が夜の空に咲き誇る。


 赤、青、緑、金色など色とりどりの花火が紺碧の空に咲いていく。腹の底に響くような爆発音も心地がよく、立派な花火に誰もが目を奪われた。

 食べかけの西瓜のかき氷の存在も忘れてしまうほど、ショウも夜空を彩る大輪の花火たちに目を奪われる。隣にいたハルアが「凄え!!」と叫んで花火打ち上げ用の魔法兵器に突撃しようとしたところで我に返り、慌てて彼の肩を掴んでござの上に引き戻した。


 次々と花火が打ち上げられていくが、



「ちょっと、いい加減に下ろしてくれないんですの!?」


「聞こえない」


「ユフィーリアさん!? 貴女、こちらを見ていましたの!! コラ、目を合わせるんですの下ろせ!!」


「禊はまだ済ませてねえぞ必殺料理人」



 まだ魔女狩りのような体勢で丸太に括り付けられているルージュが騒ぎ始めてユフィーリアが淡々と一蹴する光景に、ショウは苦笑をするしかなかった。

《登場人物》


【ショウ】カレーが美味しくてうっかりプロポーズしてしまったが、いずれ好きな人のお嫁さんになる異世界出身の少年。カレーは冷えたレトルト以外なら給食ぐらいしか食べたことがない。

【ハルア】カレーは辛めがお好き。でも甘口も好き。結論から言えばカレーは美味いから何でも好き。


【ユフィーリア】ショウが宇宙を見始めて、まさかやばいものでも入っていたかとヒヤヒヤした。よかった悪いものが入っている訳ではなくて。

【エドワード】カレーが美味しいので喋るどころではない。あればあるだけ食べる大食漢。

【アイゼルネ】夏野菜のカレーなんて美味しいワ♪


【グローリア】ユフィーリアの手料理をまともに食べたことがないので、意外と美味しかった。感性がまともじゃない問題児だから変なものでも入れるかと思った。

【スカイ】素麺の1件でユフィーリアの料理スキルは把握済み。今度は好物を作ってくれないかな。

【ルージュ】まだ魔女狩りスタイルが抜けない上に、キノコ入りのカレーを食わされた。

【キクガ】嫌な奴が拷問されながら食べるカレーは美味しいなぁ。

【リリアンティア】カレーが美味しいこととユフィーリアに対する罪悪感がせめぎ合った結果、泣きながらカレーを食べることになってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「ルージュの為に一生懸命作ったんだぞ。喜んで食えよなあ食えよ好き嫌いしないで食えよなあなあなあ」 あの…
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