第4話【異世界少年と花火打ち上げ装置】
ご機嫌な歌が廊下に響き渡る。
「すっいっかー、すっいっかー」
切り分けられた巨人西瓜をお盆に載せて運ぶハルアは、自作したばかりの歌を唄いながら副学院長たちのいる校庭を目指す。
花火大会を開催するにあたり、役割分担がなされたのだ。
ユフィーリアたち女性陣は西瓜の切り分けとその他料理の担当、そして副学院長たちを始めとした男性陣は花火を打ち上げる為の魔法兵器を組み上げる作業に分かれたのである。ハルアとショウはどちらの役目も逃れられたので、西瓜の切り分け作業に立ち会えたのだ。
ショウは楽しそうな先輩用務員を横目に、
「楽しそうだな、ハルさん」
「西瓜が美味しかったからね!!」
ハルアは弾んだ声でショウの言葉に応じる。
「この美味しさを味わえないのは可哀想だから、エドにもこの美味しさをお裾分けしてあげんの!!」
「ハルさんは優しいな」
「そうなの!! オレは優しいんだよ!!」
えへん、と胸を張るハルアにショウは「うん、優しい」とだけ返す。
本当に彼は優しいのだ。多分、本気で西瓜を分けてあげると思っていないとこの場で摘み食いをする可能性だってある。実際のところ、ハルアの視線はお盆に載せられた西瓜に固定されているので、いつ摘み食いが始まるか不安で仕方がなかった。
校庭を目指すショウとハルアは、
「何か聞こえるね!!」
「本当だ」
どこからか、金属を叩くような音が聞こえてくるのだ。
校庭へ近づくにつれて、その音は徐々に大きくなっていく。花火を打ち上げる用の魔法兵器を組み上げるとは聞いていたものの、聞こえてくる音から判断してかなり大規模な魔法兵器になるだろうか。
そんな大規模な魔法兵器を組み上げるとは、さすが魔法工学界の重鎮と呼ばれるだけある副学院長だ。ただその大規模な魔法兵器を組み上げる作業は、今夜の花火大会に間に合うのか不安になってくる。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、
「間に合うかな」
「間に合うだろうか」
「まあ副学院長だから平気でしょ」
「そうだな」
副学院長なら大丈夫だろう、という考えのもと、ショウとハルアはようやく見えてきた校庭に足を踏み入れた。
「…………」
「…………」
そこに鎮座していたものを目の当たりにして、ショウとハルアの動きが止まる。
芝生が敷かれた校庭には、数え切れないほどの黒い箱のようなものが並べられていた。それらは部品によって連結されているのか、1つ1つが校庭に並べられているという訳ではないように見える。
さらに箱の上部から円筒が突き出ており、遠目から見れば凸の文字が立体化したようなものが校庭に多数並べられているという異様な光景が広がっていた。それほど大規模なものではないのだが、数え切れないほど並べられている景色は物々しい雰囲気が漂う。
呆然と立ち尽くすショウとハルアに、横から「あれぇ?」という間伸びした聞き覚えのある声がかけられた。
「ショウちゃんとハルちゃんじゃんねぇ、ユーリのとこにいたんじゃないのぉ?」
「エド!!」
「エドさん」
声をかけてくれたのは黒い板のような素材を大量に抱えたエドワードだった。炎天下での作業だからか頭に手拭いを巻いており、見た目は大工の兄ちゃんみたいな感覚がある。
「エド、もしかして戦争でもするの!?」
「え?」
「大砲いっぱいの箱なんてそうとしか考えられないのだが!?」
「ショウちゃんもハルちゃんも落ち着きなよぉ、副学院長はどこかを攻め込む為にあの魔法兵器を組んでる訳じゃないんだよぉ」
パニック状態で詰め寄るハルアとショウに、エドワードは「落ち着きなってぇ」と宥める。
副学院長がいきなりどこかの誰かと戦争を仕掛ける為にあれらの魔法兵器を作った訳ではないと頭では理解していても、物々しい雰囲気に混乱ぐらいしてしまう。副学院長の作る魔法兵器は驚くほど性能がいいものばかりなので、相手の状態が心配になる。
お目目ぐるぐるしながらムキムキマッチョの先輩用務員に詰め寄るハルアとショウに、今度は別方向から「何してんスか」と声が飛んできた。
「副学院長、ちゃんと説明してあげてぇ。ショウちゃんとハルちゃん、副学院長がどっかと戦争するんじゃないかって勘違いしてるよぉ」
「え、何で?」
「あの魔法兵器が小型の大砲みたいに見えちゃったんじゃないのぉ?」
弾かれたように振り返ると、副学院長のスカイが工具を片手に首を傾げていた。地面に届くほど長い真っ赤な蓬髪を適当な髪紐で束ね、動きやすさを重視した作業着姿で佇んでいる。その手には設計図のようなものを広げているので、おそらく設計図を確認しているところだったのだろう。
スカイの後ろでは積み上げられた部品を組み合わせて魔法兵器を組み上げる学院長のグローリアと、そんなグローリアの隣で設計図を広げながら円筒を箱に設置している父親のキクガの姿があった。魔法兵器の組み上げ作業でお目にかかれない光景ではある。
スカイはエドワードに「あっちに部品を置いといて」と指示し、
「ショウ君とハルア君はどうしたんスか?」
「戦争を止めにきた!!」
「まだ勘違いしてる?」
ハルアは混乱したままの状態で、副学院長に「戦争はダメだよ!!」と訴える。まだどこかに攻め込むつもりだと勘違いしている様子だった。
「ハルア君、あの魔法兵器は花火を打ち上げる為のものッスよ」
「そうなの!?」
「何発も同時に打ち上げるから連結してるだけッスよ。砲撃用じゃなくて花火大会を盛り上げる為のものッスから」
なるほど、とショウも納得する。
いくつもの箱が連結されて物々しい空気を纏わせているものの、どこかの国を攻め込む魔法兵器ではなく単に花火を連発して打ち上げる為に設計された魔法兵器だったか。確かに花火を連続して打ち上げるには装置を繋げた方がよさそうである。
ハルアも納得したのか、安堵したように「なぁんだ」と言っていた。説明されるまで攻撃用に使われる魔法兵器だと思い込んでいたようだ。疑惑が解消されてよかった。
スカイは「それで?」と続け、
「未成年組はどうしたんスか? 冷やかし?」
「ユフィーリアが西瓜を切り分けてくれたのでお裾分けです。今夜の味見だと」
「さっすが!! 分かっていらっしゃる!!」
「あからさまに態度を変えた」
ショウは苦笑をし、副学院長に西瓜の載った皿を渡す。ハルアも作業中のグローリアとキクガに西瓜を手渡していた。
そんな訳で、魔法兵器組み上げ部隊も休憩である。
日光が及ばない日陰に避難すると、全員揃って真っ赤に熟れた果肉に齧り付く。この暑い中での作業で西瓜の到来は最適ではないだろうか。
エドワードは大きな口で西瓜を頬張ると、
「美味しいねぇ、これは夜も期待できそうだよぉ」
「甘さがギュッと詰まってるね。さすがリリアちゃん、園芸が得意だって言っていただけあるよ」
「あー、染み渡るー」
「西瓜らしい爽やかな甘さがいい訳だが」
みんなして口を揃えて大絶賛していた。
これほど糖度の高い西瓜ならば、ただそのまま食べるだけではなく氷菓などに加工しても美味しそうである。果肉を潰して生搾りジュースやスムージーにしてもよさそうだ。
それよりも、大輪の花火を見ながら西瓜を頬張るという夏らしいことが出来るとは夢のようだ。ショウにとって花火大会は薄暗い部屋の窓から眺めたことしかないので、夜になるのが待ち遠しくて仕方がない。
期待に満ちた眼差しで花火打ち上げ用の魔法兵器を眺めるショウに、スカイが「あ、そうそう」と言う。
「これから動作確認の為に何発か試験的に打ち上げるんで、よかったら見ていくといいッスよ。見たいでしょ? 至近距離からの花火」
「見たい!!」
「見たいです!!」
「元気があってよろしい」
スカイは「そうこなくちゃ」と笑いながら応じる。それから空っぽになった皿をショウの抱えるお盆に戻してから、いそいそと校舎内に戻った。
動作確認で昼間の打ち上げ花火に立ち会えるとは想定外である。これは嬉しい誤算だ。
ハルアとショウは互いに顔を見合わせて、
「楽しみだね、花火大会!!」
「そうだな、楽しみだ」
試験的に用意したという花火玉を抱えて戻ってくる副学院長を待ちながら、ショウは夜の花火大会に思いを馳せるのだった。
《登場人物》
【ショウ】花火大会をまともに楽しんだことがないので、今夜の花火大会が楽しみ。
【ハルア】いつもは手持ち花火を大回転させて遊んでいたのだが、今年は豪勢になりそうで嬉しい。
【エドワード】魔法兵器の素材運搬係。スカイに引っ張り込まれたと思ったらそれが原因だったのね。
【グローリア】極東以外で花火大会なんて経験がないから、内心はワクワクしている。
【スカイ】花火大会の為の資格も取得済みな魔法使い。魔法工学の知識を総動員して花火打ち上げ用の魔法兵器を組み上げる。
【キクガ】手先が器用なのでスカイに教わりながら魔法兵器を組み上げる。「見込みがある」とはスカイの言葉。