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第3話【問題用務員と西瓜料理】

 身の丈に届く銀製の鋏を担ぎ、ユフィーリアは巨人西瓜を見上げた。



「――よし」



 真剣な表情で一度だけ頷き、手にした銀製のはさみを晴れ渡った青空に放り投げた。


 陽光を受けて煌めく銀色の刃。くるくると円を描いて落ちてくる鋏がユフィーリアの手に戻ってくると、先程よりも大きくなっていた。身の丈以上というか、片手では絶対に扱えない程の巨大な鋏に変貌を遂げる。

 巨大化した銀製の鋏を握りしめ、ユフィーリアは畑を蹴飛ばして空中を舞う。身体能力を強化する魔法を使用していないのだが、跳躍1つで巨人西瓜を超えるほどの脚力を見せつけた。


 構えた銀製の鋏を軽々と振り上げ、ユフィーリアは身体を縦に回転させる。さながら空中で前転を披露するような動きに合わせて握られた鋏も振り回され、その刃が巨大な西瓜に叩きつけられた。



 ――ザンッ。



 巨人西瓜が、頂点から真っ二つに切断される。


 ゴロンとちょうど半分に切られた巨人西瓜の中身は、真っ赤に熟していた。甘い匂いのする果汁が漏れ出てきて大地に染み込み、鮮烈な赤色の果肉が目を引く。散りばめられた黒色の種は次なる巨人西瓜を生み出す為の種子となる。

 難なく着地を果たしたユフィーリアは、銀製の鋏に付着した西瓜の果汁を払い落とす。よく見てみるとまだベトベトした液体がこびり付いているようだったので、念の為に水魔法で洗い流しておいた。


 巨大な鋏を地面に突き刺したユフィーリアは、



「どうよ」


「見事なお手前ですの」


「さすが第七席様です」



 自信満々に振り返ると、ルージュとリリアンティアが素直に称賛の言葉を述べる。嫌味もお世辞も感じられない素直な褒め言葉に、ちょっと照れ臭くなった。


 さて、問題はこの西瓜の処理方法である。

 無難にそのまま食べるだけでは飽きてしまう。かと言って、塩をかけるなどの味変を楽しむのもいいものだが限度がある。これだけ大きな西瓜なのだからすり潰してジュースなどの飲み物にするのが最適か。


 半分に切られた巨人西瓜を前に頭を悩ませるユフィーリアをよそに、ショウとハルアが真っ赤な西瓜の果肉を覗き込んで瞳を輝かせる。



「美味しそう!!」


「とても甘そうだ」


「ユーリ、食べていい!?」


「ちょっと食べてみたい」


「待て待てお前ら、そのまま頭を突っ込んで齧り付こうとするんじゃねえ」



 ショウとハルアの首根っこを引っ掴み、ユフィーリアは2人を巨人西瓜から引き剥がす。あのまま止めなければ巨人西瓜の赤い果肉に齧り付いていたことだろう。

 確かにこの巨大な西瓜を前に興奮する気持ちは理解できる。ただ原始的に齧り付くのは衛生面から考えてアレである。これは全員で分けなければならない西瓜なので、直に齧り付いたら非難殺到だ。


 地面に突き刺さった巨大な鋏を引き抜いたユフィーリアは、鋏の先端に付着した土を水魔法で綺麗に洗い流す。それから銀製の鋏を振り上げ、



「よいしょっと」



 振り下ろされた鋏が、半分になった西瓜をさらに半分へ切断する。


 そんな調子で、ユフィーリアはザクザクと西瓜を切り分けていった。見上げるほど巨大な西瓜は、今や食べやすそうな小ぶりの西瓜程度となった。

 味見として食べられる大きさまで切り分けてやり、ユフィーリアは2切れの西瓜をショウとハルアに渡してやった。扇の形をした西瓜を手にした未成年組の瞳が輝く。



「食っていいぞ、種に気をつけろよ」


「いただきます!!」


「いただきます」



 その言葉が引き金となって、ショウとハルアは西瓜に齧り付いた。「甘い!!」「美味しい」という感想のおまけ付きである。


 ユフィーリアも試しに1切れの西瓜を口に運ぶ。

 サク、とした歯応えのよさ。瑞々しさと芳醇な甘さが舌の上に広がり、夏らしく爽やかな西瓜である。生産者であるリリアンティアは張り切って手入れをしすぎたと言っていたが、ぼんやりした中途半端な甘みではなく糖度も高くて美味しい仕上がりとなっていた。


 甘いものが苦手なユフィーリアだが、この西瓜特有の甘さは癖になりそうである。もう1切れ、と手を伸ばしてしまいそうだ。



「美味しいワ♪」


「あら、本当に美味しいですの。さすがリリアさんですの」


「我ながらなかなかいい味に仕上がったと思います」



 アイゼルネやルージュ、巨人西瓜を育てた張本人であるリリアンティアも甘い西瓜を堪能していた。全員で納得できる味に仕上がって、生産者のリリアンティアもどこか嬉しそうだ。

 この甘さならジュースにスムージー、果肉をくり抜いて炭酸水と一緒に食べるのもよさそうだ。少し手を加えてゼリーやアイスなどのお菓子類に使うのも魅力的である。他には何か作れる料理はあっただろうか。


 水分をたっぷりと含んだ巨人西瓜の果肉を咀嚼するユフィーリアだが、



「んぐ」


「どうした、ユフィーリア?」


「種があった」



 齧り付いた果肉に種が混ざっていたようだ。歯でかすかに硬い何かを掠めたような感覚がある。舌で確認をしてみるとコロコロと粒みたいな触感があったので、巨人西瓜の種で間違いなさそうだ。

 瞳を瞬かせるショウを横目に、ユフィーリアは「プッ」と西瓜の種を吐き飛ばす。窄めた口から勢いよく吹き出された西瓜の種は放物線を描いて飛んでいき、次なる西瓜を生産する為に空けられただろう畑に落ちた。


 誰もが振り返るような美人がやる行為ではなく、ルージュが非常に嫌そうな表情で苦言を呈してくる。



「ユフィーリアさん、お嫁さんがいる手前ですの。汚いですの」


「え? 種飛ばし大会とかやらねえの?」


「やる訳ねえですの、淑女がやるべきことではありませんの」



 キョトンとした表情で言うユフィーリアに、ルージュの呆れたようなツッコミが返ってくる。


 まあ、ルージュはやらないようだが問題児の間ではこれが当たり前だ。

 西瓜は夏の風物詩なのでリリアンティアから貰わずとも毎年食べているし、そのたびに種飛ばし大会を廊下で開催しているのだ。毎年の優勝はエドワードが掻っ攫ってしまうので、あの筋肉馬鹿にどうやって勝つか考えるところまでが問題児たちの夏の過ごし方である。


 同じようにハルアも口から2粒の種を飛ばし、



「ユーリのより遠くまで飛んだよ!!」


「おいふざけんなよ、立ち位置が違うだろうが。ちゃんとスタート地点を合わせろよ」


「何を真剣に西瓜の種飛ばし大会を開催しているんですの!!」



 ハルアとユフィーリアに、ルージュからの鋭い指摘が突き刺さった。ついでに後頭部も引っ叩かれた。



「大体、ここはリリアさんの畑ですの。他人様の畑で西瓜の種飛ばし大会を開催すれば汚いにも程がありますの」


「リリアもやってるぞ」


「何をなさっているんですの、リリアさん!?」



 ユフィーリアがしれっと返せば、ルージュは目を剥いてリリアンティアへと振り返った。


 リリアンティアは口の中に転がり込んでしまった西瓜の種をユフィーリアと同じように吹き飛ばしながら、ルージュに「はい?」と応じる。その隣ではアイゼルネがハルアを凌ぐ3粒連続で種を吹き飛ばしていた。まかのアイゼルネまで西瓜の種飛ばし大会に参戦である。

 いや、アイゼルネは毎年同じように参加しているので、ユフィーリアから見れば珍しいものでも何でもない。クソ真面目で有名なリリアンティアも西瓜の種飛ばし大会をするとは思ってもいなかったが。


 ふにゃりと破顔するリリアンティアは、



「身共の父もやっていたので、つい真似したくなってしまうのです」


「ツッコミづらいですの……」



 すでに両親の死を見送ってしまったリリアンティアに、ルージュは頭を抱えた。そんなことを言われてしまったら、彼女からすれば強く指摘できないのが難点か。



「ショウさん、貴方はまだまともに……西瓜の種を吹き飛ばすなどという下品極まりない行動はお止めくださいますの」


「ペッ」


「言った側からァ!!」



 もう諦めたように最後の砦であるショウの肩を掴むも、ルージュの期待に応えることなくショウは西瓜の種を吹き飛ばした。

 放物線を描く西瓜の種。あっという間に畑へ落ちてしまい、見えなくなってしまう。どこの誰が吹き出した種の側に落ちたのか分からないが、リリアンティアがまた甲斐甲斐しく世話をすれば芽吹きそうなものだ。


 ルージュは深々とため息を吐くと、



「この場に学院長さんがいれば少しはマシになったんですの」


「グローリアの奴も同じことをやるからマシにはならねえな」


「何なんですの、七魔法王セブンズ・マギアスは!! せっかくの相応な身分が台無しですの!!」


「仕方がねえだろ、種には危険性があるんだから」



 品性を求めるあまり頭を振り乱し始めたルージュに、ユフィーリアは平然と応じる。勝手な印象をつけないでほしいものだ。



「ユフィーリア、種には危険性があるのか?」


「おう、食ったら臍から芽が出てくるぞ」


「ふふッ」



 質問をしてきたショウが、何故かユフィーリアの回答を受けて笑う。

 こんなことは初めてだった。最愛の嫁でもユフィーリアの言葉なら絶対に信じるショウが、まさかの態度である。


 ショウは小さく笑いながら、



「ユフィーリアもその迷信を信じているのか? 意外と可愛い部分があるんだな」


「いや、あるぞ」


「ありますの」


「ありますよ」


「あるよ!!」


「あるわヨ♪」



 ユフィーリアだけではなく、その場にいる全員が「ある」と回答した。先程から怒鳴り散らしていたルージュも真剣な表情である。



「巨人西瓜はそんなんじゃねえけど、寄生西瓜って種類は種を食うと体内で芽吹くぞ。だから食わねえに越したことはねえんだよ」


「そ、そうなのか」



 ショウはお腹をさすると、小声で「た、食べていない……食べていないはずだ……」と自分の行動を振り返っていた。巨人西瓜はまだ平気な類だから気にしないでもいいのに。


 寄生西瓜とは西瓜の1種なのだが、種を飲み込んでしまうと体内の養分を吸い上げて芽吹いてしまうのだ。「臍から芽が出る」を本当に体験してしまう羽目になる。

 ちなみに寄生西瓜は取り扱いが禁止されており、もし栽培しようものなら確実に投獄されるぐらいの重要な罪に問われてしまうのだ。果物というより魔法植物になるのだろうか。


 西瓜を食べ終わったユフィーリアは、転送魔法で手元に皿とお盆を召喚する。大きめのお盆に皿を並べ、その上に切り分けたばかりの西瓜を載せた。



「ショウ坊、ハル」


「何!?」


「何だ、ユフィーリア?」


「この西瓜をエドワードのところに届けてやってくれ。味見だって言ってな」



 お盆を受け取ったショウとハルアは「分かった」と口を揃えて答えると、皮をユフィーリアに押し付けてその場から立ち去ってしまった。

 世界で1番可愛い配達員である。ハルアに手を引かれて遠ざかっていくショウの後ろ姿が愛おしくて仕方がない。


 静かに拝むユフィーリアは、



「ショウ坊の喜びそうな甘い西瓜のデザートでも作るか……」


「手伝いますの」


「ルージュ、お前は台所に入るな。入ってきたら殺すからな」


「何故ですの!?」



 手伝いを申し入れてきたルージュに遠慮なく断り、ユフィーリアは残りの西瓜の切り分け作業に移行するのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】料理は得意な魔女。お菓子作りもお手のもの。嫁の笑顔が見れるならえんやこら。

【アイゼルネ】簡単なお料理程度なら出来る。ユフィーリアのように凝ったものは作れないが、お手伝いは常日頃からやっている。お茶を入れるのは誰にも負けないのだけど。


【ハルア】料理? 包丁を逆手に握っただけでユフィーリアにめっちゃ怒られた。

【ショウ】料理は苦手。父親のように爆発はしないのだが、調味料を間違える。


【ルージュ】言わずと知れた必殺料理人。こいつに料理をさせてはいけない。全てが劇物になる。

【リリアンティア】料理の腕前はそこそこ。修道女の仕事で炊き出しとかやっていたので自信はないけど、食べられるものは作れる。

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