第1話【問題用務員と巨人西瓜】
唐突だが、目の前に見上げるほど巨大な西瓜がある。
「…………」
銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、目の前に鎮座する緑と黒の縞模様が特徴的な果実を観察する。
でかい、あまりにもでかい。もはや説明不要と叫びたくなるほどでかすぎるのだ。
見上げると首が痛くなるほどの巨大な西瓜である。その全長は多く見積もっても5メイル(メートル)は超えるだろうか。よく耕された肥沃な大地のど真ん中にこんな化け物みたいな西瓜が鎮座していれば、常人ならば三度見ぐらいしてもおかしくない。
そんな巨大西瓜の側に控えるのが、
「大変お恥ずかしい話ですが、その、少々張り切ってお手入れをしてしまったものですから……」
恥ずかしそうに頬を赤らめる純白の修道女、リリアンティア・ブリッツオールが小さな声でポツリと応じる。
この巨大西瓜は、リリアンティアが育てたものである。元々彼女は農夫の娘であり、園芸が趣味なのだ。最初は保健室の裏手に広がるちょっとした空間に家庭菜園程度の規模で始めた園芸だが、徐々にその規模が拡大されていくと最終的には学院長より「もう好きにしなよ」と学院の隅にある開けた土地を与えられた始末である。
趣味が高じて野菜の直売所でも開くのではないかと思うぐらいの野菜や果物をたった1人で育てては、教職員たちにお裾分けをするというやり取りを繰り返している。ユフィーリアもたまに野菜や果物のお裾分けをもらう代わりに、それらを使って料理を分けるぐらいのやり取りをしていた。
だから夏の定番である西瓜を栽培するのは想像できたのだが、血相を変えて用務員室に飛び込み「西瓜はいりませんか!?」と謎めいた言葉を叫んだものだから夏の暑さで頭が逝ったかと思ったものだ。こんな巨大な西瓜が出来ちゃったら聖女様でも焦る。
「大きいねぇ」
「でっかい!!」
「どうやって食べようかしラ♪」
「食べられるんですか、これ?」
ユフィーリアについてきた問題児の面々も、巨大な西瓜を前に唖然としていた。彼らは包丁や人数分のお皿などを持ち込んでいるが、この巨大な西瓜では心許ない装備品である。
てっきり普通の西瓜を想定していた品々だ。ここまで巨大な西瓜だと普通の包丁では歯が立たないし、お皿だって大きさが全然足りていない。
迷彩柄の野戦服を着た筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムは巨大西瓜を見上げたまま、
「俺ちゃんの身長よりも大きいよぉ」
「いいな!! でっかい!!」
巨大西瓜を目の当たりにした黒いつなぎ姿の少年、ハルア・アナスタシスは年相応にはしゃぐ。これほど大きな西瓜は見たことがないので、彼の琥珀色の瞳もキラッキラに輝いていた。
南瓜のハリボテで頭部を覆った美女――アイゼルネは「どうしましょうかしラ♪」などと困ったような口調で言う。
確かにこの巨大な西瓜は、処理が大変そうだ。まず切り分ける作業も困難を極めるし、中身を食べるにしたって西瓜を使った料理は種類が少ないような気がする。魔導書図書館で料理の指南書でも探すべきだろうか。
そしてお皿を抱えていたユフィーリアの愛するお嫁さんのメイド少年、アズマ・ショウは「ほへえ」と唖然とした声を上げた。
「大きいなぁ……」
「食べ応えがありそうだね!!」
「ハルさん、本当に食べるつもりなのか?」
この巨大西瓜が本当に食べられるのか、ショウは疑っている様子である。これほどの大きさだから食用ではないかもしれない、と疑うのは必然だ。
ちなみに本日の彼は艶やかな黒髪を赤いリボンでツインテールに結び、頭頂部で燦然と輝くホワイトブリムには兎の耳が伸びていた。彼自身の感情を読み取って興奮気味にゆらゆらと揺れる兎の耳が愛らしい。
雪の結晶が刺繍された黒色のワンピースに純白のサロンエプロンを身につけ、半袖の襯衣にはフリルがあしらわれて可愛らしさを演出する。金色の飾りボタンや付け襟、それから胸元を飾る控えめな蝶ネクタイから判断してバニーガールを模して設計された特注のバニーガール風メイド服だ。もちろんユフィーリアのお手製である。
ハルアは当然と言わんばかりの堂々とした口調で、
「食べるよ!!」
「こんなに食べたらさすがにお腹を壊してしまうぞ?」
「大丈夫!! オレのお腹は頭と違って優秀だから!!」
「頭とお腹を比較されても困る……」
先輩からのトンデモな発言に、可愛いバニーガール風メイド少年は困惑していた。
「ショウ坊、この西瓜はちゃんと食用だから大丈夫だぞ」
「本当か? 食べたらうっかりお腹が痛くなったり、肌の色が西瓜みたいに緑色となるようなことはないか?」
「あれ、急にホラー話が始まった?」
ショウの行き過ぎた想像力に、ユフィーリアは戦慄する。肌の色が緑色になったらそれこそ別の病気を疑ってもいい。
「この西瓜の品種は『巨人西瓜』って言って、最低でも2メイル(メートル)まで成長する巨大な西瓜なんだよ」
「巨人西瓜なんて品種があるのか」
「土の養分を大半吸っちまうから農業をやる連中は手を出さないんだけどな。毎年、夏になると巨人西瓜の大きさを競う品評界みたいなものもあるぞ」
巨人西瓜とは食用の西瓜でも巨大に成長する西瓜の品種だ。別の種類になると『巨人南瓜』や『巨人蕪』なども存在し、それらの品種は巨人シリーズという品種で一括りにされている。どれもこれも目が飛び出るほど巨大に成長する食用の野菜や果物なので、食べ応えもあるので数十人から数百人単位で分けなければならない。
そして重要なことだが、巨人シリーズは土の栄養分を根こそぎ持っていってしまうのだ。その為、他の野菜や果物が育たなくなってしまうので農家にとっては扱いづらい品種となっている。たとえ興味本位で手を出したとしても、次の年から作物が育たなくなる危険性だって考えられるのだ。
巨人西瓜を育てた張本人であるリリアンティアは、
「土の栄養分が根こそぎ巨人西瓜に吸われてしまいますが、自然を癒す魔法も世の中には存在しますので問題はないです。身共は【世界治癒】なので」
「そういやお前、環境治癒魔法とか使えたな」
「はい、癒す魔法であるなら何でも使えます」
ニッコリと微笑むリリアンティアに、ユフィーリアは「お、おう」としか反応できなかった。
話に出てきた環境治癒魔法だが、汚染・破壊されてしまった自然を元の状態に治癒する魔法である。この魔法が使えると不作を謳われる大地が肥沃なものに復活し、山火事などで焼けてしまった森林を元の状態に戻すことが出来るのだ。
ちなみに環境治癒魔法だが、一般的な魔女・魔法使いは勉強しても使えないことが常識のトンデモ魔法である。現状で環境治癒魔法を使えるのは傷ついた世界を癒すと言われる七魔法王が第六席【世界治癒】の名をいただくリリアンティアぐらいのものではないか。
まあそんな問題はさておいて、である。
「どうするかな、この巨人西瓜」
でっかい西瓜を前に腕を組んで、ユフィーリアは西瓜の処理方法に頭を悩ませる。
エドワードはあればあるだけ食べる無限の食欲を有した馬鹿野郎だし、ハルアもあれはあれで結構食べる方なので西瓜は問題なく消費できるだろう。ただ、この西瓜を問題児だけで食べ切ってしまうのはちょっともったいない。
どうせならこの大きさ、問題児以外にも分かち合いたいものだ。ユフィーリアたちも驚いたぐらいだから他の人が見ても驚くはずである。
悩むこと数秒、ユフィーリアはポンと手を叩いて妙案を閃いた。
「グローリアとか呼ぶか」
「副学院長も呼ぼうよぉ」
「ショウちゃんパパも暇かな!?」
「ルージュ先生もお呼びしちゃいまショ♪」
「八雲のお爺さんは呼ばなくても来そうだな」
問題児の考えは一致していた。
この場に第六席【世界治癒】と第七席【世界終焉】が揃っているなら、他の面々も呼んでしまえばいいじゃない理論である。きっと楽しい反応をしてくれると思う。
七魔法王が全員集合するなら、校舎に残っている教職員も寄ってきそうだ。これで巨人西瓜の消費目処も立った。あとは西瓜を切り分けたり、どんな料理に使うか考えるところだがノリと勢いだけで何とかなるだろう。
ユフィーリアは懐から通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出すと、慣れた指遣いで画面に触れる。もう何度か分からない学院長の識別番号を呼び出したところで、リリアンティアが「凄いですね」と言う。
「身共はどうにも魔フォーンとの相性が悪いようでして」
「そんな使うの難しかったか? 登録された識別番号で通信魔法を飛ばすだけだぞ?」
「番号を間違えてしまって、よく第四席様と第三席様にはご迷惑をかけてしまいまして……」
「番号を登録しとけよ」
魔フォーンに振り当てられた識別番号は魔フォーンそのものに登録されているのだから、番号を間違えるなどということはないはずだ。ユフィーリアだって魔フォーンを持っている連中の識別番号は登録しているので、番号を呼び出すことも簡単に出来る。
まさか、リリアンティアはわざわざ番号を手打ちしているということだろうか。それなら識別番号を間違えるという発言にも納得できる。
ユフィーリアは「魔フォーンは持ってるか?」と問いかけ、
「どうせだから指導してやるよ。便利なものは誰だって使った方がいいだろ」
「あ、はい。お持ちしますね」
リリアンティアは「待っててください」と走り去ってしまう。
その先にあったのは丸太を組んで建てられた小屋である。リリアンティアが寝泊まりしている場所だ。畑の状況がよく見えるということで、教職員寮ではなく学院の片隅に設けられた畑のすぐ側に小屋を建てたのだ。
小屋に引っ込んで数秒、リリアンティアは黒々とした何かを持ってくる。
「こちらです」
そう言って突き出してきたのは、昔懐かしき黒電話である。
「…………?」
「どうしましたか、ユフィーリア様?」
「え、あの、いやこれアタシが持ってる魔フォーンと違うような」
唐突な黒電話の事実に混乱するユフィーリアは、
「リリア、この魔フォーンは持ってるか? 板っぽい見た目をした奴」
「それでしたらこちらに」
白い修道服の衣嚢に入れっぱなしにしていたのか、リリアンティアは桃色の魔フォーンを取り出す。黒電話の他に魔フォーンを与えられていたようだ。
「ですが、こちらはもう動かないんです」
「動かねえ?」
「最初の頃は動いていたのですが、今では身共の回復魔法すら効かない状態になってしまいまして……」
「いやそれただの魔力切れだろ!? ちゃんと充填しろよ、魔力を!!」
まさかの魔フォーン、魔力切れというオチである。
そういえばリリアンティアは魔法兵器と非常に相性が悪い。悪気はないのに無意識のうちに破壊していくのだ。魔法工学界の重鎮である副学院長が便利な魔法兵器を提案しても、十分に使いこなせずに壊す訳である。ある意味、ハルアと同列の破壊神だ。
本人的には「動かなくなったら手動でやればいいじゃない」みたいな主張を掲げており、畑仕事も鍬などの道具を振り回して魔法兵器に頼ることは一切ない。魔法兵器らしいものといえば、この黒電話ぐらいか。
ユフィーリアは頭を抱え、
「そろそろ魔法兵器の使い方を覚えねえか?」
「身共も使ってみたいのですが、副学院長様が嫌な顔をなさるのです」
「アタシが教えてやるから、ほら。まずは黒電話の魔法兵器を置け、そして魔フォーンの充填からだ」
とりあえず魔フォーンの使い方を覚えておいて損はないので、ユフィーリアはリリアンティアに使い方を教え込んでやることにした。ついでにショウも加わって2人がかりでリリアンティアの面倒を見ることになった。
《登場人物》
【ユフィーリア】西瓜と聞いたので普通の西瓜を想定して行ったら巨大な西瓜で唖然とした魔女。リリアンティアのことは可愛い後輩だと思っている。割と狙って問題行動はしない。
【エドワード】西瓜と聞いていたので普通の西瓜を想定していたら巨大な西瓜とご対面した巨漢。リリアンティアのことは妹みたいな子だと思っている。
【ハルア】西瓜と聞いていたので普通の西瓜だと思ったら巨大な西瓜だったので唖然とする暴走機関車野郎。リリアンティアのことは保健室の先生程度の認識。
【アイゼルネ】西瓜と聞いていたので普通の西瓜だと想定していたら巨大な西瓜でびっくりしている南瓜頭の娼婦。リリアンティアのことは可愛い聖女様だと思っている。
【ショウ】西瓜と聞いていたので普通の西瓜だと思っていたら巨大な西瓜で食べられるか不安を覚えた。リリアンティアのことは同志と思っている。
【リリアンティア】愛称はリリア。治癒魔法・回復魔法の使い手である【世界治癒】の名を冠する聖女様。問題児は困った人だとは思うが、その実力はちゃんと認めている。特にユフィーリアは魔法の師匠のようなもので、頼りにはしている様子。