第4話【問題用務員と冥王】
冥王が座す宮殿――冥宮殿の前はいつも以上に騒がしかった。
「冥王を出せ!!」
「来世を選ばせろ!!」
「〈爆ぜて燃えよ〉!!」
「〈弾け飛べ〉!!」
冥府の空に開いた大穴のせいで本来なら禁止されていたはずの魔法が使えるようになり、抑圧されていた罪人どもが一斉に反旗を翻したのだ。
彼らの要求は来世の選定――つまり、自分たちに都合のいいように来世を設定することだ。食うに困らぬ金持ちの家に生まれ、悠々自適に遊んで暮らし、自分の才能によって周囲がちやほやしてくれる薔薇色の人生がお望みである。
懸命に冥宮殿を守る獄卒たちも、そろそろ限界を感じていた。自分たちでは到底使えない魔法を何発も放たれて、冥宮殿の玄関はもうボロボロだった。崩壊寸前と言ってもいいだろう。
「行かせるな、死んでも守れ!!」
「冥王様をお守りしろ!!」
「ここは通さん!!」
現場の獄卒たちも掻き集められ、ボロボロとなった冥宮殿へ罪人たちが1人も侵入しないように守りを固める。命を賭して冥王を守るという強い意志が感じ取れた。
魔法と武力による徹底的な攻め方に、獄卒たちは大いに苦しんだ。
獄卒たちは元より魔法が使えず、魔法に関する知識も皆無だ。獄卒の武器を奪って来世の選定を主張する罪人たちなら対応できるが、魔女や魔法使いの罪人たちに魔法を使われると扱いに困ってしまうのだ。
せめて魔法に詳しい人間が獄卒たちに味方をしてくれれば――と思った矢先のことだ。
「おらァ!! 退けや雑魚ども2度死ねえッ!!」
罵声が罪人たちの訴えを掻き消す勢いで轟き、銀色の輝きが罪人たちの群れに突っ込む。
所在不明の罵声に戸惑いを見せる獄卒と罪人たちは、次の瞬間、冥宮殿の前で来世の選定を訴えていた罪人たちが巨大な氷山に吹き飛ばされる。
氷山のすぐ近くにいた罪人たちは、ザクザクとその身体に氷山の棘が容赦なく突き刺さった。真っ赤な鮮血が冥宮殿の玄関を汚すが、喧しい訴えが途絶えたのでこれで良しである。
何が起きたのか分からない罪人たちと、劣勢を強いられていた獄卒たちは氷山の頂点に立つ銀髪碧眼の魔女の姿を認めた。
「すり潰して殺してやるから前に出てこいコラァ!!」
誰もが振り返る絶世の美貌を持っているにも関わらず、男勝りな口調と天へ抗うかのように突き立てられた中指と共に一抱えほどもある氷塊が次々と罪人たちを襲った。
普段、彼らが受けている呵責よりも内容が酷すぎる。あまりにも理不尽すぎる暴力だが、銀髪の魔女にも事情があるのだ。来世の選定などという馬鹿げた我儘に付き合うほど、彼女に余裕がある訳ではない。
銀髪の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは背後へ振り返り、
「行け、お前ら!! 先に行け!!」
「はいよぉ」
「オレは残るよ!!」
「お先に行くわネ♪」
「あばばばばばわばばばばば」
薔薇色の人生が諦めきれずに棒切れだけで突撃してくる罪人たちの横っ面をぶん殴るユフィーリアに加え、ハルアがその場に残って目潰し・鼻フック・裏拳・容赦のない往復の張り手など多岐に渡る暴力で魔女や魔法使いの罪人たちを圧倒していく。
2人の横をアイゼルネと第一補佐官のキクガを抱えたエドワードがすり抜け、安全地帯に到着してから2人を解放した。エドワードに抱えられ慣れているアイゼルネは「ありがト♪」なんてお礼を言う余裕はあったが、抱えられ慣れていないキクガは完全に酔っていた。軽く嗚咽を漏らしていた。
崩れかけた床にへたり込む第一補佐官を目撃した獄卒たちは、
「ほ、補佐官殿!?」
「どうされましたか、補佐官殿!!」
「彼らは一体何者ですか!?」
「じ、事情はあとで説明する……うっぷ」
青い顔で口元を押さえるキクガは、
「ユフィーリア君、今は先を急ごう。魔女や魔法使いの罪人を片付け終わり次第、冥宮殿の奥へ」
「くたばれ我儘っ子!!」
「ああ聞いていない」
キクガの言葉すら頭の中に入らず、ユフィーリアは苛立ちを乗せた拳を若い罪人の青年へ突き刺す。見事に拳は彼の顔面へ吸い込まれ、何本か歯を弾け飛ばしながら後方に飛ばされていった。
華奢な美人が「くたばれ」だの「死ね」だの暴言を吐きながら拳や蹴りを放ってくるのだ、獄卒たちから武器を奪ったとしても勝てないと罪人たちは悟るべきだった。いいや、もしかしたら悟っていたのかもしれない。
ただ、もう後には引けないのだ。刑期が増えるという危険を冒してまで薔薇色の人生を求めたのだから、勝てる見込みが虚数の彼方だったとしても挑戦する価値は、
「大人しく」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、
「死んどけ?」
巨大な氷柱を雨の如く降らせて、残った罪人たちを串刺しにした。目も当てられない惨状を晒して、ようやく銀髪の魔女は溜飲を下げた。
「ハル、そっちはどうだ?」
「バッチシ!!」
ハルアは気絶した魔女の罪人を引き摺りながら、笑顔でユフィーリアの元まで戻ってくる。何故か魔女の首が、人間では絶対にあり得ない方角を向いていた。多分無事では済まない。
見れば他にも地面に埋まっていたり、手足が変な方向に捻じ曲がっていたり、こちらもだいぶ大変な有り様になっていた。趣味の悪い美術品みたいになっていた。
冥宮殿の玄関は、まさに地獄を体現していた。瀟洒な館の玄関は見る影もなく崩れ去り、罪人たちへ懸命に立ち向かっていた獄卒たちを差し置いて地上の問題児どもが反乱を収束してしまったのだ。「ここに我々がいる意味とは……?」と言わんばかりの虚無顔で獄卒たちは立ち尽くす。
「あ、親父さん終わったぞ」
「……君たちは優秀だな」
「それほどでも」
「それほどでも!!」
何故か死んだ魚のような目で見てくるキクガに、ユフィーリアとハルアは照れ臭そうに応じる。多分褒められた訳ではない。
「あの補佐官殿……彼らは一体?」
「冥砲ルナ・フェルノによって生きながら冥府へ落ちてしまった者たちだ。冥王様にご報告の上、彼らを地上に送還する」
「な、なるほど。災難ですね……」
仕事を問題児たちによって華麗に掻っ攫われた獄卒たちは、苦笑いと共にユフィーリアたち問題児を冥宮殿へ通す。これより彼らは冥宮殿の玄関前の清掃に入ることだろう、あれだけ崩れた玄関を修繕するのは大変だと思う。
軽い咳払いをしたキクガは、反乱を起こした罪人たちを一方的にボッコボコにした功労者であるユフィーリアたちを連れて冥宮殿へ足を踏み込む。先導するキクガを追いかけて、ユフィーリアたちも冥宮殿へと入った。
宮殿だからユフィーリアたちの給料では買えないような調度品が揃っているのかと思えば、絵画は1枚も飾られていないし天井から吊り下がっているのは照明器具ではなく鬼火である。不気味さが加速した。
何故か全体的に薄暗い冥宮殿を歩くユフィーリアは、
「親父さん、親父さん」
「何かね、ユフィーリア君」
「ここってお化けとか出てこない?」
「何を言っているのかね、君は」
キクガは不思議そうに首を傾げると、
「君たちを除いてここにいる全員は、みんなお化けみたいなものだろう」
「デスヨネーアハハ」
愚問だった、とユフィーリアは苦笑する。
冥宮殿を早足で歩くこと5分、ようやくユフィーリアたち問題児は冥王が座す裁判場までやってきた。
見上げるほど巨大な観音開き式の扉は、すぐ側に頭蓋骨が山のように積み重ねられていた。作り物かと思えば質感は本物の骨のようであり、ユフィーリアは即座にそれが本物であると悟る。何とも言えない気持ちになった。
天鵞絨が張られた扉の前に立ち、キクガが声を張る。
「冥王様、冥砲ルナ・フェルノの猛威に巻き込まれた地上の人間たちをお連れしました。彼らについてご報告とお話があります」
ややあって、扉の向こうから声が投げかけられた。
「入れ」
ギィ、と扉が開く。
扉の向こう側に広がる裁判場は暗い。扉付近はかろうじて床があることを確認できるが、それより先は闇に包まれている。
一瞬だけ入ることを躊躇う裁判場だが、キクガが「失礼します」などと言ってズカズカと裁判場へ入ってしまうからユフィーリアたちもあとを追いかけた。
問題児が裁判場に足を踏み込んだと同時に、裁判場の扉が閉まる。背後でバタンと勢いよく扉が閉じたので、4人仲良く「うひいッ!?」「ぎゃッ」「わあッ!?」「きゃッ♪」などと声を上げてしまった。
「冥砲ルナ・フェルノか。382年前に、我が冥府より盗み出された代物がよもや今となって猛威を振るうか。笑えぬ冗談だ」
ボッと音がする。
広大な裁判場を照らすように、鬼火が一斉に灯されたのだ。
壁沿いに鬼火が灯ると、今度は天井付近の鬼火が輝き始める。そうして数え切れないほど無数の鬼火が順番に灯っていき、裁判場の全貌が明らかとなった。
ユフィーリアたち問題児の前にいたのは、
「それで、其方らが生きながら冥府へ落ちた地上の人間か。冥府落ちとはまた懐かしい真似をする。神話の再現と言っても過言ではない」
あまりにも巨大な執務机の前に居座る、巨大な黒い靄。ボロボロの布で全身を覆っているが、その下にあるものは隠せていない。
赤、青、紫、黄色、緑、桃色――数えて20ほどの眼球が黒い靄の中に浮かんでいた。ギョロギョロと忙しなく蠢く眼球の群れが、真っ直ぐにユフィーリアたち問題児を捉える。
悪夢に出てきそうな恐ろしい様相を晒す黒い靄は、明らかに血の通っていない紫色の指先を伸ばして執務机に置かれたインク瓶を摘む。それを手元まで引き寄せてから、インク瓶に突き刺さった白い筆を手に取った。
「冥砲ルナ・フェルノに関しては我が冥府の問題でもある。迷惑をかけたこと、冥府を代表して謝罪しよう」
固まるユフィーリアたちに、その黒い靄は言う。
「ああ、申し遅れた。我は冥王ザァト、この冥府を統治する王である」
「「「「キッッッッッッッモ!!」」」」
思わず声が揃ってしまった。相手は冥府を統治する王様なのに、見事に声が揃ってしまった。
キクガが「なッ!?」と驚くのも束の間のこと、冥王ザァトと名乗る黒い靄がユフィーリアたちの素直な「気持ち悪い」発言に反論する。
なんかちょっと、威厳もクソもないような言葉で。
「酷くないか!? 我、泣くぞ大人げなく泣くぞ!!」
黒い靄の中に浮かぶ20の眼球の群れは、それぞれ涙を滲ませながらユフィーリアたちに「泣くぞ」と叫んでいた。
冥府の王様は存外、精神的にヨワヨワなのかもしれない。
《登場人物》
【ユフィーリア】TRPGではキーパーを積極的にやりたいし、理不尽な試練を探索者どもに与えたい。
【エドワード】問題児の中ではまともなロープレをするものの、最終的に誰かに食われて死ぬか殺されて退場する。
【ハルア】不定の狂気状態に陥って狂った挙句、エドワードのキャラを食ったことで一時期怖がられた経験がある。
【アイゼルネ】ダイスの出目は自在に出せるチーター。進んでファンブルを出してキーパーを困らせる。
【キクガ】まずは説明書がほしい。
【冥王ザァト】いあいあはすたぁ、ではない。ちゃんと冥府を統括する王様です。