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第3話【問題用務員と極寒地獄】

「あったけぇ」



 ユフィーリアは両手で紅茶の入ったカップを持ち、ほうと息を吐いた。


 肩を剥き出しにしたままの格好ではあれなので、礼装を冬服用に厚手の外套コートに組み直したのだ。頭巾フードもすっぽりと頭から被って外からの空気を完全に断ち切っている。第七席【世界終焉セカイシュウエン】の格好と同じになっているのだが、用務員室だし生徒や教職員が飛び込んでくるような場所ではないのでお構いなしだ。

 他の問題児も同じように服装が厚手となっていた。エドワードは迷彩柄の野戦服の下に熱を逃さない素材で作られた肌着を着ているし、ハルアは黒いつなぎの上から裏生地がモコモコとした素材で出来ている上着を羽織っている。アイゼルネは胸元だけが大きく開いたセーターのワンピースを身につけ、ショウは毛糸で編まれたモコモコと可愛らしいケープを羽織って暖かそうである。メイド服もちゃんと冬仕様だ。


 ハルアはアイゼルネから受け取った温かい紅茶を飲み干し、



「甘いの食べたい!!」


「食料保管庫に焼き菓子があるぞ。昨日の夜にむしゃくしゃして作った奴」


「食べる!!」


「食ってこい」



 ハルアはモコモコとしたケープに身を包むショウの手を取ると、



「ショウちゃん行こ!!」


「ああ」



 ちょうど紅茶を飲み終えたばかりのハルアとショウは、元気に居住区画へと飛び込んでいった。ややあって「いっぱいある!!」「いっぱいだ」という歓喜に満ちた声が居住区画から聞こえてくる。

 昨日の夜は予報にない嵐妖精の襲撃でエドワードは泣くしハルアは喚くしで騒がしく、眠るに眠れない状況が続いたのだ。むしゃくしゃしたのでついお菓子作りにのめり込んでしまい、無心で焼き菓子を焼きに焼きまくった訳である。おかげで食料保管庫の大半が焼き菓子で埋め尽くされた。


 アイゼルネは未成年組が残したティーカップを片付けながら、



「ユーリ♪」


「何だよ、アイゼ」


「いいのかしラ♪ 物凄く寒いことになってるわヨ♪」



 アイゼルネの言う通り、校舎内は物凄く寒いことになっていた。窓には結露が出来てしまっているし、触れる空気は真冬にも似た冷たさである。ただ魔法を使っただけで全てが凍りつきそうだ。

 それもそのはず、ユフィーリアが環境維持魔法陣をいじったのが原因である。魔法陣に『温度を極寒にする』という余計な魔法式を投じたせいで環境維持どころか極寒地獄を形成する羽目になってしまったのだ。


 ユフィーリアはしれっと「平気だろ」と言い、



「植物園や購買部は校舎から独立した場所にあるから、環境維持魔法陣の適用はまた別だしな。直した時に確認してみたけど、購買部や植物園は平気だったし」



 環境維持魔法陣が壊れたのは校舎内に限定される。魔法植物が大量に生えた植物園や黒猫店長の勤務する購買部は、別の環境維持魔法陣が機能中だ。

 ただただクソ寒いのは校舎内だけである。せいぜい被害は校舎内にいる教職員ぐらいだろう。寒ければ着込めばいいだけだ。


 チビチビと熱い紅茶を傾けるエドワードは、



「アイゼは寒い? 外套を持ってこようかぁ?」


「このセーターも十分にあったかいから平気ヨ♪」


「女の子は身体を冷やしちゃダメだからねぇ、寒かったら着込むんだよぉ」


「心配してくれてありがとウ♪」



 アイゼルネは「お紅茶サービスしちゃうワ♪」などと言い、なくなりかけていたエドワードの紅茶のカップに新たな紅茶を注ぎ入れる。照れ隠しだろうか、どこか嬉しそうだ。

 こうして温かい紅茶も用意されているし、苛立ちを紛れさせる為に無心で作った焼き菓子と一緒に極寒地獄のお茶会を開くのも一興だ。ちょうど果物をふんだんに使用したパウンドケーキもあったはずである。クリームも用意すれば完璧だ。


 食料保管庫に製菓用のクリームがあったことを思い出したユフィーリアはパウンドケーキの準備をしようとするのだが、



「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「お、グローリア。いい冬をお過ごしかな?」


「夏だよ!!」



 いつもの長衣を纏ったグローリアが、血相を変えて用務員室に飛び込んできた。怒っているはずなのに顔色が悪いのは寒いからか。

 彼が身につけている長衣は防寒用に作られていないようで、どこか小刻みにガタガタと震えている。もしかしたら長衣の下には夏服しか着ていないのかもしれない。極寒に耐えうる冬装備でなければ耐えられないだろう。


 グローリアは「ふざけないで!!」と白い息を吐きながら叫び、



「誰がこんな極寒にしろって言ったの!? 僕は環境維持魔法陣を直してってお願いしただけなのに!!」


「ご希望通りに直してやったろ」


「どこが直したのさ、君がやったことは改造だよ!!」



 怒髪天を突く勢いを見せるグローリアに対して、ユフィーリアは平然としていた。反省する気配を毛ほども見せることはない。しれっと明後日の方向を見上げて温かい紅茶を啜るばかりだ。



「こんな状態じゃ校舎内で過ごすことなんて出来ないんだから直して、早く!!」


「やなこった」


「減給にするよ!!」


「じゃあ校舎を氷漬けにでもするかな。お前の文句が飛んでこないように」



 ちょうど暑さが酷いから、夏が過ぎ去るまで校舎を氷漬けにするのもいい。夏が過ぎ去った頃合いを見て魔法を解除すれば快適な季節を過ごせるはずだ。

 その間、氷漬けになった生徒たちは学校に戻ってくることもないので夏休み延長である。夏休みの研究にヒィヒィ言っている不真面目な生徒にとっては嬉しいお知らせだ。まあヴァラール魔法学院の生徒は非常に優秀なので、夏休みの宿題を忘れるなどないのだが。


 ぎゃあぎゃあと騒がしいグローリアを無視して温かい紅茶を啜るユフィーリアだが、



「ユフィーリア、アンタが環境維持魔法陣を改造したんスか?」


「げ、副学院長!?」



 グローリアの後ろから、ひょっこりと目隠しが特徴的な背筋の悪い魔法使い――スカイ・エルクラシスが顔を覗かせる。

 鮮血のように毒々しい色合いの蓬髪と目元を覆い隠す黒い布、そして裾を引きずるほど厚ぼったい長衣というおとぎ話に出てくる悪い魔法使いと言ったような風体だが立派なヴァラール魔法学院の副学院長である。何かしらの魔法兵器でも仕込んでいるのか、彼は震えることなくこの極寒の地獄を行動できていた。


 スカイは「や」と右手を掲げると、



「暑かったからちょうどいい改造ッスよ。これは問題児の問題行動に感謝ッスね」


「嘘でしょ!?」



 普通に問題児へ感謝するスカイに、グローリアは目を剥いて驚きを露わにした。


 ユフィーリアも驚きが隠せなかった。グローリアならまだしも、少しはまともな感性を搭載しているはずのスカイがヴァラール魔法学院を極寒地獄に変貌を遂げた原因である問題児に感謝の言葉を述べるとは想定外である。

 だが、これでハッキリと分かってしまった。寒くなったことで感謝されることもあるのだ。この問題行動はある意味で正しい行いである。


 ちょっと自慢げにグローリアを見やるユフィーリアだが、スカイの次の一言で思考回路が止まった。



「ただ、校舎内があちこち凍りついてんスよね。何だかだんだん威力が強まっているような気がするんスよ」



 ――――――――凍ってる?



「あれ、環境維持魔法陣の強さって温度を変えたら強まるものだっけ?」


「そんな話は聞いたことないけど」



 グローリアに問いかけてみれば、彼は首を横に振って否定した。


 ユフィーリアも聞き覚えのない話である。たかが『温度を極寒に設定』と仕様変更の悪戯をしただけで、そんな校舎が凍りつくほど冷気が強まるものだろうか。もはや別の魔法陣ではないか?

 そうなると、おそらく魔法陣が破綻してしまっているのだろう。暴走の証拠だ。余計な魔法式を投じたことで校舎に仕掛けられていた環境維持魔法陣が大変なことになってしまったのだ。


 言葉に出来ない空気が用務員室に降りる中、ユフィーリアの耳朶にハルアとショウの声が触れる。



「ユフィーリア、少しいいだろうか」


「ユーリ、今大丈夫!?」



 居住区画から顔を覗かせたハルアとショウは、どこか申し訳なさそうな表情で小麦色の何かを掲げた。



「ユーリ、さすがに焼き菓子を氷漬けにするのはどうかと思うよ!!」


「このマドレーヌ、凍っていて食べられないんだ」



 ショウが見せてきた焼き菓子は、見事に凍りついていた。ただ氷菓のようにシャリシャリな状態になっているだけならまだしも、この焼き菓子を使って釘でも打てそうな勢いで硬い。もはや凶器だ。

 試しにハルアが「硬いよ!!」と硬さを証明する為に壁へ投げつけると、凍った焼き菓子が衝突した箇所が凹んだ。焼き菓子の方は無傷である。砕け散る様子すら見せない。


 いや、そんなはずはない。だってユフィーリアはちゃんと焼き菓子を作って食料保管庫に保存しただけである。氷漬けにする工程なんてないし、寝ぼけてトチ狂ったことをしたという覚えも全くない。



「え」



 パキパキパキ、と。


 足元から異音が聞こえてきた。

 反射的に視線を床にやると、用務員室の床にゆっくりと霜が降りていた。薄い氷が床全体に広がっていき、やがて事務机にまで氷の範囲が及ぶ。


 これは非常にまずくないか?



「ユーリぃ!? 用務員室が凍りつき始めてるんだけどぉ!?」


「あラ♪ お紅茶も凍っちゃったワ♪」



 エドワードは凍りつき始める用務員室の様子に悲鳴を上げ、アイゼルネは用意していたはずの紅茶まで凍りついたことに驚いた様子を見せる。


 これはまずい、非常にまずい。

 物品が凍り始め、その次は人間が凍りつき始めるだろう。ちょっとした悪戯のつもりだった問題行動が、とんでもねー事件の引き金を引いてしまった。



「お前ら逃げるぞ!!」


「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「凄えッスね、これぞ氷河期かぁ」



 とりあえず無様な氷像になるという最悪の結末だけは回避する為に、ユフィーリアたちは凍り始める用務員室から逃げ出すのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】学院長を凍ったバナナで仕留めたことがある。

【エドワード】凍ったものでも余裕で噛み砕けるほどの顎の強さを持つ。

【ハルア】凍ったマドレーヌで壁を凹ませた馬鹿野郎。

【アイゼルネ】紅茶が凍ったら美味しいシャーベットになるのかなぁ、薬缶から取り出せないけど。

【ショウ】凍ったバナナの話をユフィーリアにしたら学院長を仕留めに行ったので止めなかった。むしろ「凍ったイカなら完全犯罪が起こせるかもしれない」と助言した。


【グローリア】凍ったバナナでぶん殴られてから3日間ぐらいの記憶がない。

【スカイ】問題児が学院長をバナナで殴り殺したところを目撃して腹を抱えて笑い、近くにいたリリアンティアに幽霊が取り憑いたのかと勘違いされた。

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