表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

306/912

第6話【問題用務員と素麺の行方】

 さて、あの大量の素麺の行方である。



「これがボクの開発した素麺そうめん専用の魔法兵器エクスマキナッス」



 副学院長のスカイに案内された先にあったのは、巨大な貯蔵庫だった。


 いつのまにこんな巨大なものを作ったのか、貯蔵庫の大きさはヴァラール魔法学院の校舎3階にまで到達しそうな勢いがある。金属めいた壁に埋め込まれた窓から白い糸のようなものが大量に渦巻いており、どれほどの素麺が溜め込まれているのか嫌でも現実を突きつけてくる。

 貯蔵庫の脇には太い管が取り付けられ、管の先はヴァラール魔法学院の校舎に続いている。よく見れば太い管の先端には喇叭のような形をした部品が白いものを吸い込んでおり、肝心の管は小刻みに震えて吸い込んだばかりの白い物体を貯蔵庫に送り込んでいた。


 あの貯蔵庫は素麺を吸い込んでいるのか。倍々魔法薬で増えてしまった量を溜め込むとなれば、相当な大きさになってしまうのも頷ける。



「大変だったんスよ、有り合わせで作ったから耐久性の実験なんてしていないし」


「素麺の貯蔵庫に耐久性など必要かね?」


「隙間から水が漏れたら嫌じゃないッスか」



 キクガの疑問に対して、スカイがあっけらかんとした口調で答える。


 すると、どこからか「ぎゃああああああまだ止まらないのおおおお!?」などという聞き覚えのある悲鳴が耳朶に触れた。

 貯蔵庫に吸い込まれていく素麺に紛れて、見慣れた人物が素麺塗れになりながらも滑り込んできた。喇叭の形をした吸い口を認識すると紫色の瞳を丸くして驚きを露わにするのだが、一瞬でその驚愕に満ちた表情も素麺と一緒に管の中へ消えていった。


 彼のくぐもった悲鳴が管の中を反響する。



「いやあああああ何これ何これ何これもがごぼぉッ」



 どうやら叫んでいるうちに素麺と水が口の中に入ったようだ。ゴボゴボと溺れたような声が管の中に聞こえてきて、



「ぐえッ」



 そして潰れた蛙が発するような呻き声と共に止まった。



「あ、詰まったッスね」


「詰まった?」


「管と貯蔵庫を結ぶところに、大型の異物を取り除く為に仕切りみたいなものを作ったんスよ。それで素麺の激流に飲み込まれたグローリアを助け出そうって算段ッス」



 首を傾げるショウにスカイは朗らかに笑いながら説明をする。それから彼は貯蔵庫と管を結ぶ部分に歩み寄ると、管の表面に取り付けられた扉みたいな箇所を開いた。

 おもむろにその場所に上半身を突っ込むと、ずるりと全身が素麺塗れになったグローリアが救出される。全身がだらんと力が入っていない様子だが死んだ訳ではなく、疲れ切った表情で副学院長によって救出された。


 校庭に全身を投げ出されたグローリアは、



「危うく素麺として生きる覚悟をしたよ……」


「その覚悟は捨てて正解ッスね」



 真剣な表情でスカイは頷く。

 素麺になって生きることを決めれば、この場の誰かに美味しく頂かれてしまう可能性があるのだ。もちろんえっちぃ意味合いではなく、物理的にだ。素麺として生きるということは、つまりそういうことである。


 ゆっくりと起き上がったグローリアは、管から助け出される様まで観察していた問題児を認識する。数回瞬きをしてから、彼は怒りに満ちた表情で叫んだ。



「減給!!」


「おっと学院長は錯乱してやがるな、素麺を食わせてやるか」


「ふざけないで、素麺はもうお腹いっぱいに食べてモガモガモガッ」



 開きっぱなしになっている管の非常出口から大量の素麺を手掴みで掬ったユフィーリアは、お怒り気味な学院長を落ち着かせる為に口の中へ素麺を突っ込んでやる。ジタバタと暴れていたが、何とか素麺を無理やり咀嚼させて飲み込ませてやったおかげで学院長も静かになった。

 静かになったというより、白目を剥いて口いっぱいに素麺を詰め込んだ状態で気絶していた。窒息とも言う。減給の割合がさらに加速しそうだ。


 ユフィーリアは額に滲んだ汗を拭い、



「やり切った」


「殺り切ったの間違いじゃないッスか?」


「うるせえな、副学院長。お前も素麺の餌食にしてやろうか」



 管の内側を流れる大量の素麺を掴み、今度は副学院長に詰め寄るユフィーリア。楽しそうな気配でも察知したのか、ハルアとショウも両手いっぱいに茹で上がった素麺を掴んで副学院長にジリジリと迫る。

 減給と言い出すような連中がこの世から消えれば、ユフィーリアたち問題児のお給料も安泰である。学院長のグローリアは素麺で屠った。あとは副学院長を追いやれば言及の事実なんてなくなる。


 スカイは両手に素麺という殺戮兵器を装備した問題児から距離を取り、



「待って、待つッスよ。グローリアだけでいいじゃないッスか。犠牲になるのはグローリアだけでいいじゃないッスか」


「堂々と犠牲って言っちゃってるねぇ」


「あれは確かに必要な犠牲ネ♪」


「減給を回避する為の必要な犠牲という訳だが」


「外野!! 何を呑気にボクが犠牲となる方向で話を進めてるんスか!!」



 エドワード、アイゼルネ、キクガの3人は副学院長という尊い犠牲を静かに見送る方向性でいるようだった。単純に言えば、助けるつもりは毛頭ないらしい。


 両手に素麺を装備したユフィーリアがまず襲い掛かろうとしたところで、ぐぎゅうううという盛大に腹の虫が空腹を訴えてきた。素麺を食べるつもりでつけ汁まで用意したのに、倍々魔法薬の使い方を間違えたおかげで昼飯の時間帯が伸び伸びになっていたのだ。

 同じく、ハルアとショウも「お腹減った!!」「お腹空いた」などと空腹を主張する。彼らはおもむろに両手で装備した素麺へ視線を落とすなり、躊躇いもなく無味な素麺を口の中に運び始めた。腹が減ったが故の行動である。


 ユフィーリアも両手に装備した素麺を口の中に詰め込むと、



「今日のところはこれぐらいで勘弁してやるもぐもぐ」


「お腹減ったからって素麺を食い始めるんじゃないッスよ」



 かろうじて命拾いをしたスカイはやれやれと肩を竦めると、



「大体、素麺を普通に食ってればこんな事態にはならなかったッスよ」


「最初は単純に『ながしそーめん』ってのをやるつもりだったんだよ」


「ながしそーめん?」



 口の中に詰め込んだ無味な素麺を咀嚼して飲み込んだユフィーリアは、



「何かショウ坊のいた世界の文化で、素麺を流して食うんだとよ」


「どんなものに流すんスか?」


「竹とかどうとか言ってた」



 スカイの視線がちゅるちゅると味のない素麺を啜るショウに向けられる。ユフィーリアの説明だけでは足りないので、提案した当の本人であるショウに説明を求めている様子だった。

 実のところ、ユフィーリアもあまり想像が出来ないので「流せばいいだろ」精神でこんな結果を招いてしまった訳である。もう少し補足説明を要求するべきだった。


 味のない状態でとりあえず素麺を食べ切ったショウは、



「ええと、竹などを滑り台のように見立てて、そこに水と一緒に素麺を流すんです」


「つまりスライダーのようなものがあればいいってことッスね?」


「そうですね」



 頷くショウに、スカイは「ふむ」と考える素振りを見せた。



「3分ほど待ってくれるッスか? その程度の追加部品ならあったかも」


「本当ですか」


「ボクもお昼ご飯はまだだったんスよね。それに『ながしそーめん』なんていう異世界の文化、これを機に触れておきたいじゃないッスか」



 スカイは清々しい笑顔を見せると、



「素麺とつけ汁の提供をしてくれるなら、減給の件に関してグローリアに口添えしておくッスよ」



 ☆



「つけ汁は3種類作ったぞ」


「牛骨の甘辛系とぉ、ユーリのエリマキダイとバクレツアジの3種類だよぉ。お好きなのを好きなだけよそってねぇ」



 そんな訳で、あらかじめ用意していたつけ汁の鍋を校庭に転送して『ながしそーめん』の準備である。


 寸胴鍋を満たしているのは焦茶色のつけ汁だ。鍋の蓋を開いた途端に食欲をそそる甘辛い香りが鼻孔を掠め、散らされた夏ネギの色鮮やかな緑がよく映える。

 一方でユフィーリアが用意した鍋は、エリマキダイを出汁に使った黄金色のつけ汁とバクレツアジと呼ばれる刺激を与えた途端に爆発する魚を用いたつけ汁の2種類だ。エリマキダイのつけ汁から香るひだまり柚子の酸っぱさとスジョウバによる塩気の相性が抜群だ。バクレツアジは東洋味噌仕立てにしてあるので辛味があり、白胡麻を散らしていいアクセントを加えている。


 わらわらと陶器製の器につけ汁をよそうハルア、アイゼルネ、ショウ、キクガをよそにユフィーリアは素麺の貯蔵庫に視線をやる。



「副学院長、準備の方はどうだ?」


「もうちょっとッスよ」



 浮遊魔法を駆使して空中に浮かびながら作業をするスカイは、素麺の貯蔵庫に長い長い筒のような部品を取り付けていた。

 ショウの言う『ながしそーめん』とやらの情報を元に、魔法工学界の重鎮であるスカイが簡単に作った専用の部品である。簡単に作っていたので、わざわざ廊下に流さないでもよかったのではないかとユフィーリアは考えてしまったほどだ。


 長い筒を貯蔵庫に取り付けると、スカイはゆっくりと降下してくる。筒の反対側には取り損ねた素麺が地面に落ちないように、と大きな受け皿まで用意されていた。これで『ながしそーめん』の準備も完璧だ。



「はい、これで完成ッスよ」


「どうやって素麺を流すんだ?」


「そりゃこうやって」



 スカイがポンと手を叩くと、それが合図となったのか貯蔵庫がガタガタと震え始める。

 まさか故障かと思いきや、スカイが取り付けたばかりの筒に少量の水が流れ始めた。半円状の筒を水が伝い落ちていき、地面で待ち受ける受け皿に溜まっていく。


 そして、ついに待望のあれが流れてきた。



「素麺が流れてきた!!」



 琥珀色の瞳をキラッキラに輝かせたハルアが歓喜の声を上げた。


 水と一緒によく冷やされた素麺が流されてきて、筒をじっと見つめていたハルアの目の前を華麗に通り過ぎていった。肝心の素麺はハルアの隣にいたショウが器用に箸を使って掬うと、持っていた陶器製の器につける。

 器にはユフィーリア手製のエリマキダイを使ったつけ汁が満たされており、素麺と一緒にスジョウバも口に運ぶ。美味しかったのか、彼の顔が綻んだ。



「ハルさん、流れてきた素麺を箸で掬うんだ」


「手掴みじゃダメ!?」


「それはちょっと汚いな……」


「それなら仕方ないね!! 頑張ってお箸で取るよ!!」



 次々と流れてくる素麺に向かって「とりゃーッ!!」と箸を突っ込んだが、ハルアは見事に取りこぼす。見送った素麺はエドワードに食われて悔しそうにしていた。

 キクガもスカイも慣れた手つきで筒を流れてくる素麺を掬い上げる。アイゼルネも少量の素麺を器用に箸で口に運んで「美味しいワ♪」などと言っていた。流れてくる素麺というのも悪くはないかもしれない。


 ユフィーリアは自分で作ったつけ汁に素麺を浸し、



「美味えー」


「空腹に素麺の美味しさが身に染みるねぇ」


「美味えッ!!」


「つけ汁もあっさりしていていくらでも食べられちゃウ♪」


「流し素麺万歳」


「さすが義娘、素麺のつけ汁も自作できるとは恐れ入る訳だが」


「料理上手なだけあるッスねえ」



 異世界の文化である『ながしそーめん』を楽しむユフィーリアたちは、あっという間に貯蔵庫の大量の素麺を消費するのだった。



 ちなみにグローリアが言っていた減給の話題は彼自身に記憶が残っていなかったので、残ったつけ汁で買収してなかったことにしていた。

 これで問題児の減給問題も解決である。

《登場人物》


【ユフィーリア】上司を潰せば減給もなかったことになるんじゃねえかと考える暴力的な魔女。でも腹が減っては戦はできぬのだ。

【エドワード】最初から副学院長を助けるつもりはないので、ユフィーリアとショウとハルアに襲われても見捨てるつもりでいる。それよりお腹減った。

【ハルア】ユフィーリアが副学院長を襲うので便乗した。でもお腹減った。お昼ご飯まだかな。

【アイゼルネ】副学院長も余計なことを口出しちゃったわネ♪

【ショウ】ユフィーリアの敵は自分の敵、ならば今ここで屠るべき。でもお腹は減る。


【グローリア】素麺と一緒に流れ着いた学院長。このあと前後の記憶が曖昧になるが素麺が美味しかったので思い出さなくていっかぁ。

【スカイ】グローリアには「ボクと問題児の共同作業で素麺大量消費イエイ!!」と言って誤魔化した。無理があるかもしれないが通った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「危うく素麺として生きる覚悟をしたよ……」 「その覚悟は捨てて正解ッスね」 朝一番目覚めて読んで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ