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第4話【学院長と廊下の素麺】

 ――ドカドカドカッ、と学院長室に転送魔法で木箱が送り込まれる。



「…………」



 ちょうど書類仕事を順調にこなしていた学院長、グローリア・イーストエンドはゆっくりと顔を上げる。


 絢爛豪華な調度品の数々が揃えられた広い学院長室に、木箱が山のように積まれていた。大きさは一抱えできる程度のものだが、それでも10個以上も積まれていればうんざりする。

 木箱の表面に貼り付けられた羊皮紙の伝票にはそれぞれ違う名前が記載されており、同一人物による嫌がらせではないことが分かる。分かるのだが現実を見たくない。


 グローリアは嫌そうに顔を顰めると、



「また素麺そうめんだ……」



 試しに手近に転がっていた木箱を開封すると、袋詰めされた素麺とご対面した。

 極東地域の特産品であり、夏場の代名詞とも呼ばれる乾燥麺だ。お湯で茹でることで簡単に素朴な味を楽しむことが出来るし、ヴァラール魔法学院の購買部に取り寄せを依頼しても最低4日はかかってしまうので、グローリアからすれば貰えたら嬉しいものだ。


 嬉しいのだが、限度がある。10個以上積み上げられた木箱の中身は、全て素麺なのだ。1人でこんなに消費できない。



「…………」



 グローリアは学院長室の隅に視線をやる。


 そこには同じように大量の木箱が積み上げられており、全て中身を開封して確認済みとなっていた。木箱から覗く中身は、今しがた送られてきたばかりの物品と同じような袋が詰め込まれている。

 つまるところ素麺である。大量の素麺が学院長室に送り込まれてきたのだ。当然ながら問題児の嫌がらせではなく、極東地域に勤務したり極東地域が出身だったりする魔女や魔法使いが『お中元』と称して送ってくるのだ。


 また届いてしまった大量の素麺を前に、グローリアは頭を抱える。



「美味しかったからまた送ってよなんて言うんじゃなかった」



 グローリアも素麺は好きだ。この辺りでは滅多に食べられるものではないし、食事面では珍しさや美味しさがダントツである極東地域の名産品である。確かに貰えたら嬉しいものではあるのだが、社交辞令を本気にして「分かった!! じゃあ大量に送るね!!」なんてことをやらかすのは問題児ぐらいだと思った。

 この大量の素麺をどうやって消費しようか。常識的に考えれば自分の食べる分だけ確保して、残りは教職員などに配るのが最適だろう。学院に残った教職員の数はあまりいないが、十分に大量消費が狙える。


 懐から通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出したグローリアは、



「やあ、スカイ。今ちょっといいかな?」


『どうしたんスか?』


「お中元で大量の素麺が届いちゃって」


『極東地域ってそういう文化あるッスよね』



 魔フォーンの通信魔法に応じた副学院長の青年、スカイ・エルクラシスはどこか嬉しそうな声で言う。



『貰ってほしいってことだったら大歓迎ッスよ。極東地域のご飯は美味しいッスからね、素麺は夏以外だと手に入りにくいし』


「助かるよ、木箱で20個ぐらいに詰め込まれた状態で届いてさ。これ何人前ぐらいあるのかなって絶望していたところさ」


『は? どんだけの量を送られてきたんスか』


「君の魔眼で見れば分かるんじゃないかな?」



 グローリアがそう言えば、ややあって魔フォーンの向こう側から衣擦れの音が聞こえてきた。目元を覆う目隠しを外したのだろう。

 スカイの現在視の魔眼は常時発動しているものであり、いつでもどこでも現在情報を確認することが出来るのだ。高性能な覗き窓である。非常に便利なものだが見えすぎるのも厄介なものらしく、目隠しで視界を覆って緩和しているのだ。


 それからスカイはグローリアのいる執務室を見たのか、



『うわ凄い』


「でしょ?」



 グローリアは魔法で今しがた届いたばかりの木箱を追いやり、やれやれと肩を竦める。



「君が消費を手伝ってくれたとしても、まだまだ量があるんだよね」


『教職員に配っても余るッスね』


「ユフィーリアたちはいるかなぁ。特にエドワード君とか無限に食べそうだし」


『あー、あの大食漢は無限に食べ続けますもんね』



 この素麺たちを消費する希望の光は、ヴァラール魔法学院を創立当初から騒がせる問題児たちだ。特にエドワード・ヴォルスラムはあればあるだけ食べる大食漢であり、底なしの胃袋を持つ食品廃棄の救世主である。

 素麺たちを無駄にするぐらいなら、無限に食べ続けることが出来る人間に任せた方がいいかもしれない。そうすれば埃を被らずに済むし、食品を無駄にしたことで尻に氷柱を叩き込まれることもない。


 グローリアは「そうしよう」と頷き、



「じゃあスカイ、取りに来てよ。ついでにお昼ご飯で食べよう」


『じゃあこの前購買部で買ったつけ汁の素を持っていくッスね』


「何味?」


『何味か分からないけど、とりあえず悪魔が火を吹いてる』


「君が責任持って食べるならいいんじゃないのかな」



 そこまで辛いつけ汁を持ってこられても、グローリアはそこまで辛いものが得意ではないので困る。これでは食べられない。


 グローリアは通信魔法を切断しようとするのだが、魔フォーンの向こうにいるスカイが『ぎゃーッ!!』と悲鳴を上げた。

 次いで魔フォーンから何かが勢いよく流れていく音が聞こえる。流水のように思えるのだが、その勢いが凄まじい。大雨で増水した川のようだ。



「どうしたの?」


『素麺!!』


「え?」


『素麺の奔流が!!』


「はあ?」



 グローリアは魔フォーンを片手に学院長室を飛び出す。


 幸いにも、学院長室はヴァラール魔法学院の最も高い位置にあるのでそれほどの変化はない。問題はそこからだ。

 学院長室に繋がる階段の先に、白い濁流が占拠していた。勢いよく流れるそれは糸のような雰囲気があり、階段にビチビチと当たって糸のようなものが弾かれて階段に叩きつけられる。濡れたその白い糸は、どこからどう見ても素麺だ。


 魔フォーンを片手に呆然と立ち尽くすグローリアは、



「は?」



 何の悪夢だろうか。

 途方もなく大量の素麺が、勢いよく廊下を流れていくのだ。魔フォーンから垂れ流しにされるスカイの『ぎゃーッ!!』という悲鳴が、グローリアを強制的に現実へ引き戻す。悪夢として処理することを許してくれない。


 混乱するグローリアはかろうじて魔フォーンを引っ掴むと、



「えと、これは何かの冗談かな?」


『冗談じゃないッスよ、グローリア!! 現実を見て!!』


「ああやっぱり、悪夢じゃなかったんだね」



 グローリアは頭を抱える。これが悪夢だったらどれほどよかっただろうか。


 こんな馬鹿なことをする人物など、ヴァラール魔法学院ではたった1人しかいない。彼女を筆頭とした問題児どもだ。

 大方、彼女たちも何らかの方法で素麺を手に入れたのだ。そして大量の素麺が食べたいという目先の欲に駆られて魔法で素麺を増やし、さらに異世界から召喚されたという女装メイドのお嫁さんが余計なことを吹き込んだに違いない。


 痛みを訴えてくるこめかみをグリグリと親指で揉み込み、



「スカイ、ユフィーリアたちは何してる?」


『廊下の素麺で揉めてるッス。出どころはユフィーリアたちの大釜からッスね』


「増殖の魔法薬を使ったのかな、それとも別の何かかな」


『あれは倍々魔法薬ッスね。随分前に用法容量を守らずに使って痛い目を見る馬鹿が多かったから、販売停止になった魔法薬ッス』


「そんなもの、何で彼女は持っていたのさ」


『これは推測ッスけど、多分買ったまま放置していたとかじゃないッスかね』


「はあー……」



 深々とため息を吐いたグローリアは、



「ユフィーリア、君って魔女は!!」



 お決まりの台詞を叫びながら、浮遊魔法を発動させる。


 ふわりと重力の枷から解き放たれて、グローリアの身体がふわりと浮かび上がる。馬鹿正直に素麺の奔流へ飛び込めば敵う訳がないと自分でも分かっているのだ。いくら素麺が好きでも素麺の川に自ら進んで飛び込もうとは思わない。

 そのまま虚空を踏みつけて素麺の奔流の上をふわふわと移動するグローリアは、引っ掴んだままの魔フォーンに「スカイ!!」という怒声を叩きつける。別に彼は何も悪くないのだが、苛立ちに任せて声が荒々しくなってしまった。



「素麺の行方は!?」


『校舎内の窓から溢れたり、校舎全体を巡ったりしてるッスね。やばいこれボクの部屋にも少し入りそうやだ』


「弱音を吐いてないで廊下を流れる素麺を校庭に出して!! 転移魔法でも転送魔法でも使って軌道を校庭に集中させて!!」


『人使いが荒い!!』


「じゃあ君が問題児を止めてくれる!?」


『わあい、喜んで素麺を校庭に集めるッスよちくしょうめ!!』



 乱暴に通信魔法を切断され、ブツンという音が魔フォーンから聞こえてくる。


 グローリアは舌打ちをし、素麺の奔流の上を浮遊魔法で進みながら問題児のいる用務員室を目指す。

 とりあえず事情聴取と大量の素麺をどうやって処理をするのか検討しなければならない。本当に馬鹿なことをしてくれたものである。

《登場人物》


【グローリア】廊下いっぱいの素麺に頭を抱える学院長。素麺は普通に好きだが、お中元ではもういらない。どうしてこうなった。

【スカイ】廊下いっぱいの素麺がちょっと部屋に入ってきて嫌。素麺は普通に好きだが、今回の件は悪夢か何かだろうかこれ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「美味しかったからまた送ってよなんて言うんじゃなかった」 この世界にもお中元という風習があったんですね。…
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