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第2話【問題用務員とつけ汁】

 素麺そうめんで必要なものといえばつけ汁である。



「魚介系と牛骨系の2種類の他に何か追加するか?」


「お野菜も取れるつけ汁も作った方がいいんじゃないのぉ?」



 ユフィーリアとエドワードは扉が開け放たれた食料保管庫の前で、両腕を組みながら「うーむ」と首を傾げていた。


 問題児どもが素麺を食べる際、つけ汁には魚介類から取れる出汁を利用したものと牛や豚などの骨を煮込んで作るものの2種類が代表的だ。アイゼルネは野菜派なので野菜をたっぷりと煮込んだスープみたいなつけ汁を用意するのだが、やはりその魚介系と肉系のハケがいい。

 とりあえず用意しておいた『出汁用』とラベルの貼られた瓶を取り出すユフィーリア。一抱えほどもある瓶には透明な液体が満たされており、さらに骨となった魚がビチビチと尾を揺らしている。狭い瓶の中に閉じ込められてもなお骨だけの魚は泳ぎ回っている気分になっているようだった。



「エリマキダイとバクレツアジの2種類を作るわ」


「何入れんのぉ?」


「エリマキダイの方はひだまり柚子とスジョウバ」


「バクレツアジでつけ汁を作るならさぁ、ピリ辛風味にした方がいいんじゃないのぉ? 辛油をちょっと垂らすだけならショウちゃんも食べられるでしょぉ」


「そこに白胡麻を散らしてな」



 方針も決まったところで、早速調理の開始である。


 ユフィーリアは瓶の中身を流し台にひっくり返す。透明な液体と一緒に骨となった魚まで滑り出てきて、ビチビチと流し台を跳ね回った。素手で骨になった魚をむんずと掴むと、水魔法で綺麗に透明な液体を洗い流してから鍋の中に放り込んだ。

 鍋の中に放り込んでも元気にビチビチと跳ね回るものだから、コンコンカンカンなどと金属めいた音が聞こえてくる。まだ生きているのか、この骨の魚。案外しぶとい奴だ。


 鍋を火にかけたユフィーリアは、熱した鍋の中に魔法で生み出した水を投入する。熱された鍋の中を熱そうに跳ねていた骨の魚は、鍋の中に投下された水の中を優雅に泳ぎ回っていた。茹だるまでの命である。



「エドは牛骨系で作んのか?」


「ハルちゃんとショウちゃんから評判だったんだよねぇ」


「甘辛の味だからな、若え奴の味覚に合うんだろうよ」



 食料保管庫から太めの牛骨を取り出したエドワードは、寸胴鍋にそれらを放り込みながら言う。ユフィーリアが横から魔法で水を投入してやり、それから寸胴鍋も火にかけた。

 調理工程は大抵魔法を使うのが問題児の常識である。もちろん魔法が使えない人の為に調理台そのものへ溜め込まれた魔力を消費して火をつけたり水を出したりするのだが、やはり何事も魔法を使った方が早い。


 エドワードはグツグツと煮え始めた鍋の中に調味料を入れつつ、



「ユーリの鍋から魚が跳ね回ってるんだけどぉ」


「元気だよな、肉剥離剤にくはくりざいを使用されてもまだ生きてんだもんよ」



 ユフィーリアは木ベラを使って、鍋から飛び出そうとする骨になった魚を押し戻す。グツグツと煮えたぎる熱湯の中に逆戻りしてしまった魚は抵抗するようにビチビチと暴れるのだが、木ベラで鍋の底に押さえつけられているので思うように動けずにいた。

 この魚は元から骨だけで構成されている訳ではなく、肉や内臓のみを溶かす『肉剥離剤』という魔法薬に漬け込んでおいた生きた魚である。元々は本物の魚らしく肉もあれば内臓もあったのだが、肉剥離剤に漬け込まれた影響で標本みたいな見た目になってしまった訳である。


 肉剥離剤に漬け込む魚は生きたまま入れるのが最適だ。魔法薬が動いた部分に反応して溶かしていくので、最終的にこんな骨の魚になる訳である。



「素麺の方は大丈夫かな」


「俺ちゃん見てこようかぁ?」


「おう、頼む」


「じゃあユーリは俺ちゃんの鍋も見ててねぇ」



 ユフィーリアに鍋の具合を任せたエドワードが、素麺を茹でる部隊のハルア、アイゼルネ、ショウの様子を見に行く。たかが素麺を茹でるだけなので、それほど問題になっているとは思えない。


 自分の鍋の具合を見つつ、ユフィーリアはエドワードの調理する寸胴鍋の中身も確認する。焦茶色の液体に沈む牛骨から出汁が滲み出てきて、油のようなものが煮えるお湯の表面に浮かんでいた。鼻孔を掠める甘辛い香りが食欲をそそる。

 寸胴鍋の淵に出てきた灰汁を掬い、適度に鍋の中身をかき混ぜて滲み出てきた油をお湯に馴染ませていく。やたらと牛骨が太いのは、暴れ牛と呼ばれる気性の荒い牛の骨を使っているのだろう。あの牛は暴れれば暴れるだけ、怪我をすればするほど肉が引き締まってくると言われている。骨の方もさぞいい味が染み込んでいるはずだ。


 さて、ようやく観念したように骨となった魚が鍋の底から動かなくなったところで、ユフィーリアは食料保管庫からぼんやりと輝く柑橘系の実を取り出す。いくらか削った部分が見受けられ、包丁を使って器用に皮だけを削ぎ落としていった。



「おー、いい香りいい香り」



 鼻孔を掠める柑橘類の爽やかな香りに、ユフィーリアは「よーしよーし」と満足げに頷いた。


 最後にスジョウバと呼ばれる水面で作られる葉野菜をどっさりと投入して、完成だ。

 スジョウバとは主に海で生産される葉野菜で、海底に埋めた種が芽吹くと徐々に浮上してくるのだ。最終的に葉っぱのような見た目の野菜が海面へ出てきて収穫される。海水の塩っ辛さを吸って成長するので、スジョウバそのものもちょっぴりしょっぱいのだ。


 つけ汁作りも順調に終わり、さてあとはあの大量の素麺が茹で上がるのを待つだけだ。



 ――――――――ぼかんッ!!



 素麺を茹でる際に聞こえてはならない音が、居住区画の向こう側で響き渡った。



「こーのお馬鹿ちゃんがぁ!!」



 直後、エドワードの絶叫が耳朶に触れる。


 これは完璧に何かをやらかした証拠である。嫌な予感しかしない。

 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして調理台の火を消すと、それぞれの鍋に蓋をしてから爆発音が聞こえてきた方面に向かう。


 さて、やらかした馬鹿は一体誰なのか。



 ☆



「吹きこぼれるどころか爆発しちゃってるじゃんねぇ!! どうするのよぉ、この飛び散った素麺!!」


「ごめんなさい!!」


「ごめんなさイ♪」


「ご、ごめんなさい……」


「すまない……」


「そういう時にはユーリか俺ちゃんを呼ぶのよぉ!! 火傷したら危ないじゃんねぇ!! 忙しいからって突き放すような真似をあの魔女様がすると思うのぉ!?」


「思わない!!」


「思わないワ♪」


「思いません……」


「思わない訳だが……」



 怒髪天をつく勢いで説教をするエドワードの前には、正座をしたハルア、アイゼルネ、ショウ、そしてキクガの4人がいた。4人ともしょんぼりと肩を落として反省している様子である。


 爆発は用務員室から聞こえてきた訳ではなく、廊下で起きたようだ。その証拠に横倒しとなった大釜から大量のお湯が溢れて、廊下に敷かれた赤い絨毯を濡らしている。壁や床に飛び散った白い何かは、爆発四散した素麺の成れの果てだろうか。

 一体何がどうなって、素麺を茹でていたら爆発するような事態になるのか。素麺を茹でていたら爆発したという事態に陥ったことがないので、ちょっと想像できない。


 悲惨な状況の廊下を目の当たりにしたユフィーリアは、



「お父さんや、そんなに怒ると子供たちが怖がりますよ」


「誰がお父さんなのぉ!? せめてお兄さんでしょぉ!?」


「問題はそこか?」



 とりあえず魔法で簡単に掃除をしながら、ユフィーリアは茹で組の事情聴取をする。



「はい、何が起きたのか話せるか? 怒らないから言ってごらん?」


「素麺を大量に茹でるには大釜を使った方がいいよねって話になったから、大釜いっぱいに素麺を入れた!!」



 まず最初に事情を明かしたのはハルアだ。これで魔法薬調合用の大釜が持ち出された理由が判明する。



「アイゼさんが魔法で水を出してくれたのだが、さすがに火を出すまで魔力が持たなくて」


「おねーさん、大釜をいっぱいにするお水を出すので精一杯だったのヨ♪」



 次いで、ショウとアイゼルネも事情を明かす。ここまでは予想通りだ。



「そこで『炎腕えんわんなら大丈夫なのではないか』と私が提案して、熱しすぎて爆発を起こした訳だが」



 最後に、非常に申し訳なさそうな表情でキクガが申し出る。爆発オチまで完璧に把握できてしまった。

 常に完璧超人だが料理だけは壊滅的にダメなキクガが関わってしまうと、何でもかんでも爆発してしまうのだろうか。まあ今回もたまたま運が悪かっただけに違いない。絶対にそうだ。料理の工程で爆発するような真似はない。


 ユフィーリアは苦笑を浮かべ、



「お前らに怪我がないだけよかったよ。いい勉強になったな、今回の失敗はちゃんと覚えておけよ」


「ユーリは優しいね、エドと違って!!」


「優しい魔女で嬉しいワ♪」


「ユフィーリア、ごめんなさい……」


「すまない、ユフィーリア君」


「ハルちゃん、素麺の割合を減らすからねぇ」



 ひしっと抱きついてきたハルア、アイゼルネ、ショウの頭を撫でてやるユフィーリアだが、あることに気づいた。

 ハルアの手に傷跡のようなものがあるのだ。皮膚が爛れており、見様によっては火傷にも窺える。火傷の箇所は右手全体に及んでおり、なかなか酷い傷跡だった。


 ユフィーリアはハルアの右手を取り、



「ハル、これどうした? 爆発した時に怪我したか?」


「あ」



 ハルアは慌てて右手を隠すと、



「何もない」


「何もなくねえだろ、それだけ酷え火傷なんだから」


「何もない!!」


「しらばっくれるな、お前」



 右手を見せようとせずに「何もない」と頑なに主張するハルアだが、ここで思わぬ襲撃を受けた。



「あ、それはハルさんが茹でている最中の素麺をつまみ食いしようとして熱湯の中に手を突っ込んだから火傷をしてしまったんだ」


「は?」


「ショウちゃん!! めっ!!」



 何やら事情を知っているらしいショウは、



「それで、その、炎腕えんわんの加減を間違えてしまったというか……驚いて加減を間違えて思い切り熱しすぎてしまったんだ。それで爆発が起きたというか」



 なるほど、原因も解明である。


 ユフィーリアは慈愛に満ちた笑顔で、ハルアを見やる。

 今回の爆発の元凶は、ダラダラと冷や汗を流しながら徐々にユフィーリアから距離を取っていた。そのまま爆発的な速度で逃げればまだ命はあっただろうが、彼の背後には鬼のような形相のエドワードが立ち塞がって逃げ道を断つ。


 そして刑は執行される。



「エド、ハルに親父さん直伝のプロレス技15連発フルコース」


「はいよぉ」


「ごめんて!! ごめんて!!」



 馬鹿野郎の処刑はエドワードに任せ、ユフィーリアはアイゼルネ、ショウ、キクガを連れて用務員室に戻る。



「つけ汁が出来たからちょっと味見するか?」


「する」


「いいのかしラ♪」


「楽しみな訳だが」



 作ったつけ汁の味見を提案するユフィーリアは、閉ざされた用務員室の扉の向こう側から聞こえてくるハルアの悲鳴を華麗に無視するのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】問題児の料理番長。ほっとする家庭料理から時短レシピ、果ては凝った豪華なお料理まで作ることが出来る料理上手。つけ汁作りもお手のもの。

【エドワード】問題児の料理番長2号。味付けの濃いザ・漢の料理みたいな料理が得意。特に肉料理などを作らせたらユフィーリアさえ腕前を凌駕する。


【ハルア】素麺が爆発した原因。よく料理はつまみ食いしてはエドワードに怒られる。ユフィーリアの場合はつまみ食いする前にバレるが割と味見を許してくれる。

【アイゼルネ】大釜に水を注いだだけで魔力欠乏症になりかけた。魔力量はそこまで多くないので、一般の魔女よりも出来ることは少なめ。

【ショウ】炎腕で大釜を熱していたら先輩がグツグツと煮えたぎるお湯の中に腕を突っ込んだので、熱する加減を間違えて爆発させてしまった。ハルアと一緒だったらつまみ食いはしちゃう方。

【キクガ】料理に対してもはや呪いと呼んでもいいほど爆発する。今回は自分で手を出していないのに爆発したので、呪いもここに極まったかと反省。

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