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第12話【銀狼族とある男】

「おい、どうする族長」


「あの連中、舐めやがって」


「ヒトザル如きに負けていられない」


「奴らに制裁を、族長!!」



 獣王国の果てにある廃墟に、威勢のいい声が響き渡る。


 集まっているのは銀色や灰色の毛皮を持つ狼の獣人たちだ。同じ獣人の間では煙たがられている存在の銀狼族である。

 昼間にとある女装少年によって全裸にひん剥かれた彼らは、自分たちを辱めた彼に復讐をするように族長へ訴えていた。限りなく少なくなってしまった衣類を燃やされて、中には火傷を負った仲間もいる。女装少年に対する彼らの恨みつらみは計り知れない。


 最も屈強な身体を持つ銀狼族の現族長、マルス・ヴェルデガータは難しい表情を見せていた。太い両腕を組み、何かを考え込んでいるような気配さえある。



「族長、決断を」


「ヒトザルに敗北するような真似など、我ら誇り高き銀狼族にあるまじきことだ」


「黙れ、喧しい」



 マルスは復讐を叫ぶ仲間たちに一喝する。



「お前たち、頭を使え。我らを辱めたヒトザルに復讐を企てる根性は褒められたものだが、どうやって表舞台まで引き摺り出すのかが問題だ」



 あの女装少年が守られている場所は、堅牢な警備網が敷かれた王宮内である。今や絶滅寸前の人数まで減ってしまった銀狼族では、どれほど作戦を練ったところで捕まってしまうのがオチだ。最悪の場合、全員揃って処刑という考えもあり得る。

 確実に対象人物を殺すのであれば、まずは表舞台に引き摺り出す必要がある。何か有効手段があればいいのだが、悔しいことにあの少年を堅牢な王宮から引っ張り出す方法が思いつかない。


 力技でどうにか出来るのであれば、マルスだってそうしている。世の中はそう上手くいかないのだ。



「我々はこれ以上、死ぬ訳にはいかない。互いの顔を見てみろ」



 マルスは自分を取り囲む仲間たちに視線を巡らせる。


 少ない、圧倒的に少ないのだ。この場にいる狼の獣人は、現在確認されている全ての銀狼族である。種の根絶まであと少しと言ったところか。

 下手に突撃をしても、碌な戦果は得られない。誇り高い銀狼族を辱めたあの少年の命を確実に奪うには、もう少し頭を働かせなければならないのだ。


 族長であるマルスの言葉に納得した同胞たちは、



「じゃあ族長、提案が」


「何だ?」


「あそこにいる奴を使うのはどうでしょうね?」



 1人の同胞が示した先には、月明かりが落ちる廃墟の街並みを散歩するような足取りで歩く男がいた。


 短く切り揃えられた灰色の髪と鋭い銀灰色の双眸、迷彩柄の野戦服に詰め込まれた筋骨隆々とした肉体美は相当鍛えた証である。胸元は窮屈なのか大胆に開放しており、太い首から下げた犬の躾に用いられる口輪が揺れている。

 どこかで見覚えのある人物だと思えば、昼間に仲間たちを辱めた女装少年と一緒に行動していた男だ。随分と親しげに話していたので、友人のような間柄なのだろう。


 マルスは引き裂くように笑うと、



「いいな、それはいい考えだ」



 あの男の屍を見れば、かの少年とて取り乱すに違いない。精神状態が乱れたその時が狙い目だ。



「気づかれないように殺してこい」


「へい」



 男の殺害を提案した仲間に用意していたナイフを手渡しながら、マルスは命じる。


 ナイフには毒が塗り込まれている。刺すと全身が痺れて動けなくなり、最終的には死に至る猛毒だ。魔法で治療をされてしまうと厄介だが、その前に急所を突き刺せば死ぬだろう。

 昼間にこのナイフを使った際、彼が盛大に吐瀉物を撒き散らしながら倒れた姿を見た記憶がある。所詮は人間、毒に弱いのだ。


 ナイフを受け取った仲間は足音もなく夜の闇を移動する。伽藍ガランとした建物の間を風のように駆け抜け、あっという間に散歩中である男の背後に回り込んだ。



「あ」


「ッ」



 不意に男が振り返った。


 背後に回った仲間はすでにナイフを振り抜いており、その軌道はちょうど男の顔面付近に到達する。鈍色に輝くナイフの先端が彼の眼球を抉り出すまで、あと数秒。

 そのはずだった。



「うわ変態」


「ぎッ」



 突き出された腕を簡単に掴まれ、男は仲間の腕を捻り上げてナイフを手放させる。同胞の手から簡単にナイフが滑り落ち、荒れ果てた大地に転がった。

 苦悶の表情を見せる仲間は男の手を振り払おうと躍起になるのだが、男の方が力が強いのか剥がすことが出来ない。男の方は涼しげな表情を保ったままで、腕力や身体能力では負けなしと噂の銀狼族を相手にしても優勢を貫いていた。


 仲間は鋭い爪で男の顔面を狙おうとし、



「ほいよっとぉ」



 仲間の腕を掴んだ男は、そのままボコボコと荒れた地面に仲間を叩きつけた。

 まるで玩具のように何度も何度も仲間は地面に叩きつけられ、ついに動かなくなる。動かなくなっても男は容赦なく数えきれないほど仲間を地面に叩きつけて叩きつけて叩きつけて、ボロ雑巾のようになった仲間の屍を見てようやく動きを止めた。


 動かなくなった仲間の死体を見下ろす視線の冷たさは、どこか恐ろしいものがある。ゴミを見るような視線ではなく、表現の出来ない恨みのようなものが滲んでいた。



「おのれ、ヒトザルが!!」



 仲間が殺されたことで激昂した仲間の1人が、身を潜める廃屋から飛び出す。

 闇夜を切り裂くように駆け抜け、今しがた銀狼族の仲間を殺したばかりの下手人に飛びかかる。怒りに満ちた絶叫を夜空に轟かせ、鋭い爪が生え揃った指先を振り上げる。


 その鋭利な爪が相手の柔肌を引き裂くより先に、飛びかかった仲間の顔面に仲間の死体が叩きつけられた。



「ぐぶッ」



 まるで鈍器のような扱いを受けた仲間の死体によって吹き飛ばされ、情けなく地面に転がる。すぐさま起き上がろうとするのだが、



「うわ、また変態じゃん」


「ぎッ」



 起き上がろうとした矢先に男の靴底が仲間の顔面に押し付けられ、呆気なく頭部を潰される。頭蓋骨は砕け散り、脳味噌は弾け飛び、血潮がベッタリと男の靴底を汚した。

 頭の潰れた仲間は当然ながら動くことはなくなり、大の字で地面に寝転がる。これで2人目の戦死者だ。


 男はふと顔を上げると、



「ねえ、そこにいるんでしょぉ?」



 間伸びした声で、分かっているかのような口調で言う。



「出てきなよぉ」



 ――気づかれていたのだ。


 マルスは戦慄する。

 相手は只者ではない。銀狼族を相手に互角以上の腕力を発揮し、身体能力も飛び抜けて高い。危険極まる相手だ。


 単独での勝負に勝てないのであれば、複数人で仕掛けるまでだ。



「取り囲め、とにかく逃げ場をなくせ」



 マルスは残った仲間たちに命じる。蜘蛛の子を散らすように仲間たちは廃墟へ散り、同胞を2人も殺した男を取り囲む。


 男は取り囲まれてもなお平然としていた。むしろ取り囲んでくる銀狼族の面々を品定めするように視線を巡らせていた。

 今のままでは油断ならない。全員で飛びかかったところで返り討ちにされる可能性だって考えられる。ここは相手の心情を揺さぶるのだ。


 マルスはあえて男と対峙すると、



「こんな夜中に出歩くとは不用心だな」


「あ、いたぁ」



 男は間伸びした声でマルスの発見を喜ぶと、



「やっぱり親父さんとかお祖父さんに似てるねぇ」


「…………何故知っている?」



 マルスの口から低い声が出た。


 マルスの父親も、マルスの祖父も何者かによって殺されたのだ。死体は見つからず、どこに行ったのかさえ不明のままである。誰も先代たちの死の真相について知らない。

 男は「まあ知らないよねぇ」などと朗らかに笑うと、



「だってアイツら食い殺したのってぇ、俺ちゃんだもんねぇ」



 血の気が引いた。


 朗らかな笑顔で放たれた言葉は、同胞を殺したという恐ろしい事実だ。「美味しかったよぉ」と味の感想までおまけである。

 目の前の相手が本当に殺したのであれば、マルスの父親や祖父の敵討ちが出来る。男がどういう目的でマルスの父親や祖父を殺害したのか知らないが、余裕綽々とした表情をぐちゃぐちゃにしてやりたいという恨みはマルスにも持ち合わせているのだ。


 震える拳を握りしめたマルスは、



「何故父と祖父を殺した?」


「おかしなことを言うねぇ、自分たちのことは棚に上げておいてねぇ」



 男は「ああ、そうそう」と思い出したように言い、



「お前さんとは初めましてだよねぇ。俺ちゃんねぇ、エドワード・ヴォルスラムって言うんだぁ。お前さんのお父さんとお祖父さんがぶっ殺してくれた前族長一族の生き残りなんだけどぉ」



 朗らかな笑顔を保ったまま、男は自らの名前を明かす。


 ヴォルスラム――銀狼族の祖先である魔狼ヴェルデルゲの直系一族だ。先祖返りを輩出する銀狼族の中でも最も強いと呼び声の高かったが、数千年前にその血は途絶えた。マルスの一族を筆頭として多くの銀狼族が彼らの一族を根絶やしにしたのだ。

 その最後の生き残りである。しかも人の姿と何ら変わらないところをみると、ハッタリなのか本当に先祖返りなのか。


 男は「ただやり返しているだけに過ぎないじゃんねぇ」と笑い、



「里を追い出されてぇ、いらない子だって言われてぇ、でもその先で俺ちゃんは素敵な魔女様に出会って学んだよぉ。『やられたら100倍にしてでもやり返せ』ってねぇ」



 間伸びした声に緊張感はないのに、毛皮を撫でる空気が痛い。張り詰めた緊張感に息が詰まる。


 ヴォルスラムの一族にやってきたことは記憶に深く刻まれている。父親も祖父も自慢げに語っていたのだから、マルスも「ヴォルスラムとやらはそれほど弱い奴なのだ」と侮っていたのだ。

 だから父も祖父も殺された。最後に生き残ったヴォルスラムの息子が、逆襲をしにきたのだ。


 男は首元に下がった口輪をゆったりとした手つきで装着すると、



「ところでぇ、俺ちゃんは先祖返りだから魔狼ヴェルデルゲの能力が使えるんだけどぉ」



 銀灰色の双眸で真っ直ぐにマルスを見据えた男は、その表情から笑みを消した。



「わざわざ喰われにきたのはご苦労なこったな、有象無象が」



 次の瞬間、足元に伸びるエドワードの影が巨大な狼となって、マルスの上半身を食い破った。

《登場人物》


【マルス】銀狼族の族長。頭のいい策略家で、獲物は弱らせてから殺す派。先代とその前の族長が何者かによって殺されてしまってからなし崩し的に族長の座を引き継いだ。


【エドワード】ヴェルデガータ家が族長になるより前の族長一族、ヴォルスラム家の長男。次期族長になるはずだったが家族を殺され、一族を追放された経緯がある。マルスの父親と祖父には家族を殺された恨みがあるので、逆に食い殺してやった。

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