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第7話【問題用務員と彼の真実】

 ――ッッッッドン!! という爆発音が耳をつんざいた。



「何だ!?」


「あラ♪」



 ちょうど凱旋パレードについて打ち合わせをしていたユフィーリア、アイゼルネ、リオンの3人は唐突に響いた爆発音に反応する。


 爆発音は近くで聞こえ、衝撃で王宮の建物が僅かに軋む。玉座の間の外では衛兵や王宮務めの執務官が「何事だ!?」「爆発!?」「国家転覆事件がまた!?」などという慌てた素振りのやり取りが交わされていた。

 確かに、これだけ近くで爆発音が聞こえれば国家転覆を目論む馬鹿野郎が王宮に押し寄せてきたと勘違いしてもおかしくない。現に、リオンの元へ銀狼族という厄介者から殺害予告の手紙が届いているのだ。


 ユフィーリアは眉根を寄せ、



銀狼族ぎんろうぞくの襲撃か? それにしちゃ早すぎるような気がしないでもねえけど」


「何だと、襲撃か!?」



 リオンは拳を握りしめると、



「こうしてはおれん、迎え撃つ!! シュッツ、準備をしろ!!」


「うす」


「おい馬鹿、王宮を飛び出して銀狼族に喧嘩を売りに行こうとするな脳筋クソ馬鹿獣王陛下」



 一息で告げた言葉の中で2回も『馬鹿』と繰り返して強調したユフィーリアは、今まさに玉座の間を飛び出そうとするリオンの後頭部を引っ叩いた。

 リオンは獣王である。ビーストウッズという国を統括する国家元首なのに、命を狙っている銀狼族の前へノコノコと姿を見せるのは自殺行為だ。先祖返りであるリオンの強さは保証されているものの、相手は団体様で押し寄せてくるのだから少しぐらい警戒してほしいものである。


 ユフィーリアはふと玉座の間の天井を見上げ、



「……?」


「どうしたの、ユーリ♪」


「嫌な予感がする」



 ユフィーリアはアイゼルネの腰を抱き寄せ、それからリオンとシュッツを手招きで呼び寄せる。絢爛豪華な照明器具が吊り下げられた天井を見つめたまま、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして防衛魔法を発動させた。


 半透明な結界がユフィーリアたち4人を包み込んだその直後、玉座の間の天井が崩落する。

 照明器具は天井から外れて落下し、防衛魔法によって跳ね返されて大理石の床に叩きつけられて壊れる。大小様々な瓦礫が雨の如く降り注ぎ、床と衝突して粉々に砕け散った。ぶち抜かれた天井は、それはもう見事な穴が開いてしまっている。


 晴れ渡った青い空が垣間見える天井の穴から、歪んだ白い三日月が勢いよく飛び込んできた。三日月の側には古風な意匠のメイド服を身につけた最愛の嫁が控え、三日月を乗り物の代わりに腰掛けているのは黒いつなぎ姿の少年と顔色の悪い筋骨隆々とした巨漢だ。



「ユフィーリア!!」


「ショウ坊、玉座の間の天井まで崩落させてまで一体何があったんだ?」


「エドさんが!!」



 ショウはボロボロと赤い瞳から涙を流しながら、



「エドさんが刺されて、それで顔色が悪くなってしまって、その、思い切り吐いてしまって」


「刺されたァ?」



 ユフィーリアは首を傾げる。


 右腕的存在であるエドワードの頑丈さは誰よりも理解している。たかが刺し傷程度でぶっ倒れるような真似はないし、何ならゲロも吐かないし顔色も悪くならない。むしろ3か所ぐらい致命傷の部分を刺されても死にそうにないぐらいの頑丈さがあるのだ。

 それなのに、冥砲めいほうルナ・フェルノにかろうじてしがみつくエドワードの顔色はすこぶる悪い。全力疾走をしたかのような荒々しい呼吸と額に浮かぶ脂汗が酷い体調であることを伝えていた。


 そんな様子のエドワードを目撃したリオンが、



「な、何事だぁ!?」


「うるせえな、黙ってろ」


「あいたぁ!?」



 叫ぶリオンに容赦のない平手を叩き込んだユフィーリアは、



「ハル、何で刺された?」


「これだよ!!」



 一緒に冥砲ルナ・フェルノに乗ってエドワードを支えていたハルアが、無数に縫い付けられたつなぎの衣嚢に手を突っ込む。そこから取り出したものは何の変哲もない大振りのナイフである。

 鈍色の刃には血糊がベッタリと付着している他に、何やら透明な液体も塗りたくられているように見える。ハルアからナイフを受け取り、血糊が付着した刃の匂いを嗅ぐと鉄錆の匂いに混ざって花のような香りが漂ってきた。


 ユフィーリアは顔をしかめると、



「毒だな」


「毒!?」


「そんな……!!」



 ショウとハルアの表情が今にも泣きそうになる。毒を食らったということで命の危機をさらに感じてしまったようだ。


 さすがに頑丈とはいえ、毒を身体の中に送り込まれれば弱ることは必須だ。早めに治療をしてやらなければまずいことになる。

 ユフィーリアはリオンへと振り返ると、



「リオン、どこかの部屋を貸してくれ」


「お前たちの為に用意した部屋がある。そこを使ってくれ」



 真剣な表情で頷いたリオンは「こちらだ」と率先して玉座の間から飛び出していく。玉座の間から聞こえてきた轟音を不審に思って訪れた執務官が荒れ果てた様子の玉座の間を目の当たりにして悲鳴を上げたが、リオンの足が止まる気配はない。


 飛び出したリオンの背中を追いかけて、ユフィーリアたちもエドワードを運搬する。

 いつもは元気なエドワードがこうも弱ってしまうと、問題児としても調子が狂ってしまうのだ。



 ☆



「――これで大丈夫だろ」



 広々とした天蓋付きベッドにエドワードを寝かせ、ユフィーリアは怪我の治療と解毒作業を同時進行で発動させた。

 幸いにもナイフに塗られていた毒は弱いものであり、全身に巡る前にショウが冥砲ルナ・フェルノをかっ飛ばして連れてきてくれたので大事には至らなかった。これで運び込むのが遅かったら危なかったかもしれない。


 規則正しい寝息を立てるエドワードを見下ろしたユフィーリアは、ベッドの側で泣きそうな表情を浮かべる未成年組の2人に振り返る。



「お前らが迅速に連れてきてくれたからエドも大事にならなかった、褒められるべきだぞ」


「でも、このまま目を覚さなかったらどうしよう……」



 いつになく弱々しい声のショウは、



「もし、もしエドさんが死んでしまったら、もう目を覚さなかったら、俺は銀狼族の連中を今度こそ消し炭にするかもしれない……」


「銀狼族に会ったのか?」


「ああ……」



 頷くショウに同調して、ハルアも普段より弱々しい声で主張する。



「銀狼族ってのがショウちゃんにぶつかって、逆ギレされて殴られそうになったからオレが殴ったの。そうしたら王宮付近でやり返されたんだ」


「その時にエドさんも刺されてしまって……銀狼族は燃やせたと思ったのだが、燃やせたのは洋服だけだった。すばしっこくて逃げられてしまった……」


「なるほどな」



 ユフィーリアは納得したように頷く。


 先程の盛大な爆発は、銀狼族の襲撃ではなくエドワードが刺されたことに対するショウの怒りの鉄槌だったようだ。相手の方が素早くて冥砲ルナ・フェルノでも消し炭に出来なったとは、銀狼族がどれほど身体能力が高いのか分かる。

 それにしても、銀狼族が襲撃してくるのは不安である。王宮は警備が厳しいので簡単に侵入できないだろうが、銀狼族であれば少数で王宮の警備を突破してくることも想定された。


 リオンは安堵の表情を見せると、



「エドワードが大事に至らず安心した。回復魔法も治癒魔法も問題ないのだろう? ならば、このまま目を覚ますまで待つ他はない」


「…………そうだな」



 ユフィーリアの声は沈んでいた。


 銀狼族が襲撃したのは、おそらくハルアに殴られた逆恨みからだろう。相手は問題児だと知らずに喧嘩を売り、そして見事にボコボコの返り討ちに遭った。今頃はおめおめと逃げ帰っているだろうが、また近いうちに襲撃される可能性がある。特に今度はショウにも魔の手が及ぶかもしれない。

 いいや、それだけではない。銀狼族に対して、ユフィーリアは懸念事項があった。銀狼族がショウとハルアを逆恨みで攻撃したことなど可愛いものだ。それ以上に、銀狼族にはしがらみがあるのだ。


 ――まるでそれは、呪いのような。



「お前ら、ちょっといいか?」



 ユフィーリアは口を開く。


 これを告げるべきか否か迷ったが、銀狼族という種族に出会った以上は隠すことが出来ない。いつまでも問題を先送りにしてしまうと、言いたいことも言えずに偽る羽目になってしまう。

 ショウとハルアは首を傾げ、アイゼルネは「何かしラ♪」などと応じる。リオンとシュッツもまた瞳を瞬かせた。



「エドワード・ヴォルスラムについて話がある。コイツはこのまま寝かせて、部屋の外に出てくれ」


「……何かあるのか?」


「それはもう、重大な話」



 不安げな表情を見せるショウの頭を撫でてやり、ユフィーリアは「ほら出た出た」とエドワードを1人で寝室に残す。

 寝室から出ると、絢爛豪華な調度品の数々が並べられた応接間と繋がっていた。手触りのよさそうな長椅子に瀟洒な作りの戸棚、茶器に至るまで贅の限りを尽くされている。以前の獣王が来客用に使っていた部屋だとリオンから聞いた。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、



「別に秘密にしている訳じゃなかったんだけど、銀狼族が出てきた以上はこの話を避けて通れねえ。少なくとも、アイツには因縁がある」


「因縁だと?」



 眉を顰めるリオンに、ユフィーリアは「おう」と頷いた。



「前にもあったよな、先祖返りが見た目だけで判断されて追放されるって話が」


「オレのことではないか」


「そうそう、お前のことだよリオン」



 リオンは見た目こそ人間と獣人の混血種である『半獣人デミ・アニマ』に見られるが、実は盛大な間違いだ。彼は獣人の祖である魔法動物と神々の特性を色濃く反映された先祖返りと呼ばれる優秀な獣人である。

 ただ、先祖返りは見た目で判断されて迫害を受ける傾向がある。過去の人間と獣人が起こしたいざこざが原因で、見た目が人間に寄っているのに獣人だと名乗られても納得できないのだ。


 リオンもまた見た目で判断されたクチである。おかげでさぞ生きづらい環境に身を置いていた。



「アタシはな、もっとずっと前にその事件が起きたのを知ってた。身近で起きたからな」


「…………まさか」



 何かに気づいたショウが呟き、ユフィーリアは彼の頭に浮かんだ疑問を肯定する。


 リオンと似たような事件は、遥か昔に身近で起きていた。だから色々と知っていたのだ。

 エドワード・ヴォルスラムについての真実――それは。



「エドワード・ヴォルスラムは先祖返りだ。銀狼族のな」



 ☆



 ――しんしんと雪が降る。

《登場人物》


【ユフィーリア】昔からの付き合いだからこそ色々と知っているし理解している。彼の抱えているものを認識してなお受け止めるほどの器量を持ち合わせる。

【エドワード】別に隠しているつもりはなかったのだが、話す機会がなかっただけ。実は獣人で、しかも渦中にいる銀狼族の先祖返りだった。

【ハルア】どうして話してくれないのとは思ったが、そういえば聞いたことなかったなと思い出した。エドワードなら聞けば教えてくれそうな感じはあったよね!!

【アイゼルネ】どうして話してくれなかったのかしらとは思うのだが、そういや自分も触れてほしくない部分はあるので聞かないでいただけだった。先祖返りなんて凄いワ♪

【ショウ】仲良くしたいとは言っておきながら何も知らなかった自分に悔やまれるが、そういえば聞こうともしていなかったことを思い出す。聞いておけばよかった。


【リオン】エドワードが自分と同じ境遇でびっくり。

【シュッツ】エドワードが自分と同じ銀狼族でびっくり。

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