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第6話【異世界少年と襲撃】

「アイス美味しかった!!」


「とっても大きかったから、この暑い時期にはいいかもしれないな」


「俺ちゃんもあんなに大きなアイスなんて久々に食べたよぉ」



 3人で互いにアイスの感想を言い合いながら、ショウたちは獣王国の王宮に向かう。


 国家転覆の計画に乗った際、多くの建物を破壊してしまったのだが元通りに戻っている模様だった。凱旋パレードが執り行われることが決定し、国全体がお祭り雰囲気に包まれている。道行く獣人や半獣人たちは、誰も彼も楽しそうな様子だ。

 今回、ショウたちは獣王であるリオンから呼び出された形である。ホテルの部屋も確保している気配はないので、宿泊をするなら王宮の部屋を借りることになるのだろうか。転移魔法があるので、もしかしたらヴァラール魔法学院に帰るのかもしれない。


 ショウは腕から提げた黒い紙袋を揺らし、



「エドさん、アイスご馳走様でした」


「美味しかったでしょぉ、あのアイス。俺ちゃんのお勧めだよぉ」



 エドワードが笑いながら応じる。


 甘いものと称して紹介された屋台が、巨大なアイスクリームを販売する店だったのだ。ショウの腰の位置までありそうな大きい鍋からアイスクリームを山のように盛り付け、さらに生クリームまでたっぷりと絞られた贅沢なデザートだった。

 夏場で気温も高く、巨大なアイスは火照った身体を冷ますのにちょうどよかった。濃厚なアイスクリームと生クリームの相性は抜群で、ショウ好みど真ん中なとびきりの甘さである。可能であればまた食べたいぐらいだ。


 ショウは「とても美味しかったです」と言い、



「次は苺味が食べたいです」


「機会があればねぇ」


「オレ、次は2段重ねに挑戦したい!!」


「ハルちゃんは絶対に落とすから1段にしておきなさいねぇ」



 2段重ねのアイスに挑戦したいというハルアの主張を、エドワードはにべもなく一蹴する。

 確かにお断りしたくなる気持ちは分かる。あの巨大なアイスを2段も重ねて、崩さずに食べるというのは至難の業だ。特に夏場はアイスが溶けやすい状況なので、2段重ねで食べるのは余計に危険だ。


 ハルアは不満げに頬を膨らませると、



「えー、別にいいじゃん!!」


「落とすって言ってんじゃんねぇ、話を聞きなよぉ」


「何事も挑戦が大事なんだよ!! もしかしたら落とさないかもしれないよ!!」


「じゃあ落としたら代金払ってくれるぅ?」


「やっぱり1段にしておこうかな!! 無難だよね!!」



 代金に口を出された途端、ハルアの意見が華麗に翻った。

 それもそのはず、ハルアは常に金欠の状態だ。普段から手加減が出来ずに学校の備品を壊してしまう関係で、月々の給与から借金を返済している訳である。お財布にあるお金もお菓子などで散財してしまうので、大抵小銭しかお財布に入っていないのだ。


 頼れる先輩たちの口論をクスクスと声を押し殺して笑うショウだったが、



 ――ガンッ!!



 唐突に、ハルアが殴られた。



「え――――?」



 ショウは訳も分からず、笑顔を引き攣らせる。


 音もなく、完全に気配を殺して忍び寄ってきた何某がハルアの後頭部を棍棒で殴ったのだ。当たりどころが悪ければ――いや当たりどころがよくても大怪我を免れない。

 後頭部を思い切りぶん殴られたハルアは、殴られた衝撃で前につんのめる。ゆっくりと倒れて行く先輩の身体、そして空気中に飛び散る真っ赤な雫。


 無事では済まないことは、明らかだ。



「ハルさん!!」



 ショウの悲鳴が上がると同時に、顔面から硬い地面へ倒れ込もうとしていたハルアが動く。



「痛いな!!」



 倒れようとしていた自分の身体を両腕だけで支えて地面との熱烈な抱擁を回避したハルアは、普段とは違った鋭い眼光を背後に投げる。



「何すんの!!」


「ぐッ」



 腕立て伏せをするような姿勢から、ハルアは背後に佇む人物めがけて回し蹴りを叩き込んだ。

 ちょうどその回し蹴りは背後に佇む人物の脛に引っ掛かり、見事に転ばせることに成功する。2発目をハルアの頭に叩き込もうと棍棒を振りかぶっていたのだが、回し蹴りによってすっ転ばされて手から離れてしまう。


 空中をカッ飛んでいく棍棒。ショウは慌ててそれを視線で追いかけ、



「――炎腕えんわん!!」



 地面を踏みつけると、腕の形をした炎――炎腕がゾロゾロと何本も伸びてきて空中を舞っていた棍棒を受け止めた。「棍棒は絶対に返さん」と言わんばかりに握りしめ、そしてめらめらと燃える炎で跡形もなく燃やしてしまう。

 これで相手の攻撃手段は消えた。ハルアに致命打を与えるような攻撃は出来ない。殴りかかろうものなら、今度はショウの冥砲ルナ・フェルノが火を噴くまでだ。


 ショウはハルアを殴りつけた相手を睨みつけ、



「え――」



 地面に尻餅をついていたのは、ボロボロの布で全身を覆った狼の獣人――銀狼族ぎんろうぞくである。布の隙間から垣間見える銀灰色の双眸は回し蹴りを叩き込んだハルアと、棍棒を取り上げて燃やしてしまったショウに注がれている。

 どこかで覚えがあると思えば、街中でショウにぶつかってきた銀狼族だ。その後にハルアの強襲を受けてボコボコに殴られていたことは記憶に新しい。きっと殴られたことに対して恨みを持っての行動に違いない。


 ショウは起き上がるハルアに駆け寄り、



「大丈夫か、ハルさん。血が……」


「平気だよ、ショウちゃん」



 ハルアは額から垂れ落ちてくる真っ赤な血を乱暴な手つきで拭う。後頭部を殴られてもケロッとした様子の先輩に、ショウは安堵を覚えると同時に少し戦慄する。頑丈と表現するにも限度がある。

 全身のバネを利用して飛ぶようにして立ち上がったハルアは、痛みを振り払うように頭を振る。思いの外、野生的な復帰である。


 一方で回し蹴りを叩き込まれた銀狼族も立ち上がるなり、



「ヒトザル如きが生意気なッ!!」


「ッとお!?」



 握り込んだ拳で右ストレートを放ってくる。


 ハルアは身を反らして相手の拳を回避すると、素早く懐に潜り込む。相手の方が身長も高いので懐に潜り込むのは簡単で、襤褸布の下に輝く銀灰色の鋭い双眸が驚愕に見開かれた。

 相手が行動を起こすより先に、ハルアの手が銀狼族の胸倉を掴む。それから綺麗な背負い投げが決まり、銀狼族は背中から地面に叩きつけられてしまった。



「いきなり何なの!!」


「ぐッ、このッ!!」



 銀狼族も銀狼族でまだ諦めていないのか、胸倉を掴んだままのハルアの腕を掴む。ハルアが「あ」と声を上げたのも束の間、地面に叩きつけられた銀狼族は跳ね起きる反動を利用してハルアを放り投げた。

 その立派な体格に見合った腕力は、軽々とハルアを遠くに投げ飛ばしてしまう。大きな放物線を描いて飛んでいくハルアだったが器用に空中で体勢を変えると、難なく着地を果たす。


 しかし、着地をしたところでまた別方向からの襲撃があった。



「ヒトザルめ!!」


「わあ!?」



 どこからか飛び出してきた狼の獣人が、ハルアに殴りかかる。

 突き出された左拳を反射的に受け止めたハルアは、相手の左腕を捻る。痛みに悲鳴を上げたところで容赦のない金的が炸裂し、大きな口からブクブクと泡を吹きながら倒れてしまった。


 銀狼族は1人だけではなかったのだ。いいや、2人どころの話ではない。



「ショウちゃん、ルナ・フェルノで逃げられるぅ?」


「エドさん……ッ」


「これは逃げた方がよさそうだねぇ」



 ショウを守るように立ち塞がるエドワードは、鋭い銀灰色の双眸を周囲に巡らせる。


 ショウたちを取り囲むように佇んでいたのは、全身を襤褸布ぼろぬので覆い隠した大柄な獣人の集団である。布の下に潜むのは銀色の毛皮と銀灰色の双眸を持った狼の顔――誰も彼も銀狼族で間違いなさそうだ。

 仕返しが過剰だったのは理解できる。でも大勢でやり返しにくるのは相手もやりすぎなのではないだろうか。獣人というのはそこまで話を聞かない存在なのか。


 泡を吹いて気絶した銀狼族を引き摺ってきたハルアは、



「どうしようか、エド!!」


「ハルちゃんとショウちゃんは先に行ってぇ、ユーリを呼んできてぇ。銀狼族はただでさえ厄介なんだからぁ」


「そんな……!!」



 エドワードの言葉に、ショウは泣きそうになりながら首を横に振る。



「嫌です、エドさんを1人残して逃げられません!!」


「そうだよ、何かあったらどうすんの!!」



 ハルアも同意してくる。

 こんな周辺を銀狼族という厄介な連中に囲まれた状態で、エドワードを1人で残せる訳がなかった。大勢を相手にするなど無茶にも程がある。


 エドワードは「大丈夫だってぇ」と強がりを見せるが、



「余所見をする暇はあるのか、ヒトザルが!!」


「ッ、ショウちゃん危ない!!」



 エドワードの大きな手のひらがショウを突き飛ばす。


 大きく体勢を崩すショウ。尻餅をつく直前でハルアが受け止めてくれたので事なきを得たが、庇うにしては少しばかり乱暴すぎやしないだろうか。

 顔を上げると、エドワードの広くて大きな背中に加えて襤褸布で全身を覆った銀狼族の1人がすぐ近くに見えた。ショウとハルアの位置からでは、まるで銀狼族の1人がエドワードに抱きついたのではないかと見えてしまう。


 そうではないと気づいたのは、エドワードから赤い液体が零れ落ちた時だった。



「エドさん!!」


「エド!!」



 ショウとハルアの口から悲鳴が迸る。


 エドワードの腹部には大振りのナイフが突き刺さっていた。迷彩柄の野戦服を易々と突き破り、その向こうに隠された彫像の如き肉体を容易く傷つける。傷口から赤い液体が伝い落ち、地面に染み込んでいった。

 そのナイフを深々と突き入れるのは、周辺を取り囲んでいた銀狼族の1人である。勝利を確信したかのように口元を緩ませていたのだが、エドワードは簡単に倒れなかった。


 彼は腹に突き刺さるナイフを何の躊躇いもなく引き抜くと、



「たかがナイフが何なのぉ?」


「ぎゃッ」



 血に濡れたナイフを放り捨てるなり、その顔面を右拳で殴りつける。

 ぶん殴られた銀狼族は大きく後方へ吹き飛ばされ、数名の仲間を巻き込んで倒れ込む。殴られた顔面は変形し、見るも無惨な状態となっていた。


 エドワードはダラダラと血を流し続ける腹を見やり、



「うわぁ、血が出てるんだけどぉ」


「エドさん止血!! 消毒!!」


「ショウちゃん落ち着いてぇ、たかがナイフで刺された傷だよぉ」


「ナイフで刺されたんですよ!?」



 平然とした様子のエドワードに、ショウは目を剥いた。腹を刺されて無事でいられる人間など存在できるだろうか。病院に担ぎ込まれてもおかしくない大怪我なのに。

 とにかく消毒を、その前に止血をしなければならない。ユフィーリアに仕立ててもらった大切なメイド服だが、先輩の危機に大切だ何だと言っている余裕はないのだ。エプロンドレスを裂いて止血をしようと、ショウは真っ白なエプロンに手をかける。


 エドワードは「だから大丈夫だってぇ」と言うが、



「――ん、ぐッ、おええッ」



 唐突にエドワードが身体をくの字に折り曲げると、盛大に吐瀉物を撒き散らした。

 先程食べたものが半分だけ消化された状態で地面に広がる。吐いた途端にエドワードの顔色が徐々に青褪めていき、ついにはまともに立てずに座り込んでしまった。


 苦しむエドワードを前に、ショウの思考回路が停止する。「どうすれば彼は助かる」とか「早くユフィーリアを呼ばなければ」とか、そう言った考えは頭の中から何故かすっぽ抜けてしまっていた。



「――――全員死ね!!」



 即座に歪んだ白い三日月――冥砲ルナ・フェルノを呼び出したショウは、集団で襲いかかってきた銀狼族めがけて炎の矢を打ち込んでいた。

《登場人物》


【ショウ】頼りになる先輩が倒れてしまい、我を失って冥砲ルナ・フェルノをぶっ放す。

【ハルア】頼りになる先輩が倒れてしまい、あの狼ども全員殺すと息を巻いて突撃するも逃げてしまった。畜生。

【エドワード】刺された痛みよりも吐き気が凄いゲロゲロ。

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