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第5話【異世界少年と銀狼族】

「それにしても、今日のビーストウッズは何だか賑やかだな」



 通行人で溢れ返る商店街を眺めて、ショウはポツリと呟く。


 すれ違う人は揃ってどこかワクワクとした表情を見せていた。立ち並ぶ屋台や露天商も気合の入り方が十分である。

 最愛の旦那様であるユフィーリアは獣王国の王宮に向かってしまったし、きっと獣王関係で賑わっているのだろう。あの頭のおかしな獣王陛下が何をやるのか分かったものではないのだが。


 はぐれないようにショウと手を繋ぐハルアは、



「エドは何か知ってる!?」


「知らないよぉ」



 エドワードは首を横に振った。いつのまに購入したのか、その手には紙製の容器に入ったポップコーンのようなものが握られている。



「王様の生誕祭と呼ぶにはまだ時期が早いもんねぇ」


「獣王様になった記念かな!!」


「それは戴冠式でやったのでは?」



 ショウとハルアが意見を交わしていると、エドワードが「ああ」と合点がいったように頷いた。何か心当たりがあるらしい。



「そういえばぁ、今の獣王陛下は凱旋パレードをやってなかったねぇ」


「凱旋パレード?」



 聞き覚えのない行事の名前に、ショウは首を傾げる。


 パレードという名のつくものだから絢爛豪華な催し事であることは予想できる。凱旋パレードなので国王決定戦の勝者に関係してくるのか。

 だが国王決定戦が執り行われたのは随分と前の話だ。具体的に言えばヴァラール魔法学院が長い夏休み期間に突入した頃合いである。それから大体2週間前後ぐらいしか経過していないのだが、少しばかり期間が空きすぎではないか?


 そう思いたいのだが、



「大方、あの獣王陛下が『凱旋パレードをやるのを忘れていたから今更だけどやりたい』とか駄々を捏ねたんだろうねぇ」


「あの獣王様、意外とポンコツだもんね。ガワだけ詐欺だよ」


「ユフィーリアとアイゼさんを迎えにいった時にひん剥いてやる……」



 エドワードとハルアは呆れたような口振りで言い、ショウは最愛の旦那様に迷惑をかけるポンコツ獣王陛下に対して呪詛を吐いた。

 相手が王族だからと言っても知らない。この世で最も偉大で美しくて完璧な存在である愛しの旦那様、ユフィーリアを大いに困らせた罪はその身で贖わせるのだ。問答無用で全裸にひん剥いて『裸の王様』ごっこをしてやる所存である。


 ズゴゴゴゴと黒いもやを背負っていたショウだが、



「痛ッ」



 ドン、と誰かとぶつかってしまった。


 ポンコツ獣王陛下に対する呪詛を溜めていて、上の空だったのが原因だろう。ハルアに手を引かれているからはぐれないで安心と思っていたのが大間違いだ。

 慌ててショウは「すみません」と謝罪をする。今回はこちらの完全なる不注意なので、仕返しを目論むつもりはない。


 弾かれたように顔を上げると、



「あー……痛えなァ」



 ショウとぶつかったらしい腕をさする、全身を襤褸布ですっぽりと覆い隠した大柄な人物がいた。


 通行人よりも頭1つ分は飛び抜けた高身長である。頭部までボロボロの布で覆われているので顔は判別できないのだが、布の下に収まり切らない突き出た鼻先はさながら犬のようだ。

 ジロリと高い位置からショウを睨みつけるのは、銀色の光を宿した鋭い双眸である。刃を想起させる眼差しが突き刺さり、ショウは思わず「ひッ」と上擦った悲鳴を漏らす。



「何しやがるんだ、クソガキ」


「すみません、ちょっと余所見していて」


「謝って終わりじゃねえだろうなァ!?」


「ひッ」



 唐突に怒鳴られて、ショウは身体を強張らせる。


 どうやらぶつかった相手は虫の居所が悪かったらしい。それか普段でも腫れ物を扱うように接される系の厄介な人物だ。こういった人種は関わらない方がいいとされている。

 ああ最悪だ、せっかくの賑やかなお祭り気分が台無しである。余所見をしていたショウの運の尽きだ。


 全身を襤褸布ぼろぬので覆い隠した大柄な男はゆらりと拳を掲げてくる。たかがぶつかっただけで殴りかかってくるのか。



「ちぇすとぉ!!」


「げふぁッ!?」



 その時、持ち前の身体能力を存分に発揮したハルアの飛び蹴りが、襤褸布で全身を覆った大柄な男の顔面に炸裂した。


 自分自身よりも遥かに身長の高い巨漢を吹き飛ばし、ハルアは華麗に着地を決める。それからショウを守るように立ち塞がる。広く安心感のある背中にショウは安堵感を覚えた。

 一方で吹き飛ばされた大柄な男は放物線を描いて吹き飛ばされると、人混みの中心に背中から落下する。背骨を強く打ち付けたのか痛みに喘ぐ男は「このォッ」と苦しそうに呻いていた。


 ハルアは今まさに起き上がろうとしている大柄な男めがけて、手加減なしの膝蹴りを叩き込む。



「おらぁ!!」


「ぐッ」



 手加減すらしていない膝蹴りが相手の鼻先に叩き込まれ、大柄な男は蹴飛ばされた鼻を押さえて地面をもんどり打つ。あれは確かに痛いかもしれない。ハルアが蹴飛ばした際に、ゴキィッという明らかに聞いてないいけない類の音が聞こえてしまったのだ。

 後輩が襲われたということもあって、ハルアの手つきに容赦はない。ゴロゴロと地面を転がってひん曲がった鼻を押さえる大柄な男へ跨ると、そのまま顔面をボコスカと殴り始めた。一方的な暴力に通行人から引き気味の視線が寄越される。


 我に返ったショウは、慌ててハルアにしがみつく。



「は、ハルさんもういいから!!」


「何で!? だってショウちゃんを殴ろうとしたんだよ!?」


「俺が余所見をしなければよかっただけの話なんだ。本当はこっちが悪くて、その人は何も悪くはない」


「ショウちゃんを殴ろうとしただけで死刑だよ!!」


「でもこれ以上はハルさんが警察に捕まってしまう可能性が……!!」



 ハルアの暴力を止めるショウだが、誰かの悲鳴が晴れ渡った青空に響き渡ったことで状況が変わる。


 その悲鳴を上げた人物は、たまたま土産物を置いている店から出てきた三毛猫の獣人女性だった。ふくよかな体躯は橙色と黒色、白色が絶妙な均衡で混ざった毛皮で覆われており柔らかそうな印象を与える。お洒落着なのか色鮮やかな緑色のワンピースを身につけ、猫耳を収納する為のとんがりがついた麦わら帽子を被っていた。

 猫の獣人女性は緑色の瞳を見開き、切り揃えられた爪が生える指先を震わせながらハルアを指差す。正確にはハルアが跨る大柄な男を示していた。



銀狼族ぎんろうぞくよ!!」


「え?」



 銀狼族という聞き覚えのない単語に、ショウは首を傾げる。


 ハルアが馬乗りになって殴っていた相手は、頭部を覆っていた襤褸布ぼろぬのが外れて顔面が露わになっていた。全体的に銀色の体毛で覆われ、ピンと尖った犬の耳――いいや狼の耳が特徴的である。

 左右に大きく引き裂けた口から覗く鋭い犬歯と銀灰色の鋭い双眸、貧困街の住民よりもボロボロの衣類から垣間見える屈強な肉体。二足歩行する銀色の狼を認識した途端、ハルアに向けられていた引き気味な視線が一気に狼の獣人へ注がれる。


 通行人は銀色の狼から距離を取ると、



「離れろ、噛み付かれたらコトだぞ!!」


「女と子供を隠せ、食い殺される!!」


「おい誰か警察組織に連絡しろ」


「危ないぞ、銀狼族が出た!!」



 状況はどんどんおかしな方向に転がっている。通行人は慌てた様子で狼の獣人から距離を取るなり「警察組織に連絡だ」とか「女と子供を隠せ」とか叫んでいる。明らかに狼の獣人が悪いというような雰囲気が漂っていた。


 ハルアもショウも現況についていけず、唖然とするしかない。

 悪いと言えば、過剰防衛をしたハルアには何も言わないのだろうか。相手である狼の獣人はショウに威嚇をし、ハルアはそれを守っただけに過ぎない。しかしそれ以降の暴力は説教の1つでもあるべきなのに、悪いのはただそこにいるだけの狼の獣人の方であるという空気になっているのだ。



「何をしているんだ、そこの子供!!」


「早くその狼から逃げなさい!!」


「え、え?」



 他の獣人や半獣人から「逃げろ」だの「離れろ」だの言われ、ショウは余計に混乱する。ハルアも不思議そうに首を傾げるだけだった。


 あまりにも悪化する状況で、先に動いたのは狼の獣人である。

 狼の獣人は馬乗りになったハルアを突き飛ばして退けると、弾かれたように立ち上がるなり人混みを掻き分けてその場から逃げ出した。先程の威勢の良さから想像できないほどの逃げ足の速さだった。


 あちこちから悲鳴が上がる中、完全に置いてけぼりとなってしまったショウとハルアは互いの顔を見合わせる。



「何だったんだろうか……」


「狼さん、行っちゃったね!! 次に会ったら確実に仕留めるからね!!」


「ハルさんが捕まってしまうから止めてほしいかな」


「じゃあバレないように仕留めるね!!」


「バレるバレないの問題ではなさそうなのだが」



 ショウはエドワードへ振り返ると、



「エドさん、今の人ってお知り合いだったりします? 銀狼族ってそんなに他の人から――」



 獣王国出身のエドワードに今起きたばかりの現象を尋ねるのだが、彼は険しい表情で狼の獣人が逃げ去った方向を睨みつけていた。殺人鬼が獲物を見定めているような剣呑な雰囲気が漂っている。

 だが、それもすぐに解消される。エドワードは「いるんだよねぇ、困った人がねぇ」と普段の態度を取り戻すと、ショウとハルアの腕を引っ張り上げた。


 いつもの飄々とした掴みどころのない調子で、エドワードはショウとハルアの頭を大きな手のひらで撫でてくる。



「怖かったでしょぉ、甘いものでも食べに行こうねぇ」


「甘いもの!!」


「エドさんのお勧めでお願いします!!」


「ついでに奢って!!」


「ゴチになります!!」


「現金な子だねぇ」



 甘いものという素敵な響きに先程の異様な光景などすっかり頭の中から追い出してしまったショウとハルアは、キャッキャとはしゃぎながらエドワードについていくのだった。

《登場人物》


【ショウ】銀狼族という名前に聞き覚えはない。相手が虫の居所が悪くて殴られるのかと思ったのだが先輩に助けてもらい、事なきを得る。ただ先輩が暴行で捕まらないか心配。

【ハルア】大切な後輩が狙われたら即座に攻撃。暴走機関車野郎の名前に恥じない暴走っぷり。次は確実に仕留めると狙っている。

【エドワード】ハルアが相手に殴りかかってしまったので止める間もなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ユフィーリアさんのことが好きすぎるショウ君のヤンデレの暴走具合が本当に可愛いです。ヤンデレキャラでこ…
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