第4話【異世界少年と第七席関連商品】
第七席【世界終焉】がついに商品化、とある。
「…………」
「どうしたの、ショウちゃん。めちゃくちゃ怖い顔してるよ」
「…………」
硝子に映り込んだ自分の顔は、随分と怖い表情を浮かべているように思えた。
艶やかな黒髪を編み込みにして、頭頂部を飾るホワイトブリムに縫い付けられた黒猫の耳はペタンと伏せられて怒りを表現している。夕焼け空を流し込んだかのような赤い瞳は目の前の物品を睨みつけており、最愛の旦那様から「可愛い」と言われる少女めいた顔立ちもムスッとした表情で可愛げの欠片もない。
雪の結晶が刺繍された半袖のメイド服は古風な意匠だが、可愛らしさと清楚さが同居しておりショウによく似合う。腰に巻いた胴着を模したベルトから黒猫の尻尾が伸びており、先端には鈴が括り付けられたリボンが巻き付いていた。ショウの感情を体現しているのか、凄い勢いで黒猫の尻尾が振り回されるので鈴がチリンチリンと音を立てる。
その隣に並ぶ頼れる先輩用務員のハルア・アナスタシスは、
「ショウちゃーん、どうしたの」
「むー」
膨れっ面を見せるショウは、ハルアに不機嫌の証拠を突きつける。
店先に飾られていたのは、箱の中に収まった煙管である。煙管には随所に雪の結晶の模様が刻み込まれており、最愛の旦那様であるユフィーリアが愛用しているものと同じだ。彼女は身体に溜まった冷気を吸い上げる為に使っているが、店先に置かれているものは本来の意味で使う為の煙管みたいだ。
煙管を使用できる年齢に達していない場合でも購入できるようだが、きちんと煙管として使用することは出来ないらしい。煙管に詰める為の葉っぱを販売してくれなければ本来の用途としては扱えず、せいぜい観賞用が関の山というところだろう。
ハルアは店先に飾られた煙管を見やると、
「ユーリと使ってるものと同じだね」
「第七席が商品化ということは、ユフィーリアに関連するグッズなのだろう」
ショウは頬を膨らませると、
「みんながユフィーリアを好きになったら、俺は全人類を冥砲ルナ・フェルノの餌食にしてやる」
「落ち着いて、ショウちゃん。ショウちゃん以上にユーリを好きになるような物好きなんていないよ」
ハルアはショウの肩を優しく叩き、
「それにこう考えよう、もっと明るい発想だよ」
「明るい発想? 処刑方法に明るいも暗いもあるのか?」
「ユーリに関連すると強火になるの、オレは嫌いじゃないよ」
すでに全人類滅殺計画を頭の中で描き出すショウに、頼れる先輩用務員からの天啓が与えられた。
「ユーリとお揃いだよ」
「これいくらかな、今こそ夏の賞与の使い時……!!」
「凄え手のひら返し」
いそいそと財布を取り出し、ショウは雪の結晶が刻まれた煙管の値段を確認する。もうすでに頭の中は全人類滅殺計画など捨て去り、最愛の旦那様であるユフィーリアとお揃いの煙管が持てるということでいっぱいだ。全人類がたった1人の女装少年によって燃やし尽くされる未来は回避できた。
煙管のお値段は20万ルイゼとお高めである。なるほど、ちゃんとした煙管として扱えるものだから値段も張るのか。20万ルイゼというなかなか高額に設定された煙管を前に、ショウは蹈鞴を踏んでしまった。
すると、
「あれぇ? ショウちゃんとハルちゃんはお店の前で何してんのぉ?」
「あ、エドさん」
「エド!!」
ちょうどそこに筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムがやってきた。彼の両手には人数分の薄く焼かれた小麦の生地で角切りにされた肉を巻いた食べ物が握られており、それらをショウとハルアにも手渡してくる。
出来立てなのか、紙にくるまっているとはいえ熱さが伝わってくる。小麦の生地に巻かれた肉には茶色いソースが絡められており、少量の野菜も垣間見える。肉・肉・肉・野菜みたいな豪快な食べ物である。
エドワードから手渡された食べ物を両手で抱えるショウは、
「ユフィーリアが使っている煙管と同じものが売っていたんです」
「買わないのぉ?」
「悩んでて……」
「ショウちゃんはちゃんとお金も持ってるしぃ、無駄遣いをしないじゃんねぇ。ここって時に使っておかないともったいないよぉ」
何の躊躇いもなく小麦の生地に巻かれた肉の塊に齧り付くエドワードは、
「それにぃ、躊躇ってるとユーリが終焉させるよぉ」
「終焉させるって……」
「そんな煙管なんて販売されていませんでした、なんてオチになるよぉ。自分の知らないところで自分が金儲けの道具になってたって知ったら絶対に消し飛ばされるからその前に買っちゃいなぁ」
エドワードは「ほらぁ、俺ちゃんたちには終焉なんて通用しなくなったしねぇ」と続ける。
確かに彼の言う通りだ。ショウたちはユフィーリア・エイクトベルという魔女と従僕契約を結んだことで終焉が適用されなくなった。万が一、ユフィーリアが世の中に流通する第七席を題材にした煙管を消し飛ばしたとしても、その前にショウが買っておけば終焉されずに済む。他の人には終焉が適用されるので、商品化なんて最初からなかったことになる。
何と言うことだろう、最高の環境ではないか。ショウは問題なくお揃いを買うことが出来て、他の連中は諸共消し飛ばされればいい。これでユフィーリアとお揃いの煙管を持っているのはショウだけになる。
お目目をキランと輝かせたショウは、
「ありがとうございます、エドさん。早速買ってきます」
「はい、いってらっしゃいねぇ」
「ハルさん、このクレープみたいなの持っててほしい」
「いいよ!!」
肉クレープをハルアに預けたショウは、煙管購入の為に早速店内へ足を踏み入れるのだった。20万ルイゼが何だ、旦那様と同じものが持てるなら端金である。
☆
足取りが非常に軽い。
「ふんふーん♪」
「ご機嫌だね!!」
「ユフィーリアとお揃いの煙管を買ってしまったからな」
ショウは先程の店で購入した紙袋を掲げる。
上等な材質を使った紙袋には銀色の文字で店の名前が書き込まれており、隅には雪の結晶の模様まで描かれている。徹底してユフィーリアを想起させる意匠となっていた。
紙袋の中に鎮座する黒い箱にも雪の結晶の模様が描かれ、さらに青いリボンまで飾られている。この黒い箱の中に最愛の旦那様とお揃いの煙管が詰まっていると考えただけで特別感があった。
大切そうに紙袋を抱えるショウは、
「奮発してよかった」
「世の中は思い切りが大事だからねぇ」
エドワードが「はい」と肉の塊がゴロゴロと包まれたクレープを渡してくる。ハルアに預けたショウの分のクレープだ。
「ありがとうございます」
「ハルちゃんに預けたら落としそうになってたからねぇ」
「そうだったんですね」
時間を置いたからか、クレープは最初に受け取った時からだいぶ冷めてしまっていた。むしろ夏の時期にはちょうどいいぐらいの温度である。
少し冷めて食べやすくなった小麦の生地に齧り付くと、ほのかな甘さが口の中に広がる。モチモチとした食感も好ましく、クレープを全部食べればお腹いっぱいになりそうだ。小麦の生地と一緒に肉の塊にもかぶりつくと、甘辛いソースに絡まった柔らかな肉が生地のモチモチ感とよく合っていた。
ちまちまとクレープを食べ進めるショウは、
「美味しいです」
「カニサクレープって名前でねぇ、ビーストウッズの家庭料理として出てくるんだよぉ」
「そうなんですか」
エドワードの豆知識を聞きながら、ショウはカニサクレープと銘打たれた肉だらけのグレープに視線を落とした。
確かに家庭料理として出てくるのは納得である。屋台飯としても手軽に食べることが出来るし、店舗によって特色が出せそうな料理だ。
これが食卓に並ぶのだったら、各家庭によって味付けが異なりそうだ。ショウが食べているカニサクレープは砂糖と胡椒の絶妙な均衡が特徴的で食欲をそそる甘辛い味付けになっているのだが、他のカニサクレープはどんな味になるのか気になる。
カニサクレープについて興味を持ったらしいハルアが、
「じゃあ他の屋台にもカニさんクレープはあるの!?」
「ハルさん、カニさんじゃなくてカニサだ」
ショウはエドワードに詰め寄るハルアに言葉をやんわりと訂正して、
「でも、確かに気になります。他のところもカニサクレープは出ているんですか?」
「出てるよぉ」
エドワードは頷き、立ち並ぶ屋台を指差す。
人で溢れ返る通り道にはずらりと屋台が並んでおり、ところどころで『カニサクレープ』と銘打たれた暖簾や看板を見かける。よく見れば通行人もショウと同じ形のクレープを手にしているが、中身が果物などの甘い系だったりたっぷりの蜂蜜だったり様々だ。
やはり目論見通り、屋台ごとに味付けが異なっていそうだ。これは色々と気になるものがあるかもしれない。
「そもそもねぇ、カニサっていう言葉はビーストウッズ特有の言葉でねぇ。『余り物』とか『残り物』って意味があるんだよぉ」
「だから各ご家庭で味やクレープに巻く食材が違っていたりするんですね」
「作りやすいんだよねぇ、小麦ってこの辺りだと比較的簡単に手に入るしぃ」
懐かしそうに語るエドワードに、ショウは「そういえば」と言葉を続ける。
「エドさんって、ビーストウッズのご出身なんですよね?」
「あれぇ? 聞いたのぉ?」
「この前、ユフィーリアが言っていたことを思い出しました」
国家転覆を図ったあの日、ユフィーリアとエドワードが語っていた会話の内容を覚えていたのだ。
エドワードはビーストウッズの北部出身だと言っていた。だからビーストウッズの家庭料理であるカニサクレープのことも知っていたのだろう。彼の実家の味も知ることが出来るかもしれない。
困ったように笑うエドワードは、
「そうだねぇ、でもあんまり出身地のことは話したくないかもぉ」
「どうしてですか?」
「それはねぇ」
首を傾げるショウとハルアに、エドワードは声を潜めて言う。
「近所に嫌な奴が住んでたからだよぉ」
「エドなら殴って解決しそうだけど!!」
「エドさんぐらい強ければ虐めなんて無縁じゃ……?」
「俺ちゃんが昔から強い訳ないじゃんねぇ、ちゃんと鍛えたんだからぁ」
エドワードは「ほらぁ、他も見て回るよぉ」と話題を切り替えた。この話題に触れてほしくないのは何となく理解できる。
ショウとハルアは互いに顔を見合わせると、人混みに紛れていくエドワードの背中を追いかけた。
賑やかなビーストウッズでの時間は緩やかに過ぎていく。
《登場人物》
【ショウ】最愛の旦那様が商品化されているのなんて知らなかった。お揃いを身につけることが出来て嬉しいので、このまま旦那様を焚きつけて他の関連商品は終焉してもらおう。そうすれば商品を持っているのは自分だけ、という計画を目論む。
【ハルア】後輩の、旦那様に対する強火な想いは嬉しいので好き。自分もユフィーリアが好きなので、大好きな後輩が大好きな魔女を想ってくれているので毎日ハッピー。
【エドワード】後輩が旦那様を愛しているのを微笑ましく思っている。ただその愛情は苛烈だねぇ。