第3話【問題用務員と銀狼族】
面倒な連中に命を狙われているものである。
「銀狼族か……」
ユフィーリアは両腕を組み「うーん」と唸る。
銀狼族とは、数いる獣人の種族で最も戦闘に長けた獣人だ。飛び抜けた身体能力と腕力、無尽蔵と呼べる体力を持つ彼らは好戦的な性格で有名だ。血の気が多くて喧嘩っ早く、暴行事件を何度も引き起こしているせいで腫れ物のような扱いを受けている。
彼らは自分たちの中に流れる神々の血に誇りを持った『獣人至上主義』の思想を掲げており、半獣人や人間たちを見下している傾向がある。それだけならまだしも暴力で支配してこようとするものだから、獣王国でも厄介者として認識されていた。
ずば抜けた身体能力を持つ銀狼族に襲われれば、国王決定戦で見事に玉座を勝ち取ったリオンとて無事では済まないだろう。
「そんな戦闘民族の前でノコノコとパレードなんてめでたいことをやればいい的じゃねえか。お前は大勢の民衆の前で死にてえのか?」
「ただで死ぬ訳ないだろう。オレとて鍛錬は毎日欠かしたことはない」
玉座の上で自信満々に胸を張るリオンだが、
「まあ、相手はあの銀狼族だ。銀狼族の血が混ざった半獣人ならまだしも、純血の銀狼族ではオレもさすがに堪えるぞ」
「何だ、妙に知ったような口振りだな」
リオンの言い方に違和感を覚えたユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管を咥えて問いかける。
「誰か知り合いに銀狼族の血が混ざった半獣人でもいるのか?」
「あ、自分のことです」
「シュッツが?」
わざわざ挙手して存在を主張したのは、リオンの側仕えであるシュッツだった。
確かに彼の頭頂部には犬の耳が突き出て、腰からはふさふさな犬の尻尾が伸びている。あれらは犬ではなく狼だったのか。くすんだ銀色の頭髪にも納得できる。
銀狼族はくすんだ銀色、もしくは灰色の毛皮を有している。半分だけ血が混ざっている半獣人のシュッツは、部分的に銀狼族の特徴を引き継いでいた。
「父が銀狼族でした、事故で死んじまったッスけど」
「親父さんは獣人至上主義を掲げてなかったのか?」
「父は銀狼族でも、前の族長派だったって何度も言ってました。もう随分と前の話になるみたいッスけど」
「前の族長派♪」
アイゼルネは銀狼族の事情が初耳だったようで、
「ユーリ、前の族長ってどういうことかしラ♪」
「銀狼族が獣人至上主義を掲げるようになったのは、今の族長一族に代替わりしてからだな。それ以前は人間相手にも獣人相手にも友好的な関係を築いていたんだよ」
銀狼族が他の獣人たちから腫れ物扱いを受ける原因となったのは、現在の族長一族『ヴェルデガータ家』が原因だと囁かれている。その家系は常に獣人至上主義を掲げて同族の仲間を引き入れ、勢力を高めて前の族長一族を皆殺しにしてしまったのだ。
そのヴェルデガータ家の考えについていけず、前の族長一族と同じ考えを掲げていた銀狼族は自然と同族から距離を置いた。シュッツの父親もその1人だったのだろう。
リオンはやれやれと肩を竦め、
「獣人だの半獣人だの、優劣など関係ないだろうに。獣人至上主義を掲げるせいで自分たちの首を絞めているようなものだからな」
「そのせいで、近年は減少傾向にあるって言うしな」
清涼感のある煙を弄びながら、ユフィーリアは言う。
肝心の銀狼族だが、獣人至上主義という差別的な思考と暴力事件を幾度となく起こす血の気の多さが災いしたのか、種族根絶の危機に陥っていた。こんなことは滅多にないのだ。獣人至上主義を掲げていても、まだ同族がいるなら個体数が増えてもおかしくないのに。
何が原因なのか不明の状態だ。生きているのか死んでいるのかさえ分からない。ただ、見かけなくなったということだけで獣王国の住民も銀狼族のことで怯えないで済むのだ。
「で、話を戻すけど。お前はそんな危険人物がウロウロしている中で凱旋パレードなんてやるのか? 頭は大丈夫?」
「やる。むしろ好都合だ」
リオンは当然だと言わんばかりの口調で、
「オレが囮になることで危険人物がノコノコと出てきてくれるのであれば、まとめて逮捕しやすい。オレも銀狼族という種が根絶されるのは望まない。奴らの戦闘技術は目を見張るものがあるからな、軍隊にでも属してくれればいいのだが」
「簡単に改心するような連中だと思うか?」
ユフィーリアはリオン宛に届いた手紙をひらひらと揺らし、
「こんなに凶暴な手紙を送ってくるってのに」
「可愛いものではないか。子犬のようにキャンキャンと喚き立てる奴らなぞ恐るるに足らん」
リオンは大胆不敵に笑うと、
「半分だけとはいえ、戦闘民族の血が流れるシュッツも側にいる。あの史上最強を謳われた第七席【世界終焉】も控えている。オレも安泰だな」
「は? アタシは凱旋パレードに出る訳ねえだろ」
「なぬぃッ!?」
リオンが玉座から弾かれたように立ち上がる。
そもそも、凱旋パレードの主役は獣王であるリオンだ。獣王に任命しただけの、いわば巫女的な役割しかしていないユフィーリアが凱旋パレードに同行するのは違う気がする。
正直な話、気分ではないのでやりたくないのだ。面白みも何もない。それならすでに凱旋パレードの開催が決定されてお祭りの雰囲気が溢れる商店街で、食べ歩きをしながらお土産でも見た方が有意義だ。
それまで自信満々の雰囲気だったリオンは途端に弱々しくなり、ユフィーリアに「何故?」と擦り寄ってくる。
「お前は我が国の祭神だぞ? いわば巫女的な存在だぞ? 凱旋パレードに参加するだろう?」
「しないしない、面倒くさい」
「え、た、楽しいぞ? 絶対に楽しいぞ? わーわーきゃーきゃー騒がれるんだぞ?」
「そういうのは求めてない」
どうしてもと誘ってくるリオンに、ユフィーリアは首を横に振って拒否の姿勢を突きつけた。どれだけ誘われても気分は変わらないし、むしろ「早くこの場から退散したい」という気持ちだけが強まっていくばかりだ。
思いつく限りの誘い文句を並べるも、聞く耳を持たないユフィーリアにリオンは獅子の耳をペタンと伏せて寂しそうな表情を見せた。視線だけで側に控えるアイゼルネにも助け舟を求めるのだが、彼女は頑なな態度のユフィーリアに「無理ヨ♪」と諦めた様子で告げる。従者として側に控えているだけあって、ユフィーリアの性格を理解しているようだ。
リオンは小声で「どうしよう」と呟き、
「第七席の商品化が進行しているのだがな。本人が凱旋パレードに出ないのだったら売上が落ち込む」
聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「おい待て、商品化って何だ。何でそんなモンが進行しているんだ」
「それはお前が我が国の巫女的存在だからな。オレを獣王に選んだその時から割と人気があるぞ」
「誰に許可を得てそんなモンを作ったんだ!?」
第七席【世界終焉】は無貌の死神と恐れ多い存在だったのだが、この度ユフィーリアが素顔を晒したせいでこんなことになってしまったのだ。完全に自業自得である。
というか、その本人であるユフィーリアに許可を取らないで誰が商品化の企画を進行してしまったのか。いくらカリスマ性溢れる獣王陛下でもそこまで商才を発揮できるものか。
リオンはキョトンとした表情で、
「お前の職場で、えーと、学院長のグローリア・イーストエンドと副学院長のスカイ・エルクラシスだったかな」
「アイツらか!!」
ユフィーリアは頭を抱えた。
他の七魔法王――第一席から第六席までは書籍なり写真なり発売されているのだが、第七席だけは特に何の品物も売り出されていなかったのだ。この機会を利用されて商品が作られることに運びとなり、相談を持ちかけてしまったのがグローリアとスカイとは運の尽きだ。
あの2人なら絶対に面白半分で商品化企画に色々な提案をしたのではないだろうか。その光景が目に浮かぶ。2人がキャッキャと楽しそうに話し合っている風景を想像して苛立ちを覚えた。
商品化の進行をどうやって終焉させるかと頭を悩ませるユフィーリアだったが、
「商品ってどんなものがあるのかしラ♪」
「おお、よくぞ聞いてくれた。色々と計画したのだが、実用性のあるものがいいとのことでな」
「アイゼ?」
何ということだろう、アイゼルネが興味を示してしまった。
リオンはシュッツに「あれを持って来い」と命じる。玉座の間から飛び出したシュッツだったが、ものの数秒で玉座の間に再び戻ってきた。最初から用意してあったようだ。
シュッツが抱えてきたものは、それほど大きくない2つの箱である。どちらも細長い箱で、黒地の箱には雪の結晶の模様が描かれている。ユフィーリアを象徴する箱の模様だ。
「第七席が使用する鋏と煙管だ」
「あら素敵♪」
リオンが箱を開くと、天鵞絨の台座に置かれていたのは銀製の鋏と雪の結晶が刻まれた煙管である。
銀製の鋏はユフィーリアが武器として愛用する身の丈を超える鋏と同じ意匠で、螺子の部分が雪の結晶をしていた。数種類ほど用意されているのか、文房具の鋏から裁ち鋏、髪を切る鋏と多岐に渡る。
一方で煙管は嗜好品として使う為のもののようだった。ユフィーリアは煙管を自分の身体に溜まった冷気を吸い上げる為に使っているのだが、こちらは完全に嗜好品の類である。煙草が吸えない人は飾って楽しみそうだ。
アイゼルネは「きゃー♪」と甲高い声を上げ、
「素敵だワ♪」
「おお、従者の女なら分かってくれると思ったぞ」
「どちらもほしいのだけどおいくらかしラ♪ お店も教えてほしいワ♪」
「おお、いいぞ。あとで店の名前の目録も用意しよう」
リオンは「ほら見ろ」と言わんばかりにユフィーリアへ視線をやり、
「こうしてお前の商品を求める人物がいるのだ」
「それは一部だけだろうが……」
疲れた様子のユフィーリアの脳裏には、ある人物が浮かんでいた。
そう、最愛の嫁であるアズマ・ショウだ。彼はユフィーリアに好意を寄せる人物の接近を許さないし、ユフィーリアを貶すことだって万死に値すると主張する少し嫉妬深い可愛い嫁さんなのだ。鋏と煙管が商品化されるにあたって、絶対に何か言ってくるに違いない。
シュッツは琥珀色の双眸を玉座の間に巡らせ、
「そういえば、他の3人が見当たりませんね」
「ああ、商店街が賑やかだから見てくるって」
ユフィーリアはどこか遠い目をしながら、
「何もなければいいなァ」
《登場人物》
【ユフィーリア】今まで商品化されていなかったので、いざ実際にやられると気恥ずかしい七魔法王が第七席。あとで学院長と副学院長は殴る。
【アイゼルネ】敬愛する上司がついに商品化される運びとなり、今後は商品化の幅が広がることに期待。煙管と鋏はもちろん買う予定。
【リオン】商品化の打診をしたところ、学院長と副学院長がキャッキャと商品開発案を提出してきたのでそれに乗った形。今後は商品の種類を広げていきたい。
【シュッツ】半分のみになるが、戦闘民族と名高い銀狼族の血を引く青年。ただし父親の話で『前の族長派』という以上の話を聞いていない。前の族長について記録が残っていないので調べようがない。