第11話【問題用務員とヒトノミ】
ドッと疲れたような気がする。
「久々に正座で説教されたな……」
「お腹空いたよぉ」
「ゴミ拾い楽しかった!!」
「海水でベタベタだからお風呂に入りたいワ♪」
「もうそろそろおやつの時間だ」
根城にしている用務員室に戻る問題児どもだったが、そういえば学院長のグローリアから生首みたいな見た目の林檎を貰ったことを思い出す。
あれが本当に林檎として食べられるのか不明だが、まあとりあえず林檎と主張するなら林檎として扱ってやろう。どうやって食べるのかまだ分からないのだが。
学院長が言うには「焼き林檎が美味しい」らしい。あの生首を焼くのか。見た目がとんでもねーことになりそうだ。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「まあいいか、焼き林檎にして食ってみるのもありだよな」
「ヒトノミだっけぇ?」
エドワードはちょっと難しそうな表情を見せ、
「何だか見た目が悪くなりそうだよねぇ」
「何だよ、昆虫食っていうゲテモノは食うのにヒトノミはダメなのか?」
「あれが林檎だってのが理解できないよぉ。今にも喋り出しそうなブツだったじゃんねぇ」
あのどうしても生首にしか見えない品種の林檎『ヒトノミ』を果たしてどうやって調理して食べるのか議論を交わしていると、ガチャと扉が開くような音が耳朶に触れた。
音源は用務員室からである。用務員室に施した施錠魔法は非常に優秀で、室内に誰もいなくなると勝手に鍵がかかる仕様となっているのだ。なおかつ防衛魔法も同時に展開されるので、転移魔法も弾く仕様である。全員がいない状態で用務員室に侵入するのはほぼ不可能だ。
それなのに、用務員室の扉が内側から開かれた。
「…………」
「…………」
用務員室の扉を開けたのは、無精髭を生やした中年男性である。どこかで見覚えがあると思えば、食料保管庫に封印したはずのヒトノミだ。
では何故、ヒトノミが用務員室の扉を開けることが出来たのだろうか。ヒトノミは見た目こそ人間の生首で今にも喋り出しそうな雰囲気はあるのだが、立派な林檎の品種である。食べられるものなのだ。
ヒトノミが扉を開けられた理由は簡単だ。相手に身体が生えていた。衣類は身につけておらず全裸の状態なのに、生殖器もなければ乳首もないしムダ毛も生えていない。人間らしくないのっぺりとした身体が、首から下に付属していた。
「あー、そういえば」
ユフィーリアはこちらを見つめてくるヒトノミを眺めながら、
「熟れたら身体が生えてくるって言ってたっけ……」
悪夢だと信じたいが、これが事実である。あのヒトノミは食料保管庫に封印している間に熟してしまい、見事に身体が生えてしまったのだ。
そんな訳あるかい。
じっと問題児を見つめていたヒトノミは、
「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
唐突に奇声を発するなり、ダバダバと走り出したのだ。
考えてもみてほしい、得体の知れない中年男性が奇声を発しながら追いかけてくる光景を。
いくら普段から問題行動に勤しむ問題児であっても、こんな展開に巻き込まれれば絶対に逃げる。全力疾走で逃げる所存である。
そんな訳で、
「おいふざけんなよグローリア、あんな気持ち悪いモン寄越してきやがって!!」
「林檎って走るものじゃないでしょぉ!?」
「気持ち悪い!!」
「本当に食べられるのかしラ♪」
「オルカの組員に追いかけられるよりも怖いのだが!!」
ヒトノミにダバダバと追いかけられる問題児の絶叫が、ヴァラール魔法学院の校舎内に響き渡るのだった。
ちなみにこのヒトノミはヤケクソになったユフィーリアの手によって氷漬けにされ、美味しいシャーベットとして問題児たちの腹の中に収まることになる。
それはそれはもう今まで食べた中で1番甘くて美味しい林檎のシャーベットだったので、見た目が悪くても美味しいものはあるのだという新たな発見が出来たのだった。でも追いかけ回されるのは二度と御免である。
《登場人物》
【ユフィーリア】ヒトノミの美味しさに感動。次はグローリアのお勧めに従って焼き林檎にしようかなと画策。でもきちんと熟れる前に処理したい。
【エドワード】あの生首は本当に林檎だったのかと驚きが隠せない。次は握力で絞って生搾りジュースなんてのもいいかねぇ?
【ハルア】あの生首ってこんなに美味しいのかと驚き。あとでしっかりとショウに「あれは首の形をしているが本当は林檎だ」と訂正される。
【アイゼルネ】追いかけられた時はどうなるかと思ったが、こんなに美味しい林檎のシャーベットになるならあの生首も悪くないわネ♪
【ショウ】あの生首、焼き林檎にしたらどんな見た目になっていただろうかと興味津々。ゾンビ映画みたいになるのだろうか?