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第8話【問題用務員とオルカ討伐】

 イーサン・シェパードは後悔していた。


 田舎の農村で農家を継ぐのが嫌で上京し、大きな国の一般企業で働いていたが会社が倒産。路頭に迷ったところで上京したての頃に出来た友人から「いい仕事があるからやらないか?」と誘われて話に乗った。

 それが人魚の捕獲である。人魚を専門とする人身売買組織『オルカ』の下っ端組員として働くことになってしまったイーサンは、潜水艇で深い海の世界までやってきていた。1日の給金が目玉の飛び出る金額だったから怪しいとは思っていたのだが、まさか人魚を捕獲する仕事とは想定外である。


 潜水艇の隅でガタガタと震えるイーサンを、オルカの組員に引っ張り込んできた元凶であるパーシー・ウッドマンが笑い飛ばす。



「おいイーサン、何でそんなに震えてんだよ。怖いのか?」


「お前は何も知らないから言えるんだ」



 イーサンはブルブルと震えながら縮こまり、



「この辺りは、あのヴァラール魔法学院が管理する海域だぞ。何があるか分かったものじゃない」


「ヴァラール魔法学院も夏休み期間中だろ、それまでに引き上げりゃ問題ねえって上層部も言ってたしな」


「だからお前は何も分かってないんだ、パーシー」



 能天気すぎる友人に辛辣な言葉を吐き捨てたイーサンは、



「ヴァラール魔法学院が管理するってことは、あの用務員も関わってるんだぞ。今までは運良く見つからなかっただけかもしれないが、用務員連中に見つかったら何をされるか……」


「たかが用務員だろ。何をそんなに怖がってるんだ」


「馬鹿かお前はッ!?」



 イーサンは思わず声を荒げてしまう。


 ヴァラール魔法学院と言えば1000年という長い歴史のある名門魔法学校で、七魔法王セブンズ・マギアスが第一席【世界創生セカイソウセイ】が学院長を務める魔女・魔法使い養成機関である。生徒も教職員も優秀者揃いで、ヴァラール魔法学院を卒業すれば魔女・魔法使いとして華々しい将来を確約されたも同然だ。

 その中でとびきり悪名を轟かせているのが、ヴァラール魔法学院の用務員である。さすがに田舎の農村まで悪名が届くことはなく、イーサンも都会に上京してきて知った情報である。星の数ほど存在する魔法を手足の如く自由自在に扱う天才魔女を筆頭に極めて能力の高い優秀な連中なのに、いらんことばかりやらかして正座で説教をさせられていると。


 問題児と呼び声の高い用務員に目をつけられれば、イーサンは果たして生きて帰れるのか。相手は問題児だ、悪いことに対して手加減がまるで出来ない。



「あの用務員連中を敵に回したら、オレたちはもれなく海の藻屑だぞ。普段の馬鹿みたいな行動の矛先がこっちに向いたらどうするんだ!!」


「大袈裟だな」



 パーシーは鼻で笑い飛ばすと、



「用務員ってのはあれだろ、面白いことが大好きな奴らだろ。大丈夫だって、対策はちゃんと練ってあるさ」


「ほ、本当か?」


「アイツらのやったことない『面白いこと』を提案してやれば、すぐに狙いも変わるって。面白いことなんてそこら中にゴロゴロ転がってるしな」



 能天気に笑っていたパーシーは、唐突に表情を消すなりポツリと呟く。



「まあそれでも邪魔する場合は用務員でも殺すがな」



 イーサンはさらに後悔する。自分自身の愚かな行動を悔やみ、ついでに自分だけはどうにかして助からないかと頭を働かせる。

 友人は切り捨てなければ自分も巻き添えで問題児の標的になってしまう。詳しくは知らないが、優秀な彼らの問題行動は関わりたくない。下手をすれば殺されてしまうのはこちらだ。


 頭を抱えるイーサンだったが、とある音を聞いた。



 ――コン、コン。



 ノックである。



 ――コン、コン。



 それは規則正しく、イーサンの鼓膜を震わせる。


 ふと顔を上げれば近くに窓があり、そこに何かが揺れている。捕まった人魚の親族が助けに来たのだろうか。

 首を伸ばして窓の外にあるものを確認するイーサンだが、その行動を激しく悔やんだ。



「ひッ」



 上擦った悲鳴が漏れる。


 窓の向こうにあったのは無数の手だった。それらがゆらゆらと窓の外で揺れている。

 白い腕の群れはゆらゆらと揺れるだけではなく、時折、窓を軽く叩いてきた。それがコンコンという音に繋がっているのだ。



「おい何だよこれ」



 パーシーは眉根を寄せると、



「どっか行け!!」



 窓の向こうにいる腕の群れめがけてバンと窓を叩いて追い払おうとした。


 しかし、それは逆効果だった。

 パーシーの窓を叩く行為に怒りを露わにしたのか、白い腕の群れがバンバンと窓を強く叩いてくる。まるで「ここを開けろ」と言わんばかりに。


 それに伴って、ドタドタという足音が聞こえてきた。誰かが潜水艇内を駆け回っている訳ではなく、潜水艇の上を誰かが駆け回っているのだ。



「何だよ、どうなってんだよ……」


「あ、ああ……」



 理由も分からず混乱するパーシーとは対照的に、イーサンは全てを理解してしまった。とうとう恐れていたことが起きてしまったのだ。



「用務員だ、あいつらの標的にされちまったんだ……!!」



 ☆



 回想開始。



『元の世界では窓が執拗に叩かれたり、窓に手形がついていたり、天井から誰かの足音が聞こえてきたり、壁が叩かれたりといった怪談があるんだ』


『階段!?』


『怖い話だ、ハルさん』


『つまり潜水艇の窓を叩けばいいってことだな、面白そうじゃねえか』


『天井も走り回ればいいのぉ?』


『潜水艇に手形を残せばいいかしラ♪』


炎腕えんわんがあれば協力できるのだが』


『魔法で防水加工してやれば海の中でも活動できるだろ。アタシがやってやるから』


『助かる、ユフィーリア』


『それじゃホラーな問題児で人魚救出作戦だ』



 回想終了。



「これ楽しいねぇ」


「楽しい!!」



 潜水艇の上でドタバタと走り回っているのは、エドワードとハルアの2人である。わざと足を踏み鳴らしたり、宙返りをしたり、ゴロゴロと転がってみたりとやりたい放題だ。

 その甲斐あって、現在の潜水艇内は阿鼻叫喚の地獄絵図である。知りもしない足音が絶えず聞こえてくるので、潜水艇内に待機中の組員はドッタンバッタンと大騒ぎ状態だ。彼らを恐怖のどん底に叩き落とした張本人たちは「タップダンスやりたい!!」「出来るかねぇ?」とついに潜水艇の上で踊り始めてしまった。


 一方で潜水艇の窓を叩く手の正体なのだが、



「はい次、炎腕えんわん――何号?」


「138号だ」


「138号、ちょっと白色に変われるか? 無理だったら白に近い何かの色でもいいぞ」



 海底に展開された結界内で、ユフィーリアとショウが2人がかりで作業の真っ最中だった。


 ユフィーリアの目の前では腕の形をした炎――炎腕えんわんが地面から生えてゆらゆらと揺れている。結界内は水の影響がないので炎腕も消えることなく活動することが出来るのだ。

 炎腕は肯定するように手首の部分を上下に振ると、指先からゆっくりと白色に変化していった。海底でも色鮮やかな赤色から雪のような白色になると、炎腕は「これでいいか?」と言わんばかりに指先を揺らす。


 真っ白な腕に変化を遂げた炎腕に雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしたユフィーリアは、



「はい、いってらっしゃーい」



 半透明な膜で覆われた炎腕を海の世界に送り出す。


 魔法によって防水加工を施された炎腕は結界を飛び出すと、他の仲間たちに混ざって潜水艇の側面をバンバン叩き始めた。これで138本目の炎腕である。大量の白い腕が潜水艇を包囲し、窓や壁を遠慮なく叩く叩く叩く。上で下手くそなタップダンスを披露するエドワードとハルアの騒動と合わさって、潜水艇内は恐怖のどん底に叩き落とされていることだろう。

 オルカの組員どもが無様に悲鳴を上げている様を想像するだけで笑いが止まらない。問題児を敵に回したらどうなるか、その身でたっぷりと味わわせてやろうではないか。


 ユフィーリアは139本目の炎腕に防水加工を施してやりながら、



「アイゼ、絵の具の方はどうだ?」


「完璧ヨ♪」



 アイゼルネが抱えているのは石製の器だった。都合よく真ん中が凹んでいる石が転がっていたので、すり鉢に見立てて絵の具を作っていたのだ。

 この海域に存在する珊瑚は絵の具にも加工できるので、赤い珊瑚を中心にすり鉢で潰して工作完了である。あとはこの絵の具を使って船体に手形の落書きをするだけだ。


 まあそれは炎腕の協力を得なくても大丈夫だろう。問題児の5人だけで何とかなりそうだ。



「どこにやる?」


「天井にやろう、見えないところに施した方がより恐怖心を与えることが出来る」


「名案ネ♪」



 そんな訳でエドワードとハルアによるダンスフロアと化した潜水艇の上に飛び乗り、ユフィーリアは両腕に装着した手袋を外す。真っ白な指先から指の間に至るまでアイゼルネ特製の赤い絵の具を塗ると、真っ赤に染まった手でベタベタと潜水艇を触る。簡単に色が取れないように魔法で保護もしてあげた。

 ショウもアイゼルネも自分の両手を真っ赤に塗って、ベタベタと遠慮なく潜水艇を汚していく。真っ赤な手形が次々と作られていき、見た相手に恐怖を与える潜水艇へと変身していく。


 ちょうど潜水艇の上で愉快に踊っていたエドワードとハルアは、



「そっちも面白そうじゃんねぇ」


「オレもやりたい!!」


「おういいぞ、お前らもやれ」



 積極的に参加してくれたエドワードとハルアの両手にも真っ赤な絵の具を塗りたくり、船体汚しの悪戯に加わってもらった。

 窓や壁は炎腕にバンバンと叩かれるし、潜水艇の上は赤い手形によって汚されるし散々なことだろう。後悔させることが目的なので問題はない。弁償の責任問題が出てくるなら暴力で解決すればいいのだ。


 すると、



「お」


「あれぇ」


「わ!!」


「あラ♪」


「うわわわ」



 潜水艇が小刻みに震えたと思えば、ゆっくりと浮上し始めたのだ。恐怖に駆られるあまり、この場から離脱を図ったのだろう。

 残念ながら問題児が簡単に逃がす訳がないのだ。まだまだたっぷりと遊んでもらわなければ気が済まない。


 絵の具が付着した手で潜水艇を2度ほど叩いたユフィーリアは、魔法を発動させる。



「〈私の指示に従って動け〉」



 魔法にかけられた潜水艇は、ユフィーリアの指先の動きに合わせて進路を変える。内部の情報を探ることが出来ないので分からないのだが、きっと「舵が動かない!?」「どうしてだよ!!」などと叫んでいることだろう。

 試しに盗聴魔法も同じく発動させると、慌てふためいた組員たちの怒号と悲鳴が飛び交っていた。ユフィーリア以上に魔法を使うことが出来れば潜水艇の制御権も取り戻せただろうが、そんな人物などこの世に片手で数えられるぐらいしか存在しない。


 潜水艇の様子はこちらである。



『おいどうなってんだよ、何で舵が動かねえんだ!!』


『これはどこに向かってる!?』


『ふざけんなよ、誰がこんなことをした!!』



 盗聴魔法による組員たちの無様な悲鳴を聞いていたエドワードは、



「で、ユーリぃ。これどこに向かってんのぉ?」


「あそこ」



 ユフィーリアが示した先にあったのは、法螺貝を先端に据えた石造りの塔である。そこはヴァラール魔法学院の海洋魔法学実習室の出入り口に繋がっている場所だ。

 問題児がやることなんて決まっていた。彼らはいつだって派手で楽しいことしかしないのである。


 親指を立てて、ユフィーリアはとびきりの笑顔を見せる。



「このまま突っ込むゾ☆」


「最高」


「天才」


「感激♪」


「さすが俺の旦那様だ」


「褒めるな褒めるな。褒めても速度しか出せねえゾ☆」



 ――そして数十秒後、問題児はオルカの組員を乗せた潜水艇ごと海洋魔法学実習室の床穴を突き破ってダイナミック帰還を果たすのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】絵の具でペタペタと潜水艇を彩る担当。他に炎腕を139本に防水加工を魔法で施してやった。

【エドワード】潜水艇の上を走り回る担当。見かけによらず運動神経がいいのでタップダンスも出来ちゃう。

【ハルア】潜水艇の上で踊り狂う担当。得意なダンスはブレイクなダンス。

【アイゼルネ】絵の具作成担当。味気ない潜水艇に彩りを添えてあげた。

【ショウ】潜水艇の側面を叩く担当。叩いているうちに飽きてきたので炎腕に笑○のテーマソングを叩かせた。


【イーサン】勤め先が倒産して路頭に迷ったところで知り合いからオルカの下っ端組員に誘われた。今回が初めての狩りである。問題児の噂は色々と耳にしているが、ヴァラール魔法学院の卒業生ではない。

【パーシー】オルカの下っ端組員として長いこと勤めている。問題児の噂を知ってはいるが、相手を御することが出来ると思っている能天気。

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