第7話【問題用務員と潜水艇】
さて、戦果の報告である。
「アタシが首を掻き切った奴と、エドが頭を潰した奴」
パックリと裂けた首からダラダラと血を流し続ける死体と頭が柘榴のように潰された死体を縄で縛りつけ、ユフィーリアは舌打ちをする。
あっさり殺したのが間違いだった。最愛の嫁が暴行に遭い、信頼に於ける部下が羽交い締めにされていたのだから少しばかり痛い目を見てもらえばよかったのだ。我ながら甘い処分をしてしまった。
ただ、後悔してもすでに遅い。海中の世界では死体損壊の進行具合が早いので、死者蘇生魔法の儀式を執り行うには損耗率が過ぎ去ってしまった。まあ生き返らせるつもりは毛頭ないのだが。
簡単に死体がどこかに流れていかないように縄で引っ張るユフィーリアは、
「エド、そっちは平気か?」
「ショウちゃんの頬もだいぶ腫れが引いたしぃ、アイゼも怪我ないよぉ」
ユフィーリアの質問に、エドワードがいつもの間伸びした口調で応じる。
エドワードにはショウとアイゼルネの怪我の有無を確認してもらっていた。オルカの組員に頬を殴られたショウの怪我の具合が心配だったが、大した怪我にならなくて安堵する。
いや安堵できるか。最愛の嫁が殴られているのだ、急所を重点的に殴ってお礼参りをしなければ気が済まない。首がぶらぶらと揺れる死体を蹴飛ばしたところで遊び道具にもならないので、このまま魔法実験の素材として再利用してやる。実験内容なんて決めていないので、学院長のグローリアに売り渡してやるのだが。
ユフィーリアはショウの頭を撫で、
「よくアイゼを守ったな、ショウ坊」
「頑張った」
えへん、と誇らしげに胸を張るショウ。その隣ではアイゼルネが「格好良かったわヨ♪」などと称賛する。
羽交い締めにされたが、ショウが身を挺して鋼鉄の首輪からアイゼルネを守らなければ彼女がオルカの組員に殴られていたかもしれないのだ。今回の怪我はアイゼルネを守った勲章である。
でも最愛の嫁が殴られた事実が許せないので、ユフィーリアは彼の頭を撫でつつ回復魔法もひっそりとかけてやった。最愛の嫁の柔らかほっぺをぶん殴るなど考えられない。冥府の法廷で後悔するがいい。
エドワードは周囲を見渡し、
「それにしてもぉ、オルカって2人だけなのぉ? もっと大勢いたような気がしたけどぉ」
「残りの連中はハルに追わせてるけど、アイツはどこまで行ったんだかな」
オルカの組員を追う際に、ユフィーリアたち3人は二手に分かれたのだ。
エドワードはユフィーリアについていき、ハルアは単独行動の真っ最中である。暴走機関車野郎の異名は伊達ではなく、単独で行動させると色々なお土産を引っ提げてくるのだ。
さて、今回のお土産は一体何だろうか。簡単に予想がつかないところが恐ろしい。
「ユーリ!!」
「あ、帰ってきた」
すると、海底を物凄い速さで爆走するハルアの姿が確認できた。
砂埃を冷たい水の中に撒き散らしながら海底を駆け抜けるハルアは、滑るようにして急停止をする。だが勢いを殺すことが出来ずにつんのめってしまい、そのまま「おぎゃあ!!」と悲鳴を上げながらすっ転ぶ。ゴロゴロと海底を転がって、進路上に鎮座していた岩と正面衝突を果たしてからようやく止まった。
逆さまの状態で岩に埋め込まれたハルアは、琥珀色の瞳を瞬かせていた。何が起きたのか状況を読み込めないようだ。そのうち「凄えね、世界がひっくり返ってる!!」とか言いそうである。
ショウが逆さまになったハルアの前にしゃがみ込み、
「ハルさん、大丈夫か?」
「ショウちゃんが逆さまになってる!!」
「ハルさんが逆さまになっているんだ」
ハルアの腕を掴んだショウは、彼を岩から救出する。ちょうど岩の表面に人型の間抜けな凹みが作られてしまった。
「ハル、何か見つけたか?」
「でっかい鯨!!」
「鯨?」
ハルアの興奮気味な報告を受けて、ユフィーリアは眉根を寄せる。
鯨は理解できる。世界最大の哺乳類で、海底を這いずるように泳ぎ回るとは聞いたことがない。画集や写真集でも何度か確認したし、新聞ではたまに迷って浅瀬にやってきてしまった鯨が出たと記事が掲載される。
その鯨が今回のお土産だろうか。暴走機関車野郎として人間も物品も壊してきたハルアにしては、随分と味気ないお土産話である。
ところが、ハルアの言う鯨とはただの鯨ではなかった。
「オルカね、でっかい鯨の中から出てきたんだよ!! 捕まえた人魚さんたちを運んでる!!」
「なるほど」
ハルアの言葉を聞いたユフィーリアは、
「ハル、その鯨は飛行船みたいな形をしてなかったか?」
「してた!!」
「あー、やっぱり」
ようやく合点がいった。
おそらくハルアが鯨と呼んだのは、オルカの組員を乗せた潜水艇である。大勢の人間を乗せて海中を移動する鯨のような見た目をした魔法兵器であり、最近では海底探検ツアーなどの行事で用いられるものだ。
オルカの組員は潜水艇でこの辺りの海域までやってきて、人魚を大量に捕獲して売り捌こうとしているのだ。もし助けるのが遅くなっていたら、ショウとアイゼルネもオルカの組員を乗せた潜水艇に連れていかれていたかもしれない。
エドワードは「どうするのぉ、ユーリぃ?」と首を傾げ、
「人魚さんたちを助けるぅ?」
「面倒だけど、海洋魔法学の授業で人魚との交流を楽しみにしている奴もいるしな」
「本音はぁ?」
「ショウ坊とアイゼに乱暴を働いたことを後悔させてやる。人魚の救出とか知るか」
完全に私怨である。
当たり前だ、こちとら最愛の嫁と可愛い部下に乱暴されたのだ。2回ぐらい殺しても飽き足りない。本音を言えば【自主規制】して【検閲削除】して【放送禁止】してやる所存だ。
ギチギチと愛用の煙管を握力だけで折らん勢いの力を込めるユフィーリアは、
「絶対に許さねえ、同じ目に遭わせてやるって話じゃねえぞ。存在そのものを消しとばされる方がマシだって思うぐらいの拷問に処してやるよげはははははは」
「目が本気だぁ」
「頭の螺子がどこかに行っちゃったかな」
「ショウちゃんが殴られたんだもノ♪ それぐらいに怒るわよネ♪」
「怒ったユフィーリア、格好いい……素敵……」
若干1名はおかしな反応を見せるが、他は明らかにドン引きしていた。周りがどんな反応を見せようと、ユフィーリアには知ったこっちゃないのである。
「ハル、案内しろ。どこにあった?」
「こっち!!」
ハルアの先導によって、問題児はオルカの組員を乗せた潜水艇の駐留する場所まで向かう。
☆
岩場の影へ隠れるように、巨大な鯨のようなものが鎮座していた。
見た目こそ尾鰭などが存在しない真っ黒な鯨である。下部から梯子みたいなものが伸びており、そこから漆黒の布地で全身を包み込んだ人間が出入りを繰り返す。彼らに捕まった人魚もジタバタと元気よく暴れながら真っ黒い鯨の内側に連行された。
あの巨大な鯨が、オルカの組員や人魚たちを乗せた潜水艇である。海洋魔法学実習室の転移場所がある地点とそれほど離れておらず、このまま放置しておけばヴァラール魔法学院の生徒にも危害が及ぶことになってしまう。
珊瑚礁の影に隠れて様子を窺うユフィーリアは、
「どうすっかァ」
「手っ取り早く【世界終焉】として攻め込んだ方が早いんじゃないのぉ?」
「それが1番有効だわな」
エドワードの提案に、ユフィーリアは真剣な表情で頷く。
安易な作戦になってしまうが、効果的なものは第七席【世界終焉】として攻め込んだ方が相手も怯みやすい。死人に口なし、冥府の法廷ではショウの実父が味方なのでユフィーリアが七魔法王の権威を使ったことは黙っておいてくれるはずだ。
面白さに欠けるけれど、他に方法が思いつかない。面白さよりも確実性を取った方がいいだろうか。
「潜水艇の窓はどこにあるんだ?」
唐突にショウがそんな質問をしてくる。
「窓?」
「ああ」
「種類によるけど、あの場合は側面に取り付けられてるかな」
ほら、とユフィーリアは潜水艇を指で示す。
潜水艇の側面には丸い窓がいくつか並んでおり、乗組員はそこで外の状況を確認するのだ。開くような機能は有しておらず、船体に埋め込まれている状態である。
ショウはその窓を確認すると、声を潜めてユフィーリアに提案してきた。
「こんな話があるのだが、どうだろうか?」
――聡明で献身的な嫁の提案は、問題児にとって非常に愉快で面白いものだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】副学院長が設計・開発した潜水艇の試運転にお呼ばれし、酒を飲んで酔っ払って舵を強奪して適当に運転していたら氷山に突き刺さって座礁させた。それから絶対にシラフの時以外は舵に触らせてもらえない。
【エドワード】ユフィーリアと一緒に船舶免許は持っているのだが、船は気持ち悪くなるのであまり乗りたくない。多分吐きながら舵を取ることになる。
【ハルア】もう少し大きくなったら船舶免許を取りたい。でもユフィーリアとエドワードが頑なに取らせてくれない。「絶対に船を沈めるから」とか不名誉なことを言われた。
【アイゼルネ】豪華客船で世界一周の旅でもいいけど、小さな船でパーティーもいいなと思っている。ただし船は慣れていないので絶対に気持ち悪くなりそう。
【ショウ】ハルアには船首でタイ○ニッ○ごっこは教えないようにしようと心に決めた。絶対に危ない。