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第1話【問題用務員と第一補佐官】

「ぎゃああああああああああああッ!!」



 おおよそ美女らしくない絶叫を暗闇に轟かせ、ユフィーリアは硬い地面に背中から落下した。


 防衛魔法も浮遊魔法も試して落下の衝撃を軽減しようとしたのだが、残念ながらどちらの魔法も発動しなかった。おそらく魔法が禁止された独自の空間に繋がっていたのだ。

 その空間の名前に心当たりがある。人間が死んだ暁に行き着く場所であり、生前に犯した罪を清算するこの世の地獄。来世への切符を手にする為の裁判場。


 真っ黒な地面から起き上がったユフィーリアは、



「来ちまったよ、冥府によォ!!」



 彼女の絶叫が、気味の悪い空間に反響した。


 鮮血を思わせる赤い空に真っ黒な大地、植物の存在はなく全体的に薄暗くて不気味な世界。

 どこまでも続く真っ黒な大地には、黒い背広や黒いドレスを身につけた人間が粛々と歩いている。楽しそうに会話をする雰囲気ではなく、ただこれから待ち受ける生前の罪の清算と裁判の結末が気になるのだろう。


 真っ黒な大地を歩き続ける人間たちは、死者だ。

 きちんと弔われた死者が、冥王の座す宮殿を目指して歩いているのだ。これより裁判が行われて、彼らの生前に犯した罪が清算され、来世への切符を手にすることとなる。よほどの酷い犯罪をしていなければ、獄卒による呵責を受ける必要はない。



「クソが、こんなことをしてる場合じゃねえのに!!」



 銀髪を掻き毟ったユフィーリアは、黒い大地に転がる雪の結晶が刻まれた煙管キセルを引っ掴む。


 冥府で地面を舐めている場合ではないのだ、可愛い新人の身体が神造兵器レジェンダリィに乗っ取られてしまった。

 早急に彼を助けて正気に戻さなければ、あの人間に対して恨みを持つ神造兵器が何をやらかすか分かったものではない。その事実に気づいたショウが、大いに傷ついて不幸な目に遭うのは許せない。



「お前ら、いつまで冥府の地面を舐めてるつもりだ!? とっとと起きろ!!」


「冥府の大地を舐めたって何の味もしないじゃんねぇ」



 同じく冥府へ落とされた筋骨隆々とした強面の巨漢、エドワード・ヴォルスラムは勢いよく起き上がる。硬い地面に全身を打ちつけたにも関わらず、痛みなど全く感じさせない素振りで振る舞う。



「ショウちゃんを助ける!!」


「それが最優先事項よネ♪」



 ハルアとアイゼルネもすぐに起き上がり、服や髪の毛についていた砂埃を落としていた。

 特にハルアは「助ける、絶対に助ける!!」と後輩救出に息を巻いている。それほど彼にとってアズマ・ショウという少年は大切な後輩だったのだ。


 とはいえ、問題はこの冥府からどうやって脱出するかである。



「ユーリ、冥府からの出方って知らないのぉ?」


「冥府は魔法が禁止された独自の世界だからな、調べる手立てもねえし」



 まだ死んでいない人間が冥府に落ちることを『冥府落ち』と言うのだが、冥府から地上に戻る際の話はあまり聞かない。神話にはいくつか転がっているのだが、どれも悲惨な結末を迎えている。

 最もマシな帰り方は月の女神システィだろうか。彼女は自分の所有する神造兵器レジェンダリィと引き換えに、無傷で冥府からの脱出を冥王と約束させたのだ。


 その神話がもし本当であれば、ユフィーリアたちも何かを犠牲として差し出せば冥府から無傷で脱出できるかもしれない。



「パンツでいいかな。別に購買部で買ったものだし」


「俺ちゃんもパンツでいいかねぇ?」


「じゃあオレもパンツにしよ!!」


「おねーさんもパンツにしようかしラ♪ 脱いでも困らないワ♪」



 冥府を脱出することを最優先として考えるあまり、社会的なあれそれは全く考慮しなかった問題児どもだった。



「異変を感じ取ったから何事かと思えば……何故パンツの話題になるのかね? 社会的に死にたいのか、君たちは」



 どこからか声がした。


 弾かれたように振り返れば、岩場の影からヒョロリと細長い人間が姿を見せる。

 艶やかな黒髪に病気を思わせる青白い肌、長身痩躯を装飾品のない真っ黒な神父服に包み込む。胸元で揺れているのは錆びた十字架で、とてもではないが聖職者には見えない。


 そして何より特徴なのが、



「……ショウ坊?」



 ユフィーリアは思わず呟いていた。


 そう、目の前にいる神父服を纏った相手の顔が、可愛い新人であるショウに瓜二つだった。

 少女めいた儚げな印象のある美貌と、燃えるような赤い瞳が困惑したようにユフィーリアたちを見つめている。薄い唇から紡がれる声はショウのものよりもやや低めではあるが、それ以外は完全にショウと一致している。


 神父服を着た名前も知らない誰かは、驚いたように赤い瞳を丸くして言う。



「今、何と?」


「あ、いや」



 ユフィーリアは笑顔を浮かべて取り繕い、



「何でもねえ、ウチの新人に顔が似ててな」


「そうかね」



 赤い瞳を伏せる神父服の誰かは、



「随分と懐かしい名前を聞いたものだから、驚いてしまっただけだ。すまないな」


「懐かしい名前ぇ? 何でぇ?」



 これに疑問を示したエドワードが、純粋な質問をぶつけた。


 黒髪だから、極東地域が出身であることは予想がつく。おそらく極東地域で流行している名前なのだろう。

 故郷を懐かしんでいたのか、あるいは別の何かか。



「ああ、大したことではないのだがね」



 神父服を着た痩身の男は、



「私の息子の名前なんだ」


「…………息子?」


「そうだが」



 あっさりと肯定した。


 ここで、ユフィーリアの頭の中に1つの仮説が生まれる。

 目の前の男はショウと瓜二つの容姿をし、さらに『ショウ』という名前の息子が存在している。顔立ちが似ているだけならまだしも、瞳の大きさや唇の薄さ、果ては滅多に見ない赤い瞳までそっくりなのだ。


 これはもしかして、



「あのー、つかぬことをお伺いするんですけどォ」


「何かね」



 混乱のあまり敬語で喋るユフィーリアは、



「お名前を伺ってもよろしいです?」


「ああ、これは大変失礼した」



 神父服を着た男は居住まいを正すと、自らの名前を口にする。



「冥王ザァト様の第一補佐官を務めるアズマ・キクガだ。ちなみにアズマが苗字でキクガが名前となる、いわゆる極東地域での呼び方に準拠されている」



 ユフィーリアは「すぅー……」と息を吸い、毒々しい真っ赤な空を見上げて気持ちを落ち着ける。



「ちなみにご出身はどちらで?」


「君たちからすれば異世界ということになるな」



 はい、これはもう確定である。


 ユフィーリアは頭を抱えた。抱えたくもなった。

 目の前にいる男は確かに可愛い新人のショウとそっくりで、さらに名前の形式も同じで、さらにさらに出身地まで同じとなった。これはもしかしなくてもアレである。



「ショウ坊の親父さん!?!!」


「はあ?」



 唐突に訳の分からないことを叫んだユフィーリアに、神父服の男――アズマ・キクガは怪訝な表情で首を傾げるのだった。



 ☆



「なるほど。異世界召喚魔法によって、君たちが息子を異世界から召喚した、と」



 ショウによく似た神父服の男性――アズマ・キクガに事の顛末を説明すれば、彼は「ふむ」と少し考える素振りを見せた。


 俄かに信じられない出来事なのは重々承知だが、紛れもない事実なのだ。学院長のグローリアでさえ「証拠がなければ信じない」と宣ったことを、今日初めて会った人物に信じてもらおうとしても無駄な気もするが。

 とはいえ、彼の息子であるショウのことを知っているという説明は、異世界召喚魔法を成功させた云々という部分を語らずにはいられない。可愛い新人との出会いの瞬間だ、説明しないでどうする。


 キクガは「理解した」と頷き、



「息子が大変世話になった。今まで碌に挨拶が出来なくてすまない」


「え、信じるのか? こんな妄想で片付けられそうな話を?」


「私も似たような状況でこの世界にやってきたのだから、異世界召喚魔法と言われても信じるしかあるまい」


「似たような状況?」



 ユフィーリアが首を傾げれば、キクガは「そうだ」と返す。



「私の場合、不慮の事故で死ぬはずだったらしい。その寸前で神様とやらが『若い身空で死ぬのは可哀想だから、異世界に転移させてあげる』と言って問答無用で転移させられたのだ」


「で、転移先が」


「冥府だった。神様は人間を転移させることしか頭になかったようで、座標計算など諸々を考慮していなかったようだな。――まあ、すぐに獄卒として就職できたことが幸いだが」



 やれやれとキクガは肩を竦める。

 彼の異世界転移は、随分と苦労した様子だ。死ぬ運命を回避できたと思えば転移先は異世界の冥府で、頼れる知り合いもいない中で獄卒として働くと考えられたことは称賛されるべきだ。


 これにはユフィーリアも苦笑するしかなかった。神様とは実に残酷なことをしてくるものである。



「まあ、私の話など置いといて」



 キクガは冥府へ落ちてきてしまった異物であるユフィーリアたち問題児を見据え、



「君たちは本来、冥府へ来るはずではない生者だ。此方としても生者が冥府内を彷徨うことを快く思わない」



 そんな訳で、とキクガは言葉を続けると、



「君たちを地上まで帰そう」


「冥府から出る代わりにパンツを置いてけばいいか?」


「私の名に懸けて対価を支払うことがないように取り計らうので、パンツを脱ぐという考えは改めなさい。その砦は守るべきものだ」



 真剣な表情で首を横に振り、パンツを冥府から出る対価として捧げることを止めるようにキクガは訴えてくる。声の調子も本気だった。


 ここまで言われると、さすがに考えを改めざるを得なくなる。

 しかも相手は可愛い新人であるショウの実の父親だ。変な真似をして「ショウの教育に悪いから」と言われて連れていかれることだけは勘弁したい。泣きたくなる。



「補佐官殿、補佐官殿!!」



 その時、バタバタと慌ただしい足取りで誰かが駆け寄ってきた。


 キクガよりも身長の低い青年であり、綺麗な金色の髪をしている。このおどろおどろしい雰囲気しかない冥府に於いて、あまり似つかわしくない髪色と言えようか。

 ただし顔は鳥の形をした厳しい仮面で覆われていた。瞳の色も顔立ちも、全てが仮面の下に隠されてしまっている。これではどういう顔なのか分からない。


 妙に焦った様子の青年は、肩で息をしながら「大変です!!」と叫ぶ。



「地上にて独自の刑場の存在を確認!! 間違いありません、ルナ・フェルノです!!」


「何だと……ッ!?」



 驚愕に赤い瞳を見開くキクガのすぐ横で、問題児たちは「やっべ」とばかりに顔をしかめるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】冥府から出る為なら躊躇なく下着も犠牲に出来る魔女。

【エドワード】別に冥府の土は美味しくなかった。

【ハルア】後輩を絶対に救うマン。

【アイゼルネ】今日の下着は結構派手なのだが、果たして犠牲にしても大丈夫だろうか?


【キクガ】冥王第一補佐官にしてショウの父親。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! 今回、ついに我らの頼れるお父さん【キクガ】さんが登場しましたね!前回と比べるとツッコミがしっかりとしてい…
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