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第4話【問題用務員とゴミ拾い】

 意外とゴミは落ちていない。



「あの魚って煮付けにしたら美味しそうだねぇ」


「食ったら幻覚が見える系の毒を持ってるけど」



 目の前を泳いでいった青色の大きな魚を視線で追いかけるエドワードに、ユフィーリアは砂の中に落ちていた瓶を拾い上げる。


 見渡す限り、綺麗な海の状態を維持できている様子だ。珊瑚礁の色合いも鮮やかさが保たれており、魚もウミガメも優雅に水の中を泳いでいる。年に一度の海洋魔法学実習室の掃除だが、それほど目立ったゴミがなくてよかった。

 ゴミ掃除開始から10分程度が経過しているのだが、見つけたゴミはそれぞれ瓶が1つぐらいのものである。深刻そうなゴミは見当たらないのが幸いだ。


 海の底を飛び跳ねるようにして移動するハルアは、



「ゴミないね!!」


「ねえなァ」


「ないねぇ」



 ユフィーリアとエドワードもハルアの言葉に頷く。


 ゴミ掃除を喜んで引き受けたのはいいのだが、肝心のゴミが落ちていなければお話にならない。これでは退屈なだけである。

 まあ幸いにも地上で真心を込めてゴミ拾いをしている訳ではなく、いつもとは違った世界で楽しくゴミ拾いをしているだけなのでまだ飽きは回ってこない。これが地上の話だったら絶対に引き受けていない。箒に魔法でもかけて済ませてしまうかもしれない。


 ユフィーリアは近くを泳いでいった黄色い魚の群れを視線で追いかけて、



「ん?」


「どうしたのぉ、ユーリぃ」


「岩と岩の間に何か挟まってる」



 目の前に聳え立つ大岩の間に、何か冊子のようなものが突き刺さっていた。どういう落ち方をすれば冊子が岩と岩の間に挟まるのだろう。

 岩の表面を這い回る小さなかにが鋏で冊子を怪しむように突き、ウツボが迷惑そうに冊子を睨んで身体をくねくねと揺らしながら泳ぎ去った。岩の隙間さえ魚の住居となるのだから、余計な冊子にはご退去願った方がよさそうだ。


 ユフィーリアは岩の隙間に挟まる冊子を掴むと、



「よいせッ」



 引っこ抜く。


 スポッと意外と簡単に冊子は引っこ抜けて、ユフィーリアはちょっと驚いた。引っこ抜いた衝撃でよろけてしまったぐらいだ。

 冊子の正体は何かの雑誌で、けばけばしい色合いと水着を身につけた女性が妖艶な眼差しを読者相手に投げかけてくる。彼女の周囲を取り囲むように、内容を確認したくなるような題名の誘い文句がずらずらと並べられていた。


 どこからどう見てもエロ本である。



「エロ本を海に捨てるってどういう神経?」


「しかも題材が人妻だねぇ」



 エロ本の内容が気になって寄ってきたハルアの目を手のひらで覆うエドワードは、



「ユーリぃ、中身を見てみなよぉ。名前が書いてあるかもしれないよぉ」


「いやいやそんな訳ねえだろ」



 ユフィーリアはエドワードの冗談を笑い飛ばしながらエロ本の表紙を開く。


 眠気がどこかに飛んでいくと銘打たれた栄養剤の広告に大きく名前が書かれていた。

 しかも見覚えのある名前だし、聞き覚えのある名前である。何でエロ本が海の底に落ちているのか小一時間ほど問い質したいぐらいだ。


 持ち主は八雲夕凪とあった。



「おいふざけんなよあのクソ狐」


「うわぁ、それ八雲のお爺ちゃんの趣味だったんだぁ」



 エドワードはドン引きしたような様子で、



「どうするのぉ、ユーリぃ?」


「エド、ハルを解放してやれ」



 エドワードの手のひらで視界を塞がれて「見えない!!」と騒ぐハルアの解放を命じたユフィーリアは、早速自由の身となったハルアに人妻を題材にしたエロ本を差し出す。

 唐突に視界を塞がれて、ようやく解放されたと思えばムフフな本が目の前に突き出されたハルアは不思議そうに首を傾げた。気持ちは分かる。


 ユフィーリアは慈愛に満ちた眼差しで、



「これ、八雲の爺さんの大切な本なんだ。中身は見てやるなよ」


「じゃあ返してあげなきゃだね!!」


「お前は偉いな。これ大事に持っておいてやれよ」


「うん!!」



 純粋無垢なハルアであれば、返却時にデッケエ声で「爺ちゃん、海にエロ本を捨てちゃダメだよ!!」などと言ってくれるはずだ。その展開に期待しよう。



「それにしても、ショウ坊に見つからなくてよかったな」


「何でぇ?」


「アタシが人妻モノのエロ本なんか読んでみろよ、明日からアイツの正装は裸エプロンになりかねねえぞ」



 ユフィーリアは考えられる未来を指摘すれば、エドワードとハルアは納得したように頷いていた。


 最愛のお嫁様であるショウは、少々――いやかなり愛情が深いのだ。ユフィーリアが要求したことは必ず実行するし、要求せずともユフィーリアの為になるならと行動を起こすことがままあるのだ。性癖が詰まったエロ本など見つかろうものなら、次の日から彼の行動がまるっと変わってくる。

 現在、彼が正装にしているメイド服だってユフィーリアの趣味だからという理由で身につけているだけに過ぎないのだ。ユフィーリアがメイド服趣味ではなく人妻趣味になったら、エプロンとお玉片手にあれこれ迫ってくるかもしれない。裸エプロンまで想像して止めておいた、刺激が強すぎて失血死する。


 エドワードは「じゃあさぁ」と言い、



「ユーリはまだメイドさん趣味なのぉ?」


「趣味だぞ。今の思考はおとぎ話の題材をどうやってメイド服に落とし込むのか考えてる」


「ショウちゃんに着せたいだけじゃんねぇ」


「馬鹿野郎、性癖ど真ん中のショウ坊が性癖ドストライクのメイド服を身につけてくれたらビックバンが起きるだろうが」


「どうしよう、ユーリの言ってることが理解できるのが悔しい」



 エドワードは頭を抱えて「俺ちゃんも好みの美人がボンテージで鞭振り回したら興奮するもん」と言っていた。やはり付き合いが長いだけあって趣味は同じな様子だ。

 唯一、ハルアだけは理解が出来ないのか近くを泳いでいたウミガメを追いかけ回していた。すでに掃除の作業に飽きている証拠である。ウミガメも退屈を紛らわす為だけに追いかけられるとは夢にも思っていなかっただろう。


 その時だ。



「助けて、お姉ちゃん!!」


「待ってて、イサナ。すぐに助けてあげるから!!」



 声が聞こえた。


 子供特有の甲高い声である。片方が親族に助けを求め、そのもう片方が何かから助け出そうと躍起になっている様子だった。

 声の方向は見上げるほど巨大な岩の裏側から聞こえてきた。周囲が静かな分、子供の焦燥感に満ちた声はやたら大きく耳朶に触れる。


 ユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は互いの顔を見合わせると、



「どうする?」


「様子を見てだねぇ」


「怪我してたら可哀想だよ!!」


「だよな」



 様子を見て助けるということで意見を一致させ、ユフィーリアたち3人はとりあえず声が聞こえてくる岩の裏側に回る。



「…………」


「…………」


「…………」



 そこで見たものは、海藻に絡まる小さな子供の人魚とワイルドに海藻へ噛み付いて引き千切ろうと躍起になる人魚の少女だった。

 子供の人魚は尾鰭の部分に海藻が巻き付いてしまって自由な泳ぎを阻害されており、少女の人魚はそんな海藻から妹らしき子供の人魚を助ける為にガジガジと海藻へ噛み付いていた。少し慎重になって海藻を解いてやったら済む話なのに、どうして噛み付くという発想になるのか。


 あまりにも野蛮すぎる方法での救出を試みる人魚の少女に、ユフィーリアは頭を抱えた。



「どうしてそうなる?」


「随分とワイルドな助け方だねぇ」


「海藻って食い千切れんのかな!?」



 とりあえず、見てしまった以上は助けてやらなければ気が済まない。ここで助けなかったら結末が気になりすぎて夜しか眠れなくなる。



「おーい、そこの人魚姉妹。平気か?」


「ッ!!」



 海藻に噛み付いていた人魚の少女が弾かれたように振り返る。

 水色の髪と青い瞳、愛らしい顔立ちはユフィーリアたちを見るなり引き攣る。成長の見込みがある胸元のみがやたら大きな貝殻で覆われており、括れた腰や真っ白なお腹が晒されている状態だ。薄青の尾鰭はなかなか綺麗な色をしており、冷たい水を掻いて体勢を維持していた。


 海藻に絡まった子供の人魚は、少女をもう少し幼くしたような雰囲気がある。肩口で切り揃えられた水色の髪とつぶらな青い瞳、桜色の唇はキュッと引き結ばれて今にも泣き出しそうな雰囲気がある。

 逃げようともがくのが悪いのか、水色の尾鰭にはさらに海藻が絡まっていく。華奢な腕を伸ばして姉にしがみつく子供の人魚は、震えた声で「お姉ちゃん、助けてぇ」と助けを訴えていた。一体何と間違えているのか。


 人魚の妹を抱きしめた姉はユフィーリアを睨みつけると、



「野蛮なオルカめ、あっちに行って!!」


「はあ?」



 ユフィーリアは心外なと言わんばかりに返す。


 オルカと言えば、人魚の人身売買組織である。人魚は見目麗しい女性が多く、また肉を食べれば不老不死になるというはた迷惑な噂まで付き纏っているものだから今でも捕獲事件が多発しているのだ。人魚の涙や鱗は魔法薬の素材にもなり、骨や血液は大規模な魔法の儀式の媒体にも使われるので乱獲事件は絶えない。

 真っ黒い布地の深海用礼装が起因しているのか、人身売買組織の『オルカ』に間違われるとは心外だ。確かに人魚の肉に関する噂などは確かめてみたいと思ったことはあれど、彼女たちの人権を無視してまで魔法の実験に及ぶような人でなしではないのだ。



「確かに人相の悪い奴と見るからに阿呆そうな奴がいるけど、オルカに間違われるのは心外だな」


「人相の悪い奴って誰のことを言ってるのぉ?」


「阿呆そうってオレのこと!?」



 エドワードとハルアがさらに心外なとばかりに主張してくる。オルカに間違われる最たる要因がこの2人なので、しっかり否定しておくのが重要だ。



「オルカじゃないの……?」


「アタシには超可愛いお嫁さんがいるから人魚になんか見向きもしませーん、ただの善意で助けに来ただけでーす」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、魔法で子供の人魚に絡みついた海藻を外してやる。


 自由の身になった小さな人魚は慌てて姉の影に隠れ、しかしユフィーリアたちに興味津々なのか様子を窺ってくる。やはりまだ警戒心は抱かれているようだ。

 一方で姉の方は妹を助けたユフィーリアに対して「ありがとう」と素直にお礼を述べた。礼儀正しい娘である。



「ごめんなさい、最近だとまたオルカが増えたって話を聞いたから……」


「次は海藻を噛み千切って妹を救出しようだなんて思うんじゃねえぞ」


「そのことは忘れてッ!!」



 人魚の少女は幼い妹の手を引き、ぶつくさと何かを呟きながら泳ぎ去った。幼い人魚は一度だけユフィーリアたちに振り返ると、小さく手を振ってくる。


 それにしても、ユフィーリアたちをオルカと間違うぐらいなのだから人身売買組織がまた人魚を付け狙っているのだろう。これは早急に学院長のグローリアに相談した方がよさそうだ。

 危ないのは人魚の相手を任せたショウとアイゼルネである。オルカがショウとアイゼルネを人魚と間違えて捕獲する可能性だって十分に考えられる。


 ユフィーリアはエドワードとハルアに振り返り、



「ショウ坊とアイゼを連れて一旦帰るぞ」


「はいよぉ」


「あいあい!!」



 一抹の不安を胸に抱き、ユフィーリアはエドワードとハルアを引き連れて人魚たちの集まる方角に泳いでいった。

《登場人物》


【ユフィーリア】掃除をする時としない時の気分の落差が激しい。掃除の気分になったら魔法を併用してまで徹底的に汚れを滅菌する。校内の美化活動には基本的に参加しないし面倒くさい。

【エドワード】高いところの掃除でよく踏み台にされるか頼りにされる人物。埃はあんまり好きじゃないので掃除は定期的にひっそりとやってる。

【ハルア】ゴミはゴミ箱に、しまったものは片付けるという知識はあれど掃除は色々なものを破壊する暴走機関車野郎なので向いていない。しかもすぐに飽きる。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 人身売買組織【オルカ】・・・これはもう問題児たちのセンサーに引っかかった時点で壊滅の未来が見えてきま…
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