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第1話【問題用務員とプール掃除】

「やあ、ユフィーリア。唐突だけど君たちにはプール掃除を命じるよ」



 開口一番、魔法で空調が適度に整えられた用務員室にやってきた学院長とグローリア・イーストエンドがそんなことを命じてきた。


 ヴァラール魔法学院創立以来の問題児と名高い用務員は、そのとんでもない命令に対してポカンとした表情を見せる。

 いや「仕事をしろ」というのは理解できる。ただでさえ仕事をしない問題児に、学院長自らがわざわざ用務員室まで足を運んで「仕事をしろ」と言いにきたのだ。その熱意に感服する。


 用務員室の主である主任用務員――ユフィーリア・エイクトベルは両足を机の上に乗せたお行儀の悪い読書姿勢を披露しながら、雪の結晶が刻まれた煙管を咥える。



「何か雑音が聞こえたな」


「ユーリぃ、これが噂の家鳴りじゃないのぉ?」



 今日も今日とて暑苦しく筋トレ中の巨漢――エドワード・ヴォルスラムが半笑いの状態で言う。幽霊を苦手とするユフィーリアを揶揄っているのは間違いなかった。


 ユフィーリアは音もなく瞳を眇めると、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして魔法を発動させる。

 ちょうど上半身裸の状態で腕立て伏せをしていたものだから、その広くて逞しい背中に一抱えほどもある氷塊を落として重りにしてやった。ちゃんと重量も魔法によって操作しておいたので、通常の3倍近くの重さを感じていることだろう。


 唐突に魔法で重たくされた氷塊を乗せられて、エドワードの口から「おごおッ!?」という声が漏れる。そのまま潰れて床に伏せてしまったやつ面白かったのだが、残念ながら片腕1本の状態でも耐えられてしまった。



「ちょ、ユーリ、洒落にならない重さは止めてくれるぅ……?」


「ちょうどいいじゃねえか、重たい方がさらに鍛えられるだろ」


「それもそうだねぇ」


「嘘だろお前」



 重たい氷塊を背中に乗せたまま腕立て伏せを再開させてしまい、ユフィーリアは軽く戦慄を覚えた。コイツの頭は夏でおかしくなっちまったのか。



「ショウちゃん、ホラーな話で絵本はやっぱり無理があると思うんだ」


「やはり蝋燭を設置した暗い場所で雰囲気を出すのがいいだろうか」



 用務員室の隅に置かれた長椅子では、未成年組による絵本朗読会が開催されていた。今日の絵本は怖い話を題材にした問題児オリジナル絵本なのだが、どう頑張っても子供向けの絵本になってしまうので絵の種類が可愛いものだし文章にも怖さがない。読む絵本がないなら作ってしまえばいいじゃない、という結論に最近至ったらしい。


 絵本の読み聞かせを大人しく聞いていた少年――ハルア・アナスタシスは少しばかり残念そうに「無理があるよ」と否定する。怖さ激減の絵本では『怖い』という感情が浮かぶより先に『可愛い』という気持ちが先行してしまうらしい。

 自作の絵本を広げていた女装メイド少年のアズマ・ショウは、先輩からの手厳しいダメ出しに「やはりダメか」と素直に受け入れる。自分でもこのホラーを題材にした絵本は無理があると理解していたようだ。


 ちなみに本日、用務員室のアイドルであるメイドちゃんのショウは、水色を基調とした夏らしい色合いの古風なメイド服を着ていた。編み込みにされた黒髪には白い貝殻が特徴の髪飾りで彩り、さながら海より現れし妖精さんのような雰囲気がある。今日も今日とて可愛い。



「ハーブティーを淹れるけど飲む人はいるかしラ♪」


「飲む」


「飲みたぁい」


「はい!!」


「飲みたいです」



 居住区画からひょっこりと顔を覗かせた南瓜頭の娼婦――アイゼルネの何気ない質問にユフィーリア、エドワード、ハルア、ショウの4人は即答で返す。

 夏季限定のハーブとやらが購買部に入荷されていたので、紅茶にうるさいアイゼルネが天日干しにして茶葉にしたのだ。最近では結構な頻度でハーブティーを飲んでいるが、スッキリとした爽やかな味わいが心地よくて非常に美味しいのだ。


 もう完全に学院長の存在は忘れられていた。扉を開け放ったまま待ちぼうけを食らうグローリアは、



「僕の話、聞いてる?」


「聞いてない聞いてない」


「聞こえない聞こえなぁい」


「ショウちゃん、身の毛もよだつような怖い話ってある?」


「ハルさん、それを話したら夜におトイレ行けるか?」


「学院長もハーブティーどうかしラ♪」


「話を聞いてよ!! あとハーブティー貰いますいただきます!!」



 グローリアの悲鳴が用務員室全体に響き渡るも、問題児と称される用務員なので問答無用で無視するのだった。



 ☆



「で、夏休みから帰ってきて土産も持たずに用務員室を訪問たァいい度胸だな。しかも扉を開けて『仕事をしろ』ってのは問題児相手に喧嘩を売ってると見た」


「売ってないよ、事実を述べただけでしょ」



 アイゼルネの入れたハーブティーをちびちびと啜るグローリアは、



「2学期になったらプールを使うんだから、掃除しておいてよ」


「はいはい分かった分かった」


「本当に?」


「毎年ちゃんと掃除してるだろ」



 ユフィーリアはハーブティーを飲みながら、用務員室のどこかに収納したプール掃除用の道具を探す。ふよふよと多数の魔導書やハルアのぬいぐるみ、エドワード愛用の筋トレ道具などが浮かび上がる。

 毎年の恒例行事なので、確かちゃんと道具は揃っているはずだ。あとは用務員として半年も経過していない新人であるショウの装備を揃えてやるぐらいだろう。


 ハーブティーで満たされた紅茶のカップを傾けるショウは、



「ヴァラール魔法学院にプールなんてあるのか?」


「便宜上はプールって呼んでるけど、正式名称は『海洋魔法学実習室』って名前なんだよ」



 グローリアはどこか自慢げに「ヴァラール魔法学院でも特に誇れる学習設備なんだ」と言う。


 海洋魔法学とは海に関連する魔法である。潮の流れを操って渦潮を作り出したり、人魚に変身して海中を泳いだり、海の中にある魔法薬の材料を収集したりなど学べるものは幅広い。ただ教室が海の中に変わるので、海洋魔法学を興味の一環で授業を選択する生徒もいるほどだ。

 特に見栄えがあるのは、本物の人魚との交流だろう。海の中には人魚の他に様々な魔法動物が生息している独自の世界だ。そう言った生物との交流も海洋魔法学に該当する。


 ユフィーリアたち問題児は毎年、この海洋魔法学実習室の掃除だけはきちんと仕事をするのだ。夏の期間でしか解放されない教室なので、足を踏み入れるだけでも十分に楽しい。



「人魚と泳げたりぃ、一緒に歌ったりできるんだよぉ」


「オレ、今年こそ人魚に勝ちたい!!」


「ハルちゃんは毎年飽きずに人魚へ泳ぎの勝負を挑むけどぉ、あっちは年中無休で泳ぎ回ってるんだから勝てないに決まってるじゃんねぇ」



 人魚との水泳勝負に気合を漲らせるハルアに、エドワードが呆れたような視線をやる。毎年のように繰り返される勝負である。



「それはちょっと楽しみだな」


「ショウ坊は掃除用の礼装を作ってやるからな」


「ユフィーリア?」



 ワクワクとした様子の最愛の嫁を甘やかすユフィーリアに、グローリアの鋭い視線が飛んできた。

 考えが透けて見えたのだろう。ユフィーリアが衣装を作るとなったら、ほぼ間違いなく被服室の布地を使って作成することになる。せっかく2学期の授業で使う素材を仕入れたというのに、生徒の授業が台無しになる可能性が浮上したのだ。


 しれっと明後日の方向を見上げるユフィーリアに、グローリアはため息を吐きながら言う。



「まあいいけどね」


「え? どういう風の吹き回しだ?」


「裁縫魔法の先生が予定より倍以上の布地を発注しちゃって、倉庫に入らないんだってさ。このままだと廃棄処分になっちゃうから、授業に差し支えない程度だったらいいんじゃない?」



 予想外の回答に驚いた。

 絶対に止められると思っていたのだが、グローリアから得られた回答はまさかのゴーサインである。予定の倍以上の布地とは一体どれほどの量を仕入れてしまったというのか。


 許可が貰えたのであれば問題なしである。ここは思う存分に使わせてもらおうではないか。



「つーかグローリア、土産は?」


「ああそうだった、すっかり忘れていたよ」



 ユフィーリアが催促すれば、グローリアは飲み終わった紅茶のカップをアイゼルネに返却してポンと手を叩く。


 転送魔法が発動して、ユフィーリアの机の上に紙袋が出現した。それほど大きくない紙袋だが、紙越しにどこか甘い香りがする。

 紙袋を手に取ると、そこそこの重さを感じた。ずっしりと重たい訳ではないが、割と大きさがあるらしい。紙袋が異様に大きく膨らんでいた。



「密林で見つけた果実なんだけど、美味しかったんだよ。現地人のデザートとしても使われていたんだ。それはちゃんとお店で買ったものだから安心してね」


「果物を土産として持ってくるなんて珍しいな」


「この時期には珍しい林檎だよ」


「へえ」



 ユフィーリアはグローリアの言葉を聞きながら、紙袋を開く。


 生首が入っていた。

 閉めた。



「おいテメェ、ついに殺しやがったか!?」


「やだな、ユフィーリア。最初からそうなってる果実だよ」


「おかしいだろ!!」



 ユフィーリアは紙袋に手を突っ込み、グローリアが「果実だ」と主張する生首を天高く掲げた。


 透き通る金色の髪、閉ざされた瞼。カサカサに乾いた唇は皮が捲れ、頬は痩せこけている。無精髭が生え揃い、顔の雰囲気は中年男性といったところだろうか。

 確かに首の断面は見当たらず、ただの首としてそこにある。最初から身体がないように窺えた。呪われてるのか、この林檎モドキ。



「それね、ヒトノミって名前の林檎の品種だよ。焼き林檎にすると美味しいよ」


「これを焼くのか? 正気か?」


「あと早めに食べた方がいいよ」



 グローリアはアイゼルネに「ハーブティーご馳走様」と言いつつ、



「それ、熟れると身体が生えてくるから」


「身体が生えてくる?」


「僕はちゃんと忠告したからね」



 仕事の命令とお土産の配達を済ませたグローリアは「じゃあね」と言い残して用務員室から立ち去ってしまった。


 残された問題児による視線が、ユフィーリアの持つ生首――ヒトノミという品種の林檎に集中する。

 気持ち悪くて仕方がないのだが、この首から林檎のように甘酸っぱい香りがするのは事実なのだ。食べられるという言葉は間違いではなさそうだ。



「ユフィーリア、それどうするんだ……?」


「食料保管庫に封印」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして転送魔法を発動させ、ヒトノミを食料保管庫に封じ込めた。

《登場人物》


【ユフィーリア】お土産は基本的にあげる人の好みに合わせて選ぶタイプ。身内なら好みを熟知しているのだが、あまり関わりのない人には無難なお菓子を選ぶ。

【エドワード】お土産は身内以外には買わないタイプ。ユフィーリアには酒、アイゼルネには紅茶、未成年組には美味しいお菓子と決まっている。

【ハルア】お土産を買えるほどお金はないが、もしお金があったらお菓子大量に買い込む。めちゃくちゃ種類を持ってくる。お菓子屋でも開く気かってぐらい。

【アイゼルネ】お土産は身内に面白いシャツをプレゼントする。ユフィーリアに『南極からこんにちは』、エドワードに『筋肉馬鹿一代目』、ハルアに『止まられない止められない』シャツをあげた。完全にウケ狙いである。

【ショウ】他人にお土産を買っていくという行為はしたことがないのだが、無難なものを選びがち。ユフィーリアが相手になると途端に財布の紐が緩むので何をするか分かったものではない。


【グローリア】お土産は要求されなきゃ買ってこない。要求された場合は現地で食べた美味しい食べ物を買ってくる。それはお菓子だったり、レトルト食品だったり、レシピ本だったり。基本的に味の外れはないのだが、見た目がアホほど悪い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「それね、ヒトノミって名前の林檎の品種だよ。焼き林檎にすると美味しいよ」 思わず二度読みしてしま…
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