第15話【問題用務員と本当の願い】
「散々な目に遭った……」
「本当だよぉ」
「盗まれたものをわざわざ返しに行っただけなのに!!」
「お風呂に入りたいワ♪ 身体中が砂だらけヨ♪」
「つ、疲れた……」
転移魔法でヴァラール魔法学院に戻ってきたユフィーリアたち問題児は、グッタリと疲れた様子で呟く。
洒落にならないぐらいに疲れた。盗まれた国宝をわざわざ返しに行ったのに出迎えたアーリフ連合国の住民は話を聞かずにユフィーリアたちを最初から犯人扱いし、私刑でボコボコにされたくないから必死でアーリフ連合国を駆け回って逃げるという怒涛の追いかけっこを経験した。
さらに煙草屋で商人相手に情報戦を仕掛け、洋服屋で現地人を装う為に買った衣装代を踏み倒し、ついでに転移神殿の壁まで壊すという馬鹿もやってのけた。最高責任者のカーシムが笑いながら許してくれたので、この魔法使いは聖人君子かと錯覚してしまったほどだ。
「ご苦労様ッス」
「いや本当だよ、何が先に国宝を返しに行ってこいだよふざけんな」
一緒に転移魔法でヴァラール魔法学院に戻ってきた副学院長のスカイに詰め寄るユフィーリアは、ヘラヘラ笑う赤モジャ馬鹿野郎の眉間を16連打してやる。
「お前こんな結末になるの分かってただろ、絶対に分かってただろ。でも問題児だしどうせ逃げ回るよね大丈夫だよねみたいなノリで放置してただろ絶対に」
「いたッ、いだだだッ、ちょ、眉間を何で連打してくるんスか」
「何だ、こめかみを拳でグリグリやられるのがお好きか?」
ユフィーリアは問題児で1番の力自慢であるエドワードに振り返ると、
「エド、副学院長はお疲れみたいだからマッサージして差し上げろ。こう、こめかみをグリグリと拳で」
「俺ちゃんがやると副学院長の頭がトマトみたいに弾け飛ぶけど大丈夫なのぉ?」
「大丈夫だろ、副学院長だし」
「ボクの頭で何をするつもりだ問題児!?」
驚愕に目を剥くスカイは、慌ててユフィーリアから距離を取った。目隠しをしているので目を剥くところは見れなかったが、とりあえず頭がトマトみたいに弾け飛ぶのは嫌らしい。誰だって嫌だ、そんな処刑。
ハルアやショウも多少なりとも恨みがあるようで、ジリジリと副学院長に詰め寄っていた。「髪の毛いくらぐらい毟っていいかな」「頭頂部から丁寧に抜いていって禿げさせてやる、落武者みたいにしてやる」とよからぬことを企んでいる様子だった。
今回の件は副学院長が悪い。盗まれた国宝をノコノコと持って返しに行ったら犯人扱いをされることは目に見えていたはずなのに、この馬鹿野郎は特に何も言及しなかったのだ。仕返しされて然るべきである。
「――散ッ!!」
「逃がさないよ!!」
「今度は俺たちが追いかける番だ」
逃げる副学院長を機動力抜群の未成年組が追いかけるという校内地獄の鬼ごっこ大会が無慈悲に開催されてしまった。「ごめんってぇ、ボクもすっかりその可能性が頭の中から抜け落ちてたんだってぇ!!」とスカイの言い訳じみた悲鳴が静かな校舎内に響き渡る。
置いてけぼりにされたユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人は、とりあえず未成年組が副学院長を捕まえてくるまで待機することにした。どうせ副学院長の身体能力では未成年組の機動力に敵うはずもなく、あっという間に捕まることは目に見えていた。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアに、エドワードが「ねえ」と呼びかけてくる。
「ユーリはさぁ、サーリャちゃんに願う3つ目のお願いは何にするつもりだったのぉ?」
「あん?」
ユフィーリアは青い瞳を瞬かせ、
「そうだな、何にしたかな」
正直な話、今が1番幸せなので特に願うことはない。
どうせサーリャはドがつくほどのポンコツなので、碌な願いは叶えられないだろう。それに、魔法の天才であるユフィーリアに叶えられない夢はない。
首を捻るユフィーリアは、
「じゃあ、サーリャを人間の女の子にしてやるかな」
あのランプの魔人は確かに生意気なクソガキだったが、別に悪い奴ではなかったのだ。ランプの中に閉じこもっていたら見れなかった世界を見て、文化に触れて、それこそこの世界を大いに満喫してもらいたい。
それでこそ、人生は『面白い』と感じるのだ。まだ見ぬ世界に触れれば、あの常識が欠落したクソガキも改心するだろう。
エドワードとアイゼルネは互いに顔を見合わせると、
「ユーリらしいねぇ」
「ユーリらしいワ♪」
「何だよそれ」
エドワードとアイゼルネが口を揃えてそんなことを言うので、ユフィーリアは不思議そうに首を傾げるのだった。
――ちなみに副学院長は開始30秒で未成年組に捕獲されると、木の枝に猪よろしく四肢を括り付けられて運ばれてきた。
問題児を敵に回すと仕返しされるのである。意図しない時でも注意した方がいいという教訓になったのは言うまでもない。
《登場人物》
【ユフィーリア】サーリャが人間の女の子になったら、とりあえずヴァラール魔法学院の生徒にした上でいじめ倒す。ぎゃあぎゃあ騒ぐ様を見たい。
【エドワード】何だかんだ言って上司の面倒見の良さと懐の深さは実感している。
【ハルア】副学院長の捕獲組1号。このあと縄で括り付けたままの状態でショウと一緒に校内一周の旅に出かけて羞恥心で副学院長を殺す。
【アイゼルネ】あれこれ言い合っていたけど結局は気に入っていたのねと上司を微笑ましく思っている。
【ショウ】副学院長の捕獲組2号。虐待されていた頃より遥かに精神的に成長したので、仕返し上等となった。
【スカイ】国宝を問題児に任せたけど、そういえば犯人と一緒に連れて行かなかったら問題児が犯人に疑われるよなという可能性を全く考えていなかった。完璧に忘れていた。