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第14話【問題用務員と最高責任者】

 ようやく最高責任者の屋敷に辿り着いたら、早々に詰みである。



「盗人の遺言は聞かない、惨めに死ね」



 ドレッドヘア野郎は紫水晶アメシストをユフィーリアめがけて投げつけると、



「放て、紫水晶」


「〈魔力看破ブレイク〉!!」


「何ッ」



 ドレッドヘア野郎が宝石魔法を発動させて紫水晶を爆破させる前に、ユフィーリアは宝石魔法の発動を阻止する。


 硝子が割れるような破砕音が聞こえてくる。宝石魔法が遮断されたことでただの綺麗な紫水晶として赤い絨毯が敷かれた廊下を転がり、ユフィーリアの長靴の爪先にぶつかって止まる。

 ドレッドヘア野郎が驚愕の表情を浮かべ、さらなる宝石を投げてこようと洋袴ズボン衣嚢ポケットに手を突っ込む。ところが今までの追跡劇で残弾をなくしてしまったのか、衣嚢から宝石が出てくることはなかった。ここで立場は逆転である。


 ユフィーリアは足元に転がってきた紫水晶を拾い上げると、



「他人の話を聞かねえ奴だな。商人失格だぞ」


「黙れ、盗人風情が偉そうに語るな!!」



 ドレッドヘア野郎は激昂すると、即座に膝を折る。

 引き絞られた洋袴ズボンの裾に手を突っ込み、小さなナイフを抜き取った。ナイフの刃には複雑な溝が刻まれており、溝には紫色の液体が染み込まれている。まさかあれは毒か?


 ナイフを逆手に持ったドレッドヘア野郎は、長い廊下を疾駆する。黒曜石の双眸に敵意を漲らせ、紫色の液体に浸されたナイフをユフィーリアの喉元に突き刺すべく振り翳す。



「ユフィーリアに何するんですか!!」


「へぐぅッ!?」



 その時、ユフィーリアとドレッドヘア野郎の間に割り込んだショウが、相手の股間に容赦のない金的を叩き込んだ。


 綺麗に振り上げられた右足が、的確にドレッドヘア野郎の尊厳を潰す。ドレッドヘア野郎の額から冷や汗が滲み出てくると、顔色が青を通り過ぎて紫になってから白くなる。見事な百面相である。その痛さは計り知れないものがある。

 ドレッドヘア野郎の手から小さなナイフが滑り落ちる。赤い絨毯が敷かれた廊下にナイフが叩きつけられると同時に、ドレッドヘア野郎も股間を押さえて震えながら崩れ落ちた。声にならない呻き声が彼の口から漏れる。


 容赦のない金的をドレッドヘア野郎に叩き込んだ愛しのお嫁様は、



「ざまあないですね、話を聞かないからこんなことになるんですよ」


「この……ッ」


「踏み台が何か言ってますね」



 絶対零度の眼差しでドレッドヘア野郎の後頭部を踏みつけるショウは、何度も何度も力強く踏みつけてドレッドヘア野郎の額を床に打ち付けてやる。起き上がる暇など与えてやらない所存らしい。

 可哀想だが、ドレッドヘア野郎はショウの地雷を華麗に踏み抜いてしまったのだからこの程度の仕打ちは予想できていたことだ。世界で誰より旦那様を愛するお嫁様は、旦那様を大事にするあまり他人へ暴力的な思考回路を抱いてしまう。全裸にひん剥かないだけまだマシと思えばいいのだろうか。


 ハルアも混ざり、未成年組はドカドカとドレッドヘア野郎を蹴飛ばして踏みつける。もう傍目から見れば虐めである。「やめッ」とか「ちょッ」とかドレッドヘア野郎の訴えさえ掻き消される。



「ユーリぃ、これ平気なのぉ?」



 エドワードは床に落ちたナイフを拾い上げ、ユフィーリアに寄越してくる。


 ナイフの溝に塗られていた紫色の液体に鼻を寄せ、吸い込まない程度に匂いを嗅ぐ。果実のような甘い香りが鼻腔に滑り込み、その匂いに該当する知識が自然とユフィーリアの脳内にある記憶の本棚から引っ張り出された。

 これは猛毒の類だ。しかも蛇の毒を用いた神経毒であり、この刃で内臓でも傷付けられれば確実に身体の内側から壊死してしまう。よくもまあこんな強力な毒を塗り込んだ暗器を洋袴ズボンの下に仕込んでいたものだ。


 ユフィーリアは「だいじょばないな」とナイフを氷漬けにしておき、



「おいショウ坊、ハル。その辺にしておいてやれ」


「遊びましょう、貴方がボール役ですが」


「オレ最初に蹴っていい!?」


「止めろって言ってんだろ悪い子ちゃんども」



 ドカドカと未だにドレッドヘア野郎を蹴飛ばし続けていたショウとハルアを無理やり引き剥がしたユフィーリアは、



「おい、生きてるか? タマは平気?」


「おのれ……盗人め……」


「うんうん冷やしてあげような、ほら。冷たいのあげるから、な」


「おごおッ」



 ちょうどダメージが蓄積されているだろう股間の部分に、ユフィーリアは床から氷塊を突き出して刺激してやる。潰されたかもしれないのに、さらに追い打ちをかけるような行動である。

 ぷるぷると震えるドレッドヘア野郎の腰をググッと肘で押してやり、デコボコとした氷塊の表面に相手の【自主規制】をゴーリゴーリと擦り付けてやる。甲高い悲鳴が耳朶に触れた、そりゃ当然だ。


 まだ性懲りもなく盗人扱いをするドレッドヘア野郎を拷問に処してやっていたその時だ。



「ユフィーリア、何してんスか?」


「あ、副学院長」



 ドレッドヘア野郎を拷問していたら、副学院長のスカイ・エルクラシスが厚ぼったい長衣ローブの裾を引き摺りながらやってきた。先に行っているとは驚きである。


 それからスカイの後ろからもう1人、褐色肌の魔法使いがひょっこりと顔を出した。

 短く切り揃えられた淡雪のように白い髪と色鮮やかな琥珀色の双眸、精悍な顔立ちは随分と若く見える。せいぜい20代前半程度の青年だろうか。白い上等な生地の服には金の糸で刺繍が施されており、首飾りや腕輪など大量に装着して豪華に飾り付けていた。


 琥珀色の瞳を瞬かせた青年は、



「あの、ぼくの従者が何かしてしまいましたか?」


「え?」



 ユフィーリアは思わず拷問に処するドレッドヘア野郎を見やる。


 それまで甲高い悲鳴を上げて泡を吹いていたドレッドヘア野郎だが、青年の声を聞いた途端に「カーシム様!!」と叫び出した。

 どうやらこの白髪の青年こそアーリフ連合国の最高責任者であるカーシムで、股間を氷塊でゴリゴリと潰されて拷問されていたこのドレッドヘア野郎は最高責任者の従者に該当するらしい。急展開である。


 ドレッドヘア野郎は唾を飛ばしながら、



「カーシム様、この魔女は危険です。国宝を盗んだ犯人で」


「犯人ならスカイ・エルクラシス副学院長様が届けてくれたが?」


「…………」



 ドレッドヘア野郎は押し黙る。


 ユフィーリアが事情を説明しろと視線でスカイに訴えかければ、彼はやれやれと肩を竦めて口を開いた。

 まあ至極簡単で、単純明快なものだった。ここに来るまでにユフィーリアたちが何度も伝えていたことだった。



「冥府で拷問されていた国宝の窃盗犯のムファサを、カーシム君に引き渡したんスよ。あとはユフィーリアたちが国宝を無事に持ってきてくれればお仕事は終わりだったんスよね」


「アタシら、今まで国宝を盗んだって冤罪をかけられて追いかけ回されてたんだけど。主にコイツから」


「事情を話さなかったんスか?」


「話す暇も与えられず宝石魔法をぶっ放してきたんだけど、街の連中共々」



 ユフィーリアが今までの事情を話すと、白髪の青年が深々とため息を吐いた。



「また先走ったな、イツァル。これで何度目だ?」


「か、カーシム様、申し訳ございま」


「言い訳は聞きたくない、しばらく反省しろ」



 白髪の青年はユフィーリアに向き直り、



「大変お手数ですが、その馬鹿のことは煮るなり焼くなり好きにしてください。死なない程度で解放していただけると大変ありがたいです」


「任せろ」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「正式に許可が出されちゃったワ♪」


「たっぷり遊ぼう」



 ドレッドヘア野郎はそれからしばらく問題児たちの玩具にされるのだった、合掌。



 ☆



「初めまして、ヴァラール魔法学院用務員の皆様方」



 ユフィーリアたち問題児が案内されたのは、絢爛豪華な応接室だった。


 上等な長椅子は5人並んで座っても余りあり、さらに大理石製の長机には煌びやかなお茶菓子と甘いお茶で満たされたカップが並べられている。簡素な白服を身につけた従者が入れ替わり立ち替わり応接室に足を踏み込んでは、長机にお茶菓子を追加で置いていく。まだ誰も手をつけていないのに、お茶菓子は30種類以上は提供されていた。


 あまりの緊張感にガタガタと震え出す問題児5名に、長机を挟んで対面に座る白髪の青年がにこやかな笑顔で挨拶。



「ぼくはカーシム・ベレタ・シツァムと言います。この度はうちの従者がとんだご迷惑をおかけいたしました」


「いや、あの、元はウチの馬鹿職員が国宝を盗まなければよかっただけの話だし」



 ユフィーリアはガタガタと震えながら白髪の青年――カーシムに応じる。


 金持ち怖い、である。何というかどことない圧力が半端ではない。

 相手は至極自然体でこの部屋にいるのだろうが、ユフィーリアたち問題児からすれば世界で最も落ち着けない部屋である。紅茶のカップを叩き割っただけで月給が吹き飛びそうだ。


 カーシムは「お茶とお菓子をお召し上がりください」と勧めてきて、



「従者がご迷惑をおかけしましたので、そのお詫びの気持ちです。慰謝料もご用意させていただいておりますので、少々お待ちいただけますか?」


「いやあのそこまでは」


「あと住民からも追いかけられたと仰っていましたよね? イツァルが先導した住民の方たちを覚えておりますか? 彼らにも慰謝料をご用意させますが、こちらは少々手間取りますのでお待ちいただけると」


「もういいです、もういいです」



 ポンポンと大金が飛び交うような話になってきたので、ユフィーリアは強制終了させた。これ以上は聞いていたら頭がおかしくなりそうだ。



「ところでイツァルってのは」


「あなた方の後ろで五体投地しております」


「うわ本当だ」



 振り返ると、あのドレッドヘア野郎が豪華な絨毯に五体投地をしていた。耳を澄ますとかすかに「第七席に何てことを……また俺の早とちりが原因か……」と反省の言葉が飛び出していた。

 ほんの5分前に事実を知ったドレッドヘア野郎は、ユフィーリアたちに土下座で謝罪をしてきたのだ。それはそれはもう、見事な頭の下げ具合だった。下げすぎて地面に頭がめり込むんじゃないかと思うぐらいだ。


 カーシムは悠々とお茶を啜りながら、



「イツァルは奴隷上がりで、ぼくが買って教育を施したんです。そうしたら熱心にぼくのことを信じるようになってしまい……」


「で、話を聞かなくなっちゃうと」


「お恥ずかしながら。暴走するとぼくの言葉以外に耳を傾けようとしないんですよ」



 朗らかに笑うカーシムは、



「ところで、問題の国宝は?」


「あ、こちらに……」



 ユフィーリアは魔法のランプをおずおずと差し出す。


 カーシムは「確かに受け取りました」と魔法のランプを受け取った。

 そういえば随分と傷をつけてしまったような気がするのだが、こう改めて思い返すと随分と酷いことを強いてきたなと思う。国宝に対する扱いじゃないような気がする。



「ところで第七席様、このランプの魔人は何か粗相をしましたか?」


「あー、まあ生意気なクソガキでドポンコツな魔人だったけど意外と楽しめ――」


「なるほど?」



 カーシムの琥珀色の双眸が細められる。


 これは嫌な地雷を踏み抜いたかもしれない。見ればサーリャを収めた魔法のランプがガタガタと小刻みに震えていた。

 余計なことを言わなきゃよかったと今更後悔しても、もう遅い。



「どのようなことを? 詳しく教えていただいても?」


「えー、あのー」


「今後の指導に役立てますのでぜひ」



 それからユフィーリアはカーシムから魔法のランプに関する尋問――いや質問を冷や汗ダラダラの状態で語るのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】カーシムについては第七席として会ったことはあるけど、用務員として会ったことはない程度。ランプの事情を説明したら開き直ってお茶菓子を食べ出す。

【エドワード】カーシムについては新聞や雑誌で知った程度。そういえばカーシムが手がけた焼肉屋がめちゃくちゃ美味しかった気がする。

【ハルア】カーシムは初めて。凄え金持ちなのに嫌味ったらしくないなとは思っている。

【アイゼルネ】カーシムについては雑誌で見かけた程度。カーシムが手がけた高級ブティックは一度訪れてみたいなとは思う。

【ショウ】カーシムは初めて。随分と若いのに商才が凄いのかと驚きが隠せない。このあとハルアと一緒にお茶菓子を頬張る。


【スカイ】一足お先にやってきていた副学院長。事情を説明したら冥府の人はちゃんと国宝窃盗犯を引き渡してくれた。元々王族なのでこの程度の金持ちは見慣れたものである。

【ムファサ】実は今、簡易的なエロトラップダンジョンに嵌められている。


【カーシム】魔法の腕前はドポンコツだが、アーリフ連合国で随一の商才を持つ青年。神々に愛された豪運とも取れる商才で財を築いているが、それ故に親戚から命を狙われる可能性もあるので定期的に家を変えている。長者番付で10年連続1位を記録して殿堂入りを果たした。

【イツァル】ドレッドヘア野郎。カーシムの従者で、元奴隷。奴隷として買われ、カーシムに常識等を教えられてからカーシムを神の如く崇め始めた。早とちりしてしまいカーシム関係になると暴走しがち。魔法の才能はあり、宝石魔法は独学で習得した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ついに我らのご意見番にしてヴァラール魔法学院の良心的存在、副学院長先生が登場して、誤解も無事解けてよ…
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