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第13話【問題用務員と最高責任者の御殿】

 川の向こうで待ち受けていたのは、金銀財宝の山だった。


 円形の広い部屋にはこれでもかと金貨や銀貨、宝石をあしらった王冠や装飾品などの財宝が積み上げられている。目が眩むほどのお宝の数々は水に浸かっており、まるで川の不純物を堰き止めているかのようだ。

 水の影響か、財宝とユフィーリアたち問題児を隔てる手摺は錆が見える。透明で冷たい水に沈む足場は緩やかにカーブを描く壁に沿って敷かれており、衛兵は錆びた手摺を頼りに水に沈んだ足場を歩いているところだった。


 手摺から身を乗り出すハルアが、



「凄えね!! 見渡す限りキラキラだ!!」


「ここ、結構深いですよ」



 サーリャが退屈そうに欠伸をしながら、



「大体50メイル(メートル)ぐらいですかねぇ。底まで金銀財宝で埋め尽くされていますよ」



 サーリャの言葉を受け、ユフィーリアは手摺から顔を出して下を見やる。


 水の中に沈む金銀財宝は隙間なく空間を埋め尽くしており、1枚とか2枚ぐらい金貨をくすねても誰にも分からなさそうだ。サーリャの言葉を信じるなら、この円形の空間は縦に長い貯蔵庫のような作りをしていると見ていいだろう。

 その貯蔵庫みたいな作りの空間に、ぎっちりと金銀財宝が満たされているということになる。ついでに水も一緒に貯め込まれている始末だ。こんな一面に広がる宝物たちをルイゼ紙幣に換金したら、果たして一体いくらになることやら。



「こんなの1枚ぐらい盗んでもバレないんじゃないのぉ?」


「そうだよね!!」


「金貨1枚だけでもおねーさんたちの月給ぐらいになるわヨ♪」


「何だか眩暈がしてくるな……」



 手摺から身を乗り出して興奮気味なエドワードとハルアの首根っこを引っ掴んで手摺から引き剥がしたユフィーリアは、ついでに冥砲めいほうルナ・フェルノを椅子の代わりにするアイゼルネとショウの鼻先も指先で弾いておく。

 金銭に目が眩んで邪な考えが出てくるのは人間の本能的なものだろうが、魔法の天才であるユフィーリアにはしっかり理解していた。この貯蔵庫に貯め込まれた財宝の山は触れてはいけない類のものだ。


 手摺から引き剥がされたエドワードとハルアは、



「何すんのよぉ、ユーリぃ」


「冗談だよ!!」


「冗談だとしてもダメだ」



 ユフィーリアは真剣な表情で忠告する。


 普段から問題行動ばかり起こす問題児だが、犯罪紛いなことをしないという信条がある訳ではない。そりゃユフィーリアだって万年金欠で問題行動の起こし過ぎが原因で給与の乱高下がありまくりだから、金貨の1枚でもくすねればしばらくいい生活が期待できるのではないかと思うのだが、問題はそこではないのだ。

 この場所に到達してから、煙草屋とはまた違った意味合いで噎せ返りそうになっていた。特に魔法方面に明るいユフィーリアにとって、一目で「色々とまずい」と判断できるところだった。



「ここの水、防衛魔法がかけられてる」


「防衛魔法って、結界みたいなものではないのか?」



 首を傾げるショウに「まあ、それが一般的な防衛魔法の使い方だな」とユフィーリアは言い、



「財宝を盗んだ瞬間に発動する防衛魔法だな。財宝を盗むと水の中に引っ張り込まれるぞ」


「ただの水だよぉ、そんなことあるぅ?」



 疑うような口振りのエドワードに、ユフィーリアは綺麗に微笑んだ。


 疑うなら見せてやろうではないか。何でも疑うのはいいことだが、あとで痛い目を見るのは確定事項である。

 錆びた手摺に腕を通し、ユフィーリアは水に沈んだ金貨を1枚だけ手に取る。水滴を帯びた金貨は冷たく、ずっしりと重たさを伝えてくる。


 人差し指と中指で金貨を挟んだユフィーリアは、襟ぐりから覗くエドワードの豊かな胸筋に金貨を差し込んでやった。女の子のように豊かなおっぱいがある訳ではないのに、何故か金貨は見事にエドワードの胸筋に挟まる。



「え、何すんのよぉ」


「エド」



 ユフィーリアはエドワードの肩をポンと叩き、



「大丈夫、助けてやっから」


「え?」



 次の瞬間だ。


 ごぼ、と金貨が沈んでいたはずの水が膨れ上がる。たった1枚の金貨を盗まれたことが引き金となって、まるで自らの意思を持って蛇の如く起き上がったのだ。

 エドワードの顔が青褪める。助けを求めるように視線を寄越してきたが、ユフィーリアはハルアの首根っこを引っ掴んで4人仲良く退避していた。水飛沫がかからないように防衛魔法を展開する。


 そして凄絶な笑顔で、たかが水と侮った問題児の相棒を送り出してやった。



「ぐっどらっく」


「ふざけんなッ!!」



 エドワードが叫ぶと同時に、その全身が水に覆われた。



「がぼッ!?」



 唐突に水へ沈むような感覚に、エドワードが苦しそうにあえぐ。口から大量の気泡が噴き出して、何とか水の中から這い出ようともがくも全身を包み込む水を掻くばかりで身体が前に進むことも後ろに戻ることもない。

 形もなければ硬さもない、本当にただの水である。ただし防衛魔法が溶け込んだ魔法の水は財宝を盗んだ犯人を捕らえて離さない捕縛能力の高い罠なのだ。


 ユフィーリアはまるで案内人のような口振りで、



「えー、あれが財宝を盗んだ犯人の末路になります。あのようなことになりますので、ここの財宝は絶対に盗まないようにしましょうね」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「あ、あの、エドさん大丈夫なのか? 苦しそうにしているのだが」


がーぼぼぼごぼぼぼぼ(いいからたすけろ)!!」



 泡を吐きながら叫ぶエドワードに、ユフィーリアはあっけらかんと言う。



「金貨を捨てりゃ助かるぞ」


「ッ」



 エドワードは即座に服の間へ滑り落ちてしまった金貨を掴むと、水の中でもがきながらも掴んだ金貨をぶん投げる。

 放物線を描く金貨は、冷たい水の中に飛び込む。ぽちゃん、と金貨が水に沈むと同時にエドワードの全身を包み込んでいた水はあっという間に引いていった。


 水から解放されたエドワードは、激しく咳き込みながら膝をつく。全身は水によってずぶ濡れになっていた。



「分かったか? 財宝を盗むとこうなるんだよ」


「よぅく分かったよぉ」



 ヘラヘラと笑うユフィーリアの顔面を鷲掴みにしたエドワードは、



「じゃあお返しにユーリにも同じ目に遭ってもらうからねぇ、クソ魔女覚えておけ」


「ぎゃー何すんだえっち!!」


「えっちじゃないでしょうがよぉ!! 昔は服を着るより魔法の勉強に励んでいたのを覚えてるんだからねぇ!?」



 いつのまにか拾ったらしい1枚の金貨をユフィーリアの洋袴の中に突っ込むエドワードに対抗して、ユフィーリアも転送魔法でエドワードの服の襟ぐりから金貨を何枚もドカドカと放り込む。

 防衛魔法が溶け込んだ魔法の水が2人めがけて襲いかかるのは言うまでもない。醜い馬鹿野郎どもの取っ組み合いは続く。


 ユフィーリアとエドワードの取っ組み合いが終わるまで、ハルアとアイゼルネとショウの3人は手摺から身を乗り出してどの財宝が1番綺麗なのか探していた。



 ☆



「エドが余計なことをやるから時間を食ったじゃねえか」


「ユーリが俺ちゃんを殺しかけたのが悪いんじゃんねぇ」



 互いに互いの罪をなすりつけ合いながら、ユフィーリアたち問題児は先に進んでしまった衛兵を追いかけた。


 先程のやり取りがあったからか、ユフィーリアとエドワードの全身はびしょ濡れである。

 正確に言えばユフィーリアは普段の黒装束なので撥水性が高い加護が与えられているので、濡れているのは銀髪と洋袴の下に潜む下着ぐらいのものである。全身ずぶ濡れになっているのはエドワードだけだ。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、



「防衛魔法にも種類があるって言ったのを忘れたのか、この脳味噌筋肉馬鹿タレ野郎が」


「水にも防衛魔法が仕込めるって教えてくれなかったユーリが悪いんじゃんねぇ」


「喧嘩売ってんのか表出ろ」


「上等だアバズレ」



 未だ喧嘩の熱が冷めやらないユフィーリアとエドワードは互いに睨み合うのだが、



「ちぇすとーッ!!」


「いでえ!?」


「あだあ!?」



 ハルアによる回し蹴りを受けて、2人まとめて吹き飛ばされた。


 水に沈んだ狭い通路の上を背中から滑り、ユフィーリアとエドワードは揃って痛みに悶える。暴走機関車野郎と呼んでいるだけあって、手加減がなかった。

 上司や先輩相手でも問答無用で回し蹴りを叩き込んできたハルアは、狂気的な笑顔を消し去った無表情のまま言い放つ。その声は底冷えのするような冷たさを孕んでいた。



「衛兵さん見失ったのは2人が悪いよ、反省して」


「す、すみませんでした……」


「ご、ごめんなさい……」



 思わず謝ってしまうユフィーリアとエドワードだった。



「衛兵さんを見失ってしまったから、さすがにもう追いかけることは出来ないだろうか?」


「探査魔法でもかけた方がいいのかしラ♪」


「いやその必要はねえだろ」



 ユフィーリアは「よいせ」と立ち上がると、背後の扉を示した。


 ちょうど近くにあったのは、重厚な雰囲気が漂う鉄製の扉である。その扉が半開きの状態で放置されているので、おそらく魔法で操られた衛兵はこの扉から内部に入ったのだろう。

 試しに扉を開けてみると、どこかの屋敷っぽい廊下に繋がっていた。赤い絨毯が敷かれ、高い天井には等間隔に豪華な照明器具が吊り下げられている。廊下に並べられた台座には高級そうな壺や彫刻品などが飾られており、贅沢な空間となっていた。


 半開きの扉から首だけを出して様子を探るユフィーリアは、



「いねえな」


「いないねぇ」


「匂いは?」


「人の匂いは特にしないよぉ」



 同じく半開きの状態となった扉から首だけを出して匂いを探るエドワード。いつのまにやら仲直りしていた。



「ここがカーシムの屋敷なんだろうな」


「地下にあるんだね!!」


「世界有数の大富豪だから、財産目当てで命を狙われたりするんだよ」



 重厚な扉を開けて、ユフィーリアは廊下に足を踏み入れる。罠の類はなく、また魔法もかけられていないので問題はないだろう。

 ユフィーリアに続いてエドワード、ハルア、そしてショウとアイゼルネもついに屋敷の中へ潜入を果たす。ショウも冥砲ルナ・フェルノをしまい込んで、地面にストンと降り立った。


 ユフィーリアはハルアの手から魔法のランプを受け取ると、



「おいサーリャ、屋敷の案内は出来ねえのか?」


「私、この屋敷から出たことないから分かんないですよ」


「使えねえな、このランプの魔人。投げ飛ばすぞ」


「暴力反対!!」



 ランプから飛び出してきた魔人のサーリャに道案内を頼むも、ランプから出たことのないサーリャに道案内などという高等技術は無理だった。引きこもりに道案内を頼むようなものである。

 まあ適当に歩き回れば目的地に辿り着けるだろう。そう言った冒険心ぐらい持ち合わせていなくて何が問題児だ。


 その時である。



「放て、紫水晶アメシスト


「ッ」



 どこからか飛んできた宝石魔法を、ユフィーリアは防衛魔法で防ぐ。


 この初期の宝石魔法は、やはりあのドレッドヘア野郎しか思いつかない。

 まさかこの屋敷まで追ってきたのか。



「待っていたぞ、盗人」



 廊下の角から姿を現したドレッドヘア野郎が、石飛礫感覚で紫水晶を手で弄びながら言う。



「ここが貴様らの墓場だ」

《登場人物》


【ユフィーリア】エドワードとは唯一、本気で意見を言えるし喧嘩も出来る付き合いの長い相棒と思っている。喧嘩もするが息もぴったりで仲がいい。

【エドワード】ユフィーリアとは唯一、本気で意見を言えるし喧嘩も出来る間柄。かつて2人だった時はグローリアから『悪童コンビ』と呼ばれていた。

【ハルア】ユフィーリアとエドワードの仲の良さは知ったもの。むしろ歳の離れた兄と姉みたいだと思っている。

【アイゼルネ】ユフィーリアとエドワードの息ぴったりさは見慣れたもの。夫婦みたいな感じではなく、同じ感性を持った親友の類だと思っている。

【ショウ】ユフィーリアとエドワードの仲の良さに嫉妬をしつつも、そういや嫁の定位置は左側なので右腕は尊敬する先輩に譲ってやる所存。いつかエドワードみたいに頼られたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 金銀財宝の山を持つカーシム・ベレタ・シツァムという人物はただものではなさそうな感じがしますね。国の最高責任…
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