第7話【問題用務員と変装】
さて、変装である。
「涼しげな服装だねぇ」
試着室から出てきたエドワードの格好は、アーリフ連合国の民族衣装をまとっていた。
袖のない白い襯衣は胸元が大きく開いた開放感のある形をしており、裾が引き絞られた洋袴は幅広でダボッとしている。腰には橙色や赤などの布を装飾品として巻き、頭部にも金の鎖をあしらったターバンを装着してアーリフ連合国の空気に馴染んでいた。太い腕には宝石をあしらった腕輪を嵌め、お洒落さにも気を遣った格好と言えよう。
金はかかるが、宝石産業が盛んなアーリフ連合国の住民は金銀財宝などの装飾品を多く身につける。数が多ければ多いほど金持ちに見られるので、一般人を装うのであれば一つでも身につけていれば大違いだ。
姿見で自分の格好を確認するエドワードは、
「こんな格好はしないから新鮮だねぇ」
「エド、似合う!?」
次いで試着室から飛び出してきたのはハルアである。
エドワードと同じく胸元が大きく開いた白い襯衣だが、襟元から赤色の肌着が覗く。金の刺繍が施された腰布を巻き、裾が引き絞られた濃紺の洋袴にも同様に金色の糸で複雑な模様が刺繍されていた。真っ赤な宝石が縫い付けられたターバンで頭を覆い隠し、細い手首を飾る金色の腕輪が目を惹く。
足元を飾るのは革製のサンダルだが、異様に軽い素材で作られているのか、ハルアは「軽い!!」と言いながらピョンピョンとその場で飛んでいる。機動力を重要視する彼には最適な履物だ。
「ハルちゃんも似合うねぇ」
「でしょ!!」
エドワードに褒められたことで、ハルアは快活な笑みで素直に褒め言葉を受け止める。実に嬉しそうだった。
「おねーさんもお披露目♪」
試着室から優雅に出てきたのは、南瓜のハリボテを脱いだアイゼルネである。
翡翠色のワンピースには色とりどりの糸で花柄の刺繍がされており、鮮やかな色合いの衣装が目を惹く。大きく開いた襟ぐりからくっきりと刻み込まれた胸の谷間が覗き、妖艶な鎖骨の線を銀鎖で構成された簡素な首飾りが煌めく。南瓜のハリボテを被らない代わりに口元を綺麗な緑色の口布で覆い隠し、色鮮やかな化粧を施した目元だけで色気が溢れる。
ふわりと広がったワンピースの裾からいつもの踵の高い靴を履いた義足が垣間見え、その足首には翡翠色の宝石をあしらった足輪が輝いていた。「どうせなら義足にもお洒落したいワ♪」という彼女の希望である。
アイゼルネは朗らかに微笑むと、
「どうかしラ♪」
「似合ってるよぉ」
「綺麗だよ、アイゼ!!」
「あら嬉しイ♪」
お褒めの言葉をもらったアイゼルネは、言葉通りに嬉しそうにしていた。
「あ、あの、ちょっと恥ずかしいんですが……」
試着室から恥ずかしそうにひょっこりと顔を出し、ショウはどこか自信なさげに姿を見せる。
真っ赤なワンピースには金色の糸による複雑な刺繍が施されており、艶やかな黒髪をワンピースと同色のターバンが飾る。ワンピースにはちょうど腰の辺りに切れ込みが刻まれており、艶かしい腰つきがちらと覗けた。ふわりと広がる袖から伸びた指先には従僕契約の証である指輪の他に、真っ赤な宝石をあしらった指輪や青い宝石が飾る指輪などが嵌め込まれている。
華奢な足を守るサンダルには白い造花が縫い付けられており、今の服装に清楚な華を添えていた。良家のお嬢様のような出立ちである。
もじもじとワンピースの裾をいじるショウは、
「ど、どうですか?」
「ユーリもメロメロだよぉ」
「絶対に惚れ直しちゃうね!!」
「もう夢中になっちゃうワ♪」
「そ、そうですか? そうだと嬉しいです」
ショウにとって1番嬉しい褒め言葉は「最愛の旦那様であるユフィーリアも夢中になる」である。世界で誰より愛する旦那様を夢中にさせる為ならどんな格好でもする、ちょっと愛情が過激な性格なのでユフィーリアを引き合いに出されると嬉しいのだ。
さて、これで問題児4人の変装は完了である。
残る問題児は、問題児筆頭であるユフィーリアだけだ。ユフィーリアは礼装を組み替えるだけで変装をしようと思っていたようだが、アイゼルネに衣装を押し付けられて試着室に放り込まれたのだ。
「アイゼ」
「あらユーリ♪」
閉ざされた試着室のカーテンの向こう側から、ユフィーリアの低い唸り声が聞こえる。
「これ本気で選んだか? 適当に選んだ訳じゃねえよな?」
「選んだわヨ♪」
「本気で選んでこれか?」
「疑うぐらいならまずお姿を見せなさいヨ♪」
アイゼルネに叱責され、ユフィーリアは試着室のカーテンを開ける。
信頼に於ける従者から渡された衣装は、実に派手だった。黒を基調としている衣装は、首から胸元にかけて覆う布地には銀色の糸で刺繍を施されているのだが腹の布地がない。鍛えられた腹筋や縦長の臍、括れた腰が大胆に晒されている。
銀色の鎖が特徴的な腰の飾りが巻きつく洋袴はダボッと幅広の形で、裾が絞られている。足元を飾る靴は先端が尖った布製で、散りばめられた銀粉が星空のように演出されている。
黒いレースの薄布を頭から被ったユフィーリアは、アイゼルネをジト目で睨みつけて問いかける。
「何でアタシはこんなに露出が高いんだ?」
「普段からお背中全開の黒装束で下着すらつけないお人が何を言ってるのかしラ♪」
「踊り子か暗殺者だろうが、今の見た目!?」
ついでに袖のない衣装なので肩口や華奢な腕まで大胆に晒している状態である。頭から被った黒レースの薄布など意味はない。黒い長手袋を装備してはいるものの、肩から二の腕にかけて肌が晒されているので露出度は普段より上昇している。
あまり鎖骨などの胸元や足ならまだしも、腹を出すような格好をしたことはないので羞恥心が捨てきれない。踊り子か暗殺者と名乗っても納得されるだろう。
ユフィーリアは頭に被った黒レースの薄布を引っ張って腹を隠しつつ、
「クッソ、これで腹の風邪を引いたらアイゼのせいにしてやるからな」
「ユーリは治癒魔法も使えるから、お腹を壊しても魔法で解決できちなうでショ♪」
「こんな露出の多い格好をしなけりゃ腹を壊す心配をしなくてもいいんだよ」
観念したように言うユフィーリアは、棚に並べられた宝飾品の数々に視線を落とす。
首飾りに耳飾り、髪飾りや額当てなど多岐に渡る。魔力的なものは一切感じないが、宝石だと言うのに値段は手頃なものばかりだ。さすが宝石産業で有名なアーリフ連合国である。
普通なら小指に乗る程度の大きさしかない宝石でも目玉の飛び出るような金額がするのに、アーリフ連合国では問題児の月のお給料で買えてしまうものばかりだ。高くても5万ルイゼ前後である。お安い。
今の容姿は黒髪に赤い瞳なので、赤い宝石の方が似合うだろうか。どれも綺麗な宝石なので目移りしてしまう。
「ユフィーリア」
「ん? どうした、ショウ坊」
「あの、だな」
ショウが少し恥ずかしげに差し出してきたものは、真っ白な花があしらわれた髪飾りである。それをユフィーリアのこめかみ部分に添えて、
「うん、似合う」
嬉しそうに微笑んだ。
「本当?」
「ああ、本当だ。今は黒髪だから白い花がよく映える」
確かに黒い髪に白い花の髪飾りはよく映える。派手な宝石で着飾るべきかと思ったが、格好が露出過多なので本当にエロ方面で勘違いされても困る。言い寄ってきた相手全員をぶん殴ってどうにかしてしまいそうだ――目の前にいる最愛の嫁であるショウが。
ここは白い花飾りで清純さも印象付けておく必要がありそうだ。余計な勘違いをされない為にも。
ユフィーリアはショウが選んでくれた白い花の髪飾りを受け取り、
「じゃあこれにするか。ありがとうな、ショウ坊」
「貴女の為になるならばよかった」
ショウが綺麗に微笑んだその時、甘い雰囲気をぶち壊すように「うわぁ、地味ですね」などという声が聞こえてきた。
「ご主人様、随分と地味な格好をしますねぇ。私のご主人様なんですから、もっと豪華に飾り付けてくださいよ」
エドワードに持たせていた魔法のランプからサーリャが飛び出し、ユフィーリアの今の格好に「地味だ」という評価を下す。
アーリフ連合国の文化は着飾ってナンボだが、正直に言ってしまうとユフィーリアの肌に合わない文化なのだ。金を湯水の如く使って経済を回すのはいいことだし、その文化に生まれながら慣れ親しんでしまった住人であれば問題ないだろうが、外からやってきたユフィーリアからすれば考えられない行為である。馴染めないという考えもある。
規則として法律が制定されているならまだ納得できるが、別に法律として制定されていないなら好きな格好ぐらいさせてほしい。それがユフィーリアとしての意見である。
「うるさい」
ショウはサーリャを睨みつけると、
「ユフィーリアの良さを理解していない脳味噌スカスカな馬鹿魔人は引っ込んでてください」
「下男が何か言ってますね」
「冥府に叩き落としますよ」
「あ、ちょ、止めてください止めてください。何ですかその炎の腕は、何で私の衣装を引っ張れるんですか止めてくださいってば!!」
ショウが地面を踏みつけたことで召喚された腕の形をした炎――炎腕に洋袴を掴まれて引っ張られるサーリャはぎゃあぎゃあと悲鳴を上げていた。ざまあみろである。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアは白い花の髪飾りで自分の黒髪を飾る。鏡で確認しても変な場所はないので大丈夫だろう。
念の為にアイゼルネへ視線をやれば、彼女も親指と人差し指で輪っかを作って許可を出していた。お洒落番長のお墨付きも貰えた様子である。
「婆さん、今着てる衣装を全部買う。いくらだ?」
「ほあ?」
会計の前に置かれた揺り椅子に腰掛けた背筋の曲がった老婆は、小さな眼鏡をかけ直して算盤を弾き始める。シワシワになった指先でパチパチと算盤を弾く老婆は、ゆっくりとユフィーリアたちの着ている衣装の代金を計算している。
その時間がかかりすぎている。ユフィーリアたち問題児は追われている身なので、出来れば早めに計算してほしいものだ。
不安に覚えて店先に視線をやると、
「どこだ、国宝を盗んだ奴は……」
見覚えのあるドレッドヘア野郎が、やべえ目つきで店先を通りがかった。
「やべえッ」
「店の奥に行こうよぉ」
「逃げろ!!」
「あらマ♪」
「お婆さん、お金の計算が終わったら知らせてほしい」
「ほあ、ああ、分かったよぉ……」
あのドレッドヘア野郎から逃げる為に、ユフィーリアたち問題児は店の奥に駆け込む。
厚手の布で覆われた布を潜り抜けると、古びた扉が目の前に現れた。反射的にその扉を開け放ち、その向こうにある部屋に飛び込む。
噎せ返るような甘い匂いがユフィーリアたちを包み込んだのは、その直後だった。
「しまった、ここ……!!」
ユフィーリアは手の甲で口元を覆い隠しながら舌打ちする。
「煙草屋か!!」
《登場人物》
【ユフィーリア】普段の格好は背中を出しっぱなしにしているのだが、お腹は出さないのでさすがにこれはないだろとは思う。暗殺者じゃねえんだぞ。
【エドワード】ゆったりした系の服を着ることがあまりないので新鮮。宝石が重い。
【ハルア】自分の服の価値にまるで気づいていない。気づいたら最後、その場から動けなくなる。
【アイゼルネ】アーリフ連合国には口布の存在があるので口元を晒さなければ南瓜のハリボテだって脱ぐ。
【ショウ】黒髪赤目という自分とお揃いなユフィーリアが嬉しいので、ここぞとばかりに旦那様につけてもらいたい装飾品を選んだ。