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第5話【問題用務員とアーリフ連合国】

 魔法列車を使うのも時間の無駄なので、手っ取り早く転移魔法で移動する。



「ちくしょう、あのムファサって野郎め。次に顔を見た時には目ん玉に氷柱を捩じ込んで遊んでやるからな……」



 恨み言全開でユフィーリアは正面玄関の広い床に、転移魔法の陣形を構築していた。


 白墨チョークなどで床に魔法陣を描く形式ではなく、もう魔法式を直接構築する高等技術である。じりじりと虚空に焼き付くような音を立てて青い光の線が刻み込まれていき、着実に魔法陣の構成が進んでいた。

 一般的な魔女や魔法使いであれば白墨などを用いるのが常識だが、何千年と生きている魔女や魔法使いなら魔法式を直接構築して魔法陣を編み出してしまった方が早い。いちいち白墨で陣形を決めてから魔力を流し込むなど二度手間すぎる。


 本日何度目か分からない舌打ちをしながら魔法陣を描くユフィーリアに、エドワードの「ユーリぃ」という声がかけられる。



「これでいいのぉ?」


「お、着てきたな」



 エドワードが着てきたものは、第七席【世界終焉セカイシュウエン】でお馴染みの礼装である『面隠しの薄布』だ。頭巾まで被ることで身長や体型を完全に隠匿して正体を曖昧にすることが出来る非常に隠密性の高い礼装だが、別に正体を隠してアーリフ連合国に行きたい訳ではない。

 面隠しの薄布はちょうど外套コートの形式となっているので、砂避けになるのだ。アーリフ連合国は砂漠のど真ん中にあるような場所であり、気温も高ければ砂が混ざった風も多く吹く。全身がじゃりじゃりの砂だらけになることを避けなければならない。頭巾フードまで被れば日差しの強さも凌ぐことが可能だ。


 外套を身につけているのはエドワードだけではなくハルア、アイゼルネ、ショウにも同じものを身につけさせた。今は見た目よりも機能性を重視である。



「いつのまにアイゼとショウちゃんの礼装を用意したのぉ?」


「ドレスの形式を外套コートに変えただけだ。形を変えるだけなら簡単だよ」



 ユフィーリアはエドワードの何気ない質問に応じながら、



「ショウ坊、ランプは持ってきたか?」


「あるぞ」



 外套コートの下から埃塗れのランプを差し出したショウは、



「これを持っていくとメスガキもついてくるんだ。驚きだな」


「私のことを犬みたいに扱わないでくれますぅ!?」



 ランプに引き摺られるようにしてやってきたサーリャは、甲高い声でキャンキャンとショウに向かって吠える。



「ご主人様、酷くないですかぁ!? 何で私のランプをこの下男に持たせるんですかぁ!!」


「終焉」


「すみませんでした」



 ショウに対する悪口は絶対に許さないユフィーリアは、ギロリとサーリャを睨みつけて口喧しいメスガキを黙らせる。このクソガキは先程からご主人様の嫁に対する態度がなっていない。

 次に口を開いたら舌でも切り取ってやろうかなと画策すると、ちょうど転移魔法の陣形が完成した。青い光の線が複雑に折り重なって魔法陣を築き、ゆっくりと床全体に広がっていく。


 ユフィーリアは自分が羽織っている袖なしの外套コートの形式を変更し、腕までちゃんと覆い隠す。出現した頭巾フードを被ると、ショウから埃っぽいランプを受け取った。



「このランプを重役に突き返したらすぐに帰るからな」


「観光とかしないの!?」


「出来る雰囲気じゃねえよ。また別の機会に行こうぜ」



 呑気に観光を提案してきたハルアの意見を一蹴し、ユフィーリアは転移魔法を発動させた。


 魔法陣の外側に広がっていた景色が一瞬にして切り替わる。

 見慣れたヴァラール魔法学院の正面玄関から、見たことのない神殿の中心に問題児と生意気なランプの魔人は放り込まれることになった。太い石柱が高い天井を支えており、どことなく簡単に触れてはいけないような雰囲気が漂っている。


 ユフィーリアたち問題児が踏みつける床には、ユフィーリアが展開した転移魔法と同じ魔法陣が刻み込まれていた。転移魔法は無事に成功している証拠だ。



「ここは?」


「どこに来たの!?」


「ああ、転移魔法で移動することってあんまりないからな」



 興味津々といった態度のハルアとショウに、ユフィーリアはあっけらかんと言う。



「ここは転移神殿って言って、転移魔法で移動する時はここに座標を合わせなきゃいけねえんだよ。まず入国処理をしなきゃいけねえし」



 転移神殿は、魔法列車に於ける駅と同等である。入国をする際は転移神殿に設置された座標に合わせなければ、不法入国と判断されてしまうのだ。

 不法入国と判断されてしまうと逮捕され、最悪の場合は投獄という未来が待ち受けているのでさすがに避けなければならない。ただでさえ盗まれた国宝を返さなければならないという厄介な仕事を負っているのに、不法入国で逮捕されたら頭を抱えるしかない。


 ショウは「なるほど」と頷き、



「転移魔法でピョンピョン飛ぶのも考えものだな」


「知らない間に国に入って好き勝手に暴れられると困るからな。身元の管理もしっかりしなきゃいけねえって法律もあるし」


「じゃあ俺の身元はどうなっているんだ……?」


「親父さんが身元保証人になってる」



 そんなやり取りをしていると、陽気な声が転移神殿の内部に大きく響き渡る。



「いらっしゃいませぇ!!」



 転移神殿の内部に足を踏み入れたのは、派手な踊り子の衣装を身につけた女性だった。

 艶やかな黒髪は緩やかに波打ち、濃いめの化粧が施されて妖艶な印象を受ける顔立ちとなっている。日焼けをした褐色肌はハリがあり、露出度の高い水着のような赤い踊り子の衣装と合致していた。肌に触れる金色の装飾品が動くたびにしゃらしゃらと音を立てる。


 甘い香水の匂いを漂わせる女性は、



七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】様、アーリフ連合国にようこそいらっしゃいました。ご観光ですか?」


「いいや仕事だ」



 ユフィーリアが短く応じれば、出迎えにやってきた女性は表情を強張らせる。

 そういえば、今は第七席【世界終焉セカイシュウエン】としての格好をしていた。ただの砂避けとして外套コートを身につけているだけなのだが、そんな状態で「仕事だ」などと言えば誰を終焉に導くのかと勘違いされる。【世界終焉】が終焉を与える相手はよほどの犯罪者でなければならないのだ。


 慌てて頭巾を取り払ったユフィーリアは、



「違う違う、七魔法王セブンズ・マギアスの仕事で来たんじゃねえ。ヴァラール魔法学院の使いだ、使い」


「あ、ああ、そうでございましたか。大変失礼いたしました」



 女性はあからさまに安堵したような表情で答え、



「ではご用件は?」


「アーリフ連合国の最高責任者、カーシム・ベレタ・シツァムに取り次を願いたい。ウチの馬鹿教師がとんでもねーブツを持ってきちまったようでな」


「カーシム様ですか!?」



 女性の声が裏返る。気分の乱高下でそろそろ彼女に心労を与えていないか不安になってしまう。

 しかも最高責任者の名前を出した途端に、どこか驚愕と怯えが混ざった態度を見せたのだ。ユフィーリアの記憶している限りではアーリフ連合国の最高責任者に座する魔法使いは、そこまで恐ろしい性格をしていなかったような気がする。


 足を縺れさせながら女性は転移神殿から飛び出していく。いきなり最高責任者の名前を出したから驚いたのだろうが、これで問題はないだろうか。



「ユーリぃ、これ大丈夫なのぉ?」


「何か不穏だな」



 ユフィーリアはエドワードとハルアに視線をやり、



「エドはアイゼ、ハルはショウ坊をそれぞれ守ってやれ。自分の命を大切にしろよ」


「はいよぉ」


「あいあい!!」



 問題児の中でも武闘派であるエドワードとハルアに最愛の嫁と従者の身の安全を確保するように命じたところで、転移神殿に足音が近づいてくる。

 アーリフ連合国を統括する最高責任者の取り次が済んだのだろうか。先程の女性が戻ってきてくれたのであれば事情を話しやすいのだが、別の人物ならまた説明し直しだ。


 固唾を飲んで見守る中、足音の主が転移神殿に姿を見せる。



「こんにちは」



 朗らかな笑顔で挨拶をしてきたのは、褐色肌の青年である。


 手入れが行き届いた漆黒の髪をドレッドヘアにし、極彩色のターバンでまとめている。蛇を模した耳飾りが出入り口から漏れる陽光を受けて煌めき、怜悧な印象を与える切れ長の瞳は黒曜石の如き色を湛えていた。年齢は10代後半か、せいぜい20代前半ぐらいだろう。年齢の割には色気のある顔立ちをしている。

 身につけた衣装は首から胸元にかけて真っ黒い布が覆い隠し、腰の辺りではダボッとした幅広の洋袴を合わせている。二の腕から手のひらにかけて黒い長手袋ドレスグローブを装着しているが、指先が露出した特殊な形式をしていた。肩や鍛え抜かれた腹筋を晒し、まるで暗殺者のようである。


 褐色肌の青年は首を傾げると、



「旦那様に用事があるとお伺いしましたが」


「旦那様……ああ、もしかしてカーシムの使いか」



 それなら話は早い、とっととこの国宝という名の爆弾を片付けてしまおう。


 ユフィーリアは外套の下に隠し持っていた魔法のランプを見せる。

 そのランプを目の当たりにするや否や、青年の瞳が見開かれた。「それは……」と掠れた声も聞こえる。



「いや実はウチの馬鹿な教師が持ってきちまったみたいでな。下手人は今、別の奴が迎えに行ってる頃合いだから――」



 ――ピキュン、と紫色の閃光がユフィーリアの頬を掠めた。



「そのランプは国宝だ。その事実を知りながら盗むとは愚かな」



 青年の目つきが明らかに変わっていた。


 客人を出迎える為の愛想は消え失せ、代わりに存在するのは国宝を盗んだ馬鹿野郎に対する虫でも見るかのような鋭い目つきである。盗まれた国宝をお土産にヘラヘラ謝りに来たユフィーリアたち問題児を、完全に国宝を盗んだ張本人だと認識していた。

 今回ばかりは濡れ衣である。ユフィーリアたちは国宝を盗んだ張本人ではなく、冥府に連行された盗人を連れてくるより先に盗まれた国宝をお返ししようとわざわざ遠方からやってきたのだ。盗んだのは別人である。


 ユフィーリアは「いや違うから!!」と慌てて叫び、



「犯人は今、冥府に連れていかれてるからあとで別の奴が連れてくるから!!」


「言い訳は無用!!」



 青年は洋袴の衣嚢から石のようなものを取り出す。

 よく見ると、それは紫色に輝く宝石だった。紫水晶アメシストである。しかも手のひら大はあるので、値段は目玉が飛び出るぐらいに高いはずだ。


 青年は紫水晶を放ると、



「放て、紫水晶!!」



 その言葉に応じるように、紫水晶アメシストが内側から煌々と紫色の光を浮かび上がらせると同時に呆気なく砕け散る。

 砕け散った紫水晶から紫色の閃光が放たれ、ユフィーリアたち問題児に襲いかかった。まるで宝石型の爆弾だ。


 ユフィーリアは即座に防衛魔法を展開して紫色の閃光を防ぐと、



「エド、壁を壊せ!! 逃げるぞ!!」


「ハルちゃんがもう壊したぁ」


「早いな!?」



 いつのまにか転移神殿の壁をぶっ壊していたハルアに「でかした!!」と称賛の言葉をぶつけると、ユフィーリアは壊された壁の穴から転移神殿を脱出する。

 話の聞かない相手からは逃げるに限る。

《登場人物》


【ユフィーリア】転移魔法でやらかした最近の事件は、シャンプーがなくて転送魔法を発動したら転移魔法だった。ちょうどショウを風呂場に転移させてしまい、あわやラッキースケベの状況を自ら作り出してしまった。

【エドワード】転移魔法で巻き込まれた事件は、風呂に入っている最中にグローリアが転移魔法の実験を暴発させてしまい全裸で転移されるという異常事態が発生。学院長を泣きながらぶん殴った。

【ハルア】転移魔法で巻き込まれた事件は、ユフィーリアが座標を間違えて高高度から自由落下させられた。両足の骨折程度で無事だった。

【アイゼルネ】転移魔法で巻き込まれた事件は、自分で転移魔法を使ったら距離に対する魔力が足りなくて壁尻のような状態になってしまった。急いでユフィーリアに助けてもらった。

【ショウ】転移魔法で巻き込まれた事件は、転移魔法の実習で座標を間違えたリタがメイド服のスカートの中に転移してきたこと。泣きながら土下座せん勢いで謝罪されたので許してあげた。


【サーリャ】国宝のランプが移動すれば犬のようについてくるよワンワン。

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