第4話【問題用務員と国宝】
「楽しいね!!」
「お前はそれでいいのか?」
用務員室の隅に長い両手と両足を折り畳んで体育座りをするハルアが楽しそうなので、願いを叶えた張本人であるユフィーリアはもう何も言わなかった。
ハルアの両足の間にはショウがちょこんと同じように体育座りをしていた。もはやお人形のように見える。
普段はハルアの方が低くてショウの方が高いので、身長が逆転したことで面白いことになっていた。今の状態ではハルアの両足に収まるショウがぬいぐるみかお人形のように思えてくる。
両手でクッキーを持ってちまちまと齧るショウは、
「安心感が凄い」
「よかったな、ショウ坊」
クッキーの食べ方がもはや小動物なので、巣穴に引きこもるリスのように見えてきた。最愛の嫁が可愛くて仕方がない。
「さてご主人様、あと願いは2つですよ」
サーリャは未発達な胸を張ると、
「残りの2つはどうします?」
「はい」
ショウが挙手をした。
嫌な予感しかしない。
最愛の嫁はユフィーリアに割と強く入れ込んでいる傾向があるのだ。ユフィーリアに対して悪口や批判を浴びせようものなら業火の矢が飛び、逆に褒めても『好意を寄せた』という解釈になって関節技が決まるという理不尽極まりない行動を見せるのだ。
彼の父親曰く「ショウは身内・知り合い以外の同担拒否みたいな訳だが」らしい。よく分からない。
「おや、そこの暴力侍従も何か望みがあるので?」
「懲りねえランプの魔人だな」
「すみませんご主人様、思わず本音が」
平然と再びユフィーリアの地雷を踏み抜くサーリャに、ユフィーリアは銀製の鋏をシャキシャキと鳴らして脅す。紫色の三つ編みをバッサリと切り取られたにも関わらず懲りないランプの魔人である。
上擦った悲鳴を漏らしたサーリャは咳払いをして「何がお望みですか?」と問いかける。
その質問に対してショウの答えは至って単純だった。ユフィーリアの予想が外れたと言ってもいいぐらいだ。
「俺の時間を戻してほしい」
「おや、時間ですか?」
サーリャは不思議そうに首を傾げ、
「時間を戻すとなると、子供になるということになりますが」
「具体的な願いを言えば現在の記憶を保持した状態で、身体だけの時間を戻してほしい。出来れば11歳ぐらいまでに」
具体的な年齢設定、そして記憶の状態まで指示してくる徹底ぶりである。ハルアの場合があるので願いの提示はきっちりしていた。
それにしても、11歳まで若返りたいとは何の意味があるのだろうか。子供になって甘えたいという願望があるならまだしも、11歳とは随分と半端な年齢設定ではなかろうか。
11歳という年齢設定に疑問を持ったのはユフィーリアだけではなかった。この場にいる全員が不思議に思っていたようだった。
「ショウちゃん、どうして11歳まで若返りたいのぉ?」
「中途半端だね!!」
「ユーリに甘えるならもう少し若くした方がいいんじゃないのかしラ♪」
「ああ、その件だが」
ショウは朗らかに笑うと、
「そのぐらいの年齢から性的虐待を受けていたので、綺麗な身体になってユフィーリアにえっちぃことをされたいんだ」
反応に困る。
「正確な年齢は12歳で中学に上がった頃合いだから、それより前だと確実に処女なので11歳という年齢設定を指示させてもらう」
もっと反応に困る。
「えーと……」
サーリャはそっと視線を逸らすと、
「私が契約を結んでいるのはご主人様なので、ご主人様が許可を出してもらわないと」
「ユフィーリア」
じっとショウの赤い瞳がユフィーリアを射抜く。
期待に満ちた赤い瞳が「ユフィーリアならお願いを聞いてくれるよな?」という重圧さえ感じていた。叶えてくれて当然だと思い込んでいる。
よく考えてほしい。ショウを11歳まで若返らせたとして、その先に待ち受けるのは完全に犯罪臭が漂うヤベエ未来である。下手をすれば首に縄をかけられて警察組織に連れていかれるか、諸々の段階をすっ飛ばして監獄にぶち込まれることになる。小児性愛は救いようがない。
ユフィーリアは頭を抱えると、
「よし分かった」
覚悟を決めた。
「サーリャ、願いを叶えてくれ」
「え、本当ですか? 本当の本当に?」
「ああ」
ユフィーリアは真剣な表情でサーリャに願いを告げる。
「エドワード・ヴォルスラムを11歳まで若返らせてくれ」
「何で俺ちゃんを巻き込むんだよぉ!?」
エドワードが苦情を叫んだ瞬間、サーリャの魔法が適用されて紫色の煙が襲いかかる。
筋骨隆々とした巨漢の全身を紫色の煙が包み込んだと思ったら、煙が晴れると迷彩柄の野戦服に埋もれるようにして子供が不満げな表情で立っていた。灰色の髪と銀灰色の双眸、可愛らしい顔立ちは実に年相応の子供らしい。
鍛え抜かれた鋼の肉体美はすっかり消え失せ、子供特有の滑らかな肌と華奢な肉体がかろうじて迷彩柄の野戦服に隠れている。それでも元の身体に合わせて仕立てられた野戦服では大きさが合っていないのか、どれほど胸元まで引っ張り上げても裾を引き摺る羽目になってしまう。
ジト目でユフィーリアを睨みつけた子供化エドワードは、
「なにすんのよぉ!!」
「お、ちょっと声が高いな」
「ふざけんじゃないよぉ!!」
地団駄を踏むエドワードは、
「おれちゃんをまきこむんじゃなくてぇ、すなおにしょうちゃんをこどもにしてあげればよかったじゃんねぇ!!」
「お前、アタシが捕まってもいいってのか?」
「いまでもじゅうぶんにぺどやろうじゃんねぇ!!」
「一緒に風呂入ってショウ坊をけしかけるぞ」
「なにそのおどしぃ!?」
もはや自分の嫁を脅しの手段として用いるユフィーリアであった。
「やあ問題児諸君、ちょっと楽しい楽しい魔法兵器の実験があるんスけどよかったら手伝ってくれないッスか? お礼は購買部の黒猫シェイクを奢るってことでよろしく頼むッスわ」
その時、用務員室の扉が開け放たれるや否や、朗々とそんな要求を並べ立てながら副学院長のスカイ・エルクラシスが乱入してきた。ご丁寧にも要求に対する報酬まで提示されている。学院長とは大違いだ。
しかし、副学院長はおそらく用務員室に広がる異様な光景に固まったことだろう。
巨大化したハルアが用務員室の隅で体育座りをしており、逆に11歳の子供となってしまったエドワードがユフィーリアに飛びついて頭に齧り付くという混沌とした空間が展開されていた。不満げに頰を膨らませたショウが「何でエドさんを子供にしちゃったんだ」と紫髪の少女に詰め寄り、アイゼルネはほわほわと笑いながら紅茶の準備中である。
この光景を目の当たりにすれば分かると思うが、これは触れてはならないパンドラの匣だったのだ。
「あ、お邪魔しました」
「待って副学院長、帰らないで!!」
「いやあのちょっと関わりたくないんで無理ッス」
「帰らないでお願いだから頼む300ルイゼあげるからぁ!!」
ユフィーリアの必死の引き止めで副学院長を用務員室に引き摺り込み、この混沌とした状況の正常化を図るのだった。
☆
「なーるほど、土産物のランプを擦ったらまさかのランプの魔人がご登場っと」
副学院長のスカイに事の顛末を説明すると、瞬時に状況を理解してくれた。さすが副学院長である。
とりあえず、サーリャのかけた魔法はユフィーリアが魔眼の能力を駆使して解除した。今やすっかりハルアの身長は元通りの状態に縮み、エドワードも元の姿を取り戻していた。混沌とした状況は片付いたが、まだサーリャの問題が残っていた。
スカイはサーリャが飛び出してきた埃っぽいランプを手に取ると、
「魔人が出てくるってのは、南側のおとぎ話と同じッスね」
「まあ、確かにそうなんだけど」
ユフィーリアは頷く。
ランプを擦ったら魔人が出てきて3つの願いを叶えてくれるという内容のおとぎ話は、南側諸国――アーリフ連合国に伝わる物語だ。おとぎ話だけど実際に起きるものとは思えず、今の状況が悪夢のように思えてきた。昼寝をしている真っ最中だったのだろうか。
埃っぽいランプを観察していたスカイだが、ランプの模様を見つめていた時に「んん?」と首を傾げる。ランプに刻まれた模様の一部に注目しているようだが、何かあったか。
「ユフィーリア、これどうやって取ってきたんスか?」
「え?」
「アーリフ連合国に行ったとかないッスよね」
「行かねえよ、あんなクソ暑いところ」
疑うような口振りのスカイに、ユフィーリアは即座に否定した。
まるで盗んできたかのような口振りは心外だ。確かにこのランプの持ち主は宝石魔法学のムファサだが、あれは最愛の嫁であるショウを突き飛ばした慰謝料だ。それに、用務員室へ来れば返す予定なので盗んだ訳ではない。
いくら問題児でも、面白くない盗みはやらないタチである。こんな生意気なクソメスガキにご主人様と崇められるより、可愛い嫁をアラビア風に着飾らせる方がいい。
スカイは「いやこれまずいッスよ」と言い、
「今朝の新聞で、アーリフ連合国の国宝が盗まれたって新聞に掲載されてたッス」
「国宝?」
「そうッス、魔人を閉じ込めた魔法のランプッスよ」
スカイは厚ぼったい長衣の下から、今朝の新聞を引っ張り出してユフィーリアに手渡してくる。
新聞には大きな見出しで『アーリフ連合国の国宝「魔法のランプ」が盗まれる!?』とあった。しかもご丁寧にも、その魔法のランプの写真が掲載されている。
金属製のランプには複雑な溝が刻み込まれており、宝物殿の奥に飾られていたものだから埃っぽい。擦るとランプの魔人が出てきて願いを3つだけ叶えてくれるという特大級のおまけ付きだ。
その写真は、この用務員室にあるランプと同じだった。
「ユフィーリア、この魔法のランプはどこにあったんスか?」
「…………ムファサっているだろ、宝石魔法学の」
「いるッスね」
「ショウ坊とハルが突き飛ばされた腹いせに、ムファサの研究室から取ってきたらしい」
「あー……じゃあ今回はムファサってのが悪いッスね」
スカイは「予定変更ッス」と言い渡し、
「ボクはムファサを連れ戻してくるんで、アンタらは魔法のランプを持ってアーリフ連合国の重役に謝りに行くんスよ。とにかく国宝を戻さねえとまずいッス」
「いやそれアタシらが罪を着せられる――ん?」
スカイの言葉に違和感を覚えたユフィーリアは、
「連れ戻す?」
「そうッス」
「どこから?」
「冥府ッスよ」
スカイはあっけらかんと答え、
「ショウ君が突き飛ばされたところをたまたま有給を使って遊びにきていたキクガさんが見ていたようで、すぐに冥府へお持ち帰りされたッスよ」
「ちくしょう、何だって面倒なことに巻き込まれるんだ!!」
「それが問題児の運命ッスよ」
自分たちが盗み出した訳ではないのに魔法のランプを持って謝りにいかなければならなくなったことに、ユフィーリアは本気で嘆くのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】国宝が盗まれたという事実に絶望。この魔法のランプが国宝に指定されるなら中身のランプの魔人をどうにかしてほしかった。
【エドワード】盗みはやらない主義だが、盗品に巻き込まれる問題児の運命に絶望。というか11歳にまで若返らせる被害に遭ったんだがどうしてなの。
【ハルア】身体が3メイル(メートル)超えになって楽しい。全部の人間を見下ろせるっていいね!
【アイゼルネ】国宝が盗まれたって大変なことじゃないノ♪
【ショウ】現状ほしいものはユフィーリアの過去。ユフィーリアと1番付き合いが長いエドワードが羨ましいのだが、過去はどう頑張っても覆せないのでせめて自分の初めてのことだけはユフィーリアで染めたい。
【スカイ】魔法兵器の実験に付き合ってもらおうと思ったら何か凄い事件に巻き込まれて頭を抱える。とりあえず冥府まで犯人を迎えに行かないといけない。里帰りは意地でもしない。
【サーリャ】盗まれた国宝のランプ。なのに中身はポンコツ。