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第2話【問題用務員と魔法のランプ】

 退屈である。



「暇」


「暇だねぇ」



 魔法で空調管理が行き届いた用務員室に、心底退屈だと言わんばかりの声が落ちる。


 用務員室の隅に設置された革張りの長椅子ソファに身体を横たえ、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは何度も読んでしまった魔導書のページを捲りながら「暇だ」とダメ押しで言う。

 何度も読んだことのある魔導書なので、ユフィーリアが魔導書の頁を捲る指先は機械的である。もはや作業と呼んでも過言ではない。ただただ淡々と頁を捲っていくだけなので、魔導書の頁を何秒で捲り終えることが出来るのかという遊びだと説明されても納得してしまいそうだ。


 退屈そうに欠伸をしながらも魔導書の頁を捲る手を止めないユフィーリアは、



「退屈だな、何か面白いことねえかな」


「いつものように学院長へ悪戯をしに行けばいいじゃんねぇ」



 日課となっている筋トレに勤しむ筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムは、鉄アレイを使って腕の筋肉を鍛えながら応じる。その鍛え抜かれた鋼のような肉体には珠のような汗が浮かび、見ているだけで室温が上昇するような気分になる。


 死んだ魚のような目で魔導書の頁を淡々と捲り続けるユフィーリアは、顔をしかめて「嫌だよ」と吐き捨てる。

 正直な話、ネタ切れだったのだ。学院長のグローリア・イーストエンドに悪戯を仕掛けてもいいのだが、色々と悪戯しすぎてネタ切れ感があるのだ。加えて夏バテ気味な今のユフィーリアに悪戯を考える脳味噌がなかった。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、



「それにアイツ、今は夏休み期間で学校にいねえよ」


「あれぇ、どこに行ったのぉ?」


「魔法の研究でどこかの密林だったかな。魔法動物だか魔法植物だかの新種を見に行ったんじゃねえの」



 エドワードの質問にユフィーリアは適当に応じる。


 肝心の学院長だが、ユフィーリアたち問題児の夏休みが明けると同時に夏休み期間へ突入してしまったのだ。今は南側の密林に仲間の魔女・魔法使いたちを引き連れて潜入し、魔法動物だか魔法植物だかの新種を観察しに行っている頃合いだろう。毎年、彼の夏休みの使い方は魔法漬けなのだ。

 悪戯の標的に出来る学院長がいなければ学院長室が犠牲になるだけだが、学院長室には厳重な施錠魔法がかけられており侵入するのはほぼ不可能だ。まあ魔法の天才と呼ばれたユフィーリアならば容易いのだが、何だかわざわざ学院にいない奴の為を思って悪戯を仕掛けるのも面倒である。


 魔導書の頁を捲り終えてしまったユフィーリアは、深々とため息を吐いて長椅子ソファの上で寝返りを打つ。



「アタシ寝るわ、適当に起こして」


「じゃあお布団あげるねぇ」



 そう言ってエドワードが寄越してきたのは、汗がたっぷりと染み込んだタオルである。汗臭い布が顔面に襲撃し、思わず飛び起きてしまう。

 濡れに濡れたタオルを床に叩きつければ、半裸の筋肉馬鹿が随分と楽しそうな笑顔でユフィーリアを見ていた。遊ぶ気満々であるのは察することが出来た。こっちは完全に昼寝の気分だったのに、あっという間に台無しだ。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめ、



「お前の洋袴ズボンを爆発四散させて、股間の部分に星型の穴を開けてやるよ」


「やってみなさいよぉ、また汗臭い俺ちゃんのタオルの餌食になりたいのぉ?」


「魔法の速さだったら負けねえ」


「暴力の前に敵うと思ってんのぉ?」



 2人の間に一触即発の空気が流れると、汗臭いタオルを武器のように広げるエドワードの後頭部に銀色のお盆が強襲する。それほど強く叩かれてはいなかったが、ポコンという可愛い音が聞こえてきた。



「狭いところで喧嘩しないのヨ♪」


「あらぁ、アイゼ。お紅茶の準備は終わったのぉ?」


「バッチリ♪」



 銀色のお盆でエドワードの後頭部を叩いたのは、南瓜頭の娼婦――アイゼルネである。豊満な胸元を強調するような露出の高い真っ赤なドレスを身につけ、深く刻まれた切れ込みから覗く義足が艶かしさを助長させる。

 コツコツと踵の高い靴を鳴らしてユフィーリアに歩み寄ってきたアイゼルネは、唐突にユフィーリアの右手を掬い上げる。二の腕まで届く長手袋ドレスグローブに覆われた右手を丹念に揉み込んでくるなり、何故か手袋をずるずると引っこ抜いたのだ。


 生身となったユフィーリアの右手をじっと観察するアイゼルネは、



「お爪が伸びてきてるワ♪」


「あー、ちょっと前に切ったばかりだからな」


「整えてあげるワ♪」



 転送魔法で爪やすりを手元に呼び出したアイゼルネは、そのままいそいそとユフィーリアの右手の爪を整え始める。

 未成年組がおやつを買いに行ってから、3時のおやつの為の紅茶を準備し終えてしまって退屈なのだろう。いつもならば爪の手入れぐらい自分でやるのだが、ユフィーリアも暇なのでアイゼルネの好きにさせてやろう。


 しょりしょりと爪やすりでユフィーリアの爪を整えるアイゼルネは、



「甘皮の処理もしちゃっていいかしラ♪」


「本格的だな」


「退屈なんだもノ♪」


「アタシの爪がどんどん綺麗になっていく……」



 退屈だからと爪を整えられるのも複雑な心境である。退屈が紛れた途端に終わりそうだ。

 爪の処理は結構気持ちがいいので、出来ればこのまま続行してもらいたい。長椅子に寝転がったままで爪を整えられるのは何と贅沢なことか。


 次々と転送魔法で爪処理の器具を呼び出すアイゼルネに身を任せ、ユフィーリアが「ふあぁ」と眠そうに欠伸をした時である。



「ただいま!!」


「ただいま」



 用務員室の扉が勢いよく開かれて、購買部までお菓子を買いに出かけていた未成年組が戻ってきた。今日も元気いっぱいの様子である。



「お帰り」


「お帰りぃ」


「お帰りなさイ♪」



 未成年組の帰還をお留守番組であったユフィーリア、エドワード、アイゼルネが迎え、



「ユフィーリア」


「どうした、ショウ坊。その汚えランプは?」


「何か知らない部屋から取ってきた」



 最愛の嫁である女装メイド少年、ショウに汚いランプを差し出される。


 ランプは金属製で、表面は埃に塗れているものの細かな模様が特徴的だった。紅茶を注ぐ為の薬缶の代わりに使うとしても埃っぽくて使いたくない。

 金属製ではあるものの、埃が目立つだけで錆は全く見当たらない。これだけ古いと見た目が物語っているのに錆がないとは珍しいものである。


 ユフィーリアは目の前に突き出されるランプを観察し、



「これどこから取ってきたんだ?」


「あの、全部の指に宝石で出来た指輪を嵌めた人の部屋から」


「ああ、ムファサって奴だっけ」



 ユフィーリアたちが夏休みに入ると同時に夏休みを取得して故郷に帰った、宝石魔法学を教える教職員である。褐色肌と丁寧な対応で生徒の人気も高く、家柄もいいと噂のある魔法使いなので女性から熱い視線を寄せられているのだ。

 夏休みを取得していたのだが、もう故郷から帰ってきていたのか。だとすると、これは彼の故郷のお土産かもしれない。


 すると、お菓子がたんまりと詰め込まれた紙袋から購入したお菓子を並べていたハルアが、



「ショウちゃんね、その成金野郎に突き飛ばされたんだよ!!」


「あ゛?」



 ユフィーリアの口からドスの効いた声が出てきた。


 世界の誰より愛おしいショウが突き飛ばされた?

 聞き捨てならない台詞が聞こえてきたが、気のせいか?



「え、何? 突き飛ばされた?」


「そうだよ!!」


「誰が?」


「ショウちゃんが!!」


「よし殺すか」



 ユフィーリアは真剣な表情で、



「足先から凍傷にしてやる。細胞が壊死して指先が千切れ落ちていく様を眺めてもらおうかな。内臓は冷凍してグローリアに送ってやろう、ガワは副学院長に魔法兵器として改造してもらおうか」


「どうしようショウちゃん、予想外の拷問が来たよ」


「これは4分の3殺しどころではないな。ジワジワと殺される方だ」



 コソコソと耳打ちをして相談する未成年組は、



「突き飛ばされたお礼として、このランプを勝手に持ってきたんだ。置き手紙で『ランプは預かった』と書いたから、いずれ用務員室に来るのではないか?」


「鴨が葱を背負ってやってくるんだな。じゃあその時に捕まえりゃいいか」



 折れんばかりに握りしめていた煙管だが、問題のムファサが用務員室までやってくるだろうという可能性に落ち着きを取り戻した。用務員室を訪れた時に捕まえて、考えつく限りの拷問をしてやればいいか。

 まずは爪を剥いで、全身をジワジワと凍らせて細胞を壊死させてから指先が千切れ落ちる様を見てもらおうではないか。今からいたぶるのが楽しみだ。


 ユフィーリアは「それにしても」とショウの持つランプに注目し、



「随分と汚れてるよな」


「ああ、埃っぽい」


「土産物として売れねえんじゃねえかな、これは」


「お土産なのか?」



 キョトンと首を傾げるショウに、ユフィーリアは頷く。



「南にある『アーリフ連合国』って呼ばれる商業都市のお土産で、魔法のランプっていうものが人気なんだよ」



 アーリフ連合国は砂漠にある商業都市で、商売が得意な魔法使い・魔女の一族が集まって1つの国を構成している特殊な国だ。商業で栄えた都市なので独自の文化があり、特に宝石産業が有名である。

 南側を出身とする魔女や魔法使いは、総じて自分の家業を継ぐ傾向にある。商家が主なので魔法の研究をするよりも経済の流れを見る方が上手いらしい。


 その国で『ランプを擦ると魔人が願い事を3つだけ叶えてくれる』というおとぎ話にちなんで、同じ形のランプをお土産として販売するようになったのだ。お土産にしては妙に高かったのを覚えている。



「まあ、おとぎ話なんて眉唾なんだけどな」



 ユフィーリアは笑いながら、ショウの持つランプを撫でる。


 ランプの魔人を呼び出すにはランプを擦らなければならないのだ。ランプを擦った人間がランプの魔人の主人と認識され、願いを叶えてもらえる寸法である。

 まあ、おとぎ話なんて眉唾でしかない。子供の為の訓話として語り継がれるものなのだから、実際に起こり得ないことだ。


 そう信じていたのだが、



「ふわあぁ、おはようございまぁす」



 ランプの細い口から紫色の煙が噴き出てくると同時に、可憐な少女が欠伸をしながらランプの中から現れた。

《登場人物》


【ユフィーリア】過去にアーリフ連合国で魔法のランプをお土産として買ったことがあるのだが、用務員室のどこかに転がっているかもしれない。

【エドワード】上司があまり暑い場所に行きたがらないのでアーリフ連合国には数える程度しか行ったことはないのだが、印象的に残っているのはやたら甘い食べ物。

【ハルア】魔法のランプが本物ならとりあえず身長がほしい。

【アイゼルネ】美容系の資格は全て取得済み。アーリフ連合国の衣装は色が鮮やかで露出が多いものばかりなので、基本的にドレスを買うときはアーリフ連合国産のものを買う。

【ショウ】魔法のランプが本物ならユフィーリアの思考でも読めるようになりたい。

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