第7話【異世界少年と消えた問題児筆頭】
「全く、君たちって問題児は」
説教場所を学院長室に変えて、お説教開始である。
エドワード、ハルア、アイゼルネ、そしてショウの4人は見慣れた学院長室で正座をしていた。
目の前には仁王立ちをする学院長がいる。怒りを露わにするグローリアは深夜の学院を歩き回るのがいかに悪いことであるのか滔々と語るのだが、その内容の半分以上が頭の中に入ってこない。説教をまともに聞こうとは思わないのだが、今日は特に内容が理解できない。
グローリアは「聞いているの?」と怒り気味に問いかけ、
「僕が何を言っていたのか復唱してごらん」
「ばなな」
「めろん」
「いちご」
「みかん」
「右から順番に引っ叩くよ」
明らかに話を聞いていない様子の問題児に、グローリアは深々とため息を吐いた。
「ユフィーリアがいないから悪さをしないだろうなと思った僕が馬鹿だったよ。やっぱり君たちの監視はいつでもやっておかないとダメなんだね」
「あの」
「何かな、ショウ君」
挙手して発言を求めたショウに、グローリアは反応を示す。説教のせいでどこか苛立っている様子だった。
「ユフィーリアがいないってどういうことですか?」
「どういうことって、どういうこと?」
ショウの質問に、グローリアは眉根を寄せる。
どういうことも何も、ショウたちは今までユフィーリアと行動していたのだ。昼間もアイスを購買部に買いに行くジャンケンで負けてハルアと一緒にアイスを買いに出かけ、深夜見回りの件も教えてくれた。深夜見回りの時も『冥闇の角燈』を父から借りてきてくれたり、変態を乗り回す首無し騎士を注意していたりもしていたのだ。
これまでの行動を振り返っても、ユフィーリアらしくない行動はなかった。卓抜した魔法の腕前も、豊富な魔法の知識も、身内に見せる優しさも全て記憶にある通りのユフィーリアだった。それが全部、全部偽物だったとは信じられない。
グローリアは不思議そうに首を傾げると、
「ユフィーリアは昨日から冥府でキクガ君のお手伝いさ。それは君たちにもちゃんと伝えていたし、エドワード君はユフィーリアに留守を任されていたよね?」
「あ……」
「そう言えばぁ」
「そうだったね!!」
「忘れていたワ♪」
それは昨日のこと、ユフィーリアはこう言ったのだ。
『明日から3日間、親父さんのところへ手伝いに行ってくるな』
『何かするのか?』
『毎年この時期になると冥府の業務が死ぬほど忙しくなって捌けなくなるんだとよ。だから冥府書記官って資格を持ってるアタシとルージュで手伝いに行くんだ。泊まり作業になるから帰ってこねえぞ』
『じゃあその間のご飯はエド任せだね!!』
『適当に過ごしておくから頑張ってきなよぉ』
『大変ネ♪ 帰ってきたらデロデロにならない程度のマッサージをしてあげるワ♪』
『父さんの手伝いなら仕方がない。ユフィーリア、どうか父さんを頼む』
『おうよ、任せろ。お前ら、アタシがいねえからって危険なことをするなよ。今日からアタシはお前らのことを守ってやれねえんだからな』
普段は卓抜した魔法の腕前と豊富な魔法の知識で悪戯などの問題行動に勤しみ、ショウたち部下が危ない行動をすれば助けてくれていたユフィーリアは冥府で働くショウの父親の元へ出かけてしまった。「毎年手伝ってるんだよな」と困ったように笑ってきたのを覚えている。
毎年手伝っている、ということはこの時期になると毎年用務員室にいない日がいるのだろう。それなのに、深夜見回りはこの時期に恒例の行事としてユフィーリアは語っていた。
というか、昨日から冥府に出かけたはずのユフィーリアは、何で今になってヴァラール魔法学院に戻ってきた?
「え、でもユーリは毎年この時期になると深夜に見回りをしなきゃいけないから厄介だってぇ……」
「ユフィーリアが? そんな訳ないでしょ」
エドワードの言葉をグローリアは華麗に一蹴する。
「だって彼女、幽霊が苦手なのにどうして幽霊が蔓延る深夜の校舎内を見回らなきゃいけないのさ。言っておくけど、ユフィーリアが深夜の見回りをやりたくないって駄々を捏ねるから、幽霊の警備員を配置したんだからね」
「警備員を?」
「そうさ。いるでしょ、校舎内でどんちゃん騒いでいるあの幽霊たち。あれは全員、僕が正式に雇った夜間専門の警備員だよ」
グローリアは「見た目は仕事をしていないように見えるけど、実は仕事はちゃんとしているんだよ」などと言う。
では今までの行動は何だったのか。
変態を乗り回す首無し騎士や三角木馬の神輿を担ぐ馬鹿と変態の集団、女子更衣室の壁から顔だけを出していた失礼極まりない幽霊たちが仕事をしていたのだとすれば、ショウたちは今まで何の為に見回りをしていたのか。ただの深夜徘徊ではないか。
「何でもいいけど、とにかく深夜に校舎内を歩き回るのは止めなよ。危ないし、ユフィーリアも苦労してるんだから」
「苦労してるってぇ?」
「エドワード君が毎年この時期に深夜徘徊をして色々なものを引っ付けてくるから苦労するって言ってたよ。まあ去年までは第七席の立場を隠していたから除霊も知らない間にしていたみたいだけど」
「え……」
エドワードは顔を青褪めさせる。
ユフィーリアの話では、エドワードだけ毎年この時期に深夜見回りへ付き合っていたらしい。今年からハルア、アイゼルネ、ショウの3人が加わって問題児5人で深夜見回りに挑んでいたところでこの展開である。
除霊というと、いくらか深夜見回りで憑いてきてしまっているのだ。毎年と言っていたから、今年も漏れなく除霊する羽目になるのか。しかもエドワードだけではなく、今年は4人に増えている。
グローリアは「君たちは魔法を使えないんだから」と白い魔導書を開いて、
「今回は僕が除霊をするけど、深夜に校舎内を見回るのはもう止めなよ」
「あの、いいですか?」
「今度は何?」
再び挙手をしたショウは、恐怖で泣きそうになりながらもグローリアに問う。
「あの、深夜に校舎内を歩き回っていたらどうなるんですか?」
「校舎内には昔から悪いものがいるからね。校舎内を歩き回っているんだよ。深夜は特に力を強める時でね」
グローリアは魔法の準備をしながら、
「まあ、死ぬよね。魔女の従僕契約を結んでいてもね。今まで生きていられたのが奇跡だよ」
もう絶対に深夜の校舎内を歩き回らないと心に決めた。
☆
「ただいまァ」
次の日、ユフィーリアは用務員室に帰ってきた。
泊まり作業で激務に追われるショウの実父の手伝いをしていたからか、どこか眠たげである。大きな欠伸をしながら、手に提げる鬼の模様が描かれた紙袋をアイゼルネに手渡す。
疲れたように長椅子へ腰を下ろし、ユフィーリアは「ふあぁ」とまた欠伸である。
「お前ら、アタシがいない間は何もなかったか?」
「ユーリぃ」
「ユーリ!!」
「ユーリ♪」
「ユフィーリア……」
「あん?」
ショウたちは堪らずユフィーリアに抱きつき、本物であることを実感した。眠たげなユフィーリアは唐突に奇行へ走る部下に首を傾げていた。
深夜見回りというとんでもねーことをしでかした挙句、ユフィーリアによく似た何かの手によって命の危機に晒されていたのだ。本物の安心感は言葉に出来ない。
訳も分からないままユフィーリアはショウの頭を撫で、
「どうしたお前ら」
「怖かったんだ……」
「ははは、グローリアの奴でも怒らせたか?」
仕方のない奴らだとばかりに笑い飛ばすユフィーリアに、ショウは正直に告白する。
「深夜の校舎に出てしまって」
「お前ら全員正座だ馬鹿野郎!!」
血相を変えたユフィーリアによって、正座で説教のおかわりをいただくことになってしまった。
《登場人物》
【ショウ】ユフィーリアがいなかったということが信じられないが、父親の仕事を手伝いに行くユフィーリアを見送ったのも事実。どちらが本当のユフィーリア?
【エドワード】毎年そんな危ない目に遭っていたのかと恐怖。
【ハルア】どこまでユーリの偽物だったの!?
【アイゼルネ】本物のユフィーリアを見抜けなかったのが悔しい。
【グローリア】幽霊に対する耐性はそれなりにある。何なら心霊スポットにユフィーリアとスカイを引き摺っていくほど。除霊もお茶の子さいさい。
【ユフィーリア】幽霊に対する耐性はクソほどないのに、除霊などは得意なので心霊スポットに学院長の手によって引っ張り込まれる。この夏の時期はキクガの手伝いに出かけるので3日間ぐらい学院にいない。