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第4話【問題用務員と怖いお化け】

「そう言えばさぁ」



 深夜の学校を見回っている最中、エドワードが唐突に口を開く。



「あの女子更衣室の壁から生えてた幽霊に目潰しって出来たんだねぇ。幽霊はてっきり実体を持たないから触れないかと思ったよぉ」


「ああ、それは冥闇めいあん角燈カンテラが原因だな」



 ユフィーリアは青白い光を放つ髑髏しゃれこうべ――冥闇の角燈を掲げる。


 側頭部に括り付けられた鉄製の持ち手は今にも取れそうで、眼窩や綺麗に並んだ歯列の隙間から青白い光が漏れる。幽霊の存在に反応して青白い光を放つ幽霊探知の加護を与えられており、この光の強さに応じて幽霊の量も増えていく。

 冥闇の角燈には、幽霊探知の加護の他にも霊媒体質になる加護も同時に与えられるのだ。この冥闇の角燈を手にしている間は、実体のない幽霊が相手でも殴ることが出来るし目潰しも出来るようになるのだ。



「これを握っている限り、幽霊には物理攻撃が効くぞ。殴ってもよし、蹴ってもよし」


「便利だねぇ」



 エドワードは装飾品感覚で携帯していた冥闇の角燈を一瞥し、



「まあ幽霊も今のところは馬鹿と変態しかいないからぁ、別に殴る理由もないけどねぇ」


「そうだな。全裸で走り回るとか当然になってきたもんな」



 ユフィーリアは疲れたような表情で言う。


 視線の先には下着を振り回しながら全裸で追いかけっこをする男女2人組がいた。酒にでも酔っているのか、それとも深夜だからとんでもねーことをしたくて仕方がないのか、とにかく現実逃避をしたくなるような馬鹿行動しかしていない。

 ハルアも真似をしたかったようで、黒いつなぎの襟元に手をかけたところでショウが「待って、ハルさん」とやんわり止めていた。いきなり頼れる先輩が脱衣キャストオフしようとすれば、さすがに止めざるを得ない。


 深夜に集まる幽霊たちの、何と愚かなことか。人生が楽しそうだ。



「ん?」



 下着を振り回しながら全裸で走り去った男女2人組の後ろから、背の高い女性が大股で歩いていた。

 その女性はやたら背が高く、真っ赤な外套を身につけている。その手には雑草を刈り取る為の鎌を持ち、口元は真っ白い布で覆い隠していた。何やら物々しい雰囲気のある女性である。


 凶器を持って歩いているのはいただけない。ユフィーリアは女性に「おいちょっと待て」と呼び止め、



「さすがに凶器を持って歩き回るなよ。誰かが怪我をしたらどうするんだ」


「…………」



 女性はユフィーリアへ振り返ると、



「私、綺麗?」


「ん?」



 何の脈絡もない質問に、ユフィーリアは首を傾げた。


 綺麗も何も、現在は目元しか見えていないのだから答えようがない。推測すれば全体的に綺麗ではないかとは思うのだが、果たして何が正解か。

 エドワードたちに視線をやって討論を開始しようとするのだが、最愛の嫁であるショウの顔色が異様に悪い。今にも泣き出しそうな表情で、ユフィーリアめがけて手を伸ばしてくる。


 訳も分からぬままとりあえずショウの華奢な身体を抱きとめてやり、



「どうした、ショウ坊」


「ユフィーリア……あ、あれは、あれはダメだ」



 ショウは首を横に振り、



「あれは口裂け女だ、他の陽気な幽霊とは違う」


「クチサケオンナ?」



 聞き覚えのない単語に、ユフィーリアはさらに首を傾げる。


 クチサケオンナ――口が裂けた女のことだろうか。そう言われてもユフィーリアは特に恐怖心を抱くことはない。

 口が裂けていようが何だろうが、魔法が存在するこの世界では治療方法などいくらでもある。口が裂けていることが象徴とするならば、裂けた部分を糸で縫合するのも手段の1つだ。



「あ、あの、口裂け女は自分が綺麗かどうか問いかけてきて」


「おう」


「綺麗と答えても、ブスと答えても、追いかけ回されて殺されてしまうんだ」


「何てこった」



 意外と容赦のない幽霊だ。

 ただ、それほど容赦のない幽霊がいてくれた方が面白い。深夜見回りのやり甲斐もあるというものだ。


 ユフィーリアは改めて鎌を持った女性に振り返り、



「アタシは綺麗だと思うけどなァ」


「俺ちゃんも綺麗だと思うよぉ。お目目がパッチリしてて素敵だねぇ」


「うん、綺麗だよ!!」


「お顔を全部見せてくれたらもっと綺麗かもしれないワ♪」


「あ、あ」



 平然とユフィーリアたちが「綺麗だ」と答えてしまったことで、口裂け女について事情が分かるショウは盛大に狼狽えていた。このままではユフィーリアたちに危機が迫っていると思っているのだろう。

 ただし考えてみてもほしい。ユフィーリアたちはヴァラール魔法学院を創立当初から騒がせる問題児だ。口裂け女に追いかけ回された程度で根を上げるような連中ではないことをご理解いただきたい。


 女はそっと口元を覆い隠す白い布を取り外し、



「やっだー、もう正直なんだから☆」



 予想外の回答。



「そんなに褒められても何も出ないわよぉ☆☆」



 くねくねとシナを作る女は、やたら野太い声で恥ずかしがる。

 白い布の下から現れたものは、尻のように割れたケツ顎と青髭である。髭が剃られた痕跡があり、明らかにおっさんであることを証明していた。


 つまり、その、目の前の幽霊は口裂け女というトンデモ化け物ではなく、ただのオカマ幽霊であった。



「訂正していい? やっぱ不細工だわ、お前」


「髭の剃り残しがある時点でブスだよぉ」


「ゔぉえッ!!」


「お化粧を学んで出直してらっしゃイ♪」



 問題児は容赦なく手のひらを返した。くるっくるである。手首から捩じ切れん勢いでひっくり返した。

 唯一、ショウだけはユフィーリアたちと別の反応を見せる。彼の場合、予想していた幽霊とは違った人物が目の前にいたので、いくつものハテナを頭に浮かべて混乱している様子だった。「え……あれ……?」と首を捻っている。


 急に評価が手のひらを返されたオカマ幽霊は、怒りの表情で鎌を振り上げた。



「何だと!!」


「うるせえブース!!」


「ひでぶッ」



 ユフィーリアの鋭い右フックがオカマ幽霊の頬に炸裂し、オカマ幽霊はあえなく吹っ飛んだ。実体がないので壁を通過して、夜の校舎外に投げ出される。

 窓の向こうから「テメェ覚えてろ!!」という悪態が聞こえてきたが、ユフィーリアはあえて窓を開けてひらひらと優雅に手巾を振ってお答えしてあげた。5秒で忘れてやる所存だ。


 ピシャン、と窓を閉めたユフィーリアは、



「クチサケオンナってオカマ幽霊のことを示すんだな、知らなかったぁ」


「絶対違うと思う」



 口裂け女に対してよからぬ印象を抱かせない為か、ショウは即座に訂正する。



「口裂け女は少なくともあんなに愉快な幽霊ではない」


「じゃああれも幽霊なのかな!?」


「え?」



 ハルアが唐突に別の方角を指差して言うので、全員でその方向に視線をやってしまった。


 窓の向こうにはちょうど中庭が広がっており、幽霊たちが宴会をしている以外は特に目立ったことはない。噴水で頭を突っ込んで酔いを覚ます幽霊や、ぷかぷかと水に浮かんでいたいだけの幽霊など馬鹿なことをしている連中が多い。

 宴会を繰り広げる幽霊たちの中心で、白いものがくねくねと動いていたのだ。手足の関節が存在しているのかさえ怪しい。四肢をめちゃくちゃに振り回すどころか、全身の関節もあるのだろうか。


 ショウの口から「ひッ」と悲鳴が漏れ、ユフィーリアの背後に隠れてしまった。



「ショウ坊?」


「だ、ダメだあれは、見ちゃダメな奴で」


「あれも?」



 ユフィーリアは幽霊が開催する宴会の中心で踊り狂う白い何かに注目し、



「確かに気持ち悪い動きだけどな」


「あ、あれは、あの、その」



 先程の口裂け女と同様の説明が聞けるかと思ったのだが、ショウはまごまごと「あー」とか「うー」とか言葉に悩んでいるようだった。聡明なショウにしては説明できないなど珍しい。



「あの、だな。その」


「落ち着け、ショウ坊。聞いててやるから」


「あ、あれは実は、正体が分かってしまうと狂ってしまう類のもので」



 ショウは顔を青褪めさせ、



「その存在を正しく『それだ』と認識しながら姿を見てしまうと、頭がおかしくなってしまうんだ」


「精神に関わることだったかァ」



 ユフィーリアは納得したように頷いてしまう。


 それは確かに説明をしたくない。どこまで説明して、どこまで正体を知っている状態なら精神が狂うのか分からないからだ。頭がおかしくなってしまうと魔法でも治しようがない。

 聡明なショウが説明をしたがらない理由が理解できた。ショウはあの宴会の中心で踊り狂う白い何かの正体を知っているのだ。



「ショウ坊」



 ポンとユフィーリアはショウの肩を叩く。



「あれぐらい、アタシでも出来るぞ」


「え?」


「出来るぞ」


「…………え?」



 現実が読めていないのか、ショウはしきりに「え?」と問い質してくる。


 疑問に思うのも無理はない。身体中の関節を外しても真似できるかどうかというような動きである。

 ただ、出来るか出来ないかと言われれば出来てしまうのだ。魔法の天才を舐めてもらっては困る。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をショウに預け、



「ハル、出来るか?」


「バッチリ!!」



 親指を立てて元気に回答するハルア。


 軽めに準備運動をして、それから宴会の中心で踊る白い何かの動きを確認する。

 手足のような部分をくねくねと動かし、校舎から中庭を見下ろすユフィーリアたちに手を振っているようだ。全体的に真っ白く、夜の闇に浮かび上がるような白さである。


 さて、



「準備は?」


「いいよ!!」


「じゃあ、せーの」


「せーの!!」



 ユフィーリアとハルアは、宴会の中心で踊る白い何かを真似てくねくねと踊ってみた。頑張って再現はしてみたが、細かいところは再現しきれていないかもしれない。

 くねくねとした動きは、魔法で身体に柔軟性を持たせているのだ。骨があるとくねくね出来ないので、骨をあえて消失させてくねくねである。あとで戻せば問題ない。ちなみにこの魔法は潜入などで鞄に潜り込んで使用される。


 敬愛する旦那様と頼れる先輩用務員が気持ち悪い動きでくねくねし始めた光景を眺め、エドワード、アイゼルネ、ショウは評価を下す。



「純粋に気持ち悪いねぇ」


「何でやろうと思ったのヨ♪」


「人間卒業試験か何かか?」



 何でそこまで言われなきゃいけないのか不明だが、とりあえずショウの恐怖心を払拭できた様子なので無問題である。

《登場人物》


【ユフィーリア】関節を外すことも出来るんだ、そう、魔法ならね。

【エドワード】前に追いかけてくる西洋人形に出くわしたことがあったので茹でて食ったらアイゼルネに引かれた。

【ハルア】ユフィーリア、エドワードと一緒にリゾートバイトをしたことがあるよ!

【アイゼルネ】子供の幽霊は苦手かもしれない。

【ショウ】人間卒業事件に合格できるユフィーリアとハルアのダンスを見た時に思ったことは「ゲッ◯ン♪」だった。

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