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第3話【問題用務員と壁の顔】

 深夜見回りの道すがら、大量の顔が埋め込まれた壁に遭遇した。



「…………」


「…………」


「…………」


「…………♪」


「…………」



 ユフィーリアたち問題児は、壁に埋め込まれた大量の顔面をどう脳内で処理するべきか悩んだ。


 相手は幽霊だから壁も自由自在にすり抜けることが出来るので、壁から顔だけを出す芸当も容易い。1人か2人ぐらいであれば特に悩むことなく無視することも出来たが、それが20人も30人もいれば話は別である。

 教室の壁から顔だけを突き出す幽霊たちは、総勢100名にも及んだ。隙間がほとんどなく、ビッシリと壁に埋め込まれた幽霊たちの顔は「気持ち悪い」の一言に尽きた。


 これは反応をするべきなのだろうか。壁から顔を突き出しているだけなので実害はないのだが、100人もの幽霊が一斉に壁から顔だけを覗かせていれば「どうした?」の言葉もかけたくなる。



「どうする、あれ」


「触れたくないねぇ」



 ユフィーリアが対応の有無を問いかければ、エドワードが真っ先に拒否してきた。



「触れたら負けな気がするよぉ」


「おねーさんも出来ればお話したくないワ♪」



 アイゼルネも真剣な表情で会話を拒否してくる。さすがに壁から顔だけを突き出した100人の幽霊を相手していれば気が滅入ることだろう。

 なおかつ、あの100人の幽霊は全てが男性だ。端正な顔立ちから地味な醤油顔まで多岐に渡る。男性が嫌いなアイゼルネにとって、100人の男性の顔が飾られた壁は地獄だ。


 一方で幽霊相手にも物怖じしない未成年組のハルアとショウは、



「1人1人の顔面を殴っていけばいいかな!?」


「ハルさん、ここは金槌で叩いてやるのが1番だ。どちらが多く叩けるか勝負をしよう」


「いいよ!!」



 ハルアは黒いつなぎに目一杯縫い付けられた衣嚢を漁るが、金槌に似たものは出てこなかった。代わりに引っ張り出されたものは子供の身長と同じぐらいの大きさがあるハリセンだった。

 2人揃ってハリセンを装備すると、壁に埋め込まれた大量の顔面に狙いを定める。玩具にする気満々の様子だった。乳首洗濯バサミと言い、未成年組は純粋無垢で好奇心旺盛だからこそ容赦がない。


 もう諦めて未成年組に対応を任せようとするのだが、



「あの銀髪の女は美人だな」


「でも性格がきつそうだ」


「我儘そうだな」


「美人ほど我儘になるもんな」


「いいところ85点というところだろうな」



 ――何やら苛立ちを覚える会話の内容が聞こえた気がする。



「あの南瓜頭はどうだ?」


「顔が見えないのがマイナスポイントだな」


「でも身体つきはいいな」


「胸もでかいし尻もでかい」


「90点ぐらいか」



 聞き間違いではなかった。


 会話の内容はユフィーリアとアイゼルネのことだろう。しかも見た目で色々と判断して、最終的に独断と偏見による不名誉な点数までつけてきた。

 最初こそ無視して通り過ぎようとしたのだが、よく知りもしない相手の点数をよくまあつけられるものである。やり返されるというより、より性格の悪い仕返しが待っていることを理解していないようだ。


 壁から顔だけを突き出して売れない芸術家による趣味の悪い作品のような雰囲気がある幽霊どもに、ユフィーリアは物申す為に足を止めた。



「ユフィーリアに点数をつけるとは何様ですか2度殺します」


「アイゼに何言ってんの?」



 幽霊どもを玩具としか認識していない未成年組の逆鱗に触れた様子で、光の差さない瞳で幽霊どもと対峙するや否や迷いなく目潰しに処す。

 普通なら実体を持たない幽霊に触れることすらままならないのだが、ショウとハルアの指先が2人の幽霊の眼球に襲いかかった。第二関節までずっぽりと2人の指先がめり込み、目潰しの刑に処された可哀想な幽霊は甲高い悲鳴を上げた。


 仲間の幽霊が目潰しされて、壁から顔を突き出していた馬鹿な幽霊たちは慌てて壁をすり抜けて出てくる。目を押さえてジタバタと暴れ回る仲間の肩を抱き、それから目潰しなどという暴力に及んだショウとハルアを睨みつけた。



「何するんだ!!」


「俺たちは何もしていないだろう!?」



 その幽霊たちの訴えを、ショウは右腕を静かに掲げた。


 彼の背後に煌々と輝く白い三日月――冥砲ルナ・フェルノが出現し、ごうごうと燃え盛る炎の矢が番えられる。突出した高火力で全てを薙ぎ払う神造兵器は、元々冥府で罪人を呵責する為に改造されたものなので幽霊には抜群の効果を持つ。

 炎の弓矢で狙われている幽霊たちは、慌てたように口を噤んだ。不満を述べる相手を間違えたのだ。いいや、ショウの場合は基本的に話を聞く真面目で素直ないい子なのだが、特定条件下では全く話を聞かない暴走機関車野郎と化す。


 その特定条件下というのがユフィーリアに限定される。悪口など言おうものなら死を覚悟したほうがいい。



「俺の旦那様を悪く言っておいて『何もしていない』?」



 ショウは朗らかな笑みを見せると、



「随分とご冗談がお好きなようですね。訂正していただけますか?」


「訂正? 何のこと――」



 幽霊の1人がすっとぼけた瞬間、ひゅぼッ!! と炎に包まれて消滅した。


 言わずもがな、ショウが冥砲ルナ・フェルノを放った証拠である。振り下ろされた右腕を再び掲げると、第二射が番えられた。次に犠牲となるのはどの幽霊だろうか。

 残り99人の幽霊は、即座に土下座をした。問題児相手に喧嘩を売ったのが運の尽きである。特に旦那様を世界で1番愛して止まない女装メイド少年の前でユフィーリアを批判するような言葉を選ぶのが悪いのだ。



「では言葉を繰り返してくださいね」



 ショウは笑顔で凄みつつ、



「ユフィーリアは美人で頭がよく」


「「「「「ユフィーリアは美人で頭がよく」」」」」


「この世で最も完璧な魔女です」


「「「「「この世で最も完璧な魔女です」」」」」


「人の見た目を点数で評価する不細工で愚かな我々とは違います」


「「「「「ちょっと待て」」」」」



 さすがに幽霊からの待ったがかかった。


 不細工という単語に反応したようで、幽霊たちは口々に「誰が不細工だ」「調子に乗りやがって」「顔が可愛いから何を言っても許されると思うなよ」と文句を言い始めた。最愛の嫁に何という言葉遣いだ。

 ユフィーリアは氷の魔法で氷漬けにしてからかき氷として削ってやろうかとするのだが、この世界にやってきて最愛の嫁の精神面はかなり鍛えられた様子である。暴言を吐かれてもどこ吹く風で、むしろユフィーリアに点数をつけたという行為が彼にとって烏滸おこがましいものであると認識していた。



「誰が口答えをしていいと言いました?」



 ショウは迷わず第二射を放った。


 きゅぼッ!! と99人もいた幽霊の約半数が1発の炎の矢だけで消し飛ばされる。

 口答えというより、ショウの理不尽な行動に意義を申し出ていた幽霊たちは土下座の姿勢に戻った。せっかく冥府の目を掻い潜って地上にしがみつく執念深い幽霊なのに、冥砲ルナ・フェルノによって冥府へ叩き落とされたくないのだ。



「では復唱の続きです。私は醜い豚野郎です」


「「「「「私は醜い豚野郎です」」」」」


「美人でこの上なく完璧なユフィーリアに点数をつけてしまった愚か者です」


「「「「「美人でこの上なく完璧なユフィーリアに点数をつけてしまった愚か者です」」」」」


「素晴らしいですね、それではこれで復唱を終わります」



 ショウの許可が出てようやく解放される幽霊たちだが、



「俺の最愛の旦那様を褒めるなんて許さないのでやはり殺します」


「理不尽だぎゃーッ!!」


「おいふざけんな命だけは助けてくれるはずだろ!?」


「もう死んでいる方が何を言うんだか」



 どこまでも理不尽な手のひら返しで、残りの幽霊たちも冥砲ルナ・フェルノの業火によって一掃された。


 ショウは清々しいほどの表情で額に浮かんだ汗を拭うと、ユフィーリアに振り返る。冥砲ルナ・フェルノを消し、廊下に降り立った女装少年は大股でユフィーリアに歩み寄るなり頬を両手で包み込んできた。

 夜の闇でもなお色鮮やかさを失わない赤い瞳が、ユフィーリアの造形美に優れた顔立ちを満遍なく観察する。「黙っていれば美人」と何度か評価されたことがあるしユフィーリアも自覚はあるので、貶されたところで何も心に響かないのだ。


 ショウは恍惚とした表情を見せ、



「ああ、ユフィーリアは綺麗だ。これほど美しく、優しく、気高い貴女のことを85点と言い出す方が間違いだ。文句なしの完璧、満点、いいやむしろ点数で評価するなど烏滸がましい。貴女の美しさは言語化できない」


「落ち着け、ショウ坊。お前が幽霊どもを消し飛ばしてくれたことは褒めてやるが、ちょっと落ち着け」



 暴走気味なショウの頭をグリグリと強めに撫でてやると、



「まあでも、ショウ坊。よくやったよ」


「ふふ、そうだろう」


「おう、本当にな」



 ユフィーリアはツイと視線を持ち上げる。


 その先にあったのは、100人の幽霊たちが顔を突き出して遊んでいた教室である。教室の扉には札が書かれており、そこにはその教室がどんな用途として使われるのか示していた。

 女子更衣室である。そして、顔を壁に埋め込んで遊んでいたのは全員揃って男性だ。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアは死んだ魚のような目で女子更衣室と書かれた札を見上げて呟く。



「アイツら、無人の女子更衣室で何をしていたんだろうな」


「お部屋の中身を確かめた方がよさそうネ♪」


「ポルターガイストとかで何かやってたら困るしな」



 それこそ問題児のせいにされたらたまったものではない、濡れ衣である。


 ユフィーリアはとりあえず魔法で施錠を外して、女子更衣室の状態を確認するのだった。その間、男性陣は当然ながら女子更衣室の外で待機することになる。

 女子更衣室の状態を確認する間、壁が薄い影響で待機中のエドワード、ハルア、ショウの男性陣3人組の会話内容が聞こえてしまっていた。



「女の子に点数つけるなんて失礼しちゃうよねぇ」


「モテないから点数をつけたがるんだよ。オレもモテた試しはないけど」


「ハルさんはきっと魅力に気付かれていないだけだと思うぞ。ユフィーリアは当然として、アイゼさんだって文句なしの美人さんなのに点数をつけるとは何様のつもりだったんだ」



 どうやら問題児の男性陣は女性の見る目が培われている様子である。あとで褒めてやろう。

《登場人物》


【ユフィーリア】顔ハメパネルがあったら顔を嵌める。ついでに変顔もしちゃう。美人が台無し。

【エドワード】顔ハメパネルがあったら顔を嵌める。ユフィーリアと一緒に変顔もしちゃう。ただし身長とパネルの大きさがあっていなかった場合、後ろは大変なことになっている。

【ハルア】顔ハメパネルがあったら顔を嵌める。真っ先に突っ込んじゃう。どんな顔ハメパネルでもノリノリ。

【アイゼルネ】南瓜のハリボテを意地でも脱がないので顔ハメパネルがあっても嵌めない。化粧をさせてくれ。

【ショウ】顔ハメパネルは経験がないのだが、ハルアと一緒に巻き込まれる可能性が高い。多分やる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、新年あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。 >深夜見回りの道すがら、大量の顔が埋め込まれた壁に遭遇した。 かなりホラーな演出にビックリ…
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