第2話【問題用務員と幽霊】
時計は午前0時を示していた。
「お前ら、十分に睡眠は取ったな?」
「取ったよぉ」
ユフィーリアの質問に、エドワードが親指を立てて主張する。
深夜見回りをすると決めてから、ユフィーリアたち問題児は早速お昼寝をして夜の睡眠欲をどこかに追いやることにしたのだ。ついでに目覚めてから珈琲も飲んで準備万端である。
別にユフィーリアやエドワードはお昼寝などの対策を取らずとも徹夜できるが、問題は未成年組だ。普段は健康優良児である彼らは、深夜に差し掛かる前に寝てしまうのが常だ。深夜見回りの時間帯に起きているなど以ての外である。
しかし、ハルアとショウの未成年組もちゃんと起きていた。お昼寝もして、苦いけれど珈琲も頑張って飲んで眠気を追い払った状態である。お目目もパッチリだ。
「ショウ坊とハルは眠くねえか?」
「ないよ!!」
「お昼寝もたっぷりしたから問題ない」
ハルアとショウも親指を立てて問題ないことを主張してきた。気合いは十分な様子だ。
「校舎内を見回る時は、こちらの『冥闇の角燈』ってのを使います」
「わあ、髑髏」
ユフィーリアが取り出したものは、骸骨の側頭部から簡素な鉄製の持ち手だけが括り付けられた角燈である。骸骨の形は現実味があり、実際にこれは人骨を使用しているので質感も抜群だ。
これは『冥闇の角燈』と呼ばれる魔道具である。冥府で作られる特殊な魔道具であり、幽霊の存在に反応して骸骨の内側に鬼火が宿るのだ。周囲に幽霊がたくさんいればいるほど明るく輝き、逆に幽霊がいなければ輝きも弱まる仕様である。
今日に限って言えば、校舎内全体が幽霊のお祭り状態なのでいつでもどこでも輝きまくっている。夜が明けるまで輝きは消えないはずだ。
「随分と骨みたいな見た目だが」
「本当の頭蓋骨を使ってるからな」
「……どうやって作るんだ?」
冥闇の角燈を観察するショウが、懐疑的な眼差しを寄越してくる。人骨を使っていると聞くと、さすがにおいそれと触りたくなくなる気持ちは分かる。
「冥府の罪人の首を切って、こう、抉り出すんだよ。それで研磨して色々とあれこれやって完成だ」
「ユフィーリアでも工程は知らないんだな」
「企業秘密って言われちゃうとな、どうしても聞けねえんだよ。相手が相手だったし」
ユフィーリアは冥闇の角燈をショウに手渡してやり、
「これは親父さんが作ったから出来はいいぞ」
「父さんが?」
「まだ獄卒として働いていた時に買ったんだよ。手先が器用だったから人気があったぞ」
用務員室にある冥闇の角燈は、冥府で働く冥王第一補佐官にしてショウの父親であるキクガから購入したものだ。まだ彼が冥王第一補佐官ではなく一般獄卒だった時に作ったものであり、その出来栄えは他の職人よりも遥かに上回る。
人骨なのにつるりとした滑らかな手触りと、精度の高い幽霊探知の能力が優れているのだ。業務の片手間にやっていたことらしいが、キクガの作った冥闇の角燈は非常に人気が高い。仕事が丁寧で正確だからというのが理由である。
ユフィーリアは人数分の冥闇の角燈を並べ、
「昼間に親父さんへ連絡して人数分の『冥闇の角燈』を送ってもらったんだよ」
「終わったらお礼を言わなければ」
「お祭りの様子を報告しながらな」
父が作ったものだからか、ショウも安心して冥闇の角燈を抱えていた。むしろ「絶対に落とさない」と言わんばかりに大切そうな手つきである。
全員に冥闇の角燈を行き渡らせたところで、さあ深夜見回りの開始である。
ただどんちゃん騒ぎをする幽霊を取り締まるだけの簡単なお仕事だ。愉快にはしゃぐ幽霊どもに馬鹿な行動で追い払うので大変と言えば大変だろうが、ユフィーリアたち問題児は普段から馬鹿なことしかしてこないので容易い。
骸骨の形をした角燈を手にして、ユフィーリアは用務員室の扉を開けた。
「…………」
「…………」
まず見えたのは、甲冑を身につけた首のない騎士の幽霊である。肝心の首は小脇に抱えられており、舌をだらりと垂らして白目を剥いた状態だ。
首無し騎士の逸話は、魔法の授業でもたびたび目にされている。特に神話系を扱う授業で出てくる系統の話で、訪れた家の人間に死を呼び込む死神としての役目も持っているのだとか。
本来なら馬に乗っているはずのそれは、何故か下着姿の太った男の背中に跨っていた。
「ええ……」
ユフィーリアは反応に困った。初手からパンチが効きすぎている。
首無し騎士が跨っているのは、四つん這いになった下着姿の男である。小太りで、口に猿轡を噛まされて「ふー、ふー」と荒々しい息を吐く。額から流れ落ちる汗が気持ち悪さを助長させた。
ちなみに言うが、この四つん這いになっている小太り変態野郎も幽霊である。その証拠に全体が半透明で、足先の形が保てていない。
首無し騎士は首を抱えていない左手を振り上げると、
――ぺちんッ。
下着に覆われた変態の尻を、思い切り叩いた。
「ふううううう゛う゛う゛う゛」
変態は気持ち悪く嘶くと、四つん這いのまま首無し騎士を乗せて用務員室の前から立ち去っていく。見てはいけないものを見た気分だ。
ユフィーリアは静かに氷の魔法を発動させ、いつものように氷柱を生み出す。丁寧に先端は丸めてやり、ついでに自動追尾魔法も重ねがけしてから煙管の先端で氷柱を叩いた。
押し出された氷柱は、真っ直ぐに飛んでいき変態の尻にぶっすりと突き刺さる。汚い尻を振りながら四つん這いで歩き回っていたので、変態の尻穴に氷柱の先端が突き刺さる様がよく見えた。見たくなかった。
「ぶうう゛う゛う゛う゛う゛う゛」
汚い悲鳴を上げた変態は、背中に乗っている首無し騎士を振り落として廊下を転げ回る。
振り落とされた首無し騎士は落としてしまった自分の首を慌てて拾い上げると、尻に氷柱が突き刺さったまま床をビチビチと暴れる変態野郎を蹴飛ばす。蹴飛ばすたびに快楽でも与えているのか、さらに変態野郎のビチビチ具合が増した。
色々と受け入れ難い現実が広がっているが、もう幽霊たちも気分がアゲアゲなのだ。深夜だからはっちゃけたいのだ。
「はい、お兄さんねぇ。さすがに廊下で変態を乗り回すのは止めようねぇ」
「せめてそこは馬であれ」
ユフィーリアとエドワードに注意され、首無し騎士は申し訳なさそうに頭を下げた。下げる頭はなかったが会釈をする素振りを見せたので謝ったようには見えた。
首無し騎士は変態をボールのように蹴飛ばしてゴロゴロと転がしていく。蹴飛ばすたびに変態野郎が「ぶううう、ぶううう」と豚のように鳴くので、もう快楽を与えるような行動は止めてほしい。夜の校舎が一気にいけない雰囲気に様変わりしてしまう。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめ、
「だから止めろって言ってんだろ、おら感度3000倍魔法だコラァ!!」
「ぶううういいいいいいいいい!?」
「――――――――!!」
校舎内の風紀を乱す馬鹿野郎どもに感度を強制的に上昇させる馬鹿魔法で対抗すると、2人揃って廊下を這いつくばりながらビクンビクンとし始めてしまった。しまった、逆効果だ。
最初に登場した幽霊の個性が強すぎるあまり、今年から深夜見回りに参戦したハルア、アイゼルネ、ショウが唖然とした様子で床をビチビチと跳ね回る首無し騎士と変態野郎を見ていた。何かよからぬものを見てしまったかのようなポカンとした表情である。現実から目を逸らしたくなる気持ちも理解できる。
しかし、状況は悪化する一方だ。問題児の問題行動が可愛く思えてしまうほど、幽霊どものはっちゃけっぷりは凄まじい。
「わっしょい、わっしょい、わっしょい、わっしょい」
「わっしょい、わっしょい、わっしょい、わっしょい」
明らかに深夜の時間帯に聞くべきものではない掛け声と共に現れたのは、煌びやかな神輿である。神輿を担ぐ筋骨隆々とした男たちは法被と褌という古き良き祭りスタイルを貫き、幽霊なのに汗を散らしていた。
いや、あれは神輿と呼んでもいいのだろうか。ユフィーリアの記憶にある神輿の形とは違い、彼らが担いでいるのは綺麗に飾り付けされた三角木馬である。三角木馬には猿轡を噛まされ、麻縄で全身を亀甲縛りにした変態が恍惚とした表情で乗せられていた。何もかもがダメである。
当然ながら三角木馬は容赦なく揺れるので、上に乗せられた変態野郎を大層喜ばせることになってしまう。馬鹿と変態の核融合を起こした三角木馬の神輿集団に、さすがのユフィーリアでも頭を抱えた。
「去年まで普通だっただろうが!? 何で今年に限ってこんな馬鹿と変態の祭典になってんだよ!!」
「ユーリぃ、俺ちゃん眠たくなってきたぁ。見捨てていい?」
「ごめん止めてお願いこの馬鹿と変態の祭典に1人で取り残されたらアタシの正気度が直葬するお墓にレッツらゴーしてしまうから止めて300ルイゼあげるから待って」
早々に見捨てていいか打診してくるエドワードに100ルイゼ硬貨3枚を押しつけて懸命に引き止めるユフィーリア。いくら問題児でも、さすがに馬鹿と変態には対応が出来ない。1人で対応をしたくない。
でも三角木馬の馬鹿みたいな神輿をどうやって止めろと言うのか。規制なんて出来る訳がないし、出来れば触れたくない。
――と思っていたのだが、何と問題児側に救世主の登場である。
「はーい止まって止まって!!」
「ここから先は通行止めですよ」
未成年組のハルアとショウが神輿集団の前に躍り出ると、
「ここから先には乳首を洗濯バサミで挟まなきゃ通れないよ!!」
「乳首に洗濯バサミが主流です、ご存じないですか?」
笑顔でとんでもねー主流を押し付けてきた。
ハルアはこれが証拠だと言わんばかりに黒いつなぎの上半分を脱ぎ捨て、自分の乳首を洗濯バサミで挟んだ。痛そう。
綺麗な笑みを浮かべたショウが籠いっぱいの洗濯バサミを神輿集団に突き出し、無言の圧力で装着を要求する。神輿を担ぐ幽霊や三角木馬に乗る幽霊は少しばかり戸惑いを見せたが、やはり深夜のはっちゃけが要因して乳首に洗濯バサミを装着し始めてしまう。
何やら艶めかしい声が次々と漏れたところで、ショウが奇行に及んだ。
「おや、こんなところに洗濯バサミが」
「ああああああああーッ!?」
ショウはハルアの乳首を挟んでいた洗濯バサミをもぎり取る。急に外された痛みが襲いかかり、ハルアは堪らず床を転げ回った。
馬鹿なことに乳首へ洗濯バサミを取り付けてしまった幽霊たちは、ショウの暴力に戦慄する。イキのいい魚よろしくビチビチと廊下を跳ねるハルアの姿を眺め、自分たちの乳首に挟まった洗濯バサミを見下ろした。
ショウは綺麗な笑顔を保ったまま、地面を2度ほど踏みつける。足元から腕の形をした炎――炎腕が大量に生えてくる。
「おや、洗濯バサミがこんなにたくさん」
ぶちぃッと幽霊たちの乳首を挟む洗濯バサミを遠慮なくもぎ取るショウ。炎腕も主人の行動に倣って、幽霊たちの洗濯バサミを毟り取った。
洗濯バサミを毟り取られた幽霊たちの口から野太い悲鳴の大合唱が起き、神輿を担ぐどころの話ではなくなってしまった。三角木馬の神輿は投げ出され、上に乗った変態もどこかにすっ飛んでいき、阿鼻叫喚の地獄絵図が完成する。
最愛の嫁は朗らかに笑いながらその光景を眺め、未だにジタバタと廊下を暴れる先輩用務員を炎腕で担ぎながら戻ってきた。素敵な笑顔でとんでもねーことをしやがる少年である。
「ショウ坊、どこであの知識を仕入れた?」
「俺の元の世界ではお笑いを志すと身体を張らなければならないからな。他にもゴムを口に咥えてパッチンさせるとか、熱湯風呂に突き落とすとか、泥を投げつけるとか色々」
「お前の世界の人間は修羅の道でも歩んでる?」
平然とそんなことを宣うショウに、ユフィーリアは軽く恐怖心を覚えるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】幽霊は苦手だが肝試しとかそういう体験は面白いので好き。でも怖いので他人を容赦なく巻き込む。深夜見回りは基本的にエドワードを巻き込んでいた。
【エドワード】上司の深夜見回りに付き合っていた心優しい人物。ユフィーリアが幽霊苦手なのに肝試しとか好きな厄介な性格を知っているので、仕方なしに巻き込まれている。
【ハルア】幽霊とか物怖じしない。ショウから元の世界でやっていたお笑いの知識を最近刷り込まれて「欧米か!」が口癖になりそうになった。
【アイゼルネ】幽霊に一定の怖さは感じるものの、別に苦手ではない。むしろホラー話とか好きな方。
【ショウ】ハルアにお笑いの知識を教えている末っ子問題児。先輩、基本的に何でもやってくれるしNGがないので面白い。