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第16話【獅子の王子と戴冠式】

「何故だ!?」



 悪逆非道を極めた獣王が退いた獣王国の王宮に、リオンの絶叫が響き渡る。


 絢爛豪華な執務室は、前の獣王が愛用していた調度品が揃えられていた。家具や絨毯、照明器具に至るまで贅の限りを尽くしている。貧困街で過ごしていた庶民派代表の新獣王であるリオンにとっては、今の執務室は居心地が悪くて仕方がない。

 いいやそれどころではないのだ。リオンにとって重要な問題は、足元に散らばった『戴冠式のご案内』という内容の案内状である。ご丁寧に参加か不参加をお知らせする用紙まで同封し、高名な魔女や魔法使いに片っ端から送付したのだ。


 ところがどっこい、その高名な魔女や魔法使い様はご都合がつかない様子で、回答は軒並み『不参加』であった。



「え、オレは何通出した? 招待状を何通出して何度の『不参加』の返答を受け取った?」


「205通出して205通全てに『不参加』の回答があったッスね」


「シュッツ、そういうものはもう少し柔らかめに言うものだぞ」


「はあ、でも事実なんで」



 リオンの側に控えるシュッツは、無情にも淡々と事実を述べてきた。リオンが獣王になったことで、シュッツはリオンの近衛兵に大出世したのだ。貧困街上がりの近衛兵ということで色々とやっかみも多いみたいだが、当の本人はしれっとしている始末である。



「リオンさん、戴冠式に高名な魔女や魔法使いが出席する必要ってあるんですか?」


「獣王の強さを証明する為に、高名な魔女や魔法使いに冠を被せてもらわなければならんのだ。面倒なことにな」



 やれやれと肩を竦めるリオン。


 獣王国に限らず、国王の戴冠式には高名な魔女や魔法使いが出席しなければならないというしきたりがあるのだ。戴冠式を執り行った魔女や魔法使いが偉大であればあるほど、その加護を受けたとして国の繁栄も安泰すると言われている。

 まあ分かりやすく言えば、有名人に王様であることを証明してもらう行事なのだ。皮肉なことに世の中は弱肉強食ではなく魔法による知識と技術を重要視するので、たとえ獣王が実力勝負で決まったとしても魔女や魔法使いに王様であると証明してもらわなければ国交で舐められる可能性が大いにあるのだ。


 悩むリオンに、シュッツが「じゃあ」と提案する。



「ユフィーリアさんでしたっけ? あの人たちは?」


「魔法の技術や知識は最高峰だが、高名とは言い難いな。本人も言っていたし」



 リオンはシュッツの提案を一蹴する。


 実にいい提案だが、真っ先にリオンはユフィーリアに戴冠式の出席を打診していたのだ。正式な書面を交わした訳ではないが「戴冠式に出てくれないか」とお願いしたら、先程のような回答があったのだ。

 どれほど魔法の技術が優れていても、知識が豊富にあっても、世の中に名前が知れ渡っていなければ有名ではないらしい。魔女や魔法使いの世界も厳しいようだ。



「仕方あるまい。国交で舐められるようなことがあるだろうが、魔法使いの出席を無視して戴冠式に臨むしか――」



 魔女や魔法使いから証明を得ずに戴冠式に臨むことを宣言しようとしたリオンだが、唐突に執務室の扉が開け放たれて言葉を飲み込んでしまった。



「叔父上!!」


「おお、レオナルドか。お前生きていたのか」


「はい、あの銀髪の魔女が死者蘇生魔法ネクロマンシーを執り行ってくれたようで」



 執務室に飛び込んできたのは、甥のレオナルドだった。獣王としての権限を使ってモフレンジャーというクソみたいな集団は解散を命じたので、今は王族らしい煌びやかな軍服に身を包んでいる。

 というか、モフレンジャーでまともに生き返らせてもらったのがレオナルドだけだったようだ。他の連中はどうやら死者蘇生魔法ネクロマンシーを執り行うユフィーリアの逆鱗に触れたようで、彼女は「え? 何のこと?」とすっとぼけたのだ。これ以上は詮索しない方がよさそうである。


 リオンはレオナルドが手紙のようなものを握っていることに気づき、



「レオナルド、その手紙は?」


「はッ!! す、すみませんつい」



 レオナルドは握り潰しかけた手紙を広げてリオンに渡すと、



「凄いお人の手紙です」


「凄いお人」


「はい、叔父上に渡してほしいとのことで」



 やや興奮気味なレオナルドに疑問を抱きながらも、リオンは封筒に視線を落とす。

 癖のある文字で『リオン・レオハルト・ビーストウッズ殿』とある。差出人は不明だが、素直な甥っ子曰く「凄いお人」らしい。


 すでに検分が済んだらしい封筒から手紙を取り出し、中身を確認する。





 この度は獣王に就任、誠におめでとうございます。

 貴殿の戴冠式、ぜひ当方が執り行わせていただきます。


 七魔法王セブンズ・マギアス 第七席【世界終焉セカイシュウエン





 二度見する差出人だった。



「レオナルド、これはあれか。罠か」


「第七席の使者がわざわざお届けにあがりましたよ」



 レオナルドは真剣な表情で伝えてくる。


 何の冗談かと思った。

 手紙を送付した205人の魔女や魔法使いよりもさらに上の存在がやってきてしまった。しかも相手から戴冠式を執り行うという申し出である。夢か誠か、こんなことがあってもいいのか。



「あば、あばばば、あばばばばばばあ!?」


「叔父上、気を確かに!!」


「リオンさんが壊れた」



 まさかの存在から戴冠式を執り行うと申し出を受けて、リオンはガタガタと震えるのだった。



 ☆



 七魔法王セブンズ・マギアスと言えば、このエリシアで最も重要な7人の魔女・魔法使いのことである。魔法の知識に疎いリオンでも、七魔法王がどれほど世界中に影響を与える偉大な魔女・魔法使い集団であるか知っている。

 その七魔法王のうち末席にあたる第七席【世界終焉セカイシュウエン】は、正体不明の無貌の死神だ。性別不明、経歴不明、あらゆる情報が謎に包まれた世界に終わりを与える史上最強の死神である。最強と呼び声の高い死神に戴冠式を執り行えるだけの手腕があるのか分からないが、強さが全ての獣王国にとってこの上なく最適な人物だ。


 上等なマントを翻しながら、リオンは戴冠式を執り行う玉座の間に向かう。彼の両脇は近衛兵のシュッツと、甥のレオナルドが固めている。その後ろに続くのは戴冠式を執り行うことに対して懐疑的な臣下たちだ。



「第七席だと」


「【世界終焉セカイシュウエン】様が本当に戴冠式を?」


「死神に何が出来る」



 ヒソヒソと声を潜めて交わされる臣下の会話を背中で受け止めながら、リオンはついに玉座の間の前に立つ。

 玉座の間の扉はピッタリと閉ざされており、その扉の前に真っ黒い外套コートで全身を覆い隠した誰かが2人ほど立っている。頭巾フードを目深に被っているので表情は見えず、また身長が不気味なほど曖昧なので男性なのか女性なのかさえ分からない。


 玉座の間の前で待機していた黒い外套の2人は、



「この先で主人がお待ちだ」


「戴冠式が始まるぞ」



 そう言って、黒い外套の2人は玉座の間の扉を開く。


 広々とした玉座の間が扉の向こうに待ち受けており、最奥に据えられたものは雛壇と煌びやかな玉座である。幼き日、父親が猿の姿をした魔法使いから彼専用に誂えられた王冠を被せられた姿を見た記憶がある。

 その玉座の前に、黒いドレスの誰かが佇んでいた。黒い薄布で顔を覆い隠しているからか、相手の容貌を判断することが出来ない。頭に乗せられた王冠のような飾りから黒い薄布が垂れ落ちて、顔を曖昧にしていた。


 黒いドレスのその人が、第七席【世界終焉セカイシュウエン】だろうか。そこはかとなく漂う緊張感に体調が悪くなりそうになる。



「叔父上」


「リオンさん」



 シュッツとレオナルドに背中を押され、リオンは玉座の間に足を踏み入れる。


 静寂に包まれた玉座の間に、リオンの足音だけが響く。

 戴冠式の為に用意した綺麗な革靴と勇ましい印象のある紅蓮の軍服、そして威厳を象徴するように真っ赤なマントを翻す。貧困街で過ごしていた頃とだいぶ格好は変わってしまったが、ようやくここまで来たのだという達成感はある。


 ついにリオンは玉座の前まで辿り着くと、黒いドレスを身につけた()()の前に傅いた。



「――――ん?」



 ――女性?



「まさか――」



 リオンは傅いたままの状態で、そっと顔だけを上げる。


 黒い薄布からこぼれ落ちた純銀の長い髪、喪服を想起させる漆黒のドレスが包み込んでいるのは女性らしい華奢な体躯。薄布越しに認識できた見慣れた美貌。

 真っ黒な口紅を引いた唇は大胆不敵に吊り上がり、黒い薄布の向こう側で煌めくのは色鮮やかな青色の双眸。まるで悪戯が成功した子供のような笑みを見せる、共に獣王国をひっくり返さんと協力してくれた銀髪碧眼の魔女だ。



「おまッ」


「戴冠式だぜ、リオン獣王陛下殿。七魔法王セブンズ・マギアスの第七席が知り合いの問題児だったからって取り乱すなよ」



 鈴を転がすような美声で粗雑な口調をなぞる銀髪碧眼の魔女は、傅くリオンの頭に手を翳す。

 どこから現れたのか、リオンの頭には立派な王冠が被せられていた。ずっしりと重たい感覚が襲い掛かり、思わずつんのめってしまう。


 リオンに王冠を被せた銀髪碧眼の魔女は、



「ここに新たな獣王が誕生したことを、七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】ユフィーリア・エイクトベルが証明する」



 そう宣言されると同時に、玉座の間へ喇叭ラッパの音が響き渡る。

 リオンの獣王就任を祝福するように、シュッツやレオナルド、その他の臣下からも万雷の喝采が浴びせられた。いつのまに紛れ込んでいたのか、あの銀髪碧眼の魔女の部下たちもキャッキャと騒いでいた。


 銀髪碧眼の魔女は「立て、リオン」と促し、



「貧困街の住民を取りまとめた統率力の高さ、国王決定戦で見せた強さ――どれを取っても、お前は獣王になり得る存在だ。それを誇れ」



 黒い薄布の向こう側で、七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】――ユフィーリア・エイクトベルは笑う。



「お前の強さは、アタシが証明してやる。これからは獣王として、この獣王国を引っ張っていけよ」



 ユフィーリアはリオンの隣に並び立ち、



「さあ、リオン。お前が守るべき国民に、新たな獣王の誕生を見せつけようぜ」


「当然だ。オレが獣王であることを知らしめなければならんからな」



 新たな獣王となったリオンは、胸を張って玉座に背を向ける。

 座るべき時は今ではない。獣王となったこの姿を、獣王国転覆計画に乗った同志たちに見せなければならないのだ。国民も新たな獣王のお披露目を待っているはずである。


 もう何も恐れない、迷わない。リオン・レオハルト・ビーストウッズの強さは史上最強を謳われる死神によって証明されたのだ。

《登場人物》


【リオン】獣王に就任。第七席【世界終焉】の正体が知り合いの魔女と判明して驚くと同時に、妙に強くて頭がよかったことを納得した。殺されなくてよかった。

【シュッツ】獣王の側近に就任。いじめにも屈しない半獣人の青年。第七席【世界終焉】の正体を知って驚くと同時に、やたら強かったことを思い出した。

【レオナルド】獣王の側近、宰相に就任。第七席【世界終焉】に殺害されたが死者蘇生魔法によって生還を果たす。これからは真面目な叔父上の側で頑張って働く所存。


【ユフィーリア】七魔法王が第七席【世界終焉】。獣王の戴冠式に顔出しで出席したことで正体が世界中に知られることになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 獣人国の国家転覆事件編、とても面白かったです! ユフィーリアさんたち問題児がハチャメチャに暴れまくる…
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