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第14話【問題用務員と先祖返り】

 時はほんの少しだけ遡る。



「お、やってるやってる」



 国王決定戦の会場となる闘技場の観客席までやってきたユフィーリアは、ちょうど今まさに激戦を繰り広げるリオンと現在の獣王との殴り合いを高みから見下ろす。

 会場をぐるりと取り囲む形式となっている闘技場の造りは、ヴァラール魔法学院で生徒が中心となって開催される『闘技場コロシアム』の行事で使う建物に似ている。彫刻だとか席数だとか建物の規模だとか諸々の差異はあるものの、大きな部分は一致していると言えよう。


 観客席の最前列を陣取るユフィーリアは、



「凄え凄え、獅子同士の殴り合い」


「激しいねぇ」



 リオンと獣王による激しい殴り合いを眺めるエドワードは、のほほんとした口調で言う。「お酒とおつまみがあったら最高なのにねぇ」などと素敵なことまで言い始めた。

 久しぶりに現れた挑戦者による、ちゃんとした国王決定戦である。近年、挑戦者が現れることなく不戦勝ばかり積み重ねてきていた小賢しい獣王も、実弟の登場に相手をせざるを得なくなったか。


 ユフィーリアの隣にピットリと寄り添って国王決定戦を眺めるショウだが、



「でも、何だか押されてますね」


「本当だ!!」



 最前列にある落下防止の手すりから身を乗り出すハルアが、



「リオン、殴られっぱなしだね!!」


「獣人と半獣人デミ・アニマで身体能力が違うからネ♪」



 魔法で転送したらしい陶器製の薬缶から紅茶を注ぎながら、アイゼルネが言う。随分と用意周到な問題児のお茶汲み係である。酒は用意できなかったが紅茶なら用意できるとは恐れ入る。

 見慣れた花柄のカップを全員に行き渡らせ、アイゼルネは「頑張ったご褒美ヨ♪」と笑う。飴色の液体は程よい冷たさがあり、ジリジリと肌を焦がす熱気で満たされた国王決定戦の会場で飲むのに最適だった。


 ユフィーリアは紅茶のカップを傾けつつ、



「まあ、それもあるけどな。リオンは多分、並みの獣人よりも少し弱いぐらいじゃねえかな」


「何で!? 獣人ってみんな運動神経がいいんでしょ!?」



 リオンがボコボコに殴られている様を観察していたハルアが、ぐるんと勢いよくユフィーリアに振り返る。首が取れる勢いで振り返ってきたものだから、ショウが驚いたように紅茶のカップを両手で包み込んだまま固まっていた。



「獣人は神々と魔法動物の間に生まれた種族で、半獣人デミ・アニマは人間と獣人の間に生まれた種族だ。能力的に優れてるのは獣人の方」


「リオンさんは半獣人だから、獣人であるお兄さんには勝てないのか?」



 不思議そうに首を傾げるショウに、ユフィーリアは「ンにゃ、どうだろうな」と非常に曖昧な答えを返した。


 能力的に優れているのは、獣人である兄の方だ。身体能力の高さは現状を見ても分かる通り、リオンを圧倒しているので色々とお察しである。自信を持って挑んだ割には第二王子様の方もなかなか苦戦している様子だ。

 だからと言って「無理だろう」と断定することが出来ないのも理由がある。こればかりはどれほど頭が良くても勝敗を予想することなんて出来ない。


 ユフィーリアはエドワードへ視線をやり、



「エド、お前って確かビーストウッズ出身だよな」


「北の方だけどねぇ、それがどうしたのぉ?」


「今まで王族に嫁いだ人間って見たことあるか?」


「ええー?」



 エドワードは怪訝な表情を見せると、首を横に振って答えた。



「ないよぉ」


「だよな」



 ユフィーリアも真剣な表情で頷く。


 獣王国『ビーストウッズ』の建国から続く王族――ビーストウッズ家が、人間の配偶者を迎え入れたという話は聞いたことがない。歴代の獣王は今の馬鹿野郎と比べると人格者揃いだが、彼らの配偶者は決まって雌の獅子属獣人ばかりだ。

 そうなると少しおかしい。リオンが半獣人であると仮定し、現在の獣王と本当に血の繋がりがあるとすれば絶対に生まれることのない姿である。可能性があるとすれば先代の獣王が人間と気まぐれに愛し合っちゃったことで生まれた不義の子――。


 そこまで想像して、ユフィーリアとエドワードは同時に首を横に振った。



「あんな傲岸不遜を体現したような奴が不義の子だったら世も末だぞ」


「種を蒔きすぎるのは王族の定めなのかねぇ」


「いや先代の獣王は愛妻家って聞いたことあるし、七魔法王セブンズ・マギアスとして結婚式も参列してんのよ。浮気してるところなんて見たことないほど熱々だったぞ、あの夫妻」



 七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】として結婚式にほぼ無理やり参列させられたことのあるユフィーリアは、当時の記憶を引き出しから引っ張り出して遠い目をする。あの時は学院長のグローリアに首根っこを掴まれて、頭に麻袋まで被せられて強制参加させられたので、臓器を売り払われるんじゃないかなと覚悟を決めたぐらいだ。

 エドワードもユフィーリアがグローリアに強制連行させられた時の記憶があるのか、何とも言えない表情で「あの時は人身売買か魔法の実験台になるのかと覚悟を決めたぐらいだよぉ」などと酷いことまで宣った。


 その時である。



「ああああああああああああああああッ!?!!」



 青空に絶叫が劈く。


 見ればいつのまにか熾烈な兄弟喧嘩は終盤を迎えていたようで、リオンの左目が兄の爪によって抉られていた。あまりの痛みに、リオンは地面をのたうち回る。

 左目を奪われて、なお闘志が消えなかったら拍手喝采である。常人なら左目を潰されれば嫌でも白旗を上げたくなるのが心理だ。


 あれは勝負が決まったことだろう。残念ながらもう左目の復活は望めない。



「痛えな、あれは」


「あれは痛いねぇ」


「左目を潰されたらあんまり見えないね!!」


「平衡感覚も狂っちゃうワ♪」


「あの……」



 ショウがユフィーリアたちに視線をやり、



「全員、何か経験済みみたいな口振りなんですが」


「ショウ坊」



 ユフィーリアは最愛の嫁の肩をポンと叩き、慈悲深い笑顔を向ける。



「魔法が当然となったこの世界、失明しても魔法でどうにか出来るんだよ」


「ユフィーリア、経験済みか? 抉られた眼球は誰の手に渡った?」


「アタシは経験してねえよ。抉られたら魔眼にどんな影響が出るか分からねえし」



 あははははは、と笑い飛ばすユフィーリア。


 魔法が当たり前となった世界で、抉られた眼球を治すことも回復魔法を用いるのが常識である。元の眼球が嫌でわざと潰して義眼を入れるという選択肢もあるのだが、大半は自分の元々の眼球を選びがちだ。

 どうしてそんな展開になったかと言うと、まあ色々と複雑な事情があるのだ。要約するとヴァラール魔法学院入学早々、調子に乗った新入生の馬鹿野郎が問題行動を起こす問題児相手に「手袋を拾いたまえ!!」と決闘を申し込み、ユフィーリアがそれを「お前の眼球、綺麗だよな?」で買い取った所存である。手袋を拾う代わりに眼球を抉ってやったのだ。


 そんな問題児事情はさておいて、である。



「お、立ち上がった」


「あの状態で立ち上がるのは根性あるよぉ」



 左目を抉られて地面をのたうち回っていたはずのリオンは、覚束ない足取りで立ち上がった。未だ闘志の燃えている金色の双眸で獣王を睨みつけ、何かを吠えている。



「根性があるのはいいけど、諦めも肝心だよね!!」


「あの状態で勝てるのか不安だ……」



 手すりから身を乗り出そうとするハルアを必死に押し留めるショウは、どこか心配そうに言う。

 左目は抉られて、その他もボロボロの状態だ。満身創痍の状態でもなお獣王の喉元に食らいつこうとする強い意思だけは称賛できるが、勝敗は決まったようなものではないか。


 獣人と半獣人デミ・アニマの実力差は埋まらねえかとユフィーリアは空を見上げ、



「――あ?」



 思わず声が出ていた。


 今の時間帯は星など出ない真っ昼間である。燦々と降り注ぐ太陽光がユフィーリアたちの肌を容赦なく焼き、茹だるような暑さが充満している。空も澄み渡った青色だ。

 それなのに、その空から黄金の光を撒き散らしながら流れてくる星があった。誰かが魔法で引き寄せている訳ではなく、その行き先は戦場で満身創痍の状態であるリオンの元に向かう。



「あ、あー……」


「何よぉ、ユーリ」


「何か気づいた!?」


「どうかしたのかしラ♪」


「ユフィーリア……?」


「いや、まあ、うん」



 ユフィーリアは頭を抱えた。どうして今まで気づかなかったのかと思うぐらいだ。

 現在の獣王とリオンが血の繋がりを持つ兄弟であるなら、リオンが半獣人の姿で生まれてくるのはおかしい。実は不義の子なのではないかという仮説は、空を流れ落ちる星によって打ち砕かれた。


 深々とため息を吐いたユフィーリアは、



「マジかァ……気づかなかった」


「何が気づかなかったんだ?」


「リオンの正体」



 ユフィーリアは「ちくしょう」と悔しがり、



「獅子属獣人の祖先は奥さんである星の女神に愛想を尽かされて、空に還ろうとする女神を飲み込んで凄え力を手に入れたって逸話があってな」


「ビーストウッズに代々伝わる昔話だねぇ」



 エドワードは懐かしそうに頷く。


 その昔、あまりに傲慢だった獅子は妻である星の女神に愛想を尽かされてしまい、空に還るところだった女神を丸呑みにしてしまった。女神を丸呑みにしたことで獅子は類稀な強さと黄金に輝くたてがみを獲得し、死ぬまで最も強い存在であると語られることになった。――そんな昔話が獣王国『ビーストウッズ』に伝わっている。

 獅子属獣人に限らず、生物が子孫を残していくと稀に先祖とよく似た素質を持って生まれる子供がいる。獣人の場合はその素質が顕著で、自分たちの祖先となった魔法動物の特性が表れるのだ。


 決まってその特殊な個体は獣人よりも遥かに貴重な存在で、最も優れた個体と言われている。その個体が出現すれば、種族を率いるようになれるとも。



「リオンの奴、先祖返りだったんだよ」



 目の前に落ちてきた星を飲み込むリオンの姿を眺め、ユフィーリアは言う。


 星を飲み込んだリオンの黒髪が、毛先から金色に染まっていった。昔話にある金色の鬣を獲得するまでの話と同じだ。

 彼が先祖返り――星を飲み込んで強大な力を獲得した最強の獅子の素質を引き継いでいる最優の獣人だとするならば、獣王の玉座は約束されたも同然だ。兄が遠ざけたくなる気持ちも理解できる。



「そりゃ王宮も追放されるわな。先祖返りは獣人と比べて遥かに優秀だから、逆立ちしてもリオンが死ぬまで兄貴の方は獣王にはなれねえよ」



 哀れな獣王へ静かに合掌すると、リオンの拳が獣王の顔面に炸裂するのはほぼ同時だった。

《登場人物》


【ユフィーリア】獣王国などの神話にも詳しかったのだが、リオンの正体が分からなかった。魔法の天才として失態である。先代の獣王の結婚式には参列したが、尻に敷かれた歴代最強の獣王にゲラゲラ笑った。

【エドワード】ビーストウッズの出身なので、獣王国の昔話や神話は記憶にある。でも出来れば故郷の思い出は捨てたい派。

【ハルア】なんかそんな絵本をショウに読んでもらったなと思い出し中。どうせなら国王決定戦に出場したい。

【アイゼルネ】あらかじめ茶器は持ち込んでおいた。お茶が飲みたくなる時はいつでもあるじゃない?

【ショウ】リオンの髪が金色に変わってしまったので、まるであの、なんか、その、アレだな!(7つの玉を集めると願いが叶う系の少年漫画の内容を知っていた)

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