第11話【獅子の王子と獣王】
同志たちに見送られたリオンは、国王決定戦が開催される闘技場に急ぐ。
「侵入者だ!!」
「捕らえろ!!」
未だ王宮内に残っていた衛兵が、リオンを捕縛する為に槍を片手に飛び出してくる。
甲冑姿の衛兵たちは、リオンの姿を認めると一瞬だけ足を止めた。狼狽えるような素振りを見せたのは、かつてリオンがこの王宮に籍を置いていた第二王子だからだろう。貧困街の住人と見紛うボロボロの衣服を身につけている状態では、本当に王子であるかなど判断できない。
だからその隙を突き、リオンは衛兵たちに迷いなく突っ込んだ。驚いたように身を固める衛兵の手首を叩いて槍を落とし、衛兵が反撃してくるより先に足払いして転ばせた。
「ほッ」
「うぎゃあ!?」
足元に落ちた衛兵の槍を蹴飛ばして拾い上げると、リオンは鋭利な槍の先端で衛兵の首を狙う。わざと外すように突き出したのだが、目論見通り槍の穂先は衛兵の頭部を守る兜を掠めただけである。
首を狙われたかと勘違いした衛兵は、槍で突かれた恐怖心で座り込む。ちょうど膝の辺りに頭部があったので、ついでに膝蹴りを叩き込んでおいた。
槍を振り回せば、衛兵たちの脇腹にぶつかり吹き飛ばされる。痛そうに脇腹を押さえて呻く彼らには申し訳ないが、今は急いでいるのだ。
「邪魔だ!!」
リオンは叫ぶと、槍を両手で握りしめたまま立ち尽くす衛兵に槍の穂先を突き出す。「うひぃ!!」という上擦った悲鳴が衛兵の口から漏れ、身体を縮こめて槍の衝撃を最小限に抑えようと画策する。
槍の穂先は頑丈な衛兵の鎧に弾かれたが、リオンはすかさず第二撃として穂先を衛兵の頭頂部に叩きつける。ごぃん!! という鈍い音が耳朶に触れ、衛兵は前のめりに倒れ込んでしまった。
追加の衛兵が飛び出してくるより先に、リオンは槍を握りしめたまま王宮の敷地内を突き進んでいく。
「国王決定戦の会場はどこだ!?」
正直な話、王宮を追放されてだいぶ時間が経過していたので国王決定戦の会場を忘れかけていた。
記憶に残っているのは父親である先代の獣王が親戚たちを次々と殴り倒していく姿だったのだが、その会場に到着するまでどんな道を辿っただろうか。ひたすら広大な王宮を駆け回っているだけでは、きっと日が暮れてしまう。
焦りは禁物だ。リオンは絢爛豪華な調度品が並ぶ廊下のど真ん中で立ち止まると、両腕を組んで記憶を探る。はて、国王決定戦の会場はどうやって行けばいいのか。
「いたぞ!!」
「捕まえろ!!」
「ぬ」
思い出している最中だったのに、それを邪魔するように衛兵たちの怒号がリオンの鼓膜を突き刺す。
見れば、リオンを追いかけて槍を装備した衛兵が廊下を激走していた。
確か、兵士は城門の外側にも存在したはずである。大半の兵士は荒れ果てた貴族区画にてリオンの同志たちと戦っているはずなのに、まだ王宮に衛兵の存在が残っているとは驚きだ。
リオンは舌打ちをすると、ふと壁に飾られていた絵画を見上げる。煌びやかな勲章などを胸元に飾った、軍服姿の獅子の肖像画である。父のような立派な鬣は有しておらず、少しばかり年老いた雰囲気のある獅子だ。
「ああ、兄上か。随分と老けたなぁ」
感慨深げに呟いたリオンは、槍の穂先を肖像画に向けて「止まれ!!」と叫ぶ。
「いいのか、お前たち。オレはこの肖像画を傷つけることだって出来るのだぞ。肖像画が傷付けられたと知れば、兄――獣王は衛兵であるお前たちを非難するだろうなぁ?」
リオンを追いかけていた衛兵たちは次々と足を止め、獣王に責められることを恐れるように狼狽え始めた。
獣王が圧政を敷いているのは明らかである。何せリオンの血を分けた兄なのだ。卑劣で傲慢な性格なのは、弟であるリオンが1番理解している。
自分だけが気持ち良くなれればよく、自分自身を崇める信者しか周りに置かない。賛同しなければ殺されるか、リオンと同じく王宮を追放されるかの2択である。獣王に媚び諂っておけば安定した生活を保障されるので、嫌でも獣王にヘコヘコするしかないのだ。
我ながら卑劣であり、素晴らしい脅し文句だと言えよう。天才すぎて笑えてしまう。
「さあ、武器を捨てろ。捨てなければ肖像画の最も見える場所を穴だらけにしてやろうではないか」
リオンがさらに脅しをかければ、衛兵たちは槍を足元に捨てた。行動が早すぎて逆に驚きを隠せなかった。それほど兄である獣王が怖いのか。
「では次の要求だ」
この脅し文句が通用するのであれば、とことんまで利用するだけである。今だけは、あの愚兄が衛兵たちを調教していてよかったと心の底から感じる。
衛兵たちはリオンの要求へ不安そうに耳を傾けていた。一言一句聞き漏らすまいといった立派な態度である。もし聞き漏らそうものなら兄の肖像画に不細工な風穴が開くのだから、彼らの死活問題でもありそうだ。
リオンは清々しいほどの綺麗な笑みを見せ、
「国王決定戦の会場に連れて行け。文句は聞かんぞ」
結局、会場の場所が思い出せないので衛兵たちに案内させることで、リオンは安全に国王決定戦の会場へ向かうことを選んだ。
☆
王宮の端には立派な闘技場が鎮座している。
石造りの闘技場はリオンの記憶にある通りのまま残っており、しかし異様に静かだ。誰も観客がいないと言ってもおかしくない。
舗装された石畳が伸びた先に、国王決定戦の会場へ繋がる闘技場の出入り口が待ち構えている。出入り口の上には大きな口を開いた獅子の石像が飾られており、この先に踏み込めるのは王族のみであることを示していた。
「リオン殿下」
衛兵の1人に名前を呼ばれる。
「兄君に挑まれるのですか」
「お前たちを罪に問うことはない。今はオレが罪に問われる立場だからな」
リオンは堂々とした口調で、闘技場まで案内してくれた衛兵たちに宣言する。
「だが約束しよう。もう兄上による支配の時代は終わらせる。オレがこの手で兄上を玉座から引き摺り下ろす。その為に、今日まで牙を研いでいたのだから」
静かに頭を下げる衛兵たちに見送られ、リオンは静かな闘技場に向かう。
出入り口に掲げられた獅子の彫像に睨まれながら、薄暗い廊下をひたすら真っ直ぐ突き進む。埃を被った燭台が天井から等間隔で吊り下げられているのだが、随分と手入れが施されていないようだ。
この方角は挑戦者用の道である。今の獣王は挑戦者を待ち構えているフリをして、前日までに挑戦者全員に棄権をするように恐喝しているのだ。誰1人として使わなくなった場所など掃除の手が入らない訳である。
「おお、やはり鉄格子。兄上らしい」
闘技場の先は鉄格子によって阻まれ、その先は開けた戦場となっている。恐喝に歯向かった挑戦者さえ最後の最後で邪魔をするのか。やはり今の獣王は狡猾で悪辣とした国家元首に相応しくない愚王である。
リオンは手にしていた槍を放り捨てると、軽く助走を取った。
目算で自分と鉄格子までの距離を計測し、それから迷いなく駆け出す。鉄格子の少し前の段階で地面を蹴飛ばし、ふわりと重力から解き放たれる。
そうして放たれたのは、綺麗な飛び蹴りだった。随分と手入れされていない鉄格子は呆気なく吹き飛び、リオンを闘技場内に招き入れる。
「お久しぶりでございます、兄上」
「…………」
観客が誰1人として存在しない闘技場の中心で、煌びやかな軍服を身につけた獅子が仁王立ちしていた。
太陽を想起させる橙色の鬣と金色の瞳、口の端から覗く立派な牙は果たして使うことはあったのか。指先に揃った鋭い爪で相手の喉笛を引き裂くより先に、相手を毒殺する回数の方が多いだろう。弱肉強食の精神が根付いている獣人にしては、卑劣と悪辣に満ちた性格をしている。
頑丈そうな長靴で闘技場の大地を踏み締めている獅子――現在の獣王であるランパード・レオハルト・ビーストウッズは金色の瞳を音もなく眇めた。
「愚弟か」
「ええ」
記憶にある兄の声とはだいぶ低くなっていた。年月が経過したことで獣王も年を食ったということか。
「卑劣な手段で得た玉座の座り心地はよかったですか?」
「貴様がよもや余に挑むとはな」
牙を剥き出してくるランパードは、
「反逆の罪を犯すような愚弟を持った覚えはない。貴様はここで、余が自ら処刑してやろう」
「兄上が冗談を言うとは珍しいですね」
「余は冗談を嫌う」
「ははッ、処刑ですか」
リオンは拳を握り、大胆不敵に笑い飛ばす。
負けるはずがない、負ける訳がない。
兄を国王決定戦の場で倒すべく鍛えてきた。相手は自らが排除した挑戦者を国王決定戦の会場で待ち続ける愚かな獣王である。強さは歴然である。
あの愚王を玉座から引き摺り下ろす時だ。
「余裕でいられるのも今のうちだ、愚兄。お前はオレが倒す」
「吠え面を掻いても遅いぞ、愚弟。その首を刈り取って酒盃にしてやろう」
最初で最後の兄弟喧嘩が、国王決定戦の会場で勃発した。
《登場人物》
【リオン】身体能力は割と高い獅子の王子様。槍も使えるし剣も使えるが、やはり1番得意なのは肉弾戦。殴ればよかろうなのだ。
【ランパード】現在の獣王にしてリオンの実兄。傲慢な獣王様で獣人至上主義を掲げる。