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第8話【暴走機関車とスネークグリーン】

「しゅしゅしゅ、しゅしゅしゅ」



 一般兵士をボコボコにしていたハルアの前に、やけに細長い誰かが立ち塞がる。


 蛇だ、どこからどう見ても蛇である。艶のある鱗や爬虫類特有の黄金色をした眼球、左右に引き裂けた大きな口から赤くて細い舌がチロチロと覗く。蛇のように細い身体の側面から光沢感のある腕が伸びており、爪のない指先が握っているものは紫色の液体が滴るナイフだ。

 緑色の鎧に全身を包んでいるので、ハルアがぶちのめしてきた有象無象の親玉であることは予想できる。先程から「しゅしゅしゅ」とか変な笑い声を漏らすのは癖だろうか。


 ハルアは首を傾げ、胸倉を掴んでいた気絶中の一般兵士を放り捨てる。



「次はオマエか!?」


「馬鹿そうな面をしやがってぇ、しゅしゅしゅ」



 何故か2本の足まで生えている蛇は、ハルアを見下ろしてニヤリと笑う。



「テメェなら楽に倒せそうだなぁ、しゅしゅしゅ」


蜥蜴とかげだ、凄え!!」



 ハルアが目をつけていたのは全然別の場所だった。


 二足歩行する蛇など、それはもはや蜥蜴とかげである。顔だけは蛇で身体は蜥蜴とは、もう獣人ではなく合成獣に近いような気がしないでもない。彼の出生が大いに気になるところだ。

 珍しい相手を前に琥珀色の双眸を輝かせるハルアは、緑色の鎧に包まれた蛇男の身体に抱きついて鎧を引き剥がそうと隙間に指を突っ込む。遠慮のない行動だった。さすが暴走機関車野郎である。


 そんな彼の馬鹿行動を、蛇男側が許す訳もなかった。興味津々と言ったような雰囲気のハルアに、紫色の液体が滴り落ちるナイフを振りかざす。



「おっと」



 ハルアは即座に飛び退って回避した。


 今までハルアがいた場所を、紫色の液体塗れとなったナイフが通り過ぎる。ナイフの先端から飛び散った紫色の液体が地面に落ちると、ジュッという焼け付くような音が耳朶に触れた。

 紫色の液体が触れた地面は、どこか焦げ跡のようなものが残されていた。おそらくあれは触れてはならない類のものであると本能的に判断する。


 蜥蜴だか蛇だか不明な爬虫類男は、



「逃げるかぁ、しゅしゅしゅ」


「誰だよ、オマエ」



 爬虫類男を睨みつけるハルアは、



「名前も知らねえ相手が攻撃してくるのはいけないんだよ。ユーリも言ってた」


「さっき名乗ったのを聞いてなかったのかぁ?」


「興味ないから聞いてなかった」



 正直に告白するハルアに、爬虫類男は「しゅしゅしゅ!!」と笑っているのか怒っているのか不明な声を上げた。



「じゃあもう1回だけ名乗ってやろう、耳の穴をかっぽじいてよく聞いていろよ」


「手短にお願いします!!」



 ハッキリ言って、ハルアは他人の名前を覚えるのが苦手である。5文字以上はちゃんと覚えられない可能性があるのだ。

 もちろん普段から行動を共にしている問題児の名前は覚えているが、学院長の名前や副学院長の名前は定期的に忘れるのだ。「ショウちゃんパパ」と呼んでいるキクガの名前も危うい。ショウちゃんパパというのが名前であると認識してしまう恐れがある。


 そんな事情を当然ながら知らない爬虫類野郎は、高らかに己の名前を明かす。



「オレはスネークグリーン、スレイヴ・ソニだぁ。しゅしゅしゅ」


「そに!!」



 何かのグリーンであることは分かったが、覚えられる名前が『ソニ』だけだった。今日からこの爬虫類野郎はソニである。



「本当に覚えたのかぁ?」


「覚えたよ!!」


「じゃあ言ってみろよぉ」


「そに!!」



 ハルアは爬虫類野郎を指差して、



「そに!!」


「苗字だけじゃねえかぁ」



 爬虫類野郎ことスレイヴ・ソニはハルアを睨みつけ、



「馬鹿は殺す価値もねえけどなぁ、テメェは面倒な予感しかしねえから殺しておこうなぁ」



 スレイヴはそう言って、紫色の液体が滴り落ちるナイフを逆手に握る。構えが玄人のそれだ。



「何か知らねえけど、次の相手はオマエなんだね!!」



 狂気的な笑顔を見せるハルアは、スレイヴへ応じるように拳を握った。



「オレね、ハルア・アナスタシスって名前なんだ!!」


「自分の名前は覚えてんのなぁ」


「覚えてるよ!! オマエの名前は興味ねえから忘れるけど!!」



 ビキ、とスレイヴの額に青筋が浮かぶ。爬虫類でも青筋が浮かぶような場面があったのか。

 柄を折らん勢いで紫色の液体に塗れたナイフを握りしめる爬虫類男は、ぬるりとした動作でハルアの懐に潜り込んでくる。低い位置から逆手に握ったナイフを掲げ、ハルアの脇腹に突き刺そうと力が込められる。


 ハルアは迫り来るスレイヴのナイフを握った右腕を掴み、相手の勢いを利用して放り投げた。



「ちぇすとぉ!!」


「おおッ」



 驚いたような声が降る。


 放り投げられたスレイヴは空中で器用に体勢を変えると、難なく着地を果たす。弾かれたように振り返り、またあのぬるぬるとした動作でハルアに肉薄した。

 足音が聞こえない。気配どころか殺意さえ薄められている。爬虫類の特徴なのか分からないが、気を抜いてしまうと見失ってしまうような――。



「あ」



 ふと気づけば、目の前からスレイヴが消えていた。

 瞬きをするまでは紫色の液体が滴るナイフを逆手に握り、ハルアを狙っていたはずだ。今までのやり取りが全てまやかしだったのかと思えるほど、自然な消え方である。


 驚愕に瞳を見開くハルアだが、



「ッ!!」



 ぞわ、と首筋が粟立つ気配を感じ取って咄嗟に膝を折る。


 頭上に突き出されたナイフの刃が空を切り、鋭利な先端から滴り落ちる紫色の液体がハルアの黒いつなぎに降りかかる。じゅッという音と共に、紫色の液体で汚れた箇所が穴だらけになってしまった。

 ナイフを突き出してきたスレイヴが、チロチロと赤い舌を出しながらハルアを見下ろしている。あれで勝ったと思っていたらしい。



「馬鹿のくせにやるじゃねえかぁ」


「馬鹿だから軽いんだよ!! ユーリとかエドによく褒められるんだ!!」



 ハルアはスレイヴを転ばせようと彼の鎧に守られた足を蹴飛ばすが、



「甘いんだよぉ」


「あ」



 身長が足りなかった影響か、スレイヴにあっさりとハルアの蹴りは回避されてしまう。足の短さが少しだけ憎い。



「しゅしゅしゅ、しゅしゅしゅ」



 スレイヴは赤い舌をチロチロと見せつけながら笑うと、



「馬鹿だからすぐにケリがつくと思ったのによぉ、なかなか手強いなぁ」


「さっきから馬鹿ってうるさいよ!!」



 ハルアは少し苛立ちを露わにし、



「よく知らねえ奴に『馬鹿』って言われたくないんだけど!!」


「馬鹿なのは事実じゃねえかぁ。テメェ、オレの名前を覚えてんのかぁ?」


「そに!!」


「だぁから苗字だけじゃねえかって言ってんだよぉ」



 嘲笑うようにスレイヴは「しゅしゅしゅ」と言う。


 たった2文字だけでも、覚えているだけありがたいと思ってほしかった。本当なら3秒で忘れるような内容を、今までずっと記憶の引き出しにしまっておいたのだ。十分に頭のいい行動だろう。

 それなのに、先程からあの爬虫類男は「馬鹿」と連呼である。失礼にも程がある。


 不満げに眉根を寄せるハルアに、スレイヴはさらに言葉を続けた。



「テメェも、テメェのお仲間も可哀想だなぁ。テメェらに勝ち目なんかねえよぉ、クソ弱いヒトザルが獣人に敵う訳ないだろぉ?」



 明らかに馬鹿にしたような口振りだった。

 しかもハルアだけではなく、ユフィーリアたちまで馬鹿にするような余裕のある態度だった。完全に相手を舐め切ったような台詞である。


 ハルアは「あ゛?」と応じ、



「何て言ったの」


「クソ弱いヒトザルが獣人に敵う訳がないって言ったんだよぉ」


「ふぅん」



 ケラケラと笑い飛ばすスレイヴに、ハルアは静かに応じる。



「知ってるよ、それ。傲慢って言うんでしょ。他の人と同じだね」



 余裕の笑みを消し去ったスレイヴを真っ直ぐに睨みつけ、ハルアは問いかける。



「オマエ、人を殺したことないだろ」


「何言ってんだぁ?」


「殺す勇気もないくせに、オレに『殺しとこう』とか言ってるんだろ。本当は殺すことも出来ない臆病者のくせに、オレのことを本気で殺せると思ってんのがおかしいよ」


「はああああ?」



 スレイヴは紫色の液体塗れとなったナイフを掲げ、



「オレがこのナイフで何人仕留めたと思ってんだよぉ。ヒトザルはみぃんな弱いんだ、獣人よりも動けやしねえ!! テメェもオレにかな゛」



 スレイヴの言葉は途中で消えた。


 舞台役者のように大仰な言葉を並べ立てるスレイヴに音もなく接近したハルアは、彼の顔面に強烈な回し蹴りを叩き込んだのだ。

 吹き飛ばされるスレイヴ。その手から紫色の液体が滴り落ちるナイフが離れ、地面を滑ってどこかに飛んでいった。蹴飛ばされたスレイヴは瓦礫の山に頭から突っ込んで止まる。


 大股でスレイヴに歩み寄ったハルアは、彼の胸倉を掴む。



「オレは殺したよ、何百人も何千人も数え切れないぐらい。オマエよりも殺したよ」


「あ゛……ぐッぅ」


「だって生まれた時からそう言われて育ったからね」



 胸倉を掴んだスレイヴをポンと放り投げ、ハルアは爬虫類男を地面に叩きつける。


 ガシャンッという耳障りな音と一緒にスレイヴの呻き声も聞こえてきた。

 ハルアの回し蹴りが効いているのか、動きが非常に鈍い。ヨロヨロとした動作で起き上がろうとするも、力尽きてそのまま仰向けに倒れてしまった。


 ハルアはスレイヴの顔を覗き込み、



「オマエ、オレのことを舐めてたから1番嫌な殺し方をしてあげるね」



 そう言って、ハルアは黒いつなぎの衣嚢ポケットへ乱雑に手を突っ込む。


 衣嚢から取り出されたものは、刀身が黒く染まった長剣である。刀身や柄にかけて鮮血を想起させる禍々しい赤い線が幾重にもなって走っており、ハルアが握ったことで赤い線の輝きがより一層増す。

 夜の闇のような綺麗なものではない。どこまでも深く、どこまでも邪悪な闇の色だ。赤い線が明滅する黒い剣の柄を両手で握りしめ、ハルアはスレイヴの胸元に剣の切っ先を向けた。


 その禍々しさを凝縮した黒い剣を目の当たりにしたスレイヴは、震える唇を動かして言う。



「テメェ、それは」


「うん、ダインスレイヴっていう神造兵器レジェンダリィ



 それだけ簡潔に答えて、ハルアはスレイヴの胸に黒い剣を突き入れた。


 鎧に守られているにも関わらず、黒い剣の先端は容易くスレイヴの鎧さえも貫通して心臓を刺す。「ごふッ」という言葉を最後に、スレイヴは血を吐いて動かなくなってしまった。

 スレイヴが死んだと同時に、黒い剣が突き刺さった胸を中心にスレイヴの全身が真っ黒に染まっていく。じわじわと闇がスレイヴを侵蝕していくと、やがて彼の身体が液状化した。足先からドロリと溶けていくと、地面に黒い液体が染み込んで誰かの形を残した。


 衣嚢ポケットに黒い剣をしまい込むハルアは、



「誰だっけ、コイツ」



 すでにハルアの記憶から、スレイヴ・ソニという男の名前は消えていた。

《登場人物》


【ハルア】身体能力が高く、身軽なので様々な戦い方をする問題児の暴走機関車野郎。身内以外は名前も覚えないし容赦なく命を奪える。用務員の前職はたくさんの人を殺していたり、何故か神造兵器を持っていたりと謎も多い。

【スレイヴ・ソニ】最後まで苗字しか覚えてくれなかった。実は元奴隷上がりで、拾ってくれた現在の獣王に絶対の忠誠を誓っている狂信者。獣王に「殺せ」と命じられたので本気で殺そうとしていたのだが、逆に返り討ちにされた。ナイフの毒は自分の体内で製造されたものを使用。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ハルア君とスネークグリーンの戦いは、どこか漫才のようなコミカルなやり取りが面白かったです。スレイヴ・ソニのこ…
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