第4話【問題用務員とモフレンジャー】
「ちぇすとぉ!!」
裂帛の気合と共に空を飛んだユフィーリアは、甲冑を身につけた衛兵の先頭に飛び蹴りを叩き込んだ。
勢いのあまり後方に吹っ飛んだ衛兵は、他の仲間を巻き込んで倒れ込む。まるでドミノ倒しのように数名の衛兵がユフィーリアの飛び蹴りを食らった衛兵に巻き込まれて転倒し、そこで衛兵たちの揃っていた足並みが崩れ始めた。
仰向けに倒れた衛兵の胸元に着地を果たしたユフィーリアは、頑丈な甲冑を凹ませるぐらいに力強く蹴飛ばして再び跳躍。衛兵の誰もがユフィーリアに注目する中で、彼女は華麗に宙返りをする。
それからユフィーリアは強烈な踵落としを、衛兵の1人に叩き込んだ。ごわっしゃーん!! という聞こえてはいけない音が踵落としを叩き込まれた衛兵から聞こえてきた。
「お、ぉ」
踵落としを受けた衛兵は膝から崩れ落ち、地面に倒れ込む。あれほど強烈な踵落としを受けても頭蓋骨が割れなかったのは、甲冑が頑丈だからだろう。
難なく着地をしたユフィーリアは、右手に握った鋏の刃を薙ぐ。震えながらも襲いかかってきた衛兵が振り下ろした槍を弾き、驚く衛兵の懐に潜り込む。
兜の下に潜む瞳が見開かれ、槍を握る手に力が込められるものの、それより先にユフィーリアが容赦のない金的を叩き込んで行動不能にした。「お゛ッ」という蛙が潰れたような声が漏れる。
ぶくぶくと泡を吹いて倒れ込んだ衛兵の首根っこを引っ掴み、ユフィーリアはなおも進んでくる衛兵たちめがけて投げつける。野太い悲鳴が幾重にもなって響き、何名か巻き込まれて一緒に倒れてしまった。
「この野郎!!」
「女相手に怯むな!!」
「何をしている!!」
ちょっと階級が上に見える衛兵から叱責を受け、一般兵士らしい下っ端の衛兵たちは慌てた様子で槍を構える。動きが揃っていないので訓練はあまり受けていないと見える。
槍を正面に突き出して行手を阻んでくる衛兵たちを眺め、ユフィーリアは指を弾いた。
真冬を思わせる冷たい空気が流れ込み、衛兵たちの足元が凍りつく。滑り止めが施されていない靴で凍った地面を踏みしめるのは無理があったようで、ツルツルと滑る地面に衛兵たちが情けない悲鳴を上げる。
1人の衛兵が味方の肩に捕まりながらすっ転び、続けて他の衛兵も味方の腕や足にしがみついて転倒を回避しようと試みるも失敗する。哀れ次々と転倒者が出現した。
「情けねえなァ!! それで身体能力が優れた獣人だとほざくのか!?」
高らかに笑いながら、ユフィーリアは魔法で氷塊を雨のように降らせる。いくら頑丈な甲冑を着ていても、一抱えほどもある氷塊が雨のように降り注げばひとたまりもない。
無様である。いくら世の中が平和だったとはいえ、最悪の事態を考えて行動することはなかったのか。王宮を警備する衛兵なら日々鍛錬して有事に備えておくのは基本中の基本だろう。
その点、問題児は抜かりない。基本能力値が平均より上回っている他に、ユフィーリアによる悪知恵もいくらか加算されているので敵に回れば容赦はない。いつでもどこでも動けるようにするのが問題児の鉄則である。
さながら嵐のように暴れるユフィーリアに、リオンが称賛の言葉を投げかけてくる。
「素晴らしいな、ユフィーリア・エイクトベル!!」
「ははははは、そうだろそうだろ!!」
「オレが獣王になった暁には衛兵として雇用してやろうか!!」
「それは嫌だ!!」
未来の獣王による引き抜きの話を、ユフィーリアは考える間もなく即座に断った。ビーストウッズでの生活は楽しいだろうが、ヴァラール魔法学院で好き勝手に過ごしている方が好きなのだ。
そもそも正体を明かしていないが、世界で最も崇められている七魔法王が第七席【世界終焉】を衛兵として雇用するとは贅沢ではなかろうか。史上最強と名高い無貌の死神を衛兵に据えれば、もう誰も王族に逆らえまい。
混沌とする戦場で何とか突破口を開こうとするユフィーリアだが、
「おおお!?」
リオンの上擦った声が耳朶に触れ、弾かれたように振り返る。
見れば、空から飛来してきた鷲や鷹の獣人――いいや鳥人がリオンのことを捕まえていたのだ。槍を構えた衛兵とは違って軽装備であり、機動力を重視した格好と言えよう。槍などの余計な武器を持たずとも、鳥人には鋭い爪や嘴があるので必要ない。
いいや、呑気に分析している場合ではない。肝心のリオンが両脇を鳥人に捕まえられ、今まさに空を飛んで逃げようとしているのだ。驚くリオンは琥珀色の双眸を見開いて、されるがままの状態である。
「何してんだお前!?」
思わず叫んだユフィーリアは彼を助けようとするが、
「ふんぬッ」
リオンは無理やり両脇を固定してくる鳥人を振り払い、地面に叩きつけた。身を守るような装備を身につけていないので、地面に叩きつけられれば痛みに悶え苦しむこととなる。
案の定、地面へ叩きつけられた2名の鳥人は痛みにもんどり打っていた。まさか反撃されるとは思っていなかったようで、完全に油断していた彼らのミスである。
リオンは丁寧に腹部を踏みつけて気絶させてから、
「何か言ったか?」
「反撃できるんだな」
「オレは最強の獣王に憧れて身体を鍛えていた男だぞ。それなりに体術の心得ぐらいはある」
自慢げに胸を張るリオンは「貧困街でも鍛えられたしな」などと言っていた。王宮を追放されて逆に強さへ磨きがかかったのではなかろうか。
「それにしても数が多すぎるな」
「あとしぶといしな」
拳を握るリオンの隣で、ユフィーリアもまた銀色の双刀を握り直す。
衛兵の数と、ユフィーリアたち問題児とリオンでは人数が圧倒的に差があるのだ。いくら問題児で衛兵の数を減らしたところで、際限なく後ろから補充されてしまうので対応が追いつかない。魔力も体力も上限なしではないのだ。
このままではジリ貧である。手っ取り早く大規模な魔法を叩き込んでもいいのだが、そうすればリオンの望む結果にはならない。衛兵にも獣人至上主義に手放しで称賛してきたツケを支払わせなければならないのだ。その為にも殺害は最小限である。
難しい戦いだ。殺さずに気絶だけに留めておくのは厳しい。
「ユーリ!!」
「ユフィーリア」
「お?」
すると、上空から声が降ってきた。
呼ばれるままに空へ視線をやると、歪んだ三日月に乗ったハルアと三日月と一緒に青空を悠々と飛んでくるショウが応援にやってくる。本当にいい時に駆けつけてくれたものだ。
歪んだ白い三日月に腰掛けていたはずのハルアは、やおら三日月の上に立ち上がると「とおう!!」という掛け声と共に飛び降りてくる。命綱などもちろんない。手の込んだ自殺にも程がある。
上空から飛び降りてきたハルアは空中でつなぎに縫い付けられた衣嚢の1つから三叉に穂先が分かれた槍を引き抜くと、勢いをつけて衛兵の頭部に叩きつけた。ゴィン!! という耳障りな音が響いた。
ハルアは見事に着地を果たし、槍を振り回して衛兵を次々と薙ぎ払っていく。あらぬ方向に吹き飛ばされ、気絶した衛兵たちが地面に倒れていった。
狂気的な笑顔でユフィーリアに振り返ったハルアは、
「ユーリだけ狡いよ!!」
「お前らが来るのが遅いんだよ」
「それはごめん!!」
謝罪するハルアは、凍った地面でツルツルと遊んでいる風に見える衛兵を蹴飛ばして転ばせていた。「おあああ!?」などという野太い悲鳴が聞こえた直後、ハルアの振った槍が脇腹を直撃して衛兵は吹き飛ばされる。
人数が増えただけでもありがたい。しかも未成年組は高機動力・高火力に優れているので、大量の衛兵を相手にしても勝ち目が見えてくる。非常に嬉しい応援だった。
――のだが、戦場とは上手く状況が運ばないことが常である。
「反逆者どもよ、そこまでだ!!」
「あ?」
朗々と響く声に、ユフィーリアは首を傾げる。
城門の上に、煌びやかな甲冑を身につけた獣人が5名ほど並んでいた。彼らは一般的な衛兵と違って兜で頭部を覆っておらず、動物の顔面を堂々と晒している。
ずんぐりむっくりな体型が特徴の象、涼やかな目元で睨みつけてくる梟、可愛らしくウインクまでしてくる女豹、赤い舌をチロチロと見せる蛇、最後に太い両腕を組んで高らかに声を張り上げる獅子という異色の獣人たちである。統一性がなくて反応に困った。
城門の上で仁王立ちをしていた彼らは「とぉう!!」という掛け声のもと、躊躇いもなく飛び降りる。華麗に空中で体勢を入れ替えると、5人揃って見事な着地を果たした。
「リーダー、ライオンレッド。レオナルド・ビーストウッズ!!」
真っ赤な鎧に身を包んだ獅子が高らかに名乗り、
「エレファントブルー、ファナ・ジャイアント!!」
青い鎧を装備した象が、長い鼻を揺らしながら言う。
「スネークグリーン、スレイヴ・ソニ。しゅしゅしゅ」
緑色の鎧を身につけた蛇は変な笑い声を漏らして、
「紅一点のパンサーピンク、リィナ・エデンズよ」
桃色の鎧を着た女豹が、くねくねとシナを作りながら笑いかけてくる。
「オウルシルバー、ダイア・シュラウドだ」
最後に銀色の鎧で身を固めた梟が名乗って終了である。
5人はそれぞれ違うポーズを取ると、とっておきのキメ顔でユフィーリアたちに各々を象徴するチーム名を告げる。
背後で爆発とか起きればそれっぽくなっただろうが、何だか今の状況で聞くのはダサいんじゃないかなって思えるチーム名を。
「「「「「ビーストウッズの守護神、モフレンジャー!!」」」」」
ばばーん、という謎の合いの手が脳内で響き渡った。
何だろう、この無駄に格好をつけた感じは。本人たちは満足げなので、これで本当は正しいのだろう。
相対するユフィーリアたちは完全に置いてけぼりである。正直な話、どんな態度で接すればいいのか分からない。
ユフィーリアはコソコソとリオンに近づくと、
「知ってる?」
「知らん。守護神なんていたか?」
「お前が知らねえなら有名じゃねえな」
恐ろしいほどの切れ味がある言葉でバッサリと切り捨てれば、獅子が「待て待て待て」と制止を呼びかけてきた。
「叔父上、俺です!! 甥のレオナルドです!!」
「ああ、誰かと思った」
リオンは納得したように頷くと、
「お前、こんな馬鹿な真似はとっとと止めた方がいいぞ。恥ずかしくて見ていられん」
「言わんでください!!」
どうやらあの獅子、リオンと関係があるようだった。リオンも最初はとんでもねーことをやらかしてくれたので、もはやこれはビーストウッズ家の血筋なのかもしれない。
現在の獣王は傲慢、その弟であるリオンは変質者、獣王の息子はイタい大人である。最強の獣王と呼び声の高い前国王は、どうやら息子たちの育て方を間違えた様子だ。
ユフィーリアはそっとリオンから距離を取ると、
「破天荒なのは血筋なんだな」
「いやいや、何故離れる? オレはまともだろう!?」
「不法侵入をやらかした馬鹿野郎に言われたくないんだよな」
「またその話を蒸し返すか!!」
混沌とする戦場に、リオンの「忘れろ!!」という絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。
《登場人物》
【ユフィーリア】戦隊ヒーロー系ではレッドのポジション的な存在。真面目な人も不真面目な人も問題児の気配を感じたのであればアタシと握手だ!
【エドワード】戦隊ヒーロー系では突っ走るレッドを止めるブルー的な存在だと思っている。お前の場合は止めるんじゃない、暴走するレッドと一緒に悪巧みをする奴だ。
【ハルア】戦隊ヒーロー系では元気一杯なイエロー的な存在だと思っている。レッドよりもさらに酷い方向に突っ走る。頼めば悪の組織のアジトを1日で崩壊させて帰ってくるかもしれない。
【アイゼルネ】戦隊ヒーロー系では紅一点のピンクかと思いきや、みんなを窘めるグリーン的存在。秘密基地でおっとり紅茶でも入れてそうだが怒らせるとタチが悪い。
【ショウ】戦隊ヒーロー系では問答無用でピンク的存在。みんなに可愛がられ、またレッドに対する矢印が妙に強い。貴女好みに染まるなら敵将の首を素手で引きちぎる系ヒーロー。
【リオン】態度だけは司令官並みだが、多分このメンツだと1番舐められる。