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第1話【問題用務員と反逆の狼煙】

「国王決定戦の観戦券をお持ちの方はこちらへお並びください」



 獣王国『ビーストウッズ』は朝から活気に包まれていた。


 旅行者たちはこぞって獣王国の中心部を目指し、誰もが「本当に誰もいないのかな?」「開戦は何時からだっけ?」などと会話している。獣王国が誇る行事、国王決定戦を観戦する予定なのだろう。

 近年の国王決定戦は、獣王に挑む対戦者がいないということもあってつまらない行事と化してしまった。旅行者の大半は本当に対戦者が来ないことを確認しに行くのだろうが、中には今年こそ対戦者が現れるのではないかと淡い期待を抱く対戦者もいるはずだ。


 そんな観戦者の中に、半獣人の姿は見えなかった。半獣人どころか、獣人すら観戦者の中に存在しない。今の獣王に対する反抗心かどうか不明だが、国王決定戦を見ないという意思なのか別の理由があるのか。



「同志よ、時は来た!!」



 国王決定戦を観戦しない半獣人や獣人たちは、貧困街に集まっていた。


 普段は店を営んで飢えを凌いでいる半獣人や今の獣王国の体制に異議を唱える獣人、貧困街を根城とする住人たちが一堂に会している。その人数は国王決定戦を観戦予定の旅行者よりも遥かに上回る人数だ。

 というか、貧困街に集まったのは獣王国に住まう獣人と半獣人デミ・アニマのおよそ9割だ。ほとんどの国民が、今の獣王に不満を持っているということである。


 そんな彼らを束ねる存在は、王宮から追い出された悲劇の第二王子様、――リオン・レオハルト・ビーストウッズである。集められた半獣人や獣人の視線が、リオンに集中する。



「本日は国王決定戦の日だ。普段は閉ざされた貴族区画への扉が開くことに乗じて、我らは獣王国に革命を起こす」



 今の獣王国に不満を持つ住民は、リオンの言葉に耳を傾ける。



半獣人デミ・アニマだからと辛酸を舐めた者もいるだろう。差別意識に異議を唱える正義感の強い獣人も、全員でこの国に対して我らの力を示していこうではないか!!」



 リオンの演説を受け、獣王国に叛逆を目論む勇敢な国民は雄叫びで応じる。



 おおおおおおおおおおお!!


 おおおおおおおおおおお!!!!


 おおおおおおおおおおお!!!!!!



 耳を劈く雄叫びは波のように広がり、大気を震わせる。



「うるせえな!!」



 やる気に満ち溢れる国民の雄叫びを掻き消す勢いで、ユフィーリアの怒声が響き渡った。


 士気を十分に高める演説は大変結構だが、異様に長いのだ。リオンがベラベラと喋るたびにユフィーリアたち問題児のやる気がどんどん削られていく。

 正直な話、コイツら置いていって王宮に突撃してしまおうかと画策するほどだ。阿呆だが優秀な問題児なら5人で王宮に突撃どころか王宮を爆破からの修理まで出来ると思う。


 リオンはユフィーリアたちの存在を今まで忘れていたようで、



「おお、すまん。紹介を忘れていた」


「分かった、王宮を爆破すればいいんだな。3秒でお前らのやる気を終わらせてやるよ」


「止めろ止めろ、何するつもりだ」



 リオンは大衆の前にユフィーリアを引っ張ってくると、



「ほら、魔女よ。お前も何か言え」


「ナニカ」


「『ナニカ』と言えば許されると思うな。民草の前だぞ、やる気を出させる言葉ぐらい言えんのか」



 どうやらリオンのお求めは大衆に向けた演説のようだった。


 これは非常に困る。七魔法王セブンズ・マギアスでもユフィーリアは特殊な立ち位置にいるので、演説することはなかったのだ。演説をするのは専ら第一席【世界創生セカイソウセイ】であるグローリアの役目だ。

 やる気を出させる為の言葉など「みんな、頑張ったらご褒美に投げキッスをしてやるゾ☆」ぐらいしかないのだが、そんなものでやる気が出るようなら獣王国に叛逆など企てない。真面目に働くか、それとも魔法列車の屋根にしがみついて無理やり国外に脱出すればいい。


 ユフィーリアは「えー」と嫌そうな表情で、



「言うことねえよ」


「何故だ、お前は魔法の天才だろう。頭がいいなら演説の1度や2度ぐらい経験があるだろうに」


「いや経験ねえから、それはもはや演説の才能が関係してくるから」



 演説の勉強などないし、クソほども興味ないので今まで縁遠かったのが仇となった。


 リオンはユフィーリアのことを逃がす気はないようで、大衆の前からさっさと退散しようとするところを全身を使って阻止してきた。国家転覆の前に軽く仲間割れである。時間をドブに捨てているようなものだ。

 演説と言っても何を言えばいいのか。思うように言えばいいのでろうが、グローリアだって言葉を選ぶはずである。言葉を選ばなかったら世の中は七魔法王セブンズ・マギアスの存在を崇めていない。


 ユフィーリアは少し考えてから、



「お前らはお前らの為に国家転覆の計画へ参加したんだろ、ならそれはそれで好きに行動したらいい。アタシらもアタシらで好き勝手にやるさ」



 リオンのように士気を高めるような演説は出来ないので、ユフィーリアは思うままに言葉を並べていく。



「言っておくが、アタシらは救世主じゃねえ。英雄でもねえ。常識とは真逆の行動ばかりをしてきた、いわゆる問題児って奴だ。今回の反旗を翻すのも、面白そうだからって理由で一時的にこの王子様に力を貸してやってるだけだ」



 ユフィーリアたち問題児は、最初から一貫して『面白そうだから』という理由で行動している。国王決定戦を観に行くよりも、国家転覆の計画に乗った方が100倍も面白そうだったのだ。

 だから彼らに英雄と祭り上げられることも、救世主だと崇められることも、全部何か違うのだ。好き勝手に行動する英雄も救世主も勇者もいない。そんなのは協調性の欠けた問題児である。


 ユフィーリアは笑顔で親指を立て、



「だからまあ、せいぜい頑張れ」



 もう言えることは残っていなかった。これだから演説は嫌いなのだ。


 ぱらぱらとやる気のない拍手が送られて、ユフィーリアは大衆の前からそそくさと退散する。

 ユフィーリアには演説の才能がない。これがもうハッキリと分かってしまった。大衆がやる気を出すような演説なんて出来るか。


 八つ当たりとしてエドワードの腕を抓るユフィーリアは、



「もう嫌だ、協力するなんて言わなきゃよかった」


「イダダダダダダダダダダ何で俺ちゃんの腕を抓るの完全にユーリが滑ったのが悪いんじゃんねぇ!!」


「滑ってたね!!」


「綺麗にネ♪」


「そんなユフィーリアも可愛くて素敵だぞ」



 何だかもう色々と恥ずかしくなって、ユフィーリアはさらにエドワードの腕を抓る指先に力を込めるのだった。エドワードの悲鳴が大きくなった。



 ☆



 獣王国の表通りに列を成すのは、大半が獣王国の外側からやってきた旅行者である。見渡す限り獣人や半獣人デミ・アニマの姿はない。

 彼らが列を成したその先にあるのは、真っ白い壁だ。汚れのない純白の壁は触れてはならない雰囲気が漂っており、その向こう側が何故か特別なもののように感じてならない。頑丈そうな扉が内側から開かれて、国王決定戦を目的として訪れた旅行者を招き入れている。


 その真っ白な壁を睨みつけるリオンは、吐き捨てるように言った。



「税を無駄に使って作った獣人だけの箱庭だ。反吐が出るな」


「その箱庭を今からぶっ壊してやるんだろうがよ」



 ユフィーリアはリオンの背中を叩いてやると、



「で、王子様。国王決定戦に乗り込む作戦はあるのか?」


「ほあ?」



 ユフィーリアの質問に、リオンは首を傾げた。


 国家転覆の計画もそうだが、ユフィーリアたち問題児の目的はあくまでリオンを国王決定戦の会場にぶち込むという別のものだ。国家転覆はついでみたいなものである。

 そんなことを願って深夜にユフィーリアたちの宿泊するホテルの客室を訪れたのだが、まさか作戦を何も考えていなかったのか。あれだけ偉そうに演説を垂れておいて、結局は正面突破が正義なのか。


 リオンは笑いながら、



「いやァ、そんなものを考える暇があるならお前たちの勧誘に忙しくてな」


「こーの脳筋クソ馬鹿ハッピー野郎が」



 とはいえ、ユフィーリアも魔法でゴリ押しする性格なので他人のことをとやかく言える立場ではない。魔法の知識があっても戦術を立案する能力の方は、どちらかと言えば学院長のグローリアが上回っている。

 そんな訳で、ユフィーリアも考えつく作戦は正面突破ぐらいしかない。大規模な魔法を1発や2発ぐらい打ち込めば、何もかもが吹き飛びそうだ。


 ため息を吐いたユフィーリアは、



「まあいいや、どんな手段を使ってでも目的を達成すれば」


「その意気だ、魔女よ」


「お前だって作戦を考えてねえ脳筋クソ馬鹿ハッピー野郎じゃねえか、自分は頭がいいですってフリをするんじゃねえよ」



 リオンを軽く小突いてから、ユフィーリアは可愛い4人の部下に振り返る。


 第二王子様の味方はたくさんいるが、ユフィーリアの味方は彼ら4人だけだ。集められた半獣人や獣人など最初から戦力外通告である。彼らは彼らの故郷の為に戦えばいい。

 ユフィーリアたちはただ壊すだけだ。壁も王宮も色々と、壊して壊して第二王子様を国王決定戦の会場にお届けするのだ。



「建物ぐらいなら壊していいかねぇ?」


「いいんじゃねえかな、あとで直すし」


「はいよぉ」



 白い壁を睨みつける瞳が明らかに堅気ではない雰囲気のエドワードは、グッと拳を握って頷いた。



「敵は全部殺していい!?」


「殺せるなら綺麗に殺せ。あとで死者蘇生魔法の申請するから」


「あいあい!!」



 狂気的な笑みと共に物騒なことを宣うハルアは、元気に敬礼する。



「おねーさんは弱いから戦えないわヨ♪」


「出来る限り支援に回れ」


「はぁイ♪」



 いつもの楽しそうな調子で頷くアイゼルネは、胸元に深く刻み込まれた谷間からトランプカードを取り出す。



「ユフィーリア……」


「不安か?」


「少しだけ」



 どこか不安げな表情で近づいてきたショウの頬を撫で、ユフィーリアは「安心しろ」と微笑む。



「怖かったら後ろにいていいから」


「嫌だ」



 ショウは首を横に振り、



「貴女だけに辛い思いを背負わせないって決めたんだ」


「真面目だな、アタシのお嫁さんは」



 ユフィーリアはショウの頭をちょっと強めに撫でてやり、



「じゃあショウ坊にお仕事をお願いしようかな」


「?」


「あのな、――――して、こう――――」



 ユフィーリアはショウに耳打ちをする。ふんふんと真面目に耳を傾けていた最愛のお嫁さんは全てを聞き終えると、真剣な表情で頷いた。それから歪んだ白い三日月――冥砲めいほうルナ・フェルノで晴れ渡った空に飛び立つ。

 どうせやるなら楽しく、面白くである。国家転覆の計画に乗るなら盛大にやってナンボだ。壊せるものは壊し、殺せるものは殺してやろう。


 ショウが飛び立つ様を見ていたリオンは、



「お前の嫁は一体どこに?」


「ん?」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を銀製の鋏に変えながら、



「宣戦布告」



 その直後である。



 ――――ッッッッッッッッッドン!! という爆発音が響き渡った。



 見れば白い壁にの一部が、見事に崩れ落ちていた。開け放たれた扉は破壊され、入り込む部分が拡張されている。

 唖然と立ち尽くす旅行者は、空に浮かぶ歪んだ三日月と空を自由に飛ぶ女装メイド少年の姿を見上げていた。なかなか面白い反応だ。


 叛逆側も呆然とする中、ユフィーリアは声を張り上げる。



「――叛逆じゃあああああああ!!」



 雄叫びを上げたのはエドワード、ハルア、アイゼルネの3人だけだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】演説とか苦手な魔女。そう言った才能の代わりに魔法の才能へ全振りされた。授業や儀式ならまだしも演説とかやったことない。

【エドワード】上司の照れ隠しで八つ当たりされた。腕が痛い。

【ハルア】上司が照れ隠しでエドワードに八つ当たりしたところを笑いながら見てた。そんなこともあるんだね。

【アイゼルネ】上司が綺麗に滑り倒していたことが珍しくて面白い。

【ショウ】照れて八つ当たりをするユフィーリア可愛い可愛い。


【リオン】王子だから演説とか得意。人身掌握を完全に理解しているカリスマ性溢れる王子様。

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