第19話【問題用務員とお誘い再び】
「シュッツにいちゃん!!」
「にいたん」
「にちゃ」
貧困街に戻ると、シュッツの幼い弟たちが一斉に戻ってきた兄の足にしがみついた。
「リュカ、ノア、ミゲル、ただいま」
「にいちゃん、むりしないでよ!!」
「しないで」
「なで」
「悪かったって」
幼い弟たちに足をポコポコと殴られて、シュッツは困惑したような表情で謝罪していた。エドワードと同等の強面もこの時ばかりは緩んでいる。
兄が無事に帰還して文句を垂れていた3人の弟たちだが、今度は妹のライラに標的を移した。無事な様子の姉の姿を認識したちびっ子3人衆は素早くライラに突撃すると、シュッツと同じようにポコポコと叩き始めた。
困り顔で小さな弟たちの拳を甘んじて受けるライラは、
「痛いよ、みんな」
「らいらねえちゃんはひとりであるかない!!」
「ない!!」
「ない」
「分かったわ、ごめんなさい。今日はどうしても街で必要なものがあったから」
微笑ましい兄妹のやり取りである。
幼い弟たちも、連れ去られた姉の身を案じていたのだ。素敵な兄弟愛である。たまに人間の心の有無を疑われる学院長のグローリア・イーストエンドですら感動の涙を流しそうだ。
シュッツたちヴェロニカ兄妹のやり取りを見守るユフィーリアは、
「素晴らしい兄弟愛だなァ」
「そうだな」
同様に抱き合うシュッツたちを眺めていたリオンが頷く。
無事に戻ってきたライラを他の住民たちが出迎え、徐々に騒がしさが拡大していく。特にシャルはライラに抱きつくなり「よかったわ、ライラ!!」と無事だったことに喜んでいた。
シュッツなんかも妹を守って獣人相手に喧嘩を売ったことで、他の半獣人男性から小突かれて恥ずかしそうにしていた。今のところは目立った外傷がなさそうである。
これで貧困街にも平和が戻った。魔法で僅かにしか維持できない平和だが、それでもきっと彼らは力強く生きていくはずだ。
「よし、これで万事解決だな」
ユフィーリアは「じゃ」と片手を上げて、
「アタシら帰るわ」
「待て待て待て」
「ぐえッ」
帰ろうとした矢先に首根っこを掴まれ、ユフィーリアの口から蛙が潰されたような声が出てしまった。
これ以上に引き止められる理由はない。
不治の病に侵された患者は全体的に治癒魔法で完治させたし、炊き出しも全員に行き渡ったはずである。他にやることがあるとすれば住民たちのボロ屋をまともな家屋に変えることだろうが、そんなところまで面倒を見ていたらキリがない。少しばかり貧困街の状況は改善されただろうが、それだけで十分すぎる働きではないのか。
ユフィーリアはリオンを睨みつけ、
「何するんだよ!?」
「今日の出来事は、オレ1人の力ではなし得なかったことだ」
リオンは静かに語り、
「どうにか状況を改善しようと努力してきたつもりだったが、まだまだオレも勉強不足だったと思い知った。感謝しよう、ユフィーリア・エイクトベル」
「おうよ、死ぬまでアタシのことを崇めて敬えよ」
「その上で、やはりお前たちの協力が必須だ」
ユフィーリアを真っ直ぐに見据えるリオンは、
「頼む、ユフィーリア・エイクトベル。この国を変える為の力を、オレに貸してくれ」
昨日も聞いた、国家転覆の協力要請である。
面白い話題だとは思う。国家転覆の機会など滅多にないし、それに協力できたらこの上なく素敵な笑い話になるに違いない。第一印象は最悪だったが、貧困街の住民からも慕われているという側面を知った今では協力してやるのも吝かではない。
でも、ユフィーリアは首を横に振った。
「嫌だな」
「何故だ」
「腹の中に別のものを抱えた奴の、上部だけ取り繕った綺麗なお願い事なんか誰が叶えてやるってんだよ」
雪の結晶が刻まれた煙管を吹かせ、ユフィーリアはリオンの協力要請を突っぱねた。
問題児が問題行動を起こすのは、ほとんど『面白いから』という至極単純でくだらない理由だ。お綺麗な理由なんてなく、結局のところ自分自身の欲望に忠実な訳である。
国家転覆は面白い計画とは思うが、その大義名分が『獣王国の環境をよくする為』ではつまらない。何度も言うが綺麗でまともな理由で行動はしたくない主義なのだ。利用されているようで反吐が出る。
「お前がいつまで経っても腹ん中を見せないってなら、アタシらは何も協力はしねえ。今日の出来事も全部気まぐれだ。思い上がるなよ、第二王子様」
そう言い残して、ユフィーリアは踵を返す。
騒がしくなる貧困街の中、リオンはただ静かに立ち尽くしているだけだった。追いかける訳でもなく、じっと遠ざかっていくユフィーリアたちの背中を見送る。
まるで自分の中の何かと葛藤しているかのように、その傲慢な王子様は異様に静かだったのだ。
☆
「また断ったのぉ?」
「誰が獣王国の為に一肌脱いでやるってんだ」
貧困街から人通りの多い商店街に戻ってきたユフィーリアは、エドワードの疑問を一蹴する。
この期に及んでまだ綺麗事を取り繕うとは、さすが王族である。表面だけは笑顔のままで腹の中には黒い欲望を隠し持っているのに、それを曝け出さずに「国を変えたい」とか綺麗なことを宣うのだ。それはそれで結構だが、問題児をお誘いするには些か物足りない。
ユフィーリアは「じゃあ聞くけど」とエドワードへ振り返り、
「お前は『この国を変える為にお前の力を貸してくれ』って言われたら貸すのか?」
「絶対に嫌だねぇ」
エドワードもまさかの否定である。なら何で「また断ったのぉ?」などと聞いたのか。
「まあ、アイツがどんな判断をしてくるのか楽しみだな」
ユフィーリアの分かりやすい要求を受けてもなお腹の底を見せないのであれば、リオンとのやり取りはそれまでだ。その時は第七席【世界終焉】として縁切りでもすれば彼との関係性は永遠に終わる。
だがもし、素直に腹の底を見せることが出来れば上出来だ。その時は喜んで協力してやろうではないか。
ユフィーリアたちは英雄でも、救世主でもない。常識に泥をかけ、慣習に唾を吐き、当たり前という言葉に中指を立てるような問題児である。
「どんな話が聞けるのかなっと」
雪の結晶が刻まれた煙管を吹かせ、ユフィーリアは薄らと笑う。
《登場人物》
【ユフィーリア】魔眼の影響で相手が嘘を吐いているのかどうか分かるようになった。自分自身、嘘を吐くのは上手いと思っているが実は下手である。すぐバレる。
【エドワード】嘘を吐くのはあまり得意ではないのだが、不思議なことにバレない。何でだろうね。
【ハルア】すぐに嘘がバレる代表。目が泳ぎ始めるので嘘がバレるので、嘘を吐く時は喋らない方がいいとはまだ気づいていない。
【アイゼルネ】嘘がバレない代表。表情が見えないことも要因しているが娼婦だったので自分の気持ちを偽るのを慣れているが、ユフィーリアにはバレる。
【ショウ】ハルアと同じく嘘はバレるのだが、ユフィーリアに関する嘘や隠し事だけはバレない。そもそも疑われない。
【リオン】王族なので偽ることは得意なはずだが、残念ながらユフィーリアにはお見通しの様子である。