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第18話【問題用務員と獣人差別】

「お前たち、無辜むこなる民草を相手に権力を振りかざすとは何事だ。恥を知れ!!」



 リオンの怒声が響き渡ったのは、屋台や数々の商店が並ぶ賑やかな商店街である。今日も今日とてたくさんの旅行者や獣王国『ビーストウッズ』の住人で犇いており、雑踏を掻き消さん勢いで通った怒声に誰もが注目していた。

 騒ぎの中心にいるのは、牙を剥いて威嚇をするリオンである。相対するのは黒豹の獣人と羊の獣人、それから猿の獣人だ。獣人側はリオンと違って綺麗な衣類に身を包み、金銭を持っていそうな雰囲気はある。


 そして彼に庇われているのは、口の端から血を流すシュッツと怯えた様子でシュッツの側に隠れている銀髪の少女だ。顔立ちや目の色、頭頂部でペタンと伏せた犬の耳から判断してシュッツの妹だろう。



半獣人デミ・アニマのくせに獣人の俺たちへ逆らおうと言うのか? 貴様こそ、立場が分かっていないようだなぁ!?」



 黒豹の獣人が牙を剥いてリオンに威嚇をする。

 背後で控えるシュッツと妹は威嚇されて怖がるように耳を伏せるが、リオンの態度は毅然としたまま変わらない。元々は高貴な存在だったので獣人に怒鳴り返される程度で怯まないのだろう。


 リオンは「お前こそ、誰を前にしている!!」と言い放ち、



「このオレは獣王国が第二王子だ。王族たるこのオレに口答えするなど、不敬だぞ!!」


「王族?」



 黒豹の獣人が緑色に輝く瞳を細めて、リオンの格好を頭のてっぺんから爪先まで観察する。それから羊の獣人、猿の獣人ともども噴き出した。



「はははははははは!! 面白い、何の冗談だ?」


「ただの半獣人デミ・アニマが王族だと? 笑わせるな!!」


「王族ならばそんな小汚い格好をしていないだろう!!」



 傲慢な獣人たちは指差して大笑いする。


 リオンは「何がおかしい!!」と叫ぶも、信じてもらえなくて当然だ。

 頭頂部から生えた獅子の耳も腰から伸びる獅子の尻尾も、全部偽物だと断じられてもおかしくない。この獣王国で最も高貴な存在であるはずの獅子族獣人が、こんな大衆の場にいること自体が間違いなのだ。なおかつボロボロの格好も彼らの嘲笑を後押しする要因だろう。


 シュッツとその妹から鋭い視線が送られ、旅行者や通行人の半獣人たちは見ないふりをしている。一般人からすれば相手の喧嘩に首を突っ込んで痛い目を見たくないからだろう。その気持ちは大いに分かる。



「どうせその耳も偽物なんじゃないのか? ええ?」


半獣人デミ・アニマの分際で生意気なことを言うんじゃないぞ」


「穢れた血の流れる半獣人に、我ら獣人の高潔さは理解できんだろうなぁ!!」



 往来で好き勝手に獣人至上主義に頭をやられた獣人たちが半獣人であるリオンを罵倒し、周辺でハラハラと成り行きを見守っていた半獣人デミ・アニマたちの目線が冷たいものに変わる。


 かつて、人間が獣人に対して大量虐殺をしたことがあるのは歴史上でも有名だ。そして獣人が人間に快い感情を抱いていないとも理解している。昔のことを鑑みれば未だに恨みが根付いているのだろう。

 そんな感情を抱いているのは、一部の阿呆な獣人だけだ。半獣人は、獣人と人間が交じって生まれた種族である。獣人も人間に対する恨みを忘れてお互いに歩み寄ろうと考えているのだ。


 それなのに半獣人を「穢れた血の流れる種族」と差別できるのは、全くもって恐れ入る。どこまで偉そうにすればいいのか。



「あ、手が滑ったぁ」


「ぎゃああああああああああああああッ!?」



 何か色々とうるさいので、ユフィーリアは指を弾いて黒豹の獣人に氷柱をお見舞いしてやる。もちろん先端は丸めて、突き刺した先は彼の尻の穴だ。

 地面から唐突に生えた氷柱に強襲され、黒豹の獣人は情けなくもハクハクと口を開閉させながら痛みに耐えているご様子だった。綺麗な緑色の瞳には涙まで浮かんでいた。楽しそうで何よりである。


 ユフィーリアは人混みを掻き分けて進むと、喧嘩の場の中心に躍り出た。華麗に長い銀髪を翻して、高貴な獣人たちに笑顔を向ける。



「お? 凄えなこれ、どこで売ってるマスクだ? アタシもほしいなぁ」


「あだだだだだだだだだだ止めろ止めろ馬鹿野郎それは皮膚だマスクじゃない!!」


「ヒゲ、ヒゲ」


「ヒゲも引っ張いだだだだだだだだーッ!!」



 満面の笑みで黒豹の頬の毛皮をぶちぶちと引き千切り、髭も問答無用で引っ張る。やることを理解したのか、ハルアとショウは一緒になって黒豹の獣人の腰で揺れる尻尾を綱引きのように引っ張り、エドワードとアイゼルネは黒豹の肉球を指先でぷにぷにとご堪能中だ。

 完全に玩具の扱いである。高貴な獣人たちはここまで酷い扱いをされるとは思っていなかったのか、黒豹の獣人はそこかしこから襲いかかる激痛にぎゃあぎゃあと悲鳴を上げていた。


 黒豹の獣人は涙を流しながら、



「何なんだ貴様らぁ!!」


「お? 口の利き方がなってねえ黒猫ちゃんだな」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を銀製の鋏に切り替え、



「おい、コイツの首を刈り取って部屋に飾ろうぜ。黒豹だからきっと格好いいだろ」


「いいねぇ、目玉のところはいらないからお花でも生けようかねぇ」


「歯もいらないから全部抜いちゃってよ!! オレの玩具にするから!!」


「尻尾もほしいワ♪ おねーさんのストールにするノ♪」


「手もほしい。このぷにぷに肉球を存分に堪能したい」


「勘弁してください!!」



 命の危機を感じ取った黒豹の獣人は謝罪の言葉を叫ぶのだが、ユフィーリアは「え?」と笑顔で聞いてないふりをした。



半獣人デミ・アニマが『穢れた血の流れる種族』なんだろ? じゃあその元となったアタシら人間はどうなんだ?」


「あ、ぁ」


「なあなあ聞いてる? その穢れた血が流れる人間様に負けるお前ら畜生どもはどうなんだなあなあなあ? 聞いてる、なあ? 聞いてる?」


「あがあああああああああッ!!」



 黒豹の獣人の肩を押してやり、ユフィーリアはさらに獣人の尻へ深く氷柱を飲み込ませてやった。気持ちよさのあまり叫び始めやがった。



「いやァ、アタシは昔から獣人虐殺を反対してきた魔女でな。だってお前らもちゃんと生きているし、何より獣人の考えには大いに賛成できる。弱肉強食っていいよな、強い奴が正義で弱い奴が悪だ」



 大袈裟な身振り手振りを交えて演説するユフィーリアは、綺麗な笑顔をフッと消し去って無表情のまま問いかける。



「――で? アタシが強いんだから正義で、負けたお前らは悪だよな。悪は正義に殺されるのがお約束だと思うんだが、死にたいという方向性でよろしいか?」


「ぃ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、死にたくない死にたくない!!」



 黒豹の獣人は無様に命乞いをしてくるが、ユフィーリアはスッと指を掲げただけだった。

 銀製の鋏を使うなど、とんでもない。こんな子猫ちゃんを切り飛ばす為に綺麗な鋏を使うのはもったいない限りである。こんな雑魚の血糊で錆びたら困る。


 ユフィーリアは「あははははは」と笑うと、



「冷凍保存」


「ぎゃッ」



 氷の魔法を発動させ、黒豹の獣人は尻に氷柱を突き刺したままの姿勢で不格好な氷像となった。綺麗に凍りついてしまっている。

 一連の流れをただただガタガタと震えながら身を寄せ合っていた羊の獣人と猿の獣人を一瞥すれば、彼らは脱兎の如くその場から逃げ出した。仲間を1人犠牲にするとは情けない獣人である。


 ユフィーリアはハルアとショウの背中をポンと叩き、



「ハル、ショウ坊。捕まえてこい」


「あいあい!!」


「分かった」



 問題児の中でも特に機動力に優れた未成年組を捕獲部隊として送り出し、ユフィーリアはとりあえず凍りついた黒豹の獣人に看板を引っ掛ける。

 看板には『実験台です、ご自由にお使いください』とだけ書いてから転送魔法を使用してその場から消した。送り先など決まっている、ヴァラール魔法学院の学院長室である。


 ユフィーリアはリオンへと向き直ると、



「無事ィ?」


「見ての通りだ」



 リオンは獅子のお耳をペタンと伏せさせて、



「お前たちが怖い……」


「他人の嫌がらせには一家言あるんでな」



 というのも、名門魔法学校を創立当初から騒がせるウルトラ問題児である。他人の嫌がることには敏感なのだ。

 今回の場合は獣人たちに根付いた弱肉強食の精神を利用して、遠慮なしに色々とやらせてもらった次第だ。どちらが強者か分からせてやる必要があったのだ。


 ユフィーリアはリオンの背後に控えたシュッツに歩み寄り、



「名誉の負傷か?」


「ッス」


「妹を守るなんて大した奴だよ」



 喧嘩をしていたと言う割にはシュッツにそこまで目立った外傷は見られない。とりあえず全体的に回復魔法をかけておき、適用されなかった部分は詳しく診察するという方式でいいだろう。


 ユフィーリアは傷だらけのシュッツに回復魔法をかけてやり、それから彼に守られている妹も見やる。

 くすんだ銀髪と琥珀色の双眸、勝ち気な印象のある顔立ち。見た目はシュッツと似ており、さすが兄妹だと頷かせる。



「初めまして、アタシはユフィーリア・エイクトベルだ。よろしく」


「ら、ライラ・ヴェロニカです。兄とリオンさんを助けてくれてありがとうございます」


「礼儀正しい奴は好きだぜ、ちゃんとお礼が言えて偉いな」



 ライラと名乗ったシュッツの妹は、どこか怯えたような態度でシュッツの後ろに隠れてしまう。先程の黒豹を氷漬けにしたのが恐怖を招いてしまったか。


 すると、ユフィーリアの懐から聞き覚えのある呼び出し音が響く。

 取り出したものは通信魔法専用端末『魔フォーン』である。平たい板のような見た目の魔法兵器には見覚えのある名前が並んでおり、ユフィーリアが通信魔法に応じるように呼んでいた。


 ユフィーリアは魔フォーンの表面に親指を触れさせ、



「あーい」


『ユフィーリア、いきなり僕の部屋に氷漬けになった黒豹の獣人が送られてきたんだけど!?』


「おう、お土産お土産」



 魔フォーンから聞こえてきたのは、お馴染みの学院長であるグローリア・イーストエンドだ。どうやら無事にお土産が届いたらしい。



「ソイツさ、獣人至上主義を掲げる獣人なんだよ。ご自由に使ってやれや」


『え、いいの? やったあ、じゃあ【自主規制】して【放送禁止】して【検閲削除】』


「あ、聞いてるだけで気分が悪くなってきたので切りますお疲れっした」



 ユフィーリアは問答無用で通信魔法を切断する。


 獣人至上主義に反対しているのは、何もユフィーリアだけに限った話ではない。学院長であるグローリアも同じなのだが、彼はユフィーリア以上に獣人至上主義を掲げる高貴な獣人たちを非難していたのだ。

 その思想を掲げる獣人たちをお土産として提供されれば、何をされるか分かったものではない。魔法の実験で生きていられるといいが。


 魔フォーンを懐にしまいながら、ユフィーリアは言う。



「差別はなァ、嫌いだよなァ。全員仲良く手を取り合った方が面白いもんな」



 この場に於ける絶対強者に異議を唱えることは出来ず、リオンやシュッツたちは頷かざるを得なかった。

《登場人物》


【ユフィーリア】ガキ大将のような性格をしているが、身内や仲間内は大切にするタイプのガキ大将。なので敵に回ったら最後、嫌がらせに嫌がらせを重ねられる。

【エドワード】獣人差別に反吐が出るが、上司が差別とかいじめとか大嫌いなタイプなので便乗してやり返す。顔のせいでいじめられないが、近寄られもしないのが悩み。

【ハルア】どうしてみんな仲良く出来ないんだろう、と疑問視。いじめや差別などは気づかないことが多く、また自分でも「馬鹿」だと自覚はあるので素直に認める。ただし知らない奴に言われると手が出る。

【アイゼルネ】差別意識には慣れたものであるが、ユフィーリアたちのおかげで自己肯定感爆上がりなので今や「娼婦のくせに」と言った途端にやり返すぐらいになった。

【ショウ】元の世界では虐待を受けていたが奇跡的に学校でいじめなどはなく、むしろ頭脳明晰な部分を買われて補修組の勉強を見ていたぐらいに信頼はされていた。影に親衛隊みたいなのがいたらしく、彼らのおかげでいじめはなかったらしい。自覚はない。


【リオン】競争意識が高い獣人の血が流れているはずだが、目の前にいる魔女たちが怖くて逆らわんとこうと思っている。競争率の激しい王族出身なので別にいじめは慣れたもの。

【シュッツ】陰湿な連中や曲がったことが大嫌いな性格なので、いじめとか差別は反吐が出る。それよりも妹に手を出すんじゃねえ。

【ライラ】シュッツの妹。たまたま買い物に来ていたのに、黒豹の獣人から誘拐されそうになったところをシュッツに助けられた。

【グローリア】差別意識などを嫌うヴァラール魔法学院の学院長。校内で発覚したいじめに「いじめをしている暇があるなら勉強しろ」と補修6時間コースを言い渡すぐらい。差別・いじめとは無縁の学校なのは彼の功績。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「いじめをしている暇があるなら勉強しろ」「差別はなァ、嫌いだよなァ。全員仲良く手を取り合った方が面…
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