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第14話【問題用務員と朝の騒動】

 次の日の朝である。



「おはよう、同志諸君!!」



 宿泊中の高級ホテルから出てきたユフィーリアたちを笑顔で迎えたのは、無断で部屋に入ってきた不法侵入変態野郎ことリオン・レオハルト・ビーストウッズである。昨日の事件があったとは思えないほど爽やかな笑顔だった。


 高級ホテル前で出待ちしていたリオンに、ユフィーリアは顔をしかめる。エドワードやハルアも「うわ」「いたね!!」などとあからさまに嫌そうな態度を見せ、アイゼルネとショウをそれぞれ庇うように立つ。

 出待ちをするならまだしも、とは言ったものの昨日の事件が色濃く残っているので正直なところ会話をしたくない。どうせ碌でもないことを言うに決まっているし、そもそも彼の計画に乗ると承諾した訳ではないのに同志扱いをされても困る。


 不機嫌そうな表情で雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、



「おはよう、変態王子様。早速その面を見せてきたってことは氷漬けにされて高級ホテルの前に放置されたいってことでいいんだな?」


「よくないな」


「じゃあとっとと消えろ。朝から変態クソ野郎の顔面を拝んで気分が悪い」



 現在、朝の7時を過ぎた頃合いである。

 昨日のうちに協議を済ませた結果、朝食は獣王国『ビーストウッズ』が誇る屋台飯にしようということになったのだ。そんな訳でこうして朝早くの段階からお出かけである。


 そのお出かけを、初っ端から変態クソ王子様野郎に邪魔されたのだ。いくら宇宙より広い心を持っているユフィーリアでも、最愛の嫁と可愛い部下に危害を加えそうな人物と接するのは許せないものがある。



「何だ、これから朝食か」



 リオンはにんまりと口の端を吊り上げ、



「ならば、なおのことオレを連れて行った方がいいぞ。獣王国はオレの縄張りだからな、民草もオレのことを崇めて仕方がないのだ」



 そんなことを自慢げに話すリオンだが、ユフィーリアたちは聞いちゃいなかった。



「お前ら、何食う?」


「獣王国の朝ご飯は何が代表的だったっけぇ?」


「雑誌で読んだものだと揚げパンが主流だとか」


「揚げパンに香辛料の効いた肉を挟んで食べるんだよ!!」


「朝から重たそうネ♪」



 リオンの話を無視して会話を進め、スタスタと彼の横を通り抜けていく。お部屋に不法侵入するクソ王子様など、誰が崇めると言うのか。全てこの王子様モドキの妄想ではないのか。


 すると、ユフィーリアたちの前に誰かが立ち塞がった。

 真横を通り抜けて「おい、待て!!」と騒がしいリオンが回り込んできた訳ではない。ボロボロの衣服を身につけた半獣人の青年だった。くすんだ銀髪と琥珀色の瞳、頭頂部ではピンと尖った犬の耳が存在を強く主張している。昨日、人混みに紛れるようにして佇み、ユフィーリアたちを睨みつけていた半獣人の青年だ。



「シュッツ、その銀髪の女を捕まえろ!!」


「は?」



 背後から飛んできたリオンの鋭い命令に、ユフィーリアは反応を示す。


 シュッツと呼ばれた半獣人の青年は、ユフィーリアの華奢な腕を大きな手のひらで掴んできた。伸び放題になっている尖った爪、骨を折る勢いでユフィーリアの腕を握り込んでくる腕力。よく見ればボロボロの衣類の下には鍛え抜かれた肉体が隠されており、貧困街に住んでいそうな見た目とは対照的にかなりの肉体派であることが窺えた。

 この青年、リオンの配下か。ビーストウッズにユフィーリアたちがやってきた当初から観察していたのは、リオンの命令があったからだろう。


 魔法で弾き飛ばそうと雪の結晶が刻まれた煙管を握るユフィーリアよりも、最愛の嫁であるショウの敵排除スイッチが入る方が早かった。



「ユフィーリアに触らないでください」


「ッ!?」



 白い海兵風のワンピースと縞模様の靴下、磨き抜かれた黒いストラップシューズという可愛らしい格好をしたショウは、足元が僅かに地面から離れていた。その原因は、彼の背後にある歪んだ三日月がもたらす加護である。

 冥砲めいほうルナ・フェルノ――超高火力を誇り自由自在に空を飛ぶことが出来る『飛行の加護』を有する神造兵器レジェンダリィだ。すでに矢がつがえられた状態で、白い三日月にはごうごうと燃え盛る炎が束ねられている。


 冷酷な赤い瞳でユフィーリアの腕を握り続ける半獣人の青年を睨むショウは、



「なおもユフィーリアから手を離さないのであれば、貴方を骨まで消し炭にします。死んで冥府の底で後悔してください」


「…………」



 ペタンと頭頂部で存在を主張していた彼の犬耳が垂れ落ち、尻尾も恐怖からか股の間を潜っている状態である。表情こそ強がってはいるが、ユフィーリアの腕を握る彼の手のひらには汗が滲んでいた。

 第二王子であるリオンの命令よりも、そのシュッツという青年が選んだのは己の命だった。ゆっくりとユフィーリアの腕を解放して、もう何もやらないと言わんばかりに距離を取る。ショウも相手の行動を確認してから、冥砲ルナ・フェルノを消した。


 リオンは「何故離す!?」と叫び、



「小僧の脅しに屈するは情けないな!!」


「部屋に不法侵入するクソ野郎が生意気言ってんじゃねえぞ」


「あだぁ!?」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして、リオンの脳天に一抱えほどもある氷塊を叩き落とす。脳天を直撃した氷塊の痛みにリオンの絶叫が朝の高級ホテル前に響いた。



「えッ」



 ユフィーリアの言葉に反応を示したのは、半獣人の青年の方だ。初めて聞いたと言わんばかりの態度であり、琥珀色の瞳を見開いて驚きを露わにしている。



「リオンさん、またやったんですか」


「おい聞け、これは歴とした作戦でな。別にやましいことは何もしていないぞ」



 リオンは慌てた素振りで取り繕うが、青年の方は問答無用だった。

 ユフィーリアたちの横を通り過ぎると、冷や汗を流してバチャバチャと目を泳がせるリオンの頭を鷲掴みにする。5本の指が万力のようにリオンの頭蓋骨を締め上げ、彼の口から甲高い悲鳴が迸った。


 これは凄い光景だ。偉そうにしていた第二王子様、謀反の瞬間である。



「不法侵入はビーストウッズでも犯罪なんスよ」


「イダダダダダダダダダダダダダすまんて!! ごめんて!!」


「自分に謝るのは違うでしょ」



 そうして青年は頭を鷲掴みにしたままの状態で、激痛を訴えてくる第二王子様をユフィーリアたちの眼前に突き出してくる。



「ほら謝って」


「ごめんなさい!!」


「はいよろしい」



 青年は頭を鷲掴みにしていたリオンを乱暴に地面へ落とすと、流れるようにユフィーリアたちへ頭を下げた。



「この度はウチのボスが申し訳ないです」


「随分と礼儀正しいな、お前。こっちを睨みつけていたとは思えねえ」


「すんません。ボスに『勧誘してこい』と言われたんスけど、口下手なものッスからまともに話すことが出来ずに睨みつけるだけになっちまいました」


「いやいいよ、話が通じるような相手でよかった」


「うス」



 半獣人の青年は顔を上げると、



「自分、シュッツ・ヴェロニカっていいます。またウチのボスが変なことをやらかしたら言ってください」


「頼りにしてるわ」



 シュッツ・ヴェロニカと名乗った半獣人の青年にリオンの処遇を任せ、ユフィーリアたちは朝食を求めに商店街へ向かった。



 ☆



 ――もうこれで変なことはないだろう、と思っていた時期がありました。



「何でお前がいるんだろうなァ」


「ほが?」



 揚げたパンに薄切りの肉や野菜などを挟んだサンドイッチに齧り付くユフィーリアは、隣で平然と同じ食事を頬張るリオンに視線をやる。

 彼の側にはあの手厳しい半獣人の青年――シュッツがいない。おそらくユフィーリアたちと別れたあとで彼の存在を撒いてきたのだろう。今からでも遅くないので通報できないだろうか。


 指先についたパン屑を舐め取るリオンは、



「用事があると言ったのに、話を聞かずにとっとと去ってしまうのが悪いんだろう」


「不法侵入をした変態の話を聞く価値ってあるか? 氷漬けにして殺さねえだけマシだと思えよ」



 ジト目で睨みつけるユフィーリアに、リオンは「まあまあいいだろう」と軽い口調で言った。



「それに市場へ用事があったのも事実だしな」


「アタシらに絡むのが用事だってんなら無視するからな」


「そんな訳がないだろう、オレだって忙しい身だ」



 ふふん、とどこか自慢げに言うリオン。その澄まし顔に平手打ちでも叩き込んでやりたいところだが、ちょうど両手が朝ご飯のサンドイッチと飲み物で塞がっているので殴れなかった。代わりに軽く脛の辺りを蹴飛ばしておいた。


 すると、どこからか「あらぁ!!」という弾んだ声が聞こえてくる。

 何かと思えば、屋台で鉈みたいな包丁で野菜を切り刻んでいたらしい初老の女性が明るい表情でリオンに手を振っていた。頭頂部から生えた猫の耳がピンと立ち、尻尾も興奮気味に揺れている。



「リオンちゃんじゃないの」


「おはよう、マダム。朝から綺麗だな」


「やだわ、口の上手いことを言って!!」



 リオンのお世辞に気を良くしたらしい半獣人の女性は、何やら屋台の下から大量の紙包を取り出す。それを両手いっぱいに抱えてリオンに突き出した。



「ほら持っていっておやり!!」


「いつも助かる」



 爽やかな笑顔で大量の紙包を受け取るリオンに、半獣人の女性が顔を赤らめる。「またいつでも来な」と気前のいいことまで言っていた。

 さらに「お、リオンじゃねえか」「この前は助かったぜ」「これも持っていきなよ」「また来てね、サービスするよ」などと別の屋台から次々と大量の商品を押し付けられる。リオン1人で抱えきれず、誰かが持ってきた大きめの荷車に積み重ねることとなった。


 リオンの人となりが成せる技なのか、それともビーストウッズは貧困街の半獣人デミ・アニマに優しいのか。ただ屋台が立ち並ぶ商店街を歩いただけで、食うに困らないほどの食べ物をたくさん貰っていた。



「え、何事?」


「オレは民草を見捨てない王族だからな。困っている民を助けてやっていたら、対価として食べ物や日用品などを貰えるようになった訳だ」



 ガラガラと食べ物が積まれた荷車を引くリオンは、



「今からこれを貧困街に届ける。お前たちも来い」

《登場人物》


【ユフィーリア】朝飯を昨日のように屋台飯に提案したらリオンに遭遇したので、提案しなければよかったと後悔。普通に部屋で朝飯を食えばよかった。

【エドワード】朝から面倒ごとの気配。いつでもリオンに襲い掛かれるようにしていたが、今回はストッパーがいた様子で安心。

【ハルア】コイツしつこいからいつ仕留めようかな、と考えている。

【アイゼルネ】戦力外通告は慣れたものなので自主的にエドワードの背後に隠れていた。

【ショウ】ユフィーリアの邪魔は絶対殺すマン。史上最高の女神に触れるとは何事だ、その前身を焼き尽くして浄化してやる。


【リオン】未だに不法侵入者の印象から抜け出せない第二王子様。犯罪をやらかすけど、カリスマ性はある模様。

【シュッツ】リオンの配下らしい半獣人の青年。王族であってもリオンに意見を言えるし暴力も振るう。正義感が強い性格。

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