第11話【問題用務員と怪しい視線】
色々と購入していたら夕方になっていた。
「楽しかったワ♪」
「疲れた……」
ウキウキとご機嫌な足取りで総合衣装専門店から撤退するアイゼルネとは対照的に、ユフィーリアはげっそりと疲れ切っていた。
あれから帽子やベルトなどの装飾品を試され、様々な靴も試着し、ショウが選んだ趣味全開の真っ白いワンピースに似合う最高の装飾品を選んでいたら時間がかかってしまった。30回以上の試着よりも疲れた気がする。
その結果、ショウが選んでくれた白いワンピースの他に帽子や靴なども購入する羽目になった。小物類を見繕うのに何店舗か巡ったので、時間がやけにかかってしまった原因である。
両腕に引っ掛けた複数の紙袋に視線を落とすユフィーリアは、どこかげんなりとした調子で呟いた。
「これ持って歩くの嫌だな……」
「持つぞ?」
隣を歩いていたショウが手を差し出してくるが、彼の細腕に荷物を持たせるのも何だかアレである。罪悪感とかアレとかソレとか色々な感情が押し寄せて大爆発を引き起こしそうだ。
ショウの大天使に匹敵する優しさは甘んじて受け止めるとして、ユフィーリアは「ありがとう、気持ちだけもらっておく」と答えるだけに留めた。荷物は転送魔法でホテルの客室に突っ込んでおけばいいだろう。
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしてユフィーリアが転送魔法を発動すると、両腕に引っ掛けていた複数の紙袋がパッと消える。これで安心だ。
「――――」
視線があった。
「ッ!!」
「はッ!!」
「あ?」
エドワードとハルアが素早く反応する。2人揃って周囲に鋭い視線を巡らせるものだから、近くを通りかかった通行人が驚いたような表情を見せた。
頼れる先輩と同僚たちが異様な反応を見せるものだから、アイゼルネとショウも「え、どうしたんだ?」「何かあったかしラ♪」などと困惑気味である。何かあったとしか思えない反応であることは間違いない。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「どうしたんだよ、お前ら」
「ユーリぃ、気づいてないのぉ?」
「獣王国に来た時から見られてるよ!!」
エドワードとハルアの言葉に、ユフィーリアは「ああ」と納得したように頷いた。
「あれだろ?」
ツイと煙管を滑らせた先にいたのは、人混みに紛れ込むようにして佇むボロボロの衣服を身につけた背の高い青年である。
くすんだ銀髪と鋭い琥珀色の双眸、頭頂部でピンと存在を主張しているのは尖った犬の耳である。刃のような鋭い眼差しをユフィーリアめがけて突き刺しているものの、相手から行動を起こすような素振りは見られない。通行人は彼に接してはいけないと思っているのか、ぎこちない雰囲気で青年を避けていた。
ユフィーリアは余裕の笑みを口元に浮かべると、
「何もするなよ、お前ら」
「何でぇ?」
「カモとして品定めされてる目線じゃねえからな」
肌をチクチクと突き刺してくる鋭い視線を無視すれば、あの背の高い半獣人の青年など気にすることはない。相手が何もしてこなければ、ユフィーリアたちだって相手にする必要はないのだ。
スリや恐喝などの犯罪に巻き込むことを目的としているのであれば、もっと自然に行動する。偶然を装って体当たりでもすればいいが、ただ人混みに紛れ込んで佇んでいるだけなら下手に相手を刺激するのはよろしくない。もっと別の問題が起きそうだ。
たとえば、青年の後ろについている何者かの事情に巻き込まれるか。
「さっさとホテルに帰る」
「その方がいいねぇ」
「そうだね!!」
「それが1番だワ♪」
「視線が怖い……」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして、今度は転移魔法を発動させる。
時刻は夕方だ、部屋に戻れば程なくして夕食である。今日は旅行の初日から過密な日程となってしまったので、少しでも部屋で休んで疲れを癒したいところである。
唐突に姿を消したユフィーリアたちに通行人は驚いたような反応を見せたが、それ以上の騒ぎはなかった。
☆
視界が一瞬で切り替わり、ユフィーリアたちは利用予定の高級ホテルに戻ってくる。
恭しく頭を下げて「お帰りなさいませ」と出迎えてくれるドアマンを横目に、絢爛豪華な受付に足を踏み入れる。他の宿泊客も獣王国『ビーストウッズ』の観光を満喫して、心地よい疲労感と異国の雰囲気に対する高揚感を胸に戻ってきている頃合いだ。
別館の客室を目指すユフィーリアたちは3回の検査を済ませる。高いお値段に見合った安全性を保証する高級ホテルだから、仕方がないと言えば仕方がない。
「部屋に戻ったら風呂に入りてえなァ」
「汗掻いちゃったもんねぇ」
「お腹空いた!!」
「お部屋に戻ったらご飯かしラ♪」
「夕ご飯は何があるのだろう」
そんな他愛のない会話をしながら、ユフィーリアは客室の扉を開けた。
「はーはっはっはっはっはっは!!」
何か、部屋を盛大に駆け回る馬鹿野郎がいた。
「…………」
ユフィーリアは静かに扉を閉じる。
部屋番号を間違えたかと扉に記載された番号札と受付からもらった鍵を確認するが、やはり間違えている気配はない。扉を開けた際にチラリとユフィーリアたちの旅行の荷物が見えたので、この部屋で宿泊するのはすでに確定されている。
では何故、不審な人物がよりにもよってユフィーリアたちの客室を爆笑しながら駆けずり回っているのか。真夏の幻覚だろうか。何とタチの悪い幻覚だ。
「疲れてんのかな……」
「試着しすぎたんじゃないのぉ?」
「それはアイゼがほぼ原因じゃねえか」
「おねーさんのせいにされても困るワ♪」
「何かいたね」
「いたな」
そうだ、ここのホテルは安全性が保証されている。高い安全性を謳っているから安くない宿泊料を支払って上等な客室を取ったのだ。
だから不審者がいるはずもないし、不法侵入者など以ての外だ。この場所へ来るまで3度も検査を受けなければならないのだから、きっと何かの見間違いである。
先程の馬鹿野郎は疲れが見せる幻覚だと判断したユフィーリアは、再び客室の扉を開ける。
「うはははははははははーい!! あれ暗いぞ!? 夜か!?」
どうしよう、幻覚だと思っていた不審者がまだ客室に居座っていた。しかも困ったことに頭を紙袋に突っ込んでゲラゲラと笑っている。何がそんなに楽しいのか意味が分からない。
というか、あの不審者が頭を突っ込んでいる紙袋はユフィーリアが総合衣装専門店で購入した商品が入っていたものである。よりにもよってショウに選んでもらった白いワンピースを購入した店の紙袋である。購入早々に洗濯する羽目となってしまった。
紙袋に頭を突っ込んで楽しそうにはしゃいでいる馬鹿野郎にゴミを見るような眼差しを突き刺すユフィーリアは、スッと懐から板のような見た目の何かを取り出す。通信魔法専用端末『魔フォーン』である。
「副学院長にエロトラップダンジョンが借りれねえか交渉するか」
「両手と両足を折った方がいいんじゃないのぉ? 簡単に逃げられないようにさぁ」
「甘いね、エド!! オレなら半殺しにするよ!!」
「おねーさんの幻覚でどうにかしてくれようかしラ♪」
「父さんに通報……」
客室で盛大にはしゃいでいた不審者に対する処罰を考える問題児どもだったが、ここで唐突に不審者側が正気に戻った。
頭を突っ込んで楽しんでいたはずの紙袋を脱ぎ捨て、その不審者は「おお、ようやく帰ったか!!」などと弾んだ声で応じる。どうやらユフィーリアたちの帰りを待っていたようだ。明らかに待っている雰囲気ではなかったが。
豊かな黒髪と褐色の肌、そして切長の瞳は綺麗な琥珀色をしている。紙袋を取り払うと整った顔立ちがお目見えしたが、先程までの痴態を全て目撃していたので霞んで見える。何をどうやってトチ狂ったら、こんなイケメンが騒げるのだろうと思えるぐらいに。
特筆すべき箇所は、その不審者の頭頂部に生えた獅子の耳と腰から伸びた獅子の尻尾である。通常の獣人や半獣人では考えられず、相手の立場を鑑みればこんな場所にいること自体が異常だ。
獅子の耳と尻尾が示すのは王の証――この部屋でトチ狂っていた馬鹿野郎は、王族の1人である。
「このオレがわざわざ出向いてやったのだ、首を垂れて崇めるといいぞ」
不審者の分際で偉そうに言うクソ野郎に、ユフィーリアは尻尾を引っ張るという暴行に及んだ。
「凄えな、これ。よく出来た付け尻尾だよ」
「イダダダダダダダダダダ何をする女!! 不敬だぞ!?」
「うるせえぞ不審者」
どうやら作り物ではなく本物らしい尻尾を引っ張られて痛みを訴える不審者の顔面を鷲掴みにし、ユフィーリアは優しく諭す。
「このまま受付に不審者として突き出されるのと、ウチの副学院長お手製のエロトラップダンジョンに突き落とされるのだったらどっちがいい?」
「不敬罪で打首にしてやろうか」
「へえーこの耳って付け耳なのーアタシもほしいー」
「イダダダダダダダダダダ偽物ではないわ戯け!!」
今度はグイグイと獅子の耳を引っ張るユフィーリア。相手が痛みを訴えて暴れるのも何のその、千切り取る勢いで頭頂部から生えた耳を引っ張ってやる。
口調は本当に偉そうなので王族であることは間違いないだろうが、王族でもやっていいことと悪いことがある。この馬鹿がやらかしたのは立派な犯罪だ。不法侵入としてブタ箱にぶち込んでもいいし、何なら副学院長に通信魔法で連絡を取ってエロトラップダンジョンに叩き込んでもいい。
せっかくアイゼルネとショウの為に安全性の高いホテルの部屋を取ったのに、こうも簡単に不審者が侵入できてしまうのだから世の中は信用できない。やはり別の国にするべきだっただろうか。
「おい、いつまで耳を引っ張るつもりだ!?」
「千切れるまで」
「このオレを何だと思っている!?」
「不審者か変態かなって」
「否定できないのが悔しい!!」
不審者は生意気なことに「ええい離れろ!!」と耳を未だに引っ張り続けるユフィーリアを振り払った。それからやおら胸を張ると、
「オレの名は」
「ユフィーリアに乱暴するなんて不敬ですね死罪です冥府の法廷でお会いしましょう」
「ぎゃああああああああッ!? 何だこの、腕、離れあぎゃあああああああああ!!」
ユフィーリアを乱暴に振り払ったことでショウの思考回路が切り替わり、不審者を相手に腕の形をした炎――炎腕によって綺麗なキャメルクラッチが仕掛けられる。最愛の嫁による虚のような光の差していない瞳は、どこか恐ろしいものがあった。
骨を折られる勢いで技を仕掛けられる不審者に、ユフィーリアは静かに合掌する。
まあでも、問題児を相手に喧嘩を売ってきたのだから仕方がない。自業自得だ。次は相手を間違えないようにするのが吉である。
《登場人物》
【ユフィーリア】不審者には一応お話を聞いてみるが、容赦はしない。何でもかんでも暴力で解決しがち。問題児で比較すれば話を聞くだけマシな方。
【エドワード】不審者は大半が顔を見ただけで逃げ出すが、もし逃げ出さない不審者がいれば両手と両足の骨を折って警察組織に突き出す。
【ハルア】コイツの前で奇行に及べばもう生きていられない。
【アイゼルネ】基本的に露出魔と遭遇しやすいのでエドワードかユフィーリアと一緒に行動する。もし遭遇したらどうなるか分からない(自分が)。
【ショウ】この前厄介なストーカーに遭っていたのだが、気付かぬうちに解決していた。さて、誰が何をしたのだろうか。
【不審者】どこから入ってきたお前。