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第9話【問題用務員と食後のデザート】

「ほへえ」


「はへえ」



 未成年組が夢中になっているのは、巨大な鉄製の鍋で練られる白い液体だった。


 屈強な体躯を持つ犬の耳を生やした半獣人デミ・アニマの男2人組で鉄製の鍋を練りに練り、それまでサラサラした白い液体が徐々に固まりつつあった。

 鉄製の鍋は火にかけられているので下の部分が真っ赤に染まり、白い液体を木の棒で練りまくる半獣人の男たちは上半身裸で汗だくの状態となっていた。彼らの筋肉はエドワードと同じぐらいに鍛えられている。筋骨隆々とした男性が好みのルージュが黄色い声援でも投げかけそうだ。


 硝子張りの壁に張り付いて作業場を眺めるハルアとショウは、



「まだかな」


「まだだな」


「もう少しかな」


「もう少しだな」


「何してんだ、お前ら」



 硝子製の壁にベッタリと張り付いて作業場を観察中の未成年組に、ユフィーリアは堪らず声をかけていた。


 作業場が興味津々なのは分かる。白い液体が何になるのかという行く末も気になることだろう。

 ただ視線が爛々としているので作業場の半獣人デミ・アニマたちは、暑さによる汗を掻いているのではなく冷や汗を掻いているようにしか見えない。懸命に鉄製の鍋を満たす白い液体を掻き混ぜているものの、何故かハルアとショウが気になるのかチラチラとこちらを何度も見ているのだ。


 ユフィーリアはショウとハルアの首根っこを掴むと、



「はい、作業の邪魔になるから退散退散」


「もう少し見たい!!」


「あとちょっとで何が出来るか分かるのに!!」


「ずっと見てても何も分からねえだろうが」



 駄々を捏ねる未成年組を引き摺って作業場の前から退散すると、作業中だった半獣人デミ・アニマの野郎どもが申し訳なさそうな表情でペコリと頭を下げた。やはりやりづらかったのだろう。


 自由にすると再び作業場に突撃しそうな雰囲気があったので、ユフィーリアは未成年組の手綱をエドワードに握らせる。代わりに近くの屋台で売っている陳腐な装飾品を眺めていたアイゼルネを連れて、先程の作業場近くに戻った。

 正確には作業場に併設された屋台である。旅行者の目を惹きつける為に作業場を硝子製の壁で覆い、こうして商品が出来上がるのだということを知らせているのだ。


 ユフィーリアはニコニコとした笑顔で対応する屋台のお姉さんに、



「焼きグルトアイスを5人分。味は全部同じ奴、普通の」


「かしこまりました」



 屋台のお姉さんはユフィーリアの注文を受け、足元にあった素焼きの壺から木製のヘラを取り出す。

 そのヘラを使って掬い上げたのは、作業場で男2人組が一生懸命練っていた白い液体だった。素焼きの壺を満たす白い液体は鉄製の鍋で煮られている白い液体よりも粘性があり、ヘラで持ち上げるとよく伸びた。


 もっちりとした見た目の白い液体を紙製の容器に入れ、さらに簡素な木製の小さいスプーンを添えて完成である。



「アイゼ、この3つを先に持って行ってくれ」


「はぁイ♪」



 アイゼルネは3つの容器を器用に抱えると、作業場から遠くに引き剥がされたところで待機する問題児3人組の元に戻っていった。

 安全に戻れたところを確認してから、ユフィーリアは屋台のお姉さんに代金を支払う。やはり屋台飯ということもあって値段も安かった。


 ユフィーリアは「ウチの連中が悪いな」と屋台のお姉さんに謝るが、



「いいえ。とっても可愛らしい視線で、作業員も気合が入ったと思いますよ」


「後ろの連中、否定してるんだけど」



 屋台のお姉さんが言ったことを否定するように、作業場の野郎どもが首を横にブンブンと振っていた。



「尻尾が思い切り振られているので本心は否定していないです」


「難儀だな、半獣人デミ・アニマってのは」


「ウチの作業員って、いわゆるツンデレなんですよね。可愛いんですようふふ」


「そ、そっすか」



 ユフィーリアはそれ以上の反応が出来なかった。屋台のお姉さんの笑顔が妙に怖かったのだ。

 おそらくここの力関係は、屋台のお姉さんが最も上の立場にいるのだ。可哀想なことに、作業場の野郎どもの自由意志はない。奴隷という訳ではなく、単に屋台のお姉さんの方が屈強な男どもより強かったという訳だ。悲しきかな、獣王国『ビーストウッズ』は弱肉強食の世界なので、それが彼らの運命である。


 残りの紙製の容器を抱えて戻ったユフィーリアは、



「おう、どうだ。ソイツらの反応は」


「見てごらんよぉ」



 木の匙を咥えて白い液体を舐め取るエドワードが示した先には、同じく木の匙を咥えたまま微動だにしない未成年組がいた。どこか遠くを見つめちゃっていた。あれはおそらく宇宙が見えてしまっているかもしれない。

 ショウは「ひや……?」と首を傾げ、ハルアは「あつ……?」と目を瞬かせている。反応が面白すぎた。未知なる味に驚きを隠せないのだ。


 紙製の容器をアイゼルネに渡し、ユフィーリアも早速購入したばかりの白い液体を木の匙で口の中に運ぶ。



「ん、美味い」


「最初は熱いのにすぐ冷たくなるのは面白いワ♪」



 アイゼルネも楽しそうな口調で言う。


 木の匙で口に運び入れた時は熱いのだが、すぐに口の中で冷えていき溶けて消える。味はヨーグルトのようにさっぱりとしており、僅かに混ざる酸味がいい刺激となっていた。

 獣王国『ビーストウッズ』を代表するスイーツの焼きグルトアイスと呼ばれるものだ。翼乳牛という翼の生えた乳牛から取れる牛乳を使ったヨーグルトをカチコチに凍らせ、それを鉄製の鍋で熱して溶かすのだ。溶かして練っていくうちに粘性が出てきて、もっちりとした食感が出てくる仕組みである。


 鉄製の鍋で熱するので表面は熱いのだが、まだ内側に冷たさが残っているので熱くて冷たいという不思議な味わいになるのだ。



「ヨーグルト……熱くて冷たい……?」


「ショウ坊、帰ってこい」


「宇宙が見える……」


「うーん、混乱中」



 熱くて冷たいヨーグルトアイスという新食感が今まで経験したことのないことだったらしく、ショウは未だに宇宙を見据えている状態だった。ぼんやりしたまま順調にヨーグルトアイスを食べ進めている。

 これは面白いことになってしまった。ハルアもまだ宇宙を見たまま帰ってこないので、未成年組の常識が塗り替えられている様子である。


 早々に焼きグルトアイスを食べ終えてしまったエドワードは、



「今までハルちゃんは焼きグルトアイスとか甘いのに見向きもしなかったのにねぇ」


「ショウ坊が興味を示すと同じように興味を示すからな」



 この焼きグルトアイスを最初に見つけたのもショウだった。硝子張りの小さな作業場で鉄製の鍋を掻き回す様が珍しかったのか、立ち止まって作業場を観察していたらハルアも一緒に注目し始めたという経緯である。

 他のスイーツ関係の作業場も同じように硝子張りの部屋で作業をしているので、それらを見せたらどうなるだろうか。また焼きグルトアイスと同じように注目するだろうか。


 未成年組の反応が面白かったので、ユフィーリアは未成年組の肩をポンと叩く。



「ショウ坊、ハル。おいで」


「ユーリ?」


「ユフィーリア?」



 焼きグルトアイスを食べ終えたと同時に宇宙から帰ってきたらしいハルアとショウに手招きし、ユフィーリアが連れて行った場所は次なるスイーツの屋台である。

 そこは焼きグルトアイスと違い、巨大な窯に小麦色の生地をベタベタと張り付けている。どうやら焼き菓子を作っている作業場のようだ。


 また見たことのない作業場に興味津々な様子のショウとハルアは、吸い寄せられるように作業場を囲む硝子製の壁に張り付いた。作業中の猫の耳を生やした女性たちは気にした様子もなく、ただ黙々と作業を続けていた。



「ふお」


「ふおッ」



 窯の中に張り付けた生地が焼けたようで、鉄製のヘラで女性たちが取り出したものは焼き目のついたドーナツである。

 焦茶色のドーナツをお盆へ山のように積み上げ、女性たちは山盛りのドーナツを作業場の隅に設けられた台座に広げる。等間隔に焦茶色のドーナツを丁寧に並べると、台座の下から木箱を取り出した。


 木箱の中身は蜜蜂の巣となっている養蜂箱のようである。だがただの蜜蜂ではなく、木箱の中から取り出されたものは丸々と太った琥珀色の蜂だった。



「お、ミツ蜜蜂か。育てるのが上手いな」


「ミツ蜜蜂?」


「花の蜜とかを身体に溜める昆虫で、絞って蜜を吐き出させるんだよ」



 ミツ蜜蜂は上質な樹液や花の蜜を吸って成長し、身体に蜜を溜め込む特性を持った昆虫だ。身体に溜め込んだ蜜を吐き出させると美味しい蜂蜜となり、料理やお菓子作りに使われるのだ。

 だがこのミツ蜜蜂は、かなりの偏食家で有名なのだ。飼育が難しく食わず嫌いをよくするので、餌を用意しても食べずに餓死してしまう個体が多い。その為、幼虫の頃からしっかり飼育して好き嫌いをなくさなければならないのだ。


 丸々と太った琥珀色のミツ蜜蜂を焼きたてのドーナツの上にかざした女性たちは、何の躊躇いもなくミツ蜜蜂を握り潰した。



「死んだ!?」


「潰れた!?」


「大丈夫、大丈夫。見てみろ」



 騒ぐ未成年組をよそに、商品は着々と完成方面へ向かう。


 ミツ蜜蜂を握り潰した女性の手の隙間から、ドロリとした綺麗な蜂蜜が垂れ落ちてドーナツに降りかかる。焦げ目のついたドーナツに甘い蜂蜜が染み込んでいき、甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 ギュッギュとしっかりミツ蜜蜂から蜂蜜を搾り取ると、女性の手のひらには身体に溜め込んだ蜜がすっかり吐き出されて萎んだ蜜蜂が転がっていた。思い切り絞られても生きていたようで、蜜蜂は小さな翅を動かして飛び立つと再び巣箱の中に戻ってしまう。


 蜂蜜がたっぷりと染み込んだドーナツをヘラですくい、紙製の袋に入れれば完成である。



「蜂蜜がけドーナツ、たった今焼き上がりました!!」


「いかがですかー?」



 先程まで作業場でドーナツ作りに精を出していた女性たちが店頭に戻り、通行人相手に宣伝し始める。蜂蜜の甘い香りに連れられて旅行者が次々と立ち止まった。

 今までドーナツ作りを観察していたショウとハルアも期待の眼差しを向けてくる。これだけ見させておいて「食べられません」と言えば、彼らの表情は絶望に染まることだろう。さすがにそれは可哀想だ。


 ユフィーリアは財布を取り出し、



「食べたい人」


「はい!!」


「はい!!」


「じゃあお小遣いやるから、5人分買ってこい」


「わーい!!」


「やったー!!」



 はしゃぐショウとハルアをおつかいに出すユフィーリアは、彼らが変な連中に狙われないようにそっと見守るのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】好きなデザートはチーズケーキ。特にレアチーズケーキの甘酸っぱさが好き。

【エドワード】好きなデザートはクッキー。自分でも作るがチョコレート入りのものは意地でも作らない。

【ハルア】好きなデザートはアイス。購買部で売られているアイスを制覇するのが夢だが、季節ごとに新味が出るので制覇できていない。

【アイゼルネ】好きなデザートはクレープ。甘いのもしょっぱいのも自由に選べるのが好き。

【ショウ】好きなデザートはパンケーキ。カフェ・ド・アンジュの常連。ふわっふわの食感とほのかな甘さが好き。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! デザートは私も大好きなので、今回のユフィーリアさんたちが美味しそうにデザートを食べているシーンはとても面白か…
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